2009年1月10日土曜日

ENHANCE試験 FDAの結論

ezetimibeはアテローム性疾患に十分な効果がないのか?ENHANCE試験の結果は大きな議論を呼びました。FDAも分析を行っていましたが、結論が出た模様です。IMPROVE-IT試験の結果が出るまでは、ezetimibeとsimvastatinの合剤であるVytorinを服用している患者は服用を止めるべきではなく、もし疑問があるなら担当医に相談すべしというものです。リンク:FDAの発表内容


ENHANCE試験は家族性高脂血症(LDL-C受容体の遺伝子変異が原因でコレステロール値が著しく高い)を対象とした2年間の頚動脈内中膜肥厚(cIMT)試験で、ezetimibeとsimvastatinの併用効果をsimvastatinと比較しました。LDL-C低下率では56%対39%と有意な差が出ましたが、cIMTでは有意差が出ませんでした。それどころか、併用群は+0.011mm、単剤投与群は+0.006mmと数値上は悪い結果でした。


しかし、FDAは、これまでの立場、即ち、高LDL-Cは心血管疾患のリスク因子でありLDL-C低下治療はリスクを削減するという考え方を変える必要はない、と結論しました。


FDAによれば、過去のcIMT試験におけるLDL-C値とcIMTの変化の関係から推測すると、併用群は-0.03mm、simvastatin群は+0.02mmとなるはずです。意外な結果になった理由として考えられるのは、



  • 治験開始前からコレステロール治療を受けていて元々のcIMT値が正常に近い患者を組み入れたために、治療効果の差が表面化しにくかった。

  • 2年間という治験期間が短すぎた。

  • ezetimibeの未知の特性がLDL-C低下による良い作用を相殺した。


などです。FDAは、長期大規模アウトカム試験INPROVE-ITの結果が2012年に出るのを待って改めて検討する考えのようです。


今回の発表で興味深いのは、eztimibeにアテローム退縮作用がない可能性も否定していないことです。報道ではFDAがお墨付きしたように書かれていますが、実際は、結論を出すのを先送りしたような格好です。


ところで、ACCの情報提供ウェブサイトで関連のありそうなアンケートを見つけました。半年前に急性心筋梗塞を起こしたことがあり、simvastatinを一日40mg(欧米の標準的用量)服用していて、LDL-C値は109mg/dLの患者にどのようなコレステロール治療を行うか、以下の選択肢から選べ、というものです。1月10日現在の回答を見ると、219件の回答の分布は、



  1. simvastatinを80mg(最大承認用量)に増やす:31%

  2. ezetimibeを追加する(合剤にスイッチする):20%

  3. atorvastatin 80mg(最大承認用量)にスイッチする:23%

  4. rosuvastatin 20mgにスイッチする:19%

  5. 今は変更せず、1年後にもう一度コレステロール検査をする:5%


となっています。結構分散していますね。設問の患者はENHANCE試験の対象とは異なりますが、多くの医師が、ENHANCE試験の結果は他の患者にも当てはまると考えているのでしょう。最初の選択肢は奇妙で、simvastatinの40mgと80mgを比較したアウトカム試験では、臨床的転帰に有意差はありませんでした。LDL-C値は97mg/dL程度に下がるでしょうから、NCEP ATP IIIガイドラインが推奨する目標値は達成できることになりますが、simvastatinは3A4相互作用リスクが比較的高いので悩ましいところです。


3と4の選択肢も直接比較アウトカム試験は実施されていないので、エビデンスは万全ではありません。LDL-C値は3が86mg/dL、4も84mg/dL程度に低下するでしょうから、simvastatin増量よりは効果があるでしょう。但し、Vytorin 10/40mgなら77mg/dLともう少し下がるでしょう。


atorvastatin 80mgはPROVE IT試験など複数の試験で忍容性が確認されています。rosuvastatinの20mgはJUPITER試験で用いられ、糖尿病発症率がやや高かったものの、副作用リスクは全体的にリーズナブルなものでした。


このように、2から4までの選択肢は一長一短です。LDL-CはLower is betterなので、2年前なら2か3が一番人気だったのでしょうが、ENHANCE試験で2の人気が下がり、JUPITER試験で4の株が上がったのでしょう。





2009年1月9日金曜日

TAK-491の正体(訂正・加筆版)

(TAK-491については以前にも書きましたが、フェーズIII試験では違う塩が用いられていることが明らかになりました。以下、訂正します。最後の部分に、利尿剤配合剤に関するちょっと面白い発見も加筆しました。)


武田薬品はTAK-536とTAK-491の二種類の血圧降下剤を開発していますが、その特性についてはあまり明らかではありません。分かっているのはどちらもアンジオテンシン2受容体拮抗剤であることと、インスリン抵抗性改善作用や腎臓保護作用が期待されていることくらいです。TAK-536は二型糖尿病薬Actosとのコンビ薬として06年に欧米でフェーズⅢ入りしましたが、このコンビ薬の開発は中止されました。代わりに単剤で07年に欧米でフェーズⅢ入りしたのがTAK-491です。


TAK-491って何?と思いGoogle Scholarで論文検索しましたが、ヒットしません。Yahooで検索しても武田薬品のフェーズⅢ開始時のプレスリリースだけです。


