2008年4月22日火曜日

豪が低分子量ヘパリンでリコール

ヘパリンの不純物混入問題は一段落したかと思っていたら、今度は低分子量ヘパリンの一部ロットがオーストラリアで自主回収になりました。TGAが4月22日に出したリリースによると、サノフィ・アベンティスの低分子量ヘパリンClexane (enoxaparin)の一部バッチから過硫酸化コンドロイチン硫酸が検出されたため、5バッチをリコールしました。


TGAは3月20日にアストラゼネカのヘパリンの一部バッチのリコールを発表しましたが、リリースの中で、低分子ヘパリンの検査も行っていることを明らかにしました。ファイザーの製品(dalteparin)からは検出されず、サノフィ・アベンティスの製品については検査中とのことでした。その後、音沙汰がないので嫌な感じがしていたのですが、予感が当ってしまいました。


Enoxaparin は年商30億ドルを超える大型薬で、在宅治療を含めて様々な用途に使われています。低分子量ヘパリンでは圧倒的なシェアを持っているだけに、今回のリコールがオーストラリアだけで終わるのか、それとも他の地域でも同様な動きが出るのか、気懸かりです。もう一つ引っ掛かるのは、TGAのリリースに、混入が発見された後の対処は国によって異なるという記述があることです。ヘパリンの話なのか、低分子量ヘパリンの話なのか曖昧ですが、もしかしたら、低分子量ヘパリンは混入があっても容認されているのかもしれません。


先日、アメリカや中国など当事国の代表がアメリカで多発した『アレルギー反応』の原因や対策について会議を開いたようです。例によって中国側は、過硫酸化コンドロイチン硫酸が原因とは限らない、多発したのはアメリカだけで他の国では特に増えていないのだからバクスターの製品に固有の原因があるはずだ、と主張しているようです。


一方、FDA側は、in vitro試験で過硫酸化コンドロイチン硫酸が原因であることを突き止めた、と主張しているようです。詳細は論文刊行が予定されている模様ですが、『アレルギー反応』というよりは、レントゲンの造影剤でまれに起きるのと似たような『血圧低下』反応が調停(mediate)されると考えているようです。この反応を惹起するためにはボーラス投与で短時間に大量に投与することが必要で、だから、ボーラス投与が比較的多いアメリカで多発した、ということのようです。


リンク:FDAの記者会見に関するMedPageの記事:意味不明な記述もありますが、記者会見のビデオ(一部のみ)も見ることが出来ます。


バクスターの側でも、過硫酸化コンドロイチン硫酸を混ぜると『低血圧』が起こりうるが、混ぜなければ起きないことをin vitro試験や動物試験で確認したというリリースを出しています。どうでも良いことですが、過硫酸化コンドロイチン硫酸を探知する手法も、今回の実験結果も、FDAとバクスターはお互いに自分が発見したと発表しています。


それはともかく、用法が関係するとなると、もし混入があったとしても、例えば透析時にヘパリンをボーラス投与するのと、安静患者に低分子量ヘパリンを皮下注射するのではリスクが異なるのかもしれません。


低分子量ヘパリンは大丈夫なのか?FDAが何か発表してくれると良いのですが...




2008年4月20日日曜日

ENHANCE試験を巡る疑惑

Zetia(ezetimibe)の頚動脈アテローム試験ENHANCEの結果発表が遅れたのは何故なのか?昨年Forbes誌が指摘した疑問が、再び浮上しています。メーカー側の説明では画像解析のトラブルが理由とのことでしたが、今年3月に発表された論文にはそのような問題があったとは記されていませんでした。都合の悪いデータを隠すために遅らせたのではないかという疑惑は下院のエネルギー・商業委員会が調査中ですが、4月11日に当時の関係者のEメールや記録が公表されたことから、疑惑が一層深まりました。

ZetiaとVytorinを共同開発・販売しているシェリング・プラウとメルクによれば、06年3月にlast patient last inを迎えた後、メーカー側でブラインデッド・データの品質チェックを行ったところ、様々な問題点が発覚しました。この試験では半年に一回のペースで頚動脈などの超音波画像を撮って変化を調べたのですが、同じ患者の画像とは思えないほど大きく変動しているケースが少なくなかったのです。是正努力を行いましたが、成功せず、エキスパート・パネルを招集して対策を検討させました。本来なら、治験の運営委員会やデータ監視委員会の仕事ですが、本試験では設置されていなかったのです。

メーカー側が07年11月19日に出したプレスリリースによると、このパネルは、解析をスピードアップするために主評価項目を変更して総頚動脈だけの解析に絞り込むよう推奨しました。解析対象画像が3分の1に減るからでしょう。

