2008年1月27日日曜日

TAK-491の正体

武田薬品はTAK-536とTAK-491の二種類の血圧降下剤を開発していますが、その特性についてはあまり明らかではありません。分かっているのはどちらもアンジオテンシン2受容体拮抗剤であることと、インスリン抵抗性改善作用や腎臓保護作用が期待されていることくらいです。TAK-536は二型糖尿病薬Actosとのコンビ薬として06年に欧米でフェーズⅢ入りしましたが、このコンビ薬の開発は中止されました。代わりに単剤で07年に欧米でフェーズⅢ入りしたのがTAK-491です。

TAK-491って何?と思いGoogle Scholarで論文検索しましたが、ヒットしません。Yahooで検索しても武田薬品のフェーズⅢ開始時のプレスリリースだけです。

そうこうするうちに、United States Adopted Names Councilが一般名を公表し、やっと、正体が判明しました。TAK-536の異なった塩のようです。

武田薬品は Atacand(プロブレス;candesartan cilexetil)を日本では自社で、海外はアストラゼネカを通じて販売しています。TAK-536とTAK-491はどちらもAtacandの改良品ということになります。

この三種類の薬の関係を整理しておきましょう。武田薬品はアンジオテンシン2受容体拮抗作用を持つCV-11974(candesartan)を創製しましたが、経口投与時のバイオアベイラビリティ(投与した量がどの程度血液中に入り込むか)が悪いので、工夫をしました。Atacandはプロドラッグで、腸で代謝されてCV-11974に変わり活性を発揮します。

もう一つの工夫の産物がTAK-536(azilsartan)で、CV-11974の一部を置換してバイオアベイラビリティーを向上しました。力価自体は低下したようです。

TAK-491(azilsartan kamedoxomil)はTAK-536にカリウム塩を結合したものです。Kamedoxomilとは何か、ネットで調べてみましたが、薬のデータベースでもGoogleでもUnited States Adopted Names Councilの資料くらいしかヒットしませんでした。画期的な塩かもしれないと思い、米国特許商標庁のデータベースでも調べたのですが、kamedoxomilではヒットしませんでした。

臨床的なプロファイルは分かりません。アンジオテンシン2受容体拮抗剤のインスリン抵抗性改善作用というと連想するのはtelmisartan(テルミサルタン)です。Benson等の論文によると、単にPPARガンマ作動力を持っているだけでなく、二型糖尿病薬として広く用いられているPPARガンマ作動剤rosiglitazoneと殆ど同じ箇所に結合するようです。AtacandもPPARガンマ作動性が指摘されていますが、Miura等の論文によれば、二型糖尿病高血圧患者を対象としたクロスオーバー試験でインスリン抵抗性に関連するバイオマーカーに変化が出たのは、Atacandではなくtelmisartanでした。Marshall等の論文によれば、telmisartanのPPARガンマに対するKiは0.29nmolで、Atacand(61)やirbesartan(6)、valsartan(12)、losartan(3)、olmesartan(12)の10~200倍以下です。Atacandの血圧治療時の用量はtelmisartanより低いので、PPARガンマ作動によるインスリン抵抗性改善が小さくても不思議はないのかもしれません。

研究者の改良努力によって、インスリン抵抗性改善力がどの程度強化されたのか、今後の臨床成績発表が期待されます。


フェーズⅢ試験の概要


ClinicalTrials.govにはTAK-491のフェーズⅢ試験が4本登録されています。治験のデザインをチェックして、どのようなプロファイルが期待されているのか推測してみましょう。

07年9月にフェーズⅢ入りしました。全て、血圧降下作用を調べる試験で、用量は40mgまたは80mgを一日一回投与です。一本目の009試験は利尿剤(chlorthalidone 25mg)とTAK-491の併用、二本目の010試験はカルシウム拮抗剤(amlodipine 5mg)と併用する試験です。併用試験を先行させたところを見ると、武田薬品もノバルティスや第一三共と同様にコンビ薬の投入を狙っているのでしょう。011試験が興味深いのは、黒人を対象としていることです。アンジオテンシン2受容体拮抗剤は白人と比べて黒人に対する作用がやや弱いのですが、TAK-491は違うのかもしれません。

07年12月には米国でトップシェアを誇るアンジオテンシン2受容体拮抗剤valsartan(承認最大用量の320mg)とTAK-491の40mg、80mgの血圧降下作用を比較する301試験が開始されました。アンジオテンシン2受容体拮抗剤の主要製品はあと数年で特許が切れます。何れも大型薬なので、数多くのジェネリック薬会社が参入し、価格が10分の1程度に下落するでしょう。新薬が競争力を維持するためには、olmesartanと同様に、他の薬より効果が上回ることが最低限の条件です。

