2008年3月26日水曜日

メタボ検診は案外悪い

メタボ検診についてもう少し調べてみましたが、血糖値が高めな人に関しては厄介なことになりそうですね。前言撤回します。


人間ドック学会のガイドライン作成委員会報告を読むと、厚生労働省の『特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き』と異なった判断をしています。血糖値が受診勧奨判定値に達しない人でも、表の積極的支援(1)に該当する場合は、半年程度の生活習慣改善指導を行って数値が改善しないならば受診と薬物療法開始を薦めるプロトコルになっています。血圧などに関しては厚生労働省の受診勧奨判定値と大差ありません。それぞれの学会の温度差を反映しているのでしょう。


薬には副作用が付き物です。病気なら已むを得ないですが、病気になる前の段階で薬を飲んでもどの程度意味があるのか分かりません。FDAは糖尿病の治療・予防薬に関するガイダンス資料を発表しましたが、その中で、メタボリックシンドロームという診断・病名に否定的なスタンスを示しています。糖尿病予防薬(血糖値が高めな患者に血糖降下剤を投与するのは視点を変えると糖尿病の予防を意味します)に関しては、単に糖尿病発生リスクを削減するだけでなく、投与を止めた後もある程度の効果が残ることを求めています。このような効果を示した薬はありません。Avandiaは大規模な糖尿病予防試験が成功し、大きく報じられました。その後、投与を止めた後は偽薬群と同じだったことが発表されましたが、南アフリカで開催された学会であったせいか、全く報道されませんでした。もう直ぐ、Actosの糖尿病予防試験の結果が発表される見込みですが、同様なことが起きるかもしれないので注意が必要です。


このFDAのガイダンスは、心血管疾患予防効果を確認するよう求めていないので、どちらかと言えばハードルは低いのですが、今の薬はそのハードルもクリアできないのです。


お医者さんがメタボのパラメーターだけでなく総合的な判断に基づいて薬物療法の是非を決めてくれることを望むだけです。




2008年3月22日土曜日

ヘパリン事件から学ぶ

ヘパリン事件の犯人探しは先週も一歩前進しました。第一に、アレルギー反応が起きたヘパリンから発見された「ヘパリン類似物質」は、過硫酸化コンドロイチン硫酸であることをFDAやバクスター社が突き止めました。コンドロイチン硫酸は生物由来の物質で、日本でもサプリメントの成分として販売されています。


参考リンク:独立行政法人国立健康・栄養研究所コンドロイチン硫酸に関する評価


一方、過硫酸化コンドロイチン硫酸は天然物質ではなく化合物です。SPL社の中国合弁工場で行われたヘパリン原料の検査では、2-50%が過硫酸化コンドロイチン硫酸でした。過硫酸化コンドロイチン硫酸はヘパリン原料よりも低コストで生産できるようです。蟹チャーハンの蟹の半分が実は蒲鉾だった、というような話ですので、おそらく、ヘパリン原料の仕入先に一杯食わされたのでしょう。


冷凍食品に農薬が混入した事件とは性格がかなり異なるようです。中国製品を巡っては、過去にも、風邪薬の中に全然違う成分が含まれていたために多数の死者を出した事件がありました。中国内でも色々な被害が出ているようです。有名ブランドの鞄の贋物だけでなく、バイアグラのような有名医薬品の贋物も見つかっています。同じ感覚で、医薬品材料の贋物で一儲けを狙う人、あるいは組織が存在するのでしょう。


このような中で朗報は、中国がヘパリン問題解決に向けてアメリカと歩調を合わせ始めたことです。New York Timesによると、政府がヘパリン原料やAPI生産の監視を強化すると発表しました。これまでは、「化学工場として登録されているのだから医薬品工場としての検査は必要ない」とか、「安全性を確認する究極の責任は輸入国にある」とか発言していたのですから、大きな転換です。政府間で協力合意が結ばれたことが大きいようです。


