2008年11月24日月曜日

JUPITER試験はここが変だ

Crestor(rosuvastain)を用いた心筋梗塞初発予防試験、JUPITER試験の結果が反響を呼んでいます。治験論文が刊行されたNew England Journal of Medicine誌がウェブサイトで用意したコメント・コーナーには、453件の読者の声が寄せられました。心臓学のエキスパートであるTopol博士のtheheart.orgのビデオ・ブログでも、CardioSourceのフォーラムでも、過去にないほど多くの意見が寄せられています。


JUPITER試験は客観的に見れば大変良い結果だったのですが、賛否両論に分かれています。hsCRPという臨床検査マーカーを用いて高リスク患者をスクリーニングするというコンセプトがノイズになっているようです。以下、JUPIER試験の良いところと、おかしなところを検討してみましょう。



JUPIER試験関連リンク




JUPITER試験はここが凄い


JUPITER試験は、心血管疾患既往でも糖尿病でもなく、LDL-C値もHDL-C値も正常な中高年、つまり現在の治療ガイドラインではスタチンの適応にはならない人のうち、hsCRPが高い(2mg/L以上)人をスクリーニングして、強力なLDL-C低下作用を持つrosuvastatin(一日20mg)で血管性疾患初発予防を行った、無作為化偽薬対照二重盲検試験です。世界26ヶ国の施設で17802人を組入れ、03年から08年にかけて実施されました。


中間解析で主目的が達成されたため、メジアン追跡期間1.9年間で繰り上げ完了しました。主評価項目(心筋梗塞、卒中、動脈再建術、不安定性狭心症による入院、または心血管疾患による死亡の複合評価項目)の100人年当り発生率は0.77と偽薬群の1.36を有意に下回りました(ハザードレシオ0.56、95%信頼区間0.46-0.69、p<0.00001)。


スタチンの初発予防では、高LDL-C患者を対象としたWOSCOPS試験、LDL-Cは正常だがHDL-Cが低い患者を対象としたAFCAPS/TexCAPS試験、高血圧患者を対象としたASCOT-LLA試験などが、冠状心疾患を30-40%減らすことに成功しましたが、40%以上削減したのは初めてです。LDL-C値を平均108mg/dLから50mg/dL台に下げた試験も初めてです。白人以外の人種や女性、メタボリックシンドロームなど、他の試験ではあまり組み入れられていないサブポピュレーションのエビデンスという意味でも価値があります。


また、rosuvastatinの血管性疾患リスク削減効果が確認されたのも、大規模長期試験で忍容性が確認されたのも、初めてです。大変意義のある試験と言えるでしょう。


この試験のもう一つの意義は、広く用いられている用量とそれほど変わらない20mgをテストしたことです。Lipitor(atorvastatin)は一日80mgを投与した試験で、冠状心疾患予防効果が同剤の20mgやpravastatinの40mgを有意に上回りました。しかし、Lipitorの欧米での典型的な用量は10-20mgで、アグレッシブ治療試験が成功した後も、80mgの需要はそれほど増えませんでした。使い慣れた用量を4-8倍に増やすのは抵抗があるのでしょう。rosuvastatinの欧米の需要は殆どが10mgですが、今回の20mgは2倍でしかありません。増量に対する抵抗感はLipitorほどではないでしょう。また、10mgでも(効果は小さくなりますが)ある程度の効果はあるでしょう。


尚、rosuvastatinは日本人や中国人は半分の量で足りるようです。日本の典型的な用量は2.5mgらしいので、今回の試験用量は4倍に相当しますが、それでも、Lipitorの80mgやpravastatinの40mgのように日本では承認されていない用量の試験のデータよりは、実践的な情報といえるでしょう。



JUPITER試験はここがおかしい


一方で、JUPITER試験のデザインと意図を解説した論文や今回の論文を読むと、釈然としない点もあります。また、JUPITER試験の結果が発表されたAHA科学部会の記者発表では、発表者のP. Ridker博士が、奇妙な受け答えをしていました。


