2009年3月28日土曜日

直ぐ赤くなる奴は飲ませるな

ビールを一杯飲んだだけで赤くなる奴に、無理に飲ませるな、という内容の論文が刊行されました。急性アルコール中毒になるといけないから?いえいえ、何と、飲み続けると食道がんのリスクが高まるのだそうです。いやあ、知らないって恐ろしいですね。リンク:PLos Medicine: Brooks等(オープン・アクセス)




  • 東アジア人(日本人、中国人、韓国人)の36%はアルコールを飲んだときに顔の紅潮や吐気、頻脈などの特徴的な生理反応を示す。殆どの場合はアルコールを分解する酵素の一つであるALDH2の先天性欠乏が原因だ。

  • ALDH2欠乏者は飲酒による食道がん、具体的には扁平上皮細胞腫のリスクが高い。アルコールの代謝物であるアセトアルデヒドはALDH2によってアセテートに代謝されるが、欠乏者の場合は蓄積するからだ。顔の紅潮もアセトアルデヒドが原因。

  • リスクはアルコール摂取量と相関し、Yokoyama等の研究によれば量の多い人は殆ど飲まない人の数十倍に高まる。ホモ接合型(両方の遺伝子が欠乏型)の患者は殆ど飲めないのでリスクが高まらないが、ヘテロ接合型は飲もうとすれば飲めるので注意が必要だ。

  • ALDH2欠乏は簡単に見分けることができるので、医師は飲酒を控えるようにアドバイスしたり、リスクの高い患者の内視鏡検査を行ったりすることができる。


食道がんは男のほうが多く、日本の男は年1万人が食道がんで亡くなっています。喫煙もリスクを高めます。胃癌や乳癌のように患者数が多くまた早期発見で転帰を改善できる可能性のある病気は、政府が熱心に取り組むので、健康診断などに検査が組みこまれています。一方、他の癌は費用対効果の面などからややもすると疎かになりがちです。


論文によると食道がんも早期に発見できれば内視鏡手術で対処できるようです。それだけに、このような知識を得て自分にリスクがあるのかどうか、あるのならどうしたらよいか、自分で考えて行動することが大事ですね。








2009年3月25日水曜日

非劣性と同様の違い

医薬経済社のRISFAXを読んでいたら、「UFT」による乳がん治療、標準療法に非劣性示す、という記事がありました。しかし、大鵬薬品のプレスリリースには非劣性という言葉は出てきません。論文刊行を宣伝した記事ですが、その論文の抄録にも非劣性検定が成功したとは記されていません。「similar(同様)」と「非劣性」を記者が混同したのでしょう。観点を変えると、書き方が紛らわしかったのでしょう。


Jounal of Clinical Oncologyに刊行されたのはN・SAS-BC 01試験の結果です(リンク:抄録)。リンパ節転移のない早期乳癌の切除を受けた患者の中から再発リスクが比較的高い約700人を組み入れて、UFTを2年間経口投与する群とCMF三剤併用療法(シクロホスファミド・メトトレキサート・フルオロウラシル)を6サイクル施行する群に割り付け、6年以上追跡しました。主目的はUFTの無再発生存率がCMFと非劣性であることを確認することでした。結果はそれぞれ87.%と88.0%、ハザード比は0.98なので確かに同様な結果です。しかし、95%信頼区間は0.66-1.45と広く、効果が3割以上低い可能性を否定できていません。抄録しか読んでいないので分かりませんが、主目的を達成できたとは記されていないので、成功しなかったのでしょう。


もし成功しなかったのだとしたら、同様と記されているのはミスリーディングなのではないでしょうか。このような言い換えは頻繁に見られることなので医学誌の常識には反していないのでしょう。しかし、医学研究の成果を社会と共有することが重要になった今日、専門家の間でしか通用しない隠語のような言い換えは回避すべきなのではないでしょうか。


おそらく、本文に正確に記されていればそれで良しという考え方なのでしょう。しかし、様々な学者が指摘しているように、普通の医療従事者は抄録しか読みません。Journal of Oncologyを購読していない臨床腫瘍学医はいないでしょうから例外扱いすべきなのかもしれませんが、臨床試験の最大の目的は主評価項目を検討することなのですから、首尾が割愛されていたら抄録としての価値がないでしょう。