日本と中国の関係は米国と中国の関係より複雑ですが、例えば日本が中国の冷凍食品に文句を言うのではなく、協力を要請し、中国がそれに応えるという形にすれば、双方の顔が立つのではないでしょうか。


さて、今回はすっかり悪役のようになってしまったSPL社とは、どんな会社なのでしょうか?前から興味を持っていたのですが、バクスター社が3月5日に発表した資料(pdfファイルです)にこれまでの歩みのようなものが記されていました。両社の取引は36年の歴史を持っているようです。それにしても、バクスターがSPLの歩みを語るのは変な話ですが、実は、バクスターのヘパリン事業とSPLは、共にワイスの子会社だったことがあるのです。ワイスは2000年代に入ってフェンフェン事件の和解金を捻出するために事業売却を進めましたが、おそらくその一環で、注射用ジェネリック薬部門(ヘパリンも販売)はバクスターに売却し、APIメーカーのSPLは投資ファンドに売却したのです。


バクスターの資料によると、SPLがアメリカで中国原料を使ってAPIを作り始めたのは12年前のことです。日本のヘパリン製品メーカーがSPLの原料が中国製であることを知らなかった、という事実に改めて驚かされます。おそらく、それが商慣習であり、それで規制もクリアできるのでしょう。APIメーカーが犯罪に巻き込まれないよう、中国政府に期待しましょう。


SPL社の歩み
1972年SPLがESI Lederle社にヘパリンAPIの供給を開始
1996年SPLがウィスコンシン工場で中国製ヘパリン原料を用いたAPIの生産を開始
1999年SPLが中国で合弁会社SPL-CZを設立
2002年バクスターがESI Lederleをワイスから約3億ドルで買収
2004年SPL-CZがバクスター向けのAPI生産を開始
ワイスがSPL株式をArsenal Capitalに8100万ドルで売却
2006年Arsenal CapitalがSPL株式をAmerican Capitalに売却





血糖集中治療試験の結果は6月に発表へ

二型糖尿病患者の血糖値を正常値近くまで引き下げる集中治療法は、現在の標準的な治療法と比べて良いのか悪いのか?検証するために実施されたアメリカのACCORD試験はむしろ有害という意外な結果になりましたが、オーストラリアなどで実施されたADVANCE試験では特に問題は生じませんでした。なぜ違う結果になったのか?そもそも、ADVANCE試験は主目的(糖尿病性合併症の抑制)を達成できたのか?詳細が公表されていない現段階では、分からないことだらけです。


この二本の試験の結果は、6月にADA(アメリカの糖尿病学会)で発表されるようです。ADAのプログラム(先行版・・・pdfファイルです)を読むと、ACCORD試験の結果発表はアメリカの6月10日、ADVANCE試験は6月6日にコマが確保されています。また、同様な目的で実施されたVADT試験についても、何らかの発表が6月8日に予定されている模様です。あと3ヶ月の辛抱ということになります。


それにしても、いつも思うのですが、どうして学会発表を待たないといけないのですかね。論文だけならもっと早く刊行できるのではないでしょうか。学会側が発表当日まで情報公開を禁じるのは、研究成果を医療にフィードバックする場として最適なのは学会発表であり、事前に研究者・企業が記者発表して信頼性・客観性に欠ける情報を提供するのは有害、という考え方のようです。しかし、今回のような、あるいはENHANCE試験のような、医師や患者にとって今すぐ必要な情報がタイムリーに提供されないのでは本末転倒ではないでしょうか。査読誌に論文発表するくらい大目に見てもらえないものですかね。




2008年3月15日土曜日

ヘパリン事件の続報

お知らせ:BfArMがRotexmedica製品によるドイツでの重度アレルギー反応の症例は37例と発表しましたので、記述を一部変更しました(2008年3月28日)。