第一の疑問点は、hsCRPでスクリーニングする手法の検証が十分か、ということに関連します。hsCRP検査自体の信頼性に関しても、変動するので一度の検査だけでは判定できないとか、リウマチなど自己免疫疾患によるhsCRPの上昇をどう扱うか、あるいは、保険は付くのかというような意見が出ていますが、議論を複雑にしているのは、以下のノイズです。



  • Ridker博士は、hsCRPなどのバイオマーカーを用いて心血管リスクを評価する方法に関する特許の発明者であり、利害相反があること。

  • JUPITER試験は低hsCRP患者を組み入れていないので、高hsCRP患者のほうが血管性疾患リスクやスタチン応答性が高いとは言えないこと。

  • 他の初発予防試験と比較しようと試みても、主評価項目が異なるので比較できないこと。

  • Topol博士が指摘しているように、JUPITER試験に参加した患者のうちhsCRPがメジアン値以上の患者と以下の患者のサブセグメント分析を行えば参考になるはずですが、どういう訳かデータは発表されていません。

  • 学会発表によれば年齢とhsCRP以外にリスク因子を持たない患者にも効果があったのですが、該当者は6375人と全体の半分以下に過ぎません。また、ハザードレシオの点推定値は全患者のそれより若干劣るようです(信頼区間が広いので有意性はありません)。

  • 治験論文の抄録には「外見上は健康な」中高年を対象にしたと記されていますが、メタボが4割を占めるので必ずしも健康とはいえません。また、サブセグメント分析の図を見ると被験者の過半が高血圧症だったのですが、患者背景の表には明記されていません。この治験は高血圧でも190/90 mmHg以下なら参加することができたので、血圧管理が不良な患者が多く組み入れられていた可能性があります。JUPITER試験の特徴は脳卒中が心筋梗塞と同じくらい発生したことですが、血圧をちゃんと治療した上で尚、rosuvastatinが脳卒中を減らすことができたのかどうか、明確にすべきでしょう。


新しいスクリーニング方法の有効性を吟味する時は、現在用いられている手法にどの程度上乗せできるか、限界効用が問題になります。JUPITER試験は年齢とhsCRP以外にも病気やリスク因子を持っている人が多く組み入れられたために、エビデンスとしての価値が曖昧になってしまいました。それどころか、論文や学会発表を見て、hsCRPの有益性に関するデータを出し渋っているのではないかという印象を受けました。


hsCRPを離れても、この治験のデザインと論文には変なところがあります。



  • JUPITER試験の解析計画は相対リスク削減率25%、検出力90%ですが、rosuvastatinのLDL-C低下作用と、過去のスタチンの治験のLDL-Cと心血管リスクの関係から推測すれば、削減率が40%を超えるのは初めから予想できたでしょう。この治験はオーバーパワーだったのですから、中間解析で主目的を達成したことを過大評価すべきではないでしょう。

  • 心血管疾患で死亡した患者数が公表されていないこと。主評価項目の一つであることを考えれば異例です。AHAが主催した記者会見で記者が質問したのですが、Ridker博士は明らかにしませんでした。この試験は第三者委員会が主評価項目症例のアジュディケーションをしたのですが、判定基準が厳しいために、心血管疾患死と確認された症例数を明らかにするのはミスリーディングになってしまう、とのことでした。しかし、アジュディケーションが信用できないなら主評価項目も信用できないはずです。何れにせよ、この試験は、意図的に隠されているデータがあることになります。

  • rosuvastatin群は糖尿病発症が有意に多く、また、腎臓障害や肝臓障害が多いトレンドが見られました。発生率の群間差はそれぞれ0.6%、0.6%、0.3%なので小さいですが、治療効果(主評価項目の発生率の差)も1.9年間で1.2%程度なのですから軽視はできません。糖尿病も腎肝障害も、アジュディケーションを受けていないでしょうからデータの信頼性は低いことになりますが、本試験のように小さな治療効果を検出する試験では、有害事象の小さな差も十分に検出できるように、安全性のアジュディケーションも行うべきだったのではないでしょうか。



読者の書き込みを読んで感じるのは、従来からhsCRPに前向きだった人は更に前向きになり、批判的だった人は現在も批判的で、どちらでもなかった人は一部が前向きに変わったのではないか、ということです。JUPITER試験は一歩前進ですが、決定的なエビデンスにはなりませんでした。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...