そうこうするうちに、United States Adopted Names CouncilやWHOが一般名を公表しました。前者は当初、azilsartan kamedoxomilという資料が公開されたのですが、その後、azilsartan medoxomil名でも公開されました。WHOもazilsartan medoxomilでした。悩んでいたのですが、ClinicalTrials.govにazilsartan medoxomilという記載を見つけ、やっと、決着しました。TAK-536の異なった塩のようです。


武田薬品は Atacand(プロブレス;candesartan cilexetil)を日本では自社で、海外はアストラゼネカを通じて販売しています。TAK-536とTAK-491はどちらもAtacandの改良品ということになります。


この三種類の薬の関係を整理しておきましょう。武田薬品はアンジオテンシン2受容体拮抗作用を持つCV-11974(candesartan)を創製しましたが、経口投与時のバイオアベイラビリティ(投与した量がどの程度血液中に入り込むか)が悪いので、工夫をしました。Atacandはプロドラッグで、腸で代謝されてCV-11974に変わり活性を発揮します。


もう一つの工夫の産物がTAK-536(azilsartan)で、CV-11974の一部を置換してバイオアベイラビリティーを向上しました。力価自体は低下したようです。


TAK-491(azilsartan kamedoxomil)はTAK-536にカリウム塩を結合したものです。Kamedoxomilとは何か、ネットで調べてみましたが、薬のデータベースでもGoogleでもUnited States Adopted Names Councilの資料くらいしかヒットしませんでした。画期的な塩かもしれないと思い、米国特許商標庁のデータベースでも調べたのですが、kamedoxomilではヒットしませんでした。その後、フェーズIII入りしたのはazilsartan medoxomilのほうであることが判明しました。こちらはカリウム塩は付いていません。


臨床的なプロファイルは分かりません。アンジオテンシン2受容体拮抗剤のインスリン抵抗性改善作用というと連想するのはtelmisartan(テルミサルタン)です。Benson等の論文によると、単にPPARガンマ作動力を持っているだけでなく、二型糖尿病薬として広く用いられているPPARガンマ作動剤rosiglitazoneと殆ど同じ箇所に結合するようです。AtacandもPPARガンマ作動性が指摘されていますが、Miura等の論文によれば、二型糖尿病高血圧患者を対象としたクロスオーバー試験でインスリン抵抗性に関連するバイオマーカーに変化が出たのは、Atacandではなくtelmisartanでした。Marshall等の論文によれば、telmisartanのPPARガンマに対するKiは0.29nmolで、Atacand(61)やirbesartan(6)、valsartan(12)、losartan(3)、olmesartan(12)の10~200倍以下です。Atacandの血圧治療時の用量はtelmisartanより低いので、PPARガンマ作動によるインスリン抵抗性改善が小さくても不思議はないのかもしれません。


研究者の改良努力によって、インスリン抵抗性改善力がどの程度強化されたのか、今後の臨床成績発表が期待されます。



フェーズⅢ試験の概要


ClinicalTrials.govにはTAK-491のフェーズⅢ試験が4本登録されています(2008年初の時点)。治験のデザインをチェックして、どのようなプロファイルが期待されているのか推測してみましょう。


07年9月にフェーズⅢ入りしました。全て、血圧降下作用を調べる試験で、用量は40mgまたは80mgを一日一回投与です。一本目の009試験は利尿剤(chlorthalidone 25mg)とTAK-491の併用、二本目の010試験はカルシウム拮抗剤(amlodipine 5mg)と併用する試験です。併用試験を先行させたところを見ると、武田薬品もノバルティスや第一三共と同様にコンビ薬の投入を狙っているのでしょう。011試験が興味深いのは、黒人を対象としていることです。アンジオテンシン2受容体拮抗剤は白人と比べて黒人に対する作用がやや弱いのですが、TAK-491は違うのかもしれません。


07年12月には米国でトップシェアを誇るアンジオテンシン2受容体拮抗剤valsartan(承認最大用量の320mg)とTAK-491の40mg、80mgの血圧降下作用を比較する301試験が開始されました。アンジオテンシン2受容体拮抗剤の主要製品はあと数年で特許が切れます。何れも大型薬なので、数多くのジェネリック薬会社が参入し、価格が10分の1程度に下落するでしょう。新薬が競争力を維持するためには、olmesartanと同様に、他の薬より効果が上回ることが最低限の条件です。


09年には、chlorthalidoneを配合した合剤の試験も始まる予定です。利尿剤のベストセラーはhydrochlorothiazide(HCTZ)で、米国では単剤と各種合剤の合計で処方箋数が年一億枚を超えています。これはLipitorの倍以上で、外来薬の隠れたベストセラーといえるでしょう。アストラゼネカが販売しているAtacand(プロブレス)の合剤もHCTZ配合剤です。にもかかわらず、敢えてchlorthalidoneを開発し、しかも、この試験ではTAK-491とHCTZの併用群も設けています。何か狙いがあるのでしょう。因みに、chlorthalidoneはあのALLHAT試験で、amlodipineやlisinoprilに匹敵する成績を挙げた薬です。TAK-491合剤の用量はALLHAT試験と同じ一日12.5mgと25mgです。販促時にALLHAT試験の威を借りる狙いなのかもしれません。上記のように、chlorthalidone併用試験も実施されています。


最初の3本は09年春までに結果がまとまるでしょう。Valsartan対照試験は09年冬頃でしょうが、もしかしたら、この試験の結果が出る前に承認申請に向かうかもしれません。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...