この発表は、当時浮上していたデータ隠し疑惑の火に油を注いでしまいました。治験のスポンサーが都合の良い結果を出すためにデザインを変えた、と受け止められてしまったのです。このパネルには主研究者は参加していませんでした。このため、スポンサーが研究者に圧力をかけた、つまり、研究の自由を侵害したとの批判も招きました。結局、主評価項目変更は断念されることになりました。

メーカー側によると治験の結果が明らかになったのは08年に入ってからのことです。デザイン変更を企図した段階では結果を予測できなかったのですから、メディアが同社を攻撃しているのはやり過ぎと私は思っていました。

メーカー側の説明に疑問が生じたのは、第一に、治験論文でデータの品質には問題がないことが強調されていたからです。第二は、下院エネルギー商業委員会が入手した、当時の関係者の記録やEメールの内容が、メーカー側の説明と一部、食い違うからです。

まず、『同一人とは思えない画像』があったのは全体のごく一部であったことが明らかになりました。治験論文に記されていたように、この試験のデータの品質が特に悪いというわけではなかったのです。

次に、メーカー側が、アテローム肥厚の標準偏差が小さいことに懸念を持っていたことが明らかになりました。小さな差でも有意差が出てしまう可能性があり、結果がもしZetiaに悪いものであったら困るし、良い結果であったとしても『臨床的には意義がない』と一蹴されてしまう可能性があることが理由です。

更に、エキスパート・パネルの役割に関しても疑問が浮上しました。メンバーの一人であるJames Stein博士が、メーカー側がFDAに提出しようとしていた議事録に異議を唱えていたことが判明したからです。博士のEメールによれば、この会議の性格はメンバーが自由に意見を述べるというもので、デザインに関する推奨などしなかったし、決も取らなかったというのです。


メーカー側が主張しているように、断片的な記録に基づいて決め付けるのは危険です。しかし、今回公表された情報で改めて疑惑が浮上したことは否定できません。下院委員会が真相を明らかにすることを期待します。


関連リンク







EzetimibeはHDL-Cを妨害する?

ENHANCE試験に関するビデオ・インタビューが医療従事者向けウェブサイトMedPageに掲載されています。

アメリカの医療従事者向けウェブサイトは凄いですね。製薬会社・医療機器メーカーの太鼓持ち的なサイトもありますが、MedPageやtheheart.orgのように独立的・客観的なサイトも複数存在します。この二つのサイトと、医療従事者が運営しているWikidocは、『あなたはZetia(ezetimibe)の処方を減らしますか?』というきわどい内容のアンケートを行っています。MedPageとtheheart.orgはAvandia(rosiglitazone)の心筋梗塞リスクに関するメタアナリシス論文が刊行された時も同様なアンケートを行いました。関係者は、Noのボタンを何度も押すのが大変だったでしょう。一方、Medscapeは個別の薬に関するアンケートは実施していません。Web MDに買収されて以来、メーカー志向が強まっているように感じていましたが、この辺りにも経営方針が反映されているのでしょう。


MedPageのビデオ・インタビューは、Allen Taylor博士に意見を聞いた上で、Evan Stein博士に疑問点をぶつけるという構成になっています。Stein博士はZetiaを支持する側を代表したような格好になっています。Taylor博士はNew England Journal of MedicineにZetiaに批判的なエディトリアル論文を発表しました。


議論の内容は、前回書いたものとほぼ同じでした。Stein博士は薬がフェールしたのではなく、試験がフェールしたのだと主張しました。ヘテロ接合型家族性高脂血症の治療が進歩して長年に亘って十分な治療を受けるようになった結果、治験開始時点のアテローム肥厚が過去の治験(例えばASAP治験)と比べて小さく、治験期間中の肥厚も小さかったためZetiaの効果を検出できなかった、というのです。

それに対して、Taylor博士は治験のサブポピュレーション・アナリシスに注目し、治験開始前にスタチンを服用していなかった患者にも、アテローム肥厚が比較的大きかった患者にも、効果はなかったと反論。Stein博士は、症例数が少ないので信頼性は低いと切り返しました。『直接対決』ではないので、議論はここで終わってしまいました。

参考になったのは、ZetiaはHDL-Cの作用を妨げる可能性がある、というTaylor博士の指摘です。この薬の作用機序はNPC1L1というトランスポーターを阻害することによって食物中の脂肪が腸で吸収されるのを抑制することですが、同時に、SRB1というHDL-Cと連携する受容体も阻害します。細胞が脂肪を排出しHDL-Cに渡す時の経路の一つがSRB1ですし、肝臓がHDL-Cから脂肪を受け取る時のレセプターもSRB1です。LDL-C低下による効果が、HDL-Cの機能を阻害することによるネガティブな効果によって相殺されてしまうのではないか、と疑っているようです。