ヘパリンの副作用問題は、日本の複数のウェブサイトで我が国は大丈夫なのかという声が出ていました。テルモなど三社や厚生労働省が機敏に対応したのを見て、ほっとした人も多かったでしょう。バクスター社といえば薬害AIDS事件でも登場した血漿分画製剤の大手なので、どうしても薬害AIDS、薬害C型肝炎事件を連想してしまうのですが、過去の失敗の教訓は生かされている、といえるでしょう。


前回に引き続き、ニュース報道を振り返ってみましょう。最初に、厚生労働省の3月10日のリリース(pdfファイル)を読むと、当初は日本側にも油断があったようです。


「これまで、米国バクスター社製ヘパリン製剤に使用されているヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社で製造されたもののみとの報告を受けていたが、3月5日付け米国バクスター社公表資料により、米国バクスター社製ヘパリン製剤のヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社に加えて米国SPL社においても製造されていることが判明した。」


意味不明ですが、想像で補うと、以下のように考えていたのでしょう。



  1. バクスターが米国で自主回収したのは中国製APIを用いた製品だけ

  2. 日本の三社の製品は米国製APIを使用

  3. 故に、日本で同様な過敏反応が起きるリスクは小さい


しかし、バクスターのAPI調達先であるSPL(Scientific Protein Laboratories)の生産体制はもっと複雑でした。SPLのホームページにはヘパリンのサプライチェーンを示す図が掲載されていますが、中国製原料を中国で加工した「1060製品」と北米製原料をアメリカ工場で加工した「1037製品」に加えて、中国製原料をアメリカ工場で加工した「1035製品」の三種類が存在したのです。SPLは、FDAが開発した判定法で陽性を示したAPIの自主回収を3月5日決定しました。日本側は、この連絡を受けて慌てて自主回収を決めたという経緯なのではないでしょうか。但し、SPLによれば、日本の製品では今のところ、ヘパリン類似物質の混入は確認されていないようです。


FDAが開発した判定法は、キャピラリー電気泳動法と陽子核磁気共鳴法です。私自身は全く知識がないのですが、ヘパリンとヘパリン様物質のグラフがどう異なるかを示す図がFDAのウェブサイトで公開されています。FDAはこの検査が実施され合格するまでヘパリン原料・APIの輸入を認めない、という方針を打ち出しました。日本や欧州の規制局にも情報を提供した模様です。

キャピラリー電気泳動法の試験・判定方法(pdfファイル)

核磁気共鳴法の試験・判定方法(pdfファイル)


以下は、最近の主な報道です。



  • New York Times紙3月8日報道:ドイツで自主回収されたRotexmedica社の製品は、中国のChangzhou Quianhong Bio Pharma CompanyとYantai Dongcheng Biochemicals Companyから調達した原料を使用。共にヘパリン材料の輸出で中国の大手10社の一つ。欧州の薬品規制機関であるEMEAによれば、ドイツ以外の国ではアレルギー反応の多発は起きていない(米国でもAPP社製品では発生していない模様なので、やはり、同じ中国の原料でも会社によってリスクが異なるのでしょう)。

  • WSJ紙3月10日報道:SPLの中国合弁は化学品製造企業として登録されているため中国版FDAの監督を受けていないが、Changzhou Qianhong Bio-Pharma Co.とYantai Dongcheng Biochemicals Co.は受けている。問題が発生していないSchenzhen Hepalink社によれば、規制を満たすだけでなく自ら高い基準を設けて品質管理体制や社員教育、小腸仕入先の選別・監督を行うことが重要。Shenzhen Hepalinkでは既知の豚感染ウイルス全てを除去・不活性化できる工程を持っている(報道を読む度に、この会社の経営者の見識には感心させられます)。

  • 同:ある豚肉処理業者が、価格高騰で羊の内臓を使わざるを得ないケースもあると告白。ヘパリン原料製造者は、2006年以降中国で流行しているblue ear病というウイルス疾患に罹った豚を用いたこともあると語った。(WSJ紙は積極的に現地取材して、ヘパリン原料生産の実態を生々しく報告しています)。

