2008年5月27日火曜日

PRoFESS試験と治療ガイドラインの関係

前回のコメントは多少ピントがずれていて、ACE阻害剤ではなく利尿剤と関連付けて書いたほうが良かったかもしれません。


ARBの治験が思わしくない結果になると、つい、『ARBはACE阻害剤に肩を並べることはできても凌駕することはできない』という法則を連想してしまいます。今回の発表者であるS. Yusuf博士はHOPE試験の論文の第一著者でもあり、博士自身がHOPE試験に言及していたので、猶更です。その上、私は以前からHOPE試験の結果はおかしいのではないかと思っていましたので、この機会とばかりに関連付けて書いてしまいました。


そこで、今回は、AHA/ASAの卒中・一時的脳虚血発作(TIA)再発予防ガイドラインに即して、PRoFESS試験の結果を振り返ります。


AHA/ASAガイドライン(オープンアクセスです)



まず、抗血小板薬に関するリコメンデーションは、



  • 非心原性虚血性卒中またはTIAの患者には、卒中の再発やその他の心血管イベントのリスクを削減するために、抗凝固薬より抗血小板薬を推奨する(クラスⅠ、エビデンスレベルA)

  • 当初の治療に際して、アスピリン(50-325mg/日)、dipyridamole徐放製剤とアスピリンの併用、そしてclopidogrelは、何れも容認できる選択肢である(I、A)

  • アスピリン単剤よりもdipyridamole徐放製剤との併用を推奨する(I、B)

  • 直接比較試験に基づいて、アスピリン単剤に代えてclopidogrelを考慮すべきかもしれない(IIb、B)

  • アスピリン以外の抗血小板薬の選択に関する十分なエビデンスはない。

  • 抗血小板薬の選択は患者のリスク因子や耐容性、その他の臨床的特徴に基づかなければならない。


PRoFESS試験では、dipyridamole徐放製剤とアスピリンのコンビ薬の効果がclopidogrelと比べて非劣性であることが確認されませんでしたが、clopidogrelのほうが優れていた訳でもありません。AHA/ASAのガイドラインには矛盾しないことになります。


次に、血圧管理に関するリコメンデーションは、



  • 虚血性卒中またはTIAを経験して超急性期を超えた人には卒中の再発やその他の血管イベントを防ぐために血圧治療を推奨する(I、A)

  • 効果は高血圧症の有無を問わないので、全ての虚血性卒中またはTIA患者について、上記の推奨を考慮すべきである(IIa、B)

  • 血圧低下目標は不確かであり、また、患者毎に決定されるべきだが、効果に関連が見られるのは平均10/5 mm Hgの削減であり、また、JNC-7(血圧管理ガイドライン)は120/80 mm Hg未満を通常血圧と定義している(IIa、B)



降圧剤のほうは歯切れが悪く、うまく訳せません。解説文によれば、高血圧症患者の卒中・心血管イベント一次予防に有効であるというエビデンスは豊富に存在する一方で、卒中・TIAの二次予防に関するエビデンスは限られているのだそうです。


降圧剤の選択に関する推奨も明確には記されていません。メタアナリシスでは、利尿剤や利尿剤とACE阻害剤の併用で顕著な再発予防効果が見られましたが、ACE阻害剤単剤やベータブロッカーでは見られなかった、と記されています。


ACE阻害剤はHOPE試験とPROGRESS試験が紹介されていますが、良いとも悪いとも言っていません。前者は解釈を巡って意見がまとまらなかったのではないかという印象です。


脳卒中再発予防におけるACE阻害剤の効用が明確でないならば、PRoFESS試験のインプリケーションは、ARBも効果が明確でないのでやっぱり利尿剤が一番、ということになるのかもしれません。


脳卒中再発予防関連の主な試験

卒中群間差(mm Hg)

ハザードレシオ最高血圧最低血圧
PATS
(利尿剤)
0.71 *52
PROGRESS
(perindopril)
0.9553
PROGRESS
(perindopril+利尿剤)
0.57 *125
HOPE
(ramipril)
0.68 *32
PRoFESS
(telmisartan)
0.9542