RISFAXは業界紙なのですから、同様と非劣性が異なることを知っていなければならないでしょう。それはそれとして、もっと一般の人にも分かり易い書き方をしてほしいものです。










2009年3月14日土曜日

プレスリリースを英語と日本語で読む

今回は英語の勉強です。武田薬品は3月6日に糖尿病治療薬の開発状況に関するプレスリリースを出しました。面白いのは、日本語版より英語版のほうが情報が多いことです。英語版では、FDAが新しいガイダンスを適用すると書かれていますが、日本語版はカットされています。また、英語版は、追加試験のデザインについて相談に応じるとFDAが伝えてきたと書かれていますが、日本語版は、武田が行う場合はと仮定文になっています。

承認申請後にできたガイダンスを適用するなんて不公平だ、追加試験をやるなんて一言も言っていないぞ、という憤りが感じられますね。


英語版日本語版
Takeda Receives New Information on Alogliptin (SYR-322) NDA米国申請中の2型糖尿病治療薬SYR-322に関するFDA審査状況について
Takeda Pharmaceutical Company Limited today announced that Takeda Global Research and Development Center, Inc., a wholly owned United States (U.S.) subsidiary, was informed as part of regular discussions about the alogliptin New Drug Application (NDA) with the United States Food and Drug Administration (FDA), that although the alogliptin NDA was filed prior to issuance of FDA’s December 2008 guidance on new Type 2 diabetes treatments, the FDA will apply these guidelines when reviewing the alogliptin NDA.当社の100%出資子会社である武田グローバル研究開発センター株式会社(米国イリノイ州、以下、「TGRD社」)は、このたび、販売許可申請中の 2型糖尿病治療薬SYR-322(一般名:alogliptin)の審査状況について、米国食品医薬品局(FDA)と継続中の協議の中で連絡を受けましたのでお知らせします。
Additionally, the FDA does not believe that the amount of existing alogliptin clinical data is sufficient to meet certain statistical requirements in the new guidance. The agency is open to discussions regarding the design of additional CV studies with alogliptin. Alogliptin’s Prescription Drug User Fee Act (PDUFA) date -- June 26, 2009 - remains unchanged.In December, 2008 the FDA issued “Guidance for Industry: Diabetes Mellitus ― Evaluating Cardiovascular Risk in New Antidiabetic Therapies to Treat Type 2 Diabetes”.FDAは、SYR-322の現在の臨床試験データは、2008年12月に公示・施行された「新糖尿病治療薬の心血管系リスク評価についてのガイダンス」の統計的要件を十分に満たしているとは考えていないこと、また、当社が本薬に関する追加の心血管安全性試験を行う場合はFDAとして協力する用意があることを、述べています。なお、SYR-322の審査終了目標日である2009年6月26日については変更が無い旨、FDAより連絡を受けています。
In October 2008, Takeda received notification from the FDA that it was unable to complete its review of the alogliptin NDA by the original PDUFA date ― October 27, 2008 ― due to internal resource constraints. The FDA did not raise any issues with the data in the alogliptin NDA at that time. In December 2007, Takeda submitted its NDA for alogliptin to the FDA.当社は、2008年10月、FDA内部のリソース配分に起因する工数不足によって、SYR-322の当初の審査終了目標日であった2008年10月 27日までに審査が完了しないとの通知を、FDAより受領していました。なお、その際にはFDAからは、SYR-322の承認申請内容に関して問題点は指摘されていませんでした。








2009年3月8日日曜日

Clopidogrelと2C19多型

昨年のAHAで発表された、clopidogrelとPPIの相互作用に関する疫学的試験の論文がJAMA誌に刊行されました。以前書いた2C19機能低下多型の話と比べると複雑なので、以下、主要なデータを見てみましょう。

PPIがclopidogrelの作用を邪魔することを証明するのは大変な仕事です。命題がたくさんあるからです。

  1. clopidogrelは2C19が十分に機能しないと血小板凝集抑制作用を発揮できない。
  2. PPIは2C19の作用を阻害する。
  3. clopidogrelの血小板凝集阻害作用が不足すると心血管イベントのリスクが高まる。
  4. omeprazoleだけでなく他のPPIも相互作用がある。
  5. H2ブロッカーは相互作用がない。

