2010年5月15日土曜日

あの試験は今:JUPITER試験

rosuvastatinの心血管イベント初発予防効果を調べたJUPITER試験は、2008年に結果が発表されると大きな反響を呼びました。外見上は健康に見える人の中から高感度CRP検査を用いて本当はリスクの高い患者を発見し、rosuvastatinで治療するという斬新な手法を巡って、賛否両論が沸き起こりました。


アストラゼネカは欧米で効能追加申請を行いましたが、部分的にしか承認されませんでした。FDAはCRP値が高いだけでは不十分と判定し、欧州に至っては添付文書にCRPという言葉が一言も出てきません。ポストホック・サブグループ分析という不確かなエビデンスに基づいて効能を記述していて、CRPをネグレクトしました。


なぜ、私達の評価と承認組織の評価がこんなに大きく分かれたのでしょうか?私達の知らないデータがあったからです。高感度CRP検査の重要性を検討する上で重要なサブグループ分析の結果が、学会発表や論文から抜け落ちていたために、治験結果を正しく理解することができなかったのです。意図的とは思いたくありませんが、事前に計画されていた重要な解析であることや、データの内容が高感度CRPの有用性に疑いを持たせるようなデータであったことを考えれば、不都合な真実を秘匿したのではないかという疑いを持たざるを得ません。


最初にアメリカの添付文書を見てみましょう。承認された適応は、冠状心疾患をまだ経験していないが複数のリスク因子を持っている患者の心筋梗塞、脳卒中、動脈再開通施術のリスク削減です。具体的な要件は、男は50歳以上、女は60歳以上で高感度CRP値が2mg/L以上の人のうち、高血圧やHDL-C低値、喫煙、早発性冠状心疾患の家族歴のうち一つ以上に該当する患者となっています。JUPITER試験は高血圧症などのリスク因子を持たない人も組み入れていたのですが、このサブグループに対する効能は明確ではないと判定されました。年齢と高感度CRPだけしか該当しない患者(n=1405)のポストホック分析で治療効果が見られなかったと記されています。



次はヨーロッパの添付文書です。適応症は高リスク患者の主要心血管イベントの初発予防。高リスク患者の具体的な定義は記されていません。最初から最後まで、CRP検査には言及せず、JUPITER試験の対象が高CRP値患者であったことすら記されていません。治験成績についても主評価項目には触れず、ポストホックのサブグループ分析の結果だけが記されています。一つはアメリカのNCEPガイドラインでも採用されているフラミンガム・スコアが20%以上だった1558人のデータで、心血管死・脳卒中・心筋梗塞が偽薬比顕著(p=0.028)に低下し、絶対リスク削減率は1000人年当り8.8というものです。もう一つはヨーロッパで開発されたSCOREに基づいてリスクが5%以上と推定された9302人のデータで、リスクが有意に減少(p=0.0003)し、絶対リスク削減は1000人当り5.1でした。どちらのサブグループ分析でも、全死亡は有意差がありませんでした。治験の趣旨や意義が全く汲み取られていない、大変意外な内容です。



CRP検査の意義が矮小化された理由は、ベースライン時点のCRP高値グループと低値グループに分けたサブグループ分析が奇妙な結果になったからでしょう。JUPITER試験は、高感度CRP値が2mg/dL以上の患者はLDL-C値などが正常であってもリスクが高い、あるいは、rosuvastatinの治療効果が大きいという前提の下に実施されたのですが、2mg/dL未満の人が組み入れられていないので前提の妥当性を検討することはできません。ヒントになりそうなのがCRP値が被験者の中央値以上だった患者と以下だったグループに分けて実施されたサブグループ分析です。昨年12月にFDAが諮問委員会で公表した資料によると、rosuvastatinはどちらのサブグループにも効果があったのですが、この二つのグループの偽薬群のイベント発生率はほぼ同じ(中央値以上のグループは13.7%、以下のグループは13.5%)で、高いグループのほうがリスクが高いようには見えませんCRP値が4mg/dLより上か下かで分けたサブグループ分析を見ても、同じです。rosuvastatinのリスク削減率を見比べると、中央値より低いグループや4mg/dLより低いグループはリスクが5割以上低下したのに、高いグループは3割程度でした。CRP値が2mg/dL以上であることだけが重要で数値が特に高くても問題は無い、という仮説も立てられますが、しかし、常識的に考えれば数値が高ければ高いほどリスクが高そうなものです。


このデータは事前に計画されていた重要な解析であるにも係わらず、学会・論文発表では割愛されました。何か特別な理由があったのかもしれませんが、一般的に、結果が出た後で都合の良いデータを選んで発表するのは禁じ手です。治験論文のサブグループ分析の表にはポストホック分析も載っているので、スペースの制約が理由とは思えません。


「JUPITER試験はここが変だ」に書いたように、この試験は全死亡に有意差があったことが喧伝されましたが、心血管疾患による死亡数や有意差の有無については明らかにされませんでした。有意差は無かったのですがトレンドは見られましたので、不都合な真実を隠したと文句を言うほどではありません。しかし、CRP高値と低値のサブグループ分析が公表されなかったのは残念です。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...