*偽薬群比統計的に有意

それにしても、利尿剤のエビデンスはそんなに強固なのでしょうか?よく引き合いに出されるMRC試験(利尿剤とベータブロッカーを比較)は20年以上前の話で、PATS試験(利尿剤と偽薬を比較)は中国だけで実施された試験のようです。時代や地域が違えば、患者背景や基礎治療の内容が異なるかもしれません。


ACE阻害剤の試験はどちらも違和感のある内容です。HOPE試験(ramipril対偽薬)は脳卒中・TIAだけを対象にした試験ではなく、該当するのは1割強に過ぎませんでした。全体の解析では有意な卒中二次予防効果が見られましたが、脳卒中・TIA既往患者はサンプルサイズの関係で有意差は出ていません。血圧が3/2 mm Hgしか低下しなかった割には卒中が3割以上少なかったのですが、血圧の測定方法が適切でなかった可能性も指摘されているので、この二つの指標の相関関係を知るには適当ではないかもしれません。


PROGRESS試験は脳卒中・TIAだけが対象ですが、治療方法はperindoprilだけでなく利尿剤の併用も認められました(無作為割付け前に医師が申し込んだ場合)。併用例では血圧が12/5 mm Hgと大きく低下し脳卒中も削減されましたが、perindoprilだけを投与した例では血圧の群間差が5/3 mm Hgに留まり、脳卒中リスクに有意差はありませんでした。この試験の解釈は、やっぱりACE阻害剤は駄目と考えることもできますが、利尿剤単剤投与群が設定されていないので、薬の種類の問題なのか、血圧低下幅の違いが原因なのか、ハッキリしません。


どうにも曖昧な話ばかりなので、PRoFESS試験が成功すれば良かったのですが、話が更に複雑になってしまいました。私自身は、血圧の群間差が小さかったことが原因ではないかと想像しています。


この試験に参加した患者は7割以上が高血圧でした。ベースライン時点の平均血圧は144/84 mm Hgなので、偽薬群の患者の担当医がもう少し下げたいと思って降圧剤を追加したとしても非難できません。むしろ、良心的と褒められるべきでしょう。


このような問題を克服するには、例えば、高血圧症の患者を除外しても良かったのではないでしょうか。過去の試験では、血圧が正常な患者にも効果がありました。あるいは、特定の薬剤に拘らずに血圧目標を比較する(130-140 mm Hgと120-130 mm Hgはどちらが良いか)デザインを採用しても良かったのではないでしょうか。


降圧剤のタイプ毎の違いは面白いテーマですが、一方で、患者によって向き不向きがあることも指摘されています。例えば、ACE阻害剤やARBはアフリカ系アメリカ人に対する降圧作用がやや弱く、LIFE試験やALLHAT試験によれば、臨床的な転帰も若干悪そうです。


また、血圧管理目標を達成するために複数の薬を併用しなければいけない患者にとっては、個々の薬の優越はそれほど重要ではないかもしれません。


amlodipineの特許が切れたので、ARB vs. Ca拮抗剤の論争は下火になるでしょう。ARBも数年後に特許切れが始まります。今後は、特定の薬剤にフォーカスした試験ではなく、併用の組み合わせや治療目標を検証する試験が増えていくのではないでしょうか。





2008年5月14日水曜日

ヘパリン問題のアップデート

(08/5/17:APP社のヘパリン値上げに関するリリースのリンクを追加しました)

ヘパリン問題のアップデートとして二つの話を書きます。


アメリカやドイツで過敏反応が多発したのは過硫酸化コンドロイチン硫酸(OSCS)の混入が原因である可能性が高まりました。容疑が絞り込まれ、検出方法も開発されたおかげで、安価で貴重な薬剤であるヘパリンを大量にお蔵入りさせる事態は回避できそうですが、一方で、混入が僅かであった場合でもリコールすべきなのかという難しい問題が浮上しています。New England Journal of Medicine誌に掲載された動物試験論文によれば、OSCSの毒性は特定の用量域に限定されていて、それ以上でも以下でも発揮されないとのことです。残念なことに、人間に投与する場合の危険域については言及されていませんでした。分からないのでしょう。