  • WSJ紙3月13日報道:ドイツの規制局であるBFARMは、主要10社に対して、中国製ヘパリン原料の使用状況を確認して、もし使っている場合はFDA方式を用いて混入の有無を確認するよう要請。ドイツでは当初、80例のアレルギー反応発生と発表されたが、その後、30例に減少した。うちRotexmedica製品は3例で、他の症例は不明(注:ドイツの規制機関BfArMが3月10日に出したりリースによれば、Rotexmedica製品の重度アレルギー反応は37例とのことです)。

  • FDAの3月14日付発表:中国に事務所を置いて現地の規制機関や企業との連携・検査を強化する。

今回の事件に関しては、何とかして原因を発見して対策を打ち出して欲しいものです。Arixtra(fondaparinux)のような全化学合成品に切り替えれば抜本的な対策になるのでしょうが、価格がネックのようです。それでも、被害が繰り返されるようならば、例えばインスリンや第VIII因子が遺伝子組換え品にシフトしたのと同じようなことが起きるかもしれませんね。


尚、SPLは2004年にArsenal Capitalがワイスから8100万ドルで買収し、その後、2006年にAmerican Capitalという別のプライベート・エクイティ・ファンド(株式上場しているファンドでは最大規模)が買収、8割以上の株式を持つ大株主になっています。


関連リンク







2008年3月8日土曜日

ヘパリンの副作用事件

ヘパリンの副作用問題が広がっています。最初は米国で表面化したのですが、ドイツでも多発していることが判明しました。どちらも原料調達先は中国だそうで、こうなると、世界中に波及する可能性がありそうです。日本の農薬入り餃子も深刻ですが、薬のように規制が厳しい製品で似たような事件が起きたのは驚きです。トラブルの原因が中国の工場なのかどうかはまだ分かっていませんが、これは餃子も同じです。


ヘパリンは血液が凝固するのを妨げる薬で、腎臓透析やある種の心臓手術を行う時に、あるいは深静脈血栓や肺塞栓の治療・予防に、用いられます。米国では70年の歴史があるようです。ブタの小腸から取った成分が原料です。


リンク:ヘパリン原料工場のスナップショット(WSJ紙)
(WSJ紙の一部記事は登録すれば無料で読めます)


事の発端は今年1月9日に、アメリカの疾病対策予防センター(CDC)が一部の透析センターでアレルギー反応が多発したとFDAに報告したことです。1月16日にFDAがバクスター社のニュージャージー工場を立ち入り調査したところ、バクスター側から、一部ロットを自主回収するとの報告がありました。バクスターは翌日、顧客や問屋に一部製品の一部ロットのリコールを伝えるレター(pdfファイルです)を送付し、25日にはプレスリリースも出しました。2月11日には他のロットでも同様なアレルギー反応が起きていることを発表しました。その段階では、FDAの同意の下に、一部製品の生産を一時的に中止しただけで、リコールは行われず出荷も続けられたのですが、2月28日に至って、他の製品・ロットも自主回収されることになりました。


2月11日のFDAの発表によると、バクスターのヘパリンに関する有害事象報告は2007年には数十件だけだったのが昨年末以降急増し、350件に達しました。殆どは透析センターで起きていて、点滴ではなくボラス投与したケースでした。薬との因果関係は不明ですが死亡例も4例発生しました。主な症状は、悪心嘔吐、口の腫脹、呼吸困難、急速な血圧の低下など。


バクスターは米国のヘパリン市場で5割のシェアを持っています。FDAが即座に全製品リコールを求めなかった理由の一つは、供給不足懸念だったようです。シェア第二位のAPP社の製品では同様なトラブルは起きていないようです。

バクスターの生産委託先であるScientific Protein Laboratoriesは、原料を中国江蘇省にある合弁会社Changzhou SPLから調達しています。FDAはこの工場を現地調査していませんでした。輸出特区なので、中国版FDAの検査も受けていないようです。一方、APPのヘパリン原料は同じ中国企業でもShenzhen Hepalink Pharmaceuticalで、こちらはFDAの検査に合格しています。中国製品ではペットフードやおもちゃでも安全性問題が表面化したことがあります。これらのことから、マスコミは中国工場に疑いの目を向けました。