最初の3本は09年春までに結果がまとまるでしょう。Valsartan対照試験は09年冬頃でしょうが、もしかしたら、この試験の結果が出る前に承認申請に向かうかもしれません。


ENHANCE試験関連リンク

ENHANCE試験に関する資料のリンクです。


ENHANCE試験に関するリンク集










2008年1月20日日曜日

Ezetimibe(エゼチミブ)の臨床試験の波紋

コレステロール治療薬の臨床試験の結果が波紋を呼んでいます。頚動脈アテロームの拡大を抑制する効果が確認されなかったことから、二型糖尿病薬Avandiaの安全性に警鐘を鳴らしたことで有名なSteven Nissen博士が、第一選択薬として使うべきではないと主張しているようです。一方で、ACC米国心臓学会は慎重な対処を呼びかけています。客観的に見て今回の治験結果のインプリケーションは小さいように感じられますが、ウェブサイトで行われたアンケートでは意外に多くの医師が処方を減らすと回答しています。

驚いたことに、医師が運営するウェブサイトWiki Docで行われたアンケートの結果がいつの間にか変更されています。処方を減らすかという質問と回答が丸々消えたのです。Wikipediaを巡っては過去にも、医薬品会社の社員が会社のPCからアクセスして都合の悪い記述を削除するという事件がありました。今回も同じことが起きたのでしょうか。(追記:その後、また復活しましたが、今度は別のサイトのアンケート結果が消えました。)

さて、このENHANCE試験は、ヘテロ接合型家族性高脂血症の患者を対象に、simvastatin(シンバスタチン;一日80mgを投与)とezetimibe(エゼチミブ;同10mg)の両方、またはsimvastatin(同80mg)だけを2年間投与して、頚動脈のアテロームの拡大を抑制する効果を比較したものです。アテロームの測定は超音波検査を用いて、頚動脈の複数の部位の内膜中膜肥厚を調べました。ezetimibeはシェリング・プラウが創製してメルクとの合弁会社を通じてZetia(ゼチーア)として販売しています。simvastatinを配合した合剤もVytorinとしてラインアップされています。二製品合計で年商が40億ドルを超える、大変な大型薬です。
この合弁会社が出したプレスリリースを読むと、意外な結果になったようです。主評価項目でも、副次的評価項目でも、有意差は出ませんでした。それどころか、内膜中膜肥厚はsimvastatinだけを投与した群よりも進行が大きかったのです(有意差はなし)。


ENHANCE試験の概要
simvastatin 80mgsimvastatin 80mg
+ ezetimibe 10mg
頚動脈内膜中膜肥厚:
ベースライン値0.69mm0.68mm
増減+0.0058mm+0.0111mm
(p値)
(0.29)
治療関連有害事象:
心血管疾患死363例中1例257例中1例
非致死的心筋梗塞2例3例
非致死的卒中1例1例
血管再形成術5例6例
肝臓酵素上昇2.2%2.8%
CPK上昇2.2%1.1%
(筋症状あり)(0.3%)(0.6%)
横紋筋融解症0%0%
LDL-C値変化:
ベースライン値318mg/dL319mg/dL
増減-41%-58%

注:ヘテロ接合型家族性高脂血症患者720人を対象とした2年間の試験の結果。頚動脈内膜中膜肥厚は6ヶ所の平均値。増減は2年後の数値との比較。

出所:メルク/シェリング・プラウの08年1月14日付プレスリリースより。




ezetimibeのようなLDL-C低下剤を用いる目的は、アテローム硬化の原因になる血液中のLDL-Cを削減することによって、アテロームが成長して冠動脈の血管を塞ぎ心筋梗塞を起こすのを防ぐことです。simvastatinのようなスタチンは、 頚動脈アテローム試験も、冠動脈のアテロームを直接調べた試験も、心筋梗塞削減効果を調べた長期大規模な試験も、成功しました。ezetimibeにはアテローム抑制作用は無いのでしょうか?

そのようなことがあっても不思議はありません。ezetimibeはスタチンと作用の仕方が異なります。スタチンは肝臓でVLDL-Cが産生されるのを阻害します。VLDL-Cは血液中でLDL-Cに変化しますので、結果的にLDL-Cが低下します。一方、ezetimibeは腸で脂肪が血液中に吸収されるのを防ぎます。

また、スタチンは血管に有害な影響を与える炎症反応を抑制したり、血管細胞内のシグナル伝達を阻害したりする作用も報告されています。

LDL-Cを減らすと心筋梗塞リスクが低下する、という臨床試験のエビデンスは、殆どが、スタチンを用いた試験です。フィブレート系の薬でもアウトカム試験が成功したことがありますが、懐疑的な意見も出ています。例えば英国政府のの医薬品監督機関であるMHRAは、07年11月のDrug Safety Updateの中で、重度高トリグリセリド血症以外に用いる場合はリスクとベネフィットを良く検討するよう注意を促しています。