1と2は小規模な試験でも検討できますが、3は大規模な試験が必要です。clopidogrelや新薬であるprasugrelの第三相試験でも、PPI服用者のサブセグメント分析となると検出力が足りないかもしれません。

FDAは、この問題に関する1月の早期連絡の中で、H2ブロッカーがclopidogrelの効果を阻害するというエビデンスは現時点ではない、と言っています。はっきりしたことが分かるまでは、PPIではなくH2ブロッカーを用いたほうが良さそうです。

以下、これらの命題を検討した試験や、参考になりそうなデータを見てみましょう。

関係ある

P. Michael Ho(Denver VA Medical Center)等

JAMA 2009年(オープンアクセス) リンク

  • デザイン:後ろ向きコホート・スタディ。対象は03年から06年に急性冠症候群で退役軍人病院を退院し、clopidogrelを服用した8205人。63.9%が退院時または追跡期間中にPPIの処方を受けた。銘柄はomeprazoleだけが60%、途中でスイッチして複数を経験した患者が37%。PPI服用群の平均年齢は65歳、男が99%、退院時に91%がアスピリン、95%がスタチンを服用。
  • 結果:死亡・急性冠症候群再入院の発生率(メジアン追跡期間521日)はPPI服用者で29.8%、非服用者で20.8%。多変量解析による修正オドレシオは1.25、95%CIは1.11-1.41だった。PPI服用期間との相関性も見られた。ネステッド・ケースコントロール・スタディ方式による解析でも修正オドレシオ1.32、1.14-1.54と関連性があった。一方、clopidogrelを服用しなかった患者の解析ではPPI服用との関連性はなかった(0.98、0.85-1.13)。
  • 考察:前向き無作為化試験で確認する必要があるが、それまでの策として、ガイドラインが推奨しているように、clopidogrelとPPIの併用は胃腸出血リスクの高い患者に限定すべき。

David N. Juurlink(Sunnybrook Health Sciences Centre)等

Canadian Medical Association Journal 2009年 オンライン・パブリケーション(オープンアクセス) リンク

  • 目的と研究手法:clopidogrelとPPIの併用が再梗塞リスクと関連するかを調べるために、カナダのオンタリオ州のデータベースを用いてネステッド・ケースコントロール・スタディを実施。
  • デザイン:02-07年に急性心筋梗塞の治療を受けて退院し、clopidogrelを服用した66歳以上の患者13,636人。最長90日間追跡。メジアン76歳、男56%、30%が入院中にPCI施行。退院後90日以内に31%がPPIの処方を受けた。2C19に影響する他の薬を服用した患者は少なかった。
  • ケースは退院後90日以内に急性心筋梗塞で再入院・死亡した患者734人。コントロールは2057人。ケースはコントロールには幾つかの点で偏りがあった。うっ血性心不全(27%対18%)や糖尿病(28%対20%)が有意に多く、ACE阻害剤服用者(57%対65%)が有意に少なかった。
  • 結果:PPI服用患者と再梗塞のリスクは関連性があった(修正オドレシオ1.27、95%CI 1.03-1.57)。修正前のオドレシオは1.32。2C19を阻害しないpantoprazoleを除外すると、PPI服用者の修正オドレシオは1.40、95%CI 1.10-1.77と高まった。pantoprazole服用者(ケースの194人中46人)は各1.02、 0.70-1.47で関連性は見られなかった。H2ブロッカー服用者(31人)も関連性なし(0.94、0.63-1.40)。また、PPIを止めてから31日以上経った患者にはリスクが見られなかった。
  • 研究の制約:喫煙、血圧、脂肪などのリスク因子に関するデータがないこと。処方箋データベースを用いたのでアスピリンの服用状況が把握できていないこと。
  • 考察:当面の策として、clopidogrelを服用している患者にプロトンポンプ阻害剤を投与するのは可能な限り避けるべき。H2ブロッカーや、もしPPIが必要ならpantoprazoleを用いたほうが良い。

Ronald E Aubert(Medco Health Solutions)等

08年AHA抄録(Circulation、2008年)