  • FDAが中国の工場を実地検査していなかったことを認めた、とWSJ紙が一面トップで報道。


  • FDAが中国の工場を実地検査しなかったのは検査済みの他の工場と名前を混同したことが原因、と Chicago Tribune紙が報道。


  • 国家食品薬品監督管理局(中国版FDA)側は中国製医薬品原料を監督する究極的な責任は購入国にあると発言、とWSJ紙
    が報道。
  • 中国はヘパリン原料の供給基地で、07年上期にはドイツに13トン、フランスに11トン、米国に10トン輸出した、とNew York Times紙が報道。(New York Times紙も登録が必要だったと思います)


  • 中国でブタのblue ear病が流行したことと関連性があるかもしれない、とChicago Tribune紙が報道


本当に中国工場が原因なのかはまだ分からないのですが、3月に入って二つの進展がありました。第一は、FDAがアレルギー反応の起きたロットの中からヘパリンに類似した異なる物質を発見したこと。簡単には判別できないほど似ているようです。アレルギー反応が報告されていないロットからは検出されなかったとのことなので手掛かりにはなりそうです。FDAは全メーカーに対して、この物質が混入していないかどうか検査するよう求めたようです。


更に、ドイツでも数十件、発生していることが明らかになりました。Bloombergの報道によると、Laboratoires Panpharma SA.グループのRotexmedica社の製品の一部ロットが回収され、政府が全社に調査報告を求めたそうです。この会社はバクスターとは異なる中国企業から調達しているようです。中国のヘパリン原料の輸出先上位はドイツ、フランス、アメリカの順だそうですから、次はフランスで同様な事件が起きるか注目されるでしょう。


アメリカの有害事象報告は氷山の一角で、大半は報告されずに埋もれてしまうのだそうですが、大騒ぎになると一転して、続々と報告されるようになります。ヘパリンの深刻なアレルギー反応も、とうとう、2007年以降の報告数が785件、うち死亡は19例に達したようです。ほかの国でも安閑とはできませんね。




2008年3月2日日曜日

メタボ検診は案外悪くない

4月に始まるメタボ検診の具体的な内容を調べてみましたが、いつの間にか、まともな内容に変わったようです。メタボ検診は激しい議論の的なので、迂闊なことを書くと、このどこがまともなのかと強烈な反駁を受けかねません。私自身は、国会で批判した野党議員を思わず応援してしまったくらいで、前向きではありませんでした。しかし、この内容なら大目に見ても良いのではないでしょうか。あとは、結果をモニターすることが重要だと思います。もし成果が上がらないようだったら、『ゆとり教育』と同じように、撤回すればよいのです。


メタボリックシンドロームは反論が難しく、語る人によって定義が異なるので、何に反論したらよいのか分かりません。最初のうちはBMIや体重は指標として適切ではないと熱弁していたのに、議論が白熱してくると、次第にメタボではなくBMIや体重、LDL-Cの話に摩り替わってしまいます。忍法分身の術の使い手と戦うのと同じで、どの分身を攻撃すべきなのか迷ったあげく、運よく当っても、今度は身代わりの術で逃げられてしまうのです。


大いに警戒していたのですが、厚生労働省が昨年7月に発表した『特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き』を読んで、安心しました。


メタボというだけのことで服薬を迫られるケースはあまりなさそうです。生活習慣改善だけなら、健康な人にとっても有益なのですから、メタボやその予備群の人がやるのをとやかく言う必要はありません。治療する必要の無い患者が続々と来院する事態を恐れているお医者さんも、たぶん、杞憂でしょう。その代わり、健康診断を実施する側と、生活習慣改善指導を受ける人たちは大変でしょう。その費用は国民全体が負担するわけですから、私たちも財布が痛みます。ぜひ、成果を挙げてもらいたいものです。