また、一般名からも分かるように、この薬は元々、ACAT阻害剤として開発されていましたが、ACAT阻害剤はファイザーのavasimibeも、第一三共のpactimibeも、冠動脈アテローム試験で肥厚抑制作用が確認されず、開発中止になりました。

とはいえ、Zetiaがアテロームに有害であることは確認されていません。ENHANCE試験では数値上、偽薬群より肥厚が大きかったですが、有意には達していません。シロともいえないがクロと決め付けることもできないのです。

Taylor博士はezetimibeとナイアシンを比較する頚動脈アテローム試験を実施しているそうです。もしezetimibeがアテロームに有害なら、被験者を守るために治験を中断すべきでしょうが、博士は止めるつもりはなさそうです。疑惑は持っているものの確信ではない、ということなのでしょう。

スタチンはLDL-C低下作用だけでなく多彩な作用を持っています。研究者にとっては魅力的な研究対象ですが、多彩な作用は一歩間違えると多彩な副作用になってしまいます。スタチンは良い作用が多いのでしょうが、PPAR作動剤は好ましくない作用も多そうです。Zetiaも多彩な作用を持っているようですので、十分に調査する必要がありそうです。




2008年4月12日土曜日

AVANDIAのVICTORY試験はVICTORYではない


08年のACCアメリカ心臓学会で、Avandia(rosiglitazone)とActos(pioglitazone)のアテローム試験の結果が発表されました。どちらもLate-Breaking Clinical Trialとして発表され、片方は主評価項目を達成できずもう片方は成功と明暗が分かれたのですが、前者の試験は殆ど報道されていません。成功したとか、安全性が示されたとか、断片的な報道が出ているだけです。そこで、今回はこのVICTORY試験を紹介しましょう。

この試験は、過去のCABG冠動脈バイパス術を受けたことのある二型糖尿病患者約200人にAvandia(8mg)または偽薬を投与して、伏在静脈グラフトのアテロームプラクの抑制効果を調べたものです。カナダとスペインで実施され、平均12ヵ月間フォローアップしました。

患者背景は平均年齢65歳、男が92%、二型糖尿病の病歴は8年余、HbA1cは平均6.9%、8割が高血圧を併発し、6割に心筋梗塞歴がありました。CABGを受けてからの経過期間は平均4年弱。7割以上がmetforminを、5割がSU剤を服用していましたが、1割余は経口糖尿病薬を服用していませんでした。尚、インスリンは除外条件でした。抗血小板薬の服用率は100%、ACE阻害剤/ARBやスタチンは約90%、ベータブロッカーが約7割となっています。

結果は、主評価項目である伏在静脈グラフトのプラク量(IVUSで検査)は偽薬群が2.8%増、Avandia群は0.9%増となり、有意差に達しませんでした(p=0.22)。空腹時血糖は各134mg/dLと116mg/dLで有意差がありました。どちらも死亡例は発生せず、心筋梗塞や脳卒中、一時的脳虚血発作は各1対0、1対1、2対0でした。

この試験ではCTで脂肪面積の変化も調べました。Avandia群は皮下脂肪が3割(私がグラフから推定した値)くらい増加し、偽薬群と有意差が出ましたが、内臓脂肪は偽薬と差がありませんでした。体重やHDL-C、アディポネクチンが有意に増加し、スモールLDL-CやCRPが有意に低下しました。

研究者の結論は、Avandiaはグラフト・プラクには中立的だが、様々な代理マーカーに好影響を与える。本試験で有害事象リスクが見られなかったのは安心させる、というものでした。

このような内容なので、VICTORY試験が成功したという報道は間違いです。また、安全性が示されたという報道は間違いではありませんが、言いすぎでしょう。イベント発生数が一人、二人なのですから、どちらの群が多かったとしても、偶然と考えるべきでしょう。そもそも、心筋梗塞などの発生状況は本試験の二次的評価項目だったそうですが、検出力不足が明らかな治験でそのような扱いをするのは不適切なのではないでしょうか。




ENHANCE試験のその後


3月のACCアメリカ心臓学会でZetia(ezetimibe)のENHANCE試験の結果とエキスパート4人のコンセンサス・オピニオンが発表された後も、活発な議論が行われているようです。医療関連ウェブサイトでシェリング・プラウが主催した記者会見の様子を見ることができました。別のサイトでは、豪華メンバーの座談会を視聴することができました。ACCやNew England Journal of Medicine誌の論評とは異なり、様々な意見を聞くことができました。