  • デザイン:アメリカの処方薬給付管理組織Medcoのデータベースを用いた後ろ向きコフォート・スタディ。05-06年の一年間にステント留置術を受けてclopidogrelを開始し、80%以上の期間に亘って服用を続けた患者14,383人(うち9,862人がPPIを服用)の主要有害心血管イベントを1年間追跡。オドレシオは年齢、性別、有病状況を修正した。
  • 結果:ステント留置前に心血管イベントを経験していない患者(初発予防)では1年間の主要有害心血管イベント発生率がPPI服用群32.5%、非服用群21.2%、修正オドレシオは1.79、95%CI 1.62-1.97。心血管イベント経験済み患者(再発予防)では各39.8%、26.2%、1.86、1.63-2.12となり、いずれもリスクが高かった。
  • 考察:2C19多型との関連性を調べるべき。

Martine Gilard, MD(Brest University Hospital)等

J Am Coll Cardiol 2008年(オープンアクセス) リンク

  • デザイン:無作為化割付血小板凝集阻害性試験。冠動脈ステント留置術を受ける患者にアスピリン(75mg/日)とclopidogrel(負荷用量と、維持用量75mg/日)、そしてomeprazole(20mg/日)又は偽薬を7日間投与。初日と7日目に血小板反応性指数(PRI)をVASP法で測定。
  • 結果:124症例を解析。初日の平均PRIはomeprazole群が83.9%、偽薬群が83.2%で有意差なし。7日目は51.4%と39.8%で前者が有意に高かった(p<0.0001)。
  • 考察:アスピリンとclopidogrelの併用は世界中で広く処方されているが、胃腸出血を防ぐためにPPIも用いることがしばしばある。臨床的転帰に与える影響などを更に研究する必要がある。

Paul A. Gurbel, MD(Sinai Center for Thrombosis Research)等

Gilard等の論文のエディトリアル J Am Coll Cardiol 2008年(オープンアクセス) リンク

  • デザインに関する考察:clopidogrel抵抗性患者や2C19機能低下多型を持つ患者を除外した上で試験するほうが厳格。脂溶性スタチンもclopidogrelと相互作用する可能性があるのでこの点も調べるべき。血小板凝集試験だけでなく臨床的な転帰も調べるべき。

全てのPPIではない

Jolanta M. Siller-Matula, MD (Medical University of Vienna)等

American Heart Journal 2009年 (オープンアクセス) リンク

  • 目的とデザイン:omeprazole以外のPPIもclopidogrelの作用を阻害するのか検討するために、冠動脈疾患でPCIを受ける患者300人に血小板凝集試験を実施。clopidogrelは負荷用量600mg、維持用量75mg、アスピリンは100mg/日を投与。
  • 結果:平均血小板反応性指数(PRI、VASPアッセイ)はpantoprazole服用者(152人)も、esomeprazole服用者(74人)も、PPIを服用していない患者(74人)も殆ど同じだった。ADP誘導血小板凝集検査の結果も違いはなかった。
  • 結論:この二剤はclopidogrelの作用を阻害しない。
  • 考察:omeprazoleがclopidogrelの作用阻害するのは、異性体の片方が2C19によって代謝されることが原因かもしれない(esomeprazoleはomeprazoleのS異性体)。

関係ない

Steven P Dunn(Univ of Kentucky)等

08年AHA抄録(Circulation、2008年)

  • デザイン:CREDO試験(PCI施行予定の冠動脈疾患患者をclopidogrelの28日コースだけの群と、PCI前にプリトリートして術後は最長1年間投与する長期コース群に割付けて比較)のポストホック分析。ベースライン時点でPPIを服用していた患者のイベントリスクを非服用者と比較。
  • 結果:28日死亡・心筋梗塞・緊急標的血管再建術イベントはどちらの群もPPI服用との関連性はなかった(但し、1年投与群はトレンドがあった)。1年死亡・心筋梗塞・卒中イベントは長期コース群も28日コース群も関連性があった。
  • 考察:28日しか投与しなかった群でも有意差が出たことは、薬物相互作用ではなく、PPI服用自体に関連性がある可能性を示している。長期コースはPPI服用者にも非服用者にも効果があった。
CREDO試験の後ろ向き分析
  1年死亡/MI/卒中 OR (95% CI) p値
長期コース
PPI服用(n=176) 23/176 (13.4) 1.633 (1.015, 2.627) 0.043
非服用(n=877) 66/877 ( 7.7)
28日コース
PPI服用(n=190) 28/190 (15.0) 1.554 (1.031, 2.341) 0.035
非服用(n=873) 94/873 (11.1)

