2008年12月27日土曜日

Clopidogrelの2C19問題

Plavix(clopidogrel)と2C19の関係・・・以前から言われていたことですが、だんだんエビデンスが整ってきました。何れも海外で行われた研究ですが、2C19機能喪失多型を持つ人が多い日本人は大丈夫なのでしょうか?


clopidogrelはプロドラッグで、体内で複数のプロセスを経て活性化しますが、そのプロセスの一つがCYP2C19酵素による代謝です。健常者を対象としたプロトンポンプ阻害剤(2C19を阻害する)相互作用試験ではそれほど大きな影響は見られませんでしたが、患者を対象とした試験は実施されていないようです。非常に重要な薬なので、これまでにも色々な見解が出ていました。


08年11月のAHA科学部会では、プロトンポンプ阻害剤併用者は心血管疾患リスクが高いという発表がありました。clopidogrelの、あるいは併用されることが多いアスピリンの胃腸副作用を防ぐために、プロトンポンプ阻害剤を併用している患者が意外に多いことに驚かされました。面白いのは抄録著者が多型との関係を研究すべきと結論していることです。プロトンポンプ阻害剤併用の疫学的研究を実施したのは、多型研究の準備だったのかもしれません。


その遺伝子多型と心血管リスクの関連を調べた試験の結果が医学誌に続々と発表されました。結果は若干違いますが、何れも、2C19機能喪失多型を持つ患者は持たない患者よりも心血管リスクが高い、というものです。


clopidogrel服用者の遺伝子多型と心血管リスクの関連性


J. Mega等の薬物動態試験とTRITON試験サブスタディ
(NEJM論文)




  • 健常者162人の薬物動態試験で、CYP2C19機能喪失多型のキャリア(一つだけ持つ人も含む・・・34%が該当)はノンキャリアと比べてclopidogrelの活性代謝物の血漿曝露が32%小さい(p<0.001)。

  • 同様に、clopidogrel投与時の血小板凝集阻害率が9ポイント低い(p<0.001)。

  • TRITON-TIMI 38試験(PCIを受ける急性心筋梗塞・不安定狭心症を対象としたprasugrelの第三相試験)のサブスタディ(1459人)で、clopidogrel群の患者のうち、キャリア(27%が該当)は主薬効評価項目(心血管死、心筋梗塞、卒中)発生率が12.1%とノンキャリアの8.0%より高かった(ハザードレシオ1.53、p=0.01)。

  • 同様に、ステント血栓のリスクも高かった(ハザードレシオ3.09、p=0.02)。

  • 出血リスクは1.01倍、有意性なし

  • この論文で残念なのは、新薬であるprasugrelを投与した群のデータが載っていないこと。キャリアはノンキャリアより元々リスクが高い、というようなこともありえないではないので、対照群が欲しかった。prasugrelは問題ない、という結果なら宣伝にも使えるはず(アメリカで早く承認されると良いですね)。


T. Simon等のレジストリー分析(NEJM論文)



  • フランスのレジストリー・データを用いて、急性心筋梗塞後にclopidogrelを服用した2208人を1年間追跡。全死亡・非致死的卒中・心筋梗塞の発生リスクと多型の関連を解析。

  • ABCB1(小腸で吸収される時のトランスポータ):CT、TT変異のキャリア(全体の74%)は野生型と比べてリスクが有意に高い

  • CYP2C19:機能喪失多型を二つ持っている人(2%)は一つだけ(26%)またはノンキャリア(72%)の人よりリスクが有意に高かった(修正ハザードレシオ1.98)。

  • 7割以上がプロトンポンプ阻害剤を併用していたが、関連性はなかった。



JP Colletなどのレジストリー分析
(Lancet論文)



  • フランスの心筋梗塞初発患者レジストリーに96-08年に登録された45歳未満のclopidogrel服用者259人をメジアン1年追跡。

  • 2C19の二つの多型(正常型である*1と機能喪失変異の*2)とclopidogrel服用中の死・心筋梗塞・緊急冠再建術の相関性を解析。

  • *1/*2型が64人、*2/*2は9人、*1/*1型(ノンキャリア)186人。


  • キャリア(28%)はノンキャリアよりリスクが有意に高かった(ハザードレシオ3.69、p=0.0005)