ACCのパネルが厳しい判決を下したことには、本当に驚きました。私はパネル・ディスカッションを想像していたので、議論を経て最終的にどのような結論が出るのか楽しみにしていたのですが、4人のパネリストは学会前に結論を出していたようで、裁判に例えれば判決文を読み上げただけでした。

実は、ENHANCE試験を主導し学会発表を行ったJohn Kastelein博士もパネル・ディスカッションを想定していたとの事です。博士はZetiaが頚動脈アテロームを抑制できなかった理由として仮説を三点、上げました。パネリストが一つ一つ議論してくれたら聴衆にとって大変有益だったでしょうのに、残念なことです。そこで、主要な論点・見解をまとめてみました。


ENHANCE試験の敗因


最初に、Kastelein博士の意見を振り返りましょう。博士はENHANCE試験の敗因として、以下の仮説を上げています。


  1. ezetimibeには頚動脈アテロームを抑制する効能がない。

  2. 試験方法が適切でなかった。

  3. 患者が適切でなかった。

一番の仮説については、考えにくいと語っています。この試験では、simvastatinの80mgと偽薬を投与した群ではLDL-Cが39%低下したのに対して、simvastatin(同)とZetia(10mg)を投与した群では56%低下しました。過去の頚動脈アテローム試験ではLDL-Cの低下と中内膜肥厚の進捗が逆相関していることを考えれば、Zetiaだけ例外と考えるのは無理がある、と主張しました。

一方、Zetiaの効能を疑う研究者は、LDL-Cはどこまで下げるかだけでなく、どうやって下げるかも重要と主張しています。スタチンは多彩な効能を持っていて、血清LDL-C値の低下がもたらす作用だけでなく、血管の炎症を抑制する作用などもアテローム退縮に寄与しているというのです。

この点に関しては、Kastelein博士は、スタチンが多彩な効果を持つという理論は裏付けが十分ではないと反論しています。

私も「多彩な作用」論には今ひとつ、納得できません。生物学的には確認されていることなのでしょうが、心筋梗塞・狭心症を防げるほど強力ならば、アウトカム試験の成績に反映されているはずですが、現実には、どの薬を使ってもLDL-C低下幅と心筋梗塞リスク低下幅は同じように相関しています。Zetiaが例外と断定する前に、他の要素を十分に検討したほうが良いように思います。


また、ENHANCE試験の失敗が報じられた時に、一部の研究者はメディアに対して、ezetimibeはCRPが低下しないので炎症抑制作用が乏しいはずという発言をしましたが、ENHANCE試験でも、過去に行われた短期間の試験でも、CRPは低下しています。

二番目の仮説に関しては、博士は、過去に様々な試験が成功しているのだから手法を疑う余地は小さいと語っています。

しかし、この試験に関しては過去一年間、様々な裏話が報道を賑わしています。06年春に完了した試験の結果発表が遅れた理由として、博士は画像の読み取りに手間取ったことを、シェリング・プラウとメルクは個々のデータの信憑性に疑問が生じて画像や解析方法を再検討しなければならなくなったことを指摘しています。これでは、治験結果を額面通り受け容れることはできません。


博士は三番目の仮説を有力と考えているようです。被験者のベースライン時点の中内膜肥厚平均値が過去の試験より小さいことに注目し、治療の進歩によって病状を抑制することができるようになったため、それ以上改善しようと試みても大きな治療効果が出にくくなったのだと推測しています。

しかし、反対意見のほうが強力に見えます。ENHANCE試験のサブグループ分析では、ベースライン時点の中内膜肥厚が大きかった患者や、それまでスタチンを服用していなかった患者でも、アテローム退縮作用は見られませんでした。

そもそも、治験対象のヘテロ接合型家族性高脂血症はLDL-Cが著しく高いので、simvastatinだけを投与した群では平均で193mg/dLにしか低下しませんでした。平均年齢が40代後半でスタチンを服用しているのにLDL-Cが193mg/dLと高い、となれば、例え冠動脈疾患歴がなかったとしても、治療が上手くいっているとは言えないでしょう。

ENHANCE試験を巡る議論でおかしいのは、治験対象から逸脱していることです。家族性高脂血症の試験で新しい治療手段が上手く行かなかったのですから、真っ先に議論しなければならないのは、今後、スタチンの最大用量を服用している中内膜肥厚が小さい患者の治療をどうすべきか、ということでしょう。Kastelein博士はメディアのインタビューに答えて、今後もこのような患者にはezetimibeを投与すると言っています。これは、治験の敗因は被験者が適切でなかったこと、という主張と矛盾しているのではないでしょうか。