ミソは、保健指導判定値のほかに、受診勧奨判定値というもう一つの基準が盛り込まれたことです。例えば空腹時血糖なら保健指導判定値は100mg/dLで、上回る人はもし他の条件も満たしているならば、生活改善指導を受けることになります。メニューは様々ですが、一例は、医師や栄養士と数十分の面談を行い、啓蒙・動機付けを受けて、アクション・プランを作成します。メタボに該当する人は、その後も電話やEメールで実行状況をチェックされます。


やがて、血糖値が上昇して126mg/dL以上になったら、遅かれ早かれ、主治医の診断を受けるよう言われるでしょう。これが受診勧奨判定値で、血糖値も血圧も、学会の疾病判定基準とほぼ同じです。逆に言えば、検診機関は相手が二型糖尿病になって手に負えなくなるまでは、生活習慣改善指導を続けるのです。血糖値が126mg/dL以上の人には、これまでの検診でも医者に行くよう勧奨されていたでしょうから、新しい検診でも何も変わりません。啓蒙活動が奏効すれば、勧奨されても行かない人は減るでしょう。これは、良いことです。


まだ病人とはいえない人が徒に薬の副作用リスクにさらされるのではないか、と危惧する必要はなさそうです。


尚、この特定健診・特定保健指導は、40歳から70歳の健康保険加入者が対象になります。メタボリックシンドローム該当者または予備群と認定されると特定保健指導を受けることになりますが、65歳以上と、既に高血圧、二型糖尿病、異脂血症の薬物療法を受けている患者は対象外になります。主治医に対する配慮(遠慮?)があちこちに盛り込まれていて、もし受診勧奨後に医師が治療不要と判定した場合は、その判断を尊重します。


メタボの薬物療法は色々なジレンマがあります。例えば次のような薬はメタボ患者とって良いのか、悪いのか、私には分かりません。


  • 体重が半年で5%前後低下するが、服薬を止めると元に戻る。数%の患者で血圧が大幅に上昇したり心拍数が増加したりする。

  • 体重、腹囲、血糖値、インスリン抵抗性、TG、HDL-Cの全てを穏やかに改善する。LDL-Cや血圧にも中立的。数%の患者で気分変調障害や神経性障害が発生する。

  • 空腹時血糖値とTGに加えて、HDL-Cも穏やかに改善する。LDL-Cや体重は増加する。

メタボと鬱病のどちらを受け容れるべきなのか?私たちが望むのは、メタボリックシンドロームや心筋梗塞を予防することではなく、健康を維持することです。一部の代理マーカーに好影響を与えるということだけに目を奪われずに、総合的に評価しなければなりません。薬物療法を正当化する前に、エビデンスを蓄積すべきです。




STENO-2試験とACCORD試験の違い

ACCORD試験の論文はなかなか出ませんね。"several weeks"内ということなので、4月までには刊行されるのでしょう。これだけ大きな騒ぎになったのですから、エディトリアルも含めてオープンアクセスにしてほしいものです。3月末にはENHANCE試験や糖尿病薬Actos(アクトス;pioglitazone)の冠動脈アテローム試験の論文も刊行されるでしょうから、忙しくなります。

さて、アメリカの医療ニュースサイトに寄せられた読者のコメントを読むと、Steno-2試験とACCORD試験を混同している人もいるようなので、整理しておきましょう。Steno-2試験では強化介入が奏効して、心血管疾患のリスクが半減しました。しかし、この二つの試験はデザインがかなり異なっているので、結果が違っても辻褄は合います。