日本で扶桑薬品が5月2日に一部製品の自主回収を発表しましたが、この決定に至る過程でも、どの程度の混入なら許容できるのかが問題になったようです。


同様なジレンマは、欧州でも低分子量ヘパリンで起きています。サノフィ・アベンティスのenoxaparinで混入が見つかり、フランスは当該ロットの回収を発表(フランス語です)しましたが、イギリスは回収しないことを発表しました。


一難去ってまた一難、という印象ですが、全体としてみれば、特定の工場で作られた原料を使った全ての製品をお蔵入りにするのではなく、検査で陽性だったものだけに絞り込めたことは、安定供給を確保する上で大きな意義があったのではないでしょうか。


さて、アメリカではバクスターが大規模な自主回収を行いました。原料調達先の一つである中国の合弁会社は、FDAから品質管理体制の改善要求を受けましたので、しばらくは輸出できないでしょう。現状は、APP Pharmaceuticals社が供給責任を果たすべく孤軍奮闘しています。


同社は生産体制を月産1200万バイアルと従来の3-4倍に拡大したようです。問屋や医療施設の在庫補充需要も旺盛な模様で、これが一巡すれば700-800万バイアルに落ち着く見込みのようです。


売上高が増えて幸運なように見えますが、悩みもあるようです。ヘパリンは安価なので元々、利鞘が小さい上に、今回の問題でヘパリン原料の価格が急騰しているからです。世界中のヘパリン・メーカーが素性の確かな原料を求めた結果、過去3ヵ月で200%値上がりしたそうです。


価格に転嫁したいところですが、現状で値上げを打ち出すと、人の弱みにつけこむ嫌な企業というイメージを与えかねません。かといって、原料価格の高騰を吸収できるほどの余力もありません。このため、大口ユーザーなどと値上げに向けた話し合いを進めている模様です。


とうとう、5月15日に値上げを発表しました。1000単位当り6セント値上げするようで、透析一回当りのコスト増は48セント、アメリカの透析費用の0.5%を占めるだけとのことです。


アメリカでは数年前に、インフルエンザ予防用ワクチンの供給不足が頻発したことがあります。大手メーカーであるカイロンの英国工場が英国の規制局の検査に合格できず、生産をストップしたり、一社が撤退したことなどが原因です。当時、米国疾病予防管理センターでは、安定供給体制を確立するためには価格の引き上げを受け容れることも必要とコメントしていました。


その後、ノバルティスやグラクソ・スミスクラインがインフルエンザ予防用ワクチン・メーカーを買収したため、供給体制は強化されました。価格については把握していませんが、政府が購入価格を引き上げたという話を聞いたことがあります。


ギョーザ事件もそうですが、トラブルが発生する度に反省するのは、安全はタダでは買えないということです。商取引の根幹は相互の繁栄で、取引先が最低限の収益を上げることができなかったら、こちらの事業にも響きます。ヘパリンについても、値上げを受け容れる余地があるのかもしれません。




2008年5月4日日曜日

C型肝炎治療の新星

新しいタイプのC型肝炎治療薬が臨床開発の階段を一歩ずつ上がってきました。順調に進めば2011年にも欧米で発売されるでしょう。日本でも、それほど遅れずに発売されるのではないでしょうか。

C型慢性肝炎の現在の標準療法はPEG化インターフェロンとribavirinの併用で、過半の患者が奏効しますが、難治性のI型ウイルスに対する奏効率は4割程度です。また、奏効しなかった場合の選択肢は少なく、奏効率もあまり上がりません。そこで注目されているのが、STAT-C(Specifically Targeted Antiviral Therapy for HCV)と呼ばれる一連の薬です。