  • ステント血栓もハザードレシオ6.02、p=0.0009と高かった。



これらの中でも、TRITON試験のデータは規模が大きく説得力があります。返す返すも対照群の解析が載っていないのが残念です。


2C19機能喪失多型キャリアも、二つ持っている人は少なそうです。しかし、Mega論文やCollet論文のように一つだけでも影響があるならば、該当する人が飛躍的に増えます。clopidogrelはこれまでノンレスポンダー比率が30%とか言われていましたが、かなりの部分を2C19で説明できるかもしれません。


ここで気になるのは私たち日本人です。アジア人は機能喪失変異のキャリアが多いといわれているからです。例えば、Shimizu等の文献メタアナリシスによれば、カフカス人は27%、黒人は31%ですが、日本人は66%とのことですので、clopidogrelに反応しない人のほうが多いことになります。


T. Shimizu等のメタアナリシス論文JSTAGE


clopidogrelは海外ではアスピリン対照優越性試験に基づいて承認されましたが、日本はticlopidine対照非劣性試験で承認されました。何れにせよ全員に効くわけではないのですから、臨床的な有効率が同じなら2C19多型問題はそれほど重視しなくても良いのかもしれませんが、ticlopidineにも同じ問題がないとはいえません。日本人にはあまり効かないかもしれない薬同士の比較ではなく、アスピリンと比べるべきだったのかもしれません。


機構は2C19問題についてどう考えているのか?脳梗塞で承認された時の審査文書を読んでみましたが、一言も言及されていませんでした。







2008年12月21日日曜日

血糖強化治療試験の意味を学会が総括

今年は血糖強化治療試験三本の結果が発表されました。VADT試験の論文刊行(New England Journal of Medicine誌)を待っていたのか、ADA、ACC、AHAが共同で立場表明を出しました(Journal of American College of Cardiology誌とDiabetes Care誌:前者はpdf版がオープンアクセスになっています)。待望のコンセンサス・ステートメントなので、以下、概要を紹介しましょう。



ADAなどはこれまで、A1Cの目標は7%未満、但し患者の特性に合わせて調節するよう推奨していました。また、血糖治療だけでなく心血管疾患を防ぐためにコレステロール、血圧などを包括的にケアする必要があることを強調していました。今年の三本の試験結果は、これらの推奨の大きな変更を促すものではなく、「患者に合わせた治療」の内容をより明確にする必要を示した、というのが今回の立場表明の結論です。最初に推奨内容、次に、三本の試験に関する議論・解釈を紹介します。



ADA・ACC・AHAの推奨



  • 小血管性疾患(糖尿病性腎症など)に関して:I型・II型糖尿病のA1Cを7%未満あるいは前後に下げれば小血管性・神経性合併症を減らせることが治験で示されている。従って、妊娠していない成人の一般的なA1C目標は7%未満である。

  • 大血管性疾患(心筋梗塞など)に関して:I型・II型糖尿病の無作為化対照試験では、血糖強化治療が標準的治療より心血管疾患を有意に減らすことはできなかった。しかし、DCCT試験やUKPDS試験の長期フォローアップ試験では、糖尿病と診断されて間もないうちから7%未満あるいは前後を目標とする治療を行えば長期的に大血管性疾患を減らせる可能性があることが示唆された。他のエビデンスが出るまでは、7%未満という一般的な目標は合理的である。

  • ある種の患者には、上記の一般的な目標とは異なった個々の血糖目標が適切かもしれない。

  • DCCT試験やUKPDS試験のサブグループ分析、そしてADVANCE試験の結果は、A1Cを正常値近くにすれば小さな、しかし上乗せ的な小血管性疾患の転帰の向上が期待できることを示唆している。従って、特定の患者に関しては、医師が一般的な目標より更に低い水準を提案することは、もし低血糖症など治療の副作用を起こさずに達成できるならば、合理的である。該当すると考えられるのは、病歴が短く、寿命が長く、顕著な心血管疾患を有しない患者である。