Steno-2試験はデンマークで実施された、微量アルブミン尿を合併する二型糖尿病患者160人を対象とした試験です。オリジナルの論文は2003年に刊行されましたが、ACCORD試験の血糖スタディの中断が報じられたのと前後して、長期追跡試験の結果が刊行されました。私も論文の見出しや要約を読んだ時はアレッ、と思いましたが、この試験は多元的強化介入(intensified, multifactorial intervention)と記されているように、血糖値だけでなく血圧やコレステロール、BMIなど様々な代理マーカーをアグレッシブに治療しています。伝統的介入群はこの試験が実施された90年代のガイドラインに従った治療を受けましたので、今日のスタンダードから見れば不十分です。


Steno-2試験の治療目標

多元的強化介入群伝統的介入群
HbA1c<6.5%<7.5%
収縮期血圧<130 mm Hg<160 mm Hg
拡張期血圧<85 mm Hg<95 mm Hg
総コレステロール<150mg/dL<195mg/dL

注:93-99年の目標。ガイドラインが改定されたのか、2000年以降は両群とも目標が強化された。




血圧やコレステロールを積極的に治療すれば心血管リスクが低下するのは、数々の治験から明確です。一方、血糖に関してはエビデンスは明確ではありません。影響が小さいのだとすると、もし血糖治療方針が適切でなかったとしても、血圧やコレステロールの治療効果の影に埋没するでしょう。

ACCORD試験も血糖だけでなく血圧やHDL-Cを治療する効果も調べています。しかし、2x2デザインなので夫々の因子を別々に分析することが可能です。具体的には、被験者は血糖集中治療群と標準治療群に割り付けられた上で、更に、血圧集中治療群、血圧標準治療群、fenofibrate群、偽薬群の何れかに割り付けられました。血糖集中治療群と血糖標準治療群を比較する上で、血圧などの治療方針の違いは無視することができるのです。

もうひとつの違いは、Steno-2試験では血糖値が目標ほど下がっていないことです。論文にはグラフしか出ていませんが、強化介入群の平均HbA1cは8%台から7%台に低下しただけです。ベースライン値は異なるものの、到達値ではACCORD試験やADVANCE試験の標準治療群と大差ありません。

このようなわけで、Steno-2試験が成功したからといって、HbA1cを6.5%未満に維持する治療法の有効性が支持されたとは言えません。


J-DOIT3試験について



私は海外担当なので日本の話は良く分からないのですが、ACCORD事件は日本で実施されている大規模アウトカム試験にも影響したようです。井蛙内科開業医/診療録で知ったのですが、J-DOIT3試験の組入れが一時、中断されたそうです。臨床試験を行う上で一番重要なのは被験者に不必要な不利益を与えないことですので、適切な判断でしょう(私が言うのは不遜ですが)。

J-DOIT3試験の臨床試験実施計画書を読むと、この試験も多元的強化療法試験なので、日本版STENO-2試験と呼ぶことができそうです。


J-DOIT3の治療目標

強化治療群通常治療群
HbA1c<5.8%<6.5%
収縮期血圧<120 mm Hg<130 mm Hg
拡張期血圧<75 mm Hg<80 mm Hg
LDL-C<80mg/dL<120mg/dL
(IHD既往)<70mg/dL<100mg/dL
HDL-C≧40-
TG<120mg/dL<150mg/dL
BMI≦22kg/m2≦24kg/m2

注:IHDは虚血性心疾患の略。本試験はIHD既往が7割を占めることが見込まれている。海外の試験と比べて特徴的なのは、血糖降下剤の第一選択薬がActosであること。PROActive試験で心筋梗塞再発予防効果を示したことが理由。海外では欧米の糖尿病学会が第一選択薬に指定しているmetforminをベースとすることが多い。



STENO-2試験は規模が小さいのが弱点ですが、J-DOIT3は組入れ目標が3338人と大きいので、良いエビデンスができるでしょう。私たちが注意しなければならないのは、血糖値をアグレッシブに治療する是非を調べる試験ではないということです。二型糖尿病は血糖値を下げればそれでOKではなく、心筋梗塞を予防するために様々なリスク因子を治療すべきであることを立証するための試験なのです。当然のことながら、Actosの効能を調べる試験ではありません(笑)。




Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...