一方で、ENHANCE試験の重要性を軽視することも可能です。第一の理由は、データの信頼性に疑問があること。06年春に完了した試験の結果が今頃になって発表されたのは、解析が難航したことが原因だそうです。肥厚の測定は超音波画像に基づいて第三者が実施しましたが、読み取れない画像や同じ患者とは思えない画像が少なくなかったようです。このような場合、missing dataがどの程度発生したのか、群間に偏りはあるか、解析方法(LOCFなど)はどれを採用したのか、などの点を確かめないと正しい評価はできませんが、まだ公表されていません。3月のACC学会で詳細が発表されるまで待たなければなりません。

第二に、頚動脈アテローム試験の意義が明確ではないことです。冠動脈アテローム検査は血管の中に超音波プルーブを入れて測定するので患者の負担が比較的大きく、治験開始時の検査で嫌になって、完了時の検査を拒否する患者が3割程度発生します。頚動脈アテローム検査は首の外から装置を当てるだけなので、代用できれば理想的です。しかし、頚動脈アテロームの肥厚と冠動脈アテロームの肥厚が相関するというエビデンスはありません。疫学的試験では、頚動脈アテロームと冠動脈アテロームの相関性(片方に肥厚がある人はもう一つにもある)は5割程度でした。だから、今回のENHANCE試験がもし成功したとしても、ezetimibeに冠動脈アテローム肥厚抑制作用があるかどうか、つまり、心筋梗塞予防効果があるかどうかは分からないのです。

ezetimibeは心筋梗塞予防効果を調べる試験も進行していて、数年後に結果が出る見込みです。この薬のLDL-C削減効果は低力価スタチンの低用量と同じくらいなので大きな効果は期待しにくいですが、結果が出るまで待っても良いでしょう。

但し、第一選択薬として用いるのは不適切というNissen博士の主張は説得力があります。今回の治験はsimvastatinの承認最大用量に追加しました。LDL-C低下作用はsimvastatinの方が大きいので、ezetimibeは脇役です。心筋梗塞抑制効果が曖昧であったとしても、ほかの選択肢は限られているのですから、使う余地はあります。

しかし、ezetimibeはスタチンを嫌う患者の代用品としても広く用いられています。cerivastatinが自主回収されスタチンの副作用に対する警戒感が高まった時期に発売されたことも追い風になったのでしょう。また、simvastatinの需要の中心は20~40mgですので、ezetimibeを併用するのではなくsimvastatinを増量したり、LipitorやCrestorにスイッチする方法もあります。スタチンの副作用に脆弱な患者や、スタチンを増量する余地の無い患者ならともかく、第一選択薬として用いるのは心筋梗塞予防効果や冠動脈アテローム抑制効果が確認されるまで待ったほうが良いのではないでしょうか。




2008年1月13日日曜日

アルツハイマー病患者の余命

アルツハイマー病の患者は、あと何年生きるのか?なんとも浅ましい話題ですが、介護する人にとってはきれいごとではないでしょうし、病気の知識をタブーにするのはできるだけ避けたいものです。健康な人や若い人にとっても他人事ではないのですから。

BMJ誌に英国で実施された試験の論文が刊行されました。それによると、アルツハイマー病の発症年齢の中央値は女は84歳、男は83歳で、死亡年齢はそれぞれ90歳と87歳でした。四分位範囲は2~8歳でした。当然のことながら、比較的若い患者ほど長生きでした。また、症状が重い患者ほど短命でした。

米国で実施された調査でも同様な結果が出ています。70歳で発症した女は8年、80歳は5年となっています。

これらの試験では、病状がどう進行したかが明確にされていません。同じアルツハイマー病でも中度と高度ではかなり違います。介護者や本人にとって一番重要なのは、高度アルツハイマー病の期間がどれ位続くのかということではないでしょうか。今後の報告や調査を待ちたいものです。


アルツハイマー病患者の生存年数(英国)
発症年齢8483
死亡年齢9087
生存年数4.64.1
生存年数(四分位範囲)2.9-7.02.5-7.6
発症年齢別生存年数
65-69歳7.5na
70-79歳5.84.6
80-89歳4.43.7
90歳以上3.93.4

注:英国に住む65歳以上の13004人を対象としたMRC CFAS調査の結果。期中にアルツハイマー病と診断された438人の生存期間を解析したもの数値は中央値。

出所:J Xie等、doi: 10.1136/bmj.39433.616678.25


アルツハイマー病患者の生存年数(米国)
発症時の年齢
70歳8.04.4
75歳5.84.5
80歳5.33.6
85歳3.93.3
90歳2.12.7

注:米国のシアトル地域のアルツハイマー病患者521人を対象とした試験の結果。数値は中央値。

出所:Larson等、Ann Intern Med. 2004;140:501-509



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...