prasugrelとの比較

イーライリリーのFDA諮問委員会ブリーフィング資料

  • デザイン:TRITON試験(急性冠症候群でPCIを受ける患者13,000人超にprasugrelまたはclopidogrelを投与して臨床的な転帰を比較)のサブセグメント分析。PPIやH2ブロッカーを服用していた患者の当初3日間のCV死/非致死的心筋梗塞/非致死的卒中発生率を比較。
  • 結果:prasugrelはPPI服用者に対してclopidogrelより有意に優れる。非服用者や、H2ブロッカー服用者・非服用者にも優れるトレンドがあった。
TRITON試験の後ろ向き解析
  n prasugrel clopidogrel 倍率
PPI:
Yes 5,534 4.85% 6.14% 0.79
No 8,074 4.54% 5.29% 0.86
倍率   1.068 1.161  
H2ブロッカー:
Yes 2,066 4.14% 5.84% 0.71
No 11,542 4.76% 5.60% 0.85
倍率   0.870 1.042  

この解析で面白いのは、clopidogrel群のPPI服用者のリスク倍率が1.161と、疫学的試験の数値1.3倍前後より小さいことです。この試験も服用者と非服用者の患者背景は異なるでしょうから単純な比較はできませんが、リスク倍率は試験によって異なることを承知しておいたほうがよいでしょう。

prasugrelは塩酸塩なのですが、塩酸塩が賦形剤と反応して遊離塩基に変わってしまうことがあるようです。遊離塩基はPPIやH2ブロッカーを服用している胃のpH値が高い患者では吸収が悪化するはずなのですが、このデータを見る限りでは、H2ブロッカー服用患者にも十分な効果があるように見えます。

薬物動態が臨床的な転帰とどう関連するのか、これだけ大きな試験を実施してもはっきりしたことは分かりません。難問です。

2009年3月7日土曜日

JUPITER試験のここが分かった

JUPITER試験の発表は学会でも医学誌でも大変な反響を呼びました。New England Journal of Medicine誌がウェブサイトで読者の評価や意見を募集したところ、二つの質問に2553人が回答し、コメントを寄せた人が473人いたそうです。「健康な成人のスクリーニング方法を変えるべきか」という質問も、「外見上健康な成人もスタチンで治療すべきか」という質問も、賛成と反対が拮抗しました(前者は49%対51%、後者は48%対52%)。多数決で決まる問題ではありませんが、納得していない人が多いことを考えれば、JUPITER試験の経験を礎にして一歩先に進むための臨床試験が必要でしょう。


ところで、Correspondanceとその回答が掲載され、JUPITER試験の謎の一つであった、心血管疾患で亡くなった人の数が明らかになりました。この試験は第三者委員会が厳格な判定基準に基づいてアジュディケーションしたため、担当医の評価が覆された例が多かったそうですが、何れにせよ、rosuvastatin群は35例、偽薬群は43例。ハザードレシオは0.82で有意差はなかったのですが、点推定値自体は全死亡の0.80と同程度でした。


私たちアジア人に重要な情報としては、rosuvastatinの曝露が2倍になるという書簡がありました。作用機序からいえば血中濃度より肝臓に取り込まれる量のほうが重要なのでしょうが、JUPITER試験の20mgは日本人には10mgと考えたほうが良いでしょう。


糖尿病リスクについては、rosuvastatinはCORONA試験でも高かったという書簡がありました。pravastatinの試験ではむしろ少ないトレンドがあり、simvastatinやatorvastatinは中間なので、LDL-C低下作用と逆相関しているとのことです。これに対して、論文著者は、糖尿病を発症した人は肥満や空腹時血糖異常が多く、rosuvastatinの治療メリットが大きかったはずと反論しています。





2009年3月1日日曜日

批判者不在のFDA諮問委員会(続報)

以前書いたprasugrelの諮問委員会の話
��批判者不在のFDA諮問委員会
について、事実関係がある程度分かってきましたので続報します。


その前に、前回、参考ウェブサイトを書き忘れてしまいましたので付け加えておきます。


  • CardioBrief --- 今回の事件の報道では充実度ナンバーワンで、Kaul博士の出席が取り消されたことを真っ先に報じました。私は今回初めて知ったのですが、元々は循環器系医療従事者向けのニュースサイトです。ライターはLarry Hustenというメディカル・ジャーナリストで、つい最近までthe.heart.orgのエディターだったそうです。