次に、theheart.orgの座談会に耳を傾けてみましょう。Harlan Krumholz博士(ACCでコンセンサス・ステートメントを発表した研究者)とSteven Nissen博士(Vioxx批判やAvandia批判を繰り広げた実績のある研究者)以外のメンバーは、今回の試験結果だけでは判断できないと考えているようです。欧州の研究者は、ENHANCE試験の結果が出ても何も変わらないと断じました。

しかし、それはそれとして、第一選択薬はスタチンという認識には異論が出ませんでした。結局のところ、Krumholz博士やNissen博士の危機感は、臨床的転帰を改善する効能が確認されていない薬がアメリカだけで数百万人に用いられているという医療実態が原因のようです。その殆どは家族性高脂血症ではないのですから、おそらく、ENHANCE試験の結果が発表される前から問題意識を持っていたのでしょう。

ところが、意外なことに、パネリストの一人が発したezetimibeの使用実態に関する質問に誰も答えられませんでした。スタチンと併用している患者のうち、低用量と併用している人はどれくらいいるのか、という質問です。ezetimibeが安易に使われているとか、医療の実態がガイドラインと乖離しているとか主張するなら、当然、知っていなければならない情報でしょう。医療の実態を十分に把握しないで医療の実態を批判するのはナンセンスです。

ACCのパネルは、一にスタチン、二は別のスタチン、それでも駄目ならナイアシンやフィブレート、レジン(胆汁酸吸着剤)を用いることを推奨しました。Kastelein博士がシェリング・プラウの記者会見で反論しましたので紹介しましょう。確かにナイアシンはアウトカム試験が成功したが、症例数は少ない。ホットフラッシュの副作用を嫌って止めてしまう人も多い。フィブレートでは、gemfibrozilの試験が成功したが、スタチンと相互作用があるので使いにくい。fenofibrateはFIELD試験がフェールしたし、そもそも、オランダ(博士はオランダの病院に在籍)では承認されていない。従って、別の選択肢が必要というのです。

私も賛成です。ナイアシンの試験は何十年も前の話ですので、医療や薬剤が進歩し、多くの人がスタチンを服用している今日でも有効なのか再確認する必要があるでしょう(オックスフォード大学を中心に大規模な試験が進行中です)。フィブレートは英国の規制機関MHRAが昨年11月のDrug Safety Updateの中で、エビデンスや安全性に疑問を投げかけています。そもそも、これらの薬の忍容性が十分ではないからこそ、ezetimibeのような忍容性面ではトップクラスの薬が人気を集めたのではないのでしょうか。

このように、個々の論点は議論の余地があると思いますが、総体的に見て、ACCのパネルの推奨はリーズナブルであるように思われます。理解できない事象が発生したのですから、理解できるようになるまで保守的なスタンスを取るのが現実的な対応でしょう。


関連リンク




ヘパリン事件備忘録

(4/12:オーストラリアでも自主回収していたことが分かりましたので、3/26の記事を加筆して差替えました)

ヘパリン関連の自主回収はアメリカや日本に留まらずにドイツ、スイス、フランスなどにも広がっています。このうち、実際に被害が報告されているのはアメリカとドイツだけで、他の国は、FDAが開発した新しい検査方法で陽性を示したことが引き金になったようです。


Wall Street Journalの報道によると、これまで安全と考えられていたShenzhen Hepalink Pharmaceuticalの製品に関しても疑念が生じたようです。この事件はまだまだ、終わりそうにありません。


これまでの流れを整理すると、



  1. アメリカで、重度アレルギー反応が多発したことからバクスターが製品を自主回収

  2. FDAが、重度アレルギー反応が発生したロットにヘパリン類似物質が存在することを発見

  3. FDAが、この混入物はキャピラリー電気泳動法と陽子核磁気共鳴法で探知できることを発見

  4. FDAは、アメリカのヘパリン及びAPIメーカーに検査を要請するとともに、他国の規制機関にも情報を提供

  5. SPLが実施した検査で、あるいは他国で他の会社が実施した検査で、一部バッチに陽性反応が出たため、当該API・製品が自主回収

  6. 日本は検査が陰性だったが回収

ということのようです。




























ヘパリン関連の自主回収

内容
1/17アメリカ バクスターが一部ロットの回収を開始
2/28 アメリカ バクスターが他の殆どの製品の回収を発表
3/5 アメリカ FDAがヘパリン様物質の発見と検査方法を発表。SPLが陽性を示したロットの回収を決定
3/5 ドイツ Rotexmedicaが全てのバッチの自主回収を決定
3/10 日本 厚生労働省と3社がSPL製APIを用いたヘパリン製品の回収を発表
3/20 フランス Rotexmedicaの親会社であるPanpharmaの製品で陽性反応、自主回収
3/20 スイス Bichsel AGとB. B. Braun Medical AGの製品で陽性反応、自主回収
3/20 オーストラリア アストラゼネカが一部ロットを回収
3/21 アメリカ、カナダ B. Braun Medicalが自主回収を発表、SPLのAPIで陽性反応が理由
不明 イタリア、デンマーク イタリアのOpocrin SpAがヘパリンAPIを回収