HIV/AIDS治療では、ウイルスがリンパ球に感染して内部で増殖し、リンパ球を出て次の感染先を見つけるまでの様々な過程をターゲットとする薬が実用化されています。逆転写阻害剤やプロテアーゼ阻害剤、エントリー・インヒビター、インテグラーゼ阻害剤などです。HIVというウイルスはしぶとく、直ぐに薬剤耐性を取得してしまうので、異なった過程を阻害する複数の薬を併用して強力かつ一気呵成に叩く、多剤併用療法が一般的です。これらの薬と同様に、C型肝炎ウイルス(HCV)の増殖に必要な酵素などを阻害するのがSTAT-Cで、HCVの複製・組立に必要な酵素であるNS3プロテアーゼや、RNAの転写に必要なポリメラーゼを阻害する薬が臨床開発の中期・後期に進んでいます。HCVも直ぐに変異してしまうので一剤だけではうまく行かない模様ですが、PEG化インターフェロンやribavirinと三剤併用することによって克服できそうです。

開発が最も進んでいるのはプロテアーゼ阻害剤VX-950(telaprevir)で、アメリカのバイオ企業バーテックス(ホームページ)がジョンソン・エンド・ジョンソンと提携して、昨年、フェーズⅢ試験を開始しました。日本の権利は田辺三菱製薬が持っていて、フェーズⅠ試験中です。

先日、欧州の学会で、I型ウイルスに感染して初めて治療を受ける患者を対象としたフェーズⅡb試験の途中経過が発表されました。様々な用法がテストされていますが、一番良さそうなのは三剤併用で12週間治療した後に更にPEG化インターフェロンとribavirinの二剤だけで12週間治療する『24週間コース』です。持続的ウイルス学的奏効率(SVR:治療を終えてから24週間経った時点でウイルスが検出されなかった患者の比率)はPROVE 1試験が61%、PROVE 2試験が68%でした。標準療法(48週間コース)のSVRはPROVE 1試験が41%で、PROVE 2試験は未だ結果が出ていません(コースが長いので時間がかかるのです)。一群80人程度の試験ですが、中々良い結果といえるでしょう。主な有害事象はラッシュ、掻痒、貧血、下痢、悪心など。HIV/AIDSの多剤併用療法と同様に副作用も増えますが、治療期間が半分で済むというメリットもあります。

この学会では、フェーズⅡb試験で標準療法群に組み入れられた患者のうち、奏効しなかった患者に三剤併用投与した試験の初期解析結果も発表されました。現時点では症例数が少ないのですが、治療開始後4週間経った時点で、60人中49人がウイルス検出不能になりました。

STAT-Cは標準療法と異なり作用のオンセットが早いのですが、一方で、治療を続けるうちにウイルスが再燃してしまうことがあります。このため、初期のデータが良くても楽観はできません。また、この試験はキチンとした無作為化対照試験ではなく単群試験に過ぎません。それでも、二次治療でこれだけの成果が上がったというのは驚くべきことでしょう。

標準療法が奏効しなかった患者にVX-950を単剤投与した試験ではあまり良い結果が出ませんでしたので、三剤併用しても駄目なのではないかと私は思っていました。三剤のうち二剤は効かなかったわけですから、事実上、単剤投与と同じなのです。しかし、この試験では標準療法に殆ど反応しなかった患者でも過半が探知不能になりました。STAT-Cにはインターフェロン感受性を高める作用があるらしく、シナジーが生じているのかもしれません。

シェリング・プラウもプロテアーゼ阻害剤boceprevirでフェーズⅡb試験(I型、一次治療)を実施しています。フェーズⅡb試験の途中経過データが発表されましたが、VX-950と同様に、良さそうな結果が出ています。

ポリメラーゼ阻害剤ではロシュがR1626のフェーズⅡa試験(同)の途中経過を発表しました。標準療法群は48週間の治療を終えた段階で奏効率が65%。一方、三剤併用で4週間、標準療法で更に44週間治療した群の同様な奏効率は84%でした。ここでも、20ポイント程度上乗せされています。R1626は有害事象発生率がやや高く、ラッシュや刺激過敏、疲労などに加えて、重度の血小板減少症や重篤(グレード4)の好中球減少症が見られました。ロシュはファーマセットと提携してR7128も開発しています。まだフェーズⅠのデータしかありませんが、忍容性はこちらのほうが良さそうです。

STAT-Cの第一号は、副作用が原因で開発中止になりました。第二号以下にも同じ落とし穴が待っているかもしれません。しかし、今のところは順調に進んでいるようです。




Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...