  • CardioBrief: prasugrel関係のたくさんの記事を一覧にしたリンクページ

  • CardioBrief: FDAがジャーナリストと行った電話会議の筆記録

  • the.heart.org --- メジャーなウェブサイトで最初にこの問題を取り上げました。

  • the.heart.org: FDAがKaul博士の出席をキャンセルとしたのは間違いと認めた



prasugrelの諮問委員会に至る経緯



  • 07年12月:イーライリリーが承認申請。

  • 08年4月:FDAのメディカル・オフィサー、Karen Hicksが承認を推奨する審査報告書を管理職に提出。出血リスクや癌の懸念を理由に、投与を一週間のみに限定する厳しい内容(フェーズIII試験では14ヶ月投与)。

  • 08年6月20日:イーライリリーが申請内容の大きな変更を行なう(これが原因で数日後に承認審査期間が3ヶ月延長されましたが、結果的に、1週間限定投与という承認を回避できました)。

  • 08年12月:Hicksの報告書は管理職に受け容れられなかったようで、審査チームのリーダーであるThomas Marciniakが癌問題を中心に再検討し、審査報告書を管理職に提出。投与を一ヶ月に限定する依然として厳しい内容。

  • 09年1月:FDA心血管薬部門のDeputy DirectorであるEllis Ungerが自ら再分析し、審査報告書を管理職に提出。癌の懸念も投与期間の制限も不要と判断。

  • 09年1月30日:FDAが諮問委員会のブリーフィング資料と議事進行予定、諮問委員の名簿をウェブサイトで公開。

  • 同日夜:イーライリリー側がFDAに電話し、諮問委員の一人であるSanjay Kaul博士がprasugrelに関する学会発表などを行っていることを通知。FDA側は、intellectual biasのある委員の出席を禁じる規定に触れるかどうか再検討したが、時間もないことから取りあえず招致をキャンセルすることを決定。FDAの上層部には相談せずに決めた。

  • 09年2月2日:CardioBriefがKaul博士の出席キャンセルを報道。

  • 09年2月3日:Wall Street Journal紙のHEALTH BLOGが安全諮問委員会のメンバーが招致されていないことに対する疑問の声を報道。

  • 同日:諮問委員会が全員一致で承認を勧告。

  • 09年2月19日:消費者保護団体のPublic CitizenがFDAにprasugrelを批判する書簡を送付。脳梗塞・脳内出血経験者などを禁忌とすること、Black Box Warningという最も強力な警告を添付文書に入れること、そして安全諮問委員会のメンバーやKaul博士が招致されなかった理由に関する釈明を要求(Public Citizenの医療部門のヘッドであるSidney Wolfe医学博士は安全諮問委員会のメンバー)。

  • 09年2月23日:FDAがダウ・ジョーンズ、ロイター、ブルンバーグの記者と電話会議を行い、事情を説明。CDER(小分子薬を担当)のDirectorであるJanet WoodcockがKaul博士の招致キャンセルは内部の手続きに反する過ちであったことを認めた。CDERの新薬承認審査局のJohn Jenkinsは、Kaul博士のケースはintellectual biasには当らないとコメントした。

  • 09年2月27日:下院のエネルギー商業委員会のHenry Waxman委員長等が、Kaul博士が欠席したことについて、FDAの長官代行とイーライリリーの会長兼社長に事情説明と記録の提出を要求する書簡を送付。

諮問委員会にはどうしても利害相反が付き物なので、厳格な規定が設けられていて、つい最近も強化されたところです。メーカー側の肩を持つ委員もだめ、批判的な委員もだめとなると、オピニオン・リーダー的な医学者はシャットアウトされかねません。今回の心血管腎臓用薬諮問委員会は定員9名のところ、現時点では4名が空席になっていて、会議のたびに臨時委員を任命している有様です。アメリカの場合、諮問委員会には承認の是非を決定する権限はなく、そのため、無責任な結論を出しても訴えられる心配はないのですが、それでも、委員のなり手がいなくなるようなことになりかねません。






Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...