自主回収発表に関するリンク


オーストラリアの自主回収も、中国由来の原料を用いたヘパリン製品の一部ロットで過硫酸化硫酸が発見されたことが原因との事です。オーストラリアでは他にホスピラ、ファイザー、バクスターも販売していますが、自主回収はアストラゼネカ製品に留まっているようです。アストラゼネカの原料調達先は分かりません。

前々から不思議に思っていたのは、低分子量ヘパリンは大丈夫なのかということです。オーストラリアの規制局TGAによると、ファイザー製品は検査に合格。サノフィ・アベンティスの製品は3月20日段階で検査中とのことです。検査したくらいですから低分子量ヘパリンは大丈夫ということでもないのでしょう。価格が高い分、原料調達先も選りすぐりでババを掴まされることはない、ということなのでしょうか。


Wall Street Journal紙など複数の報道機関が、欧州の医薬品監督機関であるEMEAから入手した情報として、自主回収を行った会社のAPI・ヘパリン原料入手先を詳述しています。Opocrin社ではSchezen Hepalink Pharmaceuticalから調達した原料・APIバッチでも陽性反応が出たようで、同紙は、これまで安全と考えられていたAPP社製のヘパリンも楽観できなくなったのではないかと論じています。SPLに売却できなくなった悪徳業者が、他のAPIメーカーにアプローチしたとしても、不思議はありません。アメリカで非加熱血液製剤の販売が禁止された時、メーカーは対策として日本などへの輸出に拍車をかけた、という報道をNHKの番組で見た覚えがあります。


メディア報道によると、自主回収を行ったヘパリン・APIメーカーの中国の仕入先は以下の通りです。但し、全てのベンダーの原料・APIが陽性だったわけではないようです。


















ヘパリン・APIメーカーのチャイナ・コネクション
会社中国のベンダー
バクスターChangzhou SPL
Rotexmedica、PanpharmaChangzhou Qianhong Biopharmaceutical、Yantai Dongcheng Biopharmaceutical
OpocrinYantai Dongcheng Biopharmaceutical、 Shenzen Hepalink Pharmaceutical、Shanghai No 1 Biochemical
B. Braun MedicalChangzhou SPL
テルモ、大塚製薬、扶桑薬品Changzhou SPL


バクスターはアメリカのヘパリン製品市場で5割のシェアを持つ大手ですが、それでも、年商は1000万ドル程度だったようです。安価であるが故に広く用いられていたのでしょうが、メーカーにとっては旨味の無い製品でしょう。商取引の基本は相互繁栄だとしたら、ヘパリンは地盤が脆弱なので、今回のような事件が将来も繰り返される可能性がありそうです。

アメリカでアナフィラキシーが多発した原因が過硫酸化コンドロイチン硫酸だとしたら、キャピラリー電気泳動法・陽子核磁気共鳴法による検査で混ぜ物をブロックすれば対処できることになります。しかし、敵は、今度は別の薬や食品の模造品を作って儲けようとするでしょう。今回の事件は犯罪である可能性が高いのですから、犯人を捕まえることが不可欠です。


2008年4月6日日曜日

ENHANCE試験のトリビア

ENHANCE試験が悪い結果になったのは、ネーミングが悪かったのかもしれません。


ENHANCE試験


  • 頭頸部癌に放射線療法を行う時に赤血球生成刺激剤epoetin betaを増感剤として用いる効用を調べた試験。癌の進行リスクが1.6倍に高まることが判明した。

  • 2003年にLancet誌で論文発表(治験論文要約)

ENHANCE試験

  • 重度敗血症薬drotrecogin alfa (activates)の市販後臨床試験。対照試験ではないが、過去の試験と比べて重篤な出血の発生率が高かった。

  • 2005年にCritical Care Medicine誌に論文発表(治験論文要約)

ENHANCE試験

  • ヘテロ接合型家族性高脂血症患者を対象にezetimibeの頚動脈アテローム進行抑制効果を調べた試験。どの指標でも効果が見られなかった。

  • 2008年にNew England Journal of Medicine誌で論文発表(治験論文要約)




2008年4月5日土曜日

ENHANCE試験の教訓

Zetia(ゼチア;ezetimibeエゼチミブ)のENHANCE試験の結果がアメリカの心臓学会ACCで発表されました。内容的には1月に発表された通りで、頚動脈アテロームの肥厚を抑える効果が確認できなかったのですが、意外な点が二つありました。画像解析のトラブルについて殆ど問題にされなかったことと、ACCが人選した四人のエキスパートの意見が非常に厳しかったことです。薬の功罪を議論するに留まらず、安易に使われていることに対する警鐘を鳴らしたのでしょう。


ENHANCE試験概要



  • 対象:ヘテロ接合型家族性高脂血症。LDL受容体の遺伝子などに変異があり血清LDL-C値が著しく高い。

  • 介入方法:6週間の導入期間を設けてコレステロール低下薬の影響をウォッシュアウトした上で、2年間の無作為割付二重盲検試験を実施。simvastatinの最大承認用量(80mg)とezetimibe(10mg:この用量しか承認されていない)を投与する群と、simvastatin(同)と偽薬を投与する群の、頚動脈アテローム退縮作用を比較。

  • 主評価項目:超音波Bモード法による冠動脈IMT(内中膜肥厚)の変化。IMTは左右の総頚動脈、内頚動脈、頚動脈洞の奥側の値の平均を採用。組入れ725人、治験離脱率12%で群間差0.05mmを検出する力は90%。

  • 02年から04年にかけてスクリーニングし、720人を無作為割付け、615人が2年間の治験を完了。主評価項目の解析対象は642人。

ENHANCE試験結果

simvastatin
と偽薬
simvastatin
とezetimibe
無作為割付数 363人 357人
薬効解析対象 320人 322人
平均頚動脈IMT(BL) 0.70mm 0.69mm
(増減)+0.0058mm +0.0111mm
総頚動脈IMT増減 +0.0024mm +0.0019mm
LDL-C(2年後)193mg/dL 141mg/dL *
増減-39%-56% *
トリグリセライド増減-23%-30% *
HDL-C増減 +7.8%+10.2%
hsCRP増減-24%-49% *
治療関連有害事象発生率29%34%
有害事象治験離脱率9.4%8.1%

IMT:内中膜肥厚。BL:ベースライン値。*:群間差は統計的に有意。


主目的が達成できなかっただけでなく、二次的評価項目も一つとして有意差が出ませんでした。有意差が出たのは、LDL-Cやトリグリセライド、hsCRPなどの代理マーカーだけでした。

アテローム・プラクはLDL-Cなどが蓄積したものです。血液中のLDL-Cを減らせばアテロームの成長を抑制できるはずで、現に、スタチンなどを用いた過去の試験の多くが成功しました。なぜENHANCE試験は駄目だったのでしょうか?

ヘテロ接合型家族性高脂血症を対象とした頚動脈アテローム試験で数々の実績を持ち、この治験の主任研究者を務めたJohn Kastelein博士は、考えられる理由として三点、挙げています。第一は、ezetimibeには頚動脈アテロームの退縮作用がない。第二は、測定技術が不適当で効果を検出できなかった。第三は、被験者のリスクが低すぎて効果を検出できなかった。博士は、第三の理由が最も有力と考えているようです。確かに、被験者のベースライン時点の平均頚動脈IMTは0.70mmと、過去の同様な患者を対象とした試験と比べて大きくありませんでした。

ただ、それにしても、LDL-CやhsCRPがこれだけ低下しているのにIMTの群間差が殆ど発生しなかったというのは奇妙な話です。また、博士は否定していますが、これまで漏れ伝わってきた話では、この治験では画像解析でトラブルが続出し、それが理由で解析が大幅に遅延した(Last patient last visitは06年の春で、結果がまとまったのは08年始め)とのことです。New England Journal of Medicine誌に掲載された治験論文にも、06年4月の段階で、単一画像に基づく解析を止めて連続画像を利用した解析に計画を変更した、と記されています。(超音波画像が一回・一箇所の測定につき一枚しかないと、画像が不鮮明で境界線がうまく読み取れない可能性があります。連続画像があれば、他の画像を代用することができるので、missing dataの発生を減らすことができます。)論文や学会で殆ど言及されなかったのは、意外な感じがします。


パネルの評価



ENHANCE試験は学会の桧舞台であるLate-Breaking Clinical Trialsのコマでは発表されませんでした。事前にシェリング・プラウとメルクが概要を発表してしまったからです。ACC側は、特別セッションで発表の場を用意すると共に、4人のエキスパートに講評を依頼しました。

私は、昨年のADA(米国糖尿病学会)のような手順を想像していました。Steven Nissen博士が二型糖尿病薬Avandia(rosiglitazone)の心筋梗塞リスクについてプレゼンテーションを行った後に、パネル・ディスカッションを行い、聴衆の質問も受け付けたのです。ところが、ACCは意外な展開でした。パネルの一人が、これから紹介する意見は4人のパネリストが事前に議論したうえのコンセンサスだと前置きした後は、Harlan Krumholz博士の独壇場でした。Zetiaは急性冠症候群の臨床的転帰を改善する効能を調べるIMPROVE-IT試験が進行しているのですが、ENHANCE試験でアテローム改善作用が見られなかった以上、IMPROVE-IT試験が成功する可能性は高くないと断じて、スタチン回帰を訴えました。第一選択でスタチンを投与して、その患者に必要なだけ増量していく。うまくいかなかった場合の第二選択は別のスタチンにスイッチする。それでも駄目な場合は、ナイアシンやフィブレート、レジン(胆汁酸吸着剤)のようなエビデンスを持つ薬を用いる。Zetiaは最後の手段、と位置付けました。

医学誌に掲載されたeditorialも厳しい内容でした。今回は複数、刊行されたのですが、その一つはZetiaの市場シェアがカナダと比べてアメリカでは著しく高いことを指摘して、製薬会社が消費者向け直接広告などの手段で販売促進した結果と決め付けました。


感想


今回のACCパネリストやeditorialの論評は、Zetiaという薬に関する科学的な議論を踏み外しているような印象を受けます。頚動脈アテローム試験は過去に複数が成功していますが、群間差は統計的に有意であっても臨床的な意味は明確ではありません。疫学的試験では頚動脈IMTが0.1mm大きいと心筋梗塞リスクが数割高い、という結果が出ていますが、介入試験では1.5-2年で0.01mm程度の群間差しか出ていません。測定誤差も考えれば、この程度の差で利く薬と利かない薬を判定することはできないのではないかと感じます

また、画像解析のトラブルの影響は本当になかったのか、という疑問も残ります。

結局のところ、パネリスト等が一番問題視したのは、薬の効能というよりはアメリカでの使われ方なのでしょう。Zetiaは単剤でのLDL-C低下作用はスタチンより小さいですが、忍容性は良好です。Zetiaが発売されたのはcerivastatinが横紋筋融解症の多発で自主回収されスタチンに対する警戒感が広がっていた時期でした。スタチン嫌いの人や、スタチンを増量したくない人には持って来いの薬だったのです。

医師にとっても、メカニズムの異なる薬を少量ずつ併用することで副作用リスクを緩和する、という手法は高血圧や糖尿病で馴染みがあります。併用は費用が膨らみますが、Zetiaの活性成分とsimvastatinを配合したVytorinは、Zetiaより少し高いだけでsimvastatinより安いので、お買い得になっています。

ZetiaとVytorinは、このような理由で年商50億ドルを超える大型薬になったのですが、一つだけ、問題がありました。アウトカム試験が中々実施されなかったことです。やっとIMPROVE-IT試験が開始されましたが、今回、組入れを拡大することになったため、結果が出るのは早くて2012年になってしまいました。Zetia発売の10年後です。その間、医師や患者は、Zetiaがスタチンと同様に心筋梗塞を予防してくれるのかどうか、分からないまま使い続けることになります。

更に、もしENHANCE試験の画像解析に大きなトラブルが発生していなかったとしたら、結果発表が2年近く遅れた理由が問題になります。昨年、Forbes誌は、ENHANCE試験の結果発表が遅れているのは不都合な真実を隠しているのではないか、という疑惑を報じました。シェリング・プラウは経緯を公表し、反論しましたが、こうなってくるともう一度、この疑惑を検証し直す必要が出てきます。議会が介入したので、当事者の証言が明らかになるでしょう。

アメリカの医師や患者は新薬に前向きですが、時々、使いすぎることがあります。承認されていない用途に使ったり、必要以上に大量に投与したり、第二選択薬を第一選択薬のように用いたりすることがあります。近年、安全性問題が大きな議論を呼んだケースは、殆どが、安易な使用に関連しています。そのせいか、安全性問題発覚後の需要の落ち込みも、他の国に比べてアメリカが大きくなります。

今回の事件はエビデンスに基づいた医療の重要性を再確認する機会になった、といえるでしょう。エビデンスがない薬は、他に治療手段がないやむをえない患者だけに用いるべき、というのが教訓です。医師や患者がこのような姿勢を貫けば、製薬会社はエビデンスを作ることにもっと力を入れるようになるでしょう。

参考リンク




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