  • 逆に、一般的な目標を緩和するのが適切である可能性があるのは、重度低血糖症歴、限定的な生存期間、進行した小血管性・大血管性合併症、他の多くの病気の併発、あるいは、病歴が長くて、自己管理教育や適切な血糖管理、そしてインスリンを含む複数の血糖低下剤の有効な量を用いても一般的な目標を達成できない患者である。

  • 糖尿病患者における心血管疾患の初発・再発予防のために、医療提供者は、ADAの医療標準とAHA・ADAの心血管疾患初発予防ガイドラインに描写されている、血圧治療、スタチンによる脂質削減、アスピリンによる予防、禁煙、健康な生活行動などの、エビデンスに基づく推奨を引き続き行うべきである。


エビデンスに基づく分析・推奨には、エビデンスの質を示す記号が付与されますが、今回の推奨は、一番目がADA方式でもACC/AHA方式でもA、二番目がそれぞれBとA、三番目はBとC、四番目は共にCとなっています。まだまだエビデンスが足りないことを示しています。



ACCORD試験の強化治療群で心血管疾患死が多かったのはなぜか?


考えられる理由として、以下を指摘しています。



  • 強化療法群では重度低血糖の発生率が高かった。心血管疾患リスクの高い患者において重度低血糖が心血管死リスクを高めるようなことは生物学的にありうることだ。複雑なのは、特に心血管自律神経障害(突然死の強いリスク因子)を持つ患者では、低血糖に気付きにくくなることがあることだ。低血糖イベントによる死亡が冠動脈疾患と誤認されたのかもしれない。

  • このほかに考えられるメカニズムは、体重の増加、把握されていない薬物作用・相互作用、あるいはACCORD試験で採用された介入法の強度(複数の経口剤とインスリンの使用、大変低い目標を達成するために頻繁に治療を見直したこと、A1Cを短期間に2%下げるための集中的な努力)である。

  • 死亡者が増加しなかったADVANCE試験の強化治療群との違いに注目すると、更に幾つかの仮説が浮上する。ADVANCEの患者背景は病歴が2-3年短く、A1Cはインスリンをほとんど使っていないにもかかわらずACCORDより低かった。治験中のA1Cの低下も穏やかだった。体重の著増もなかった。三つの試験は重度低血糖の定義がやや異なるものの、ADVANCEの強化療法群ではメジアン5年間の発生率は3%以下で、ACCORDは16%、VADTは21%となっている。

  • ADVANCE試験とACCORD試験の強化治療群はA1C到達値が同程度だった。従って、到達A1C自体が死亡リスクを高めたとは考えにくい。A1Cを問題なく下げることのできている患者が、A1Cを上げなければならないことを示唆しているのではない。



この辺りの議論は、結局のところ、無理をしてまで下げてはいけない、ということなのでしょう。ACCORDとVADTの被験者はADVANCEよりも平均A1Cが高かったために、同じ強化治療試験でも、より強力な治療が必要でした。しかも、管理目標を短期間で達成しました。一方、ADVANCEは目標到達まで数年かかりました。短期間で大幅に引き下げるために多剤併用したことが原因で、血糖管理のベネフィットよりも薬剤の用量依存的なリスクのほうが上回ってしまったのかもしれません。


立場表明は、血糖強化治療試験が心血管疾患リスク削減効果を立証できなかった理由として、スタチンや降圧剤、アスピリンなどを用いた多面的な治療が普及したために、血糖治療の効果が目立たなくなってしまった可能性を指摘しています。三本の試験とも、標準治療群の心血管疾患発生率が予想を下回ったからです。中でも、ACCORDとVADTはこれらの薬剤の服用率が高く、治療ガイドラインに従った多面的介入が行われました。アスピリンの初発予防効果は確立していないのではないかと思いますが、何れにせよ、血糖治療薬以外にも有効な治療法は沢山あるのだから、多剤併用の副作用を無視してまで強化治療を行う必要はない、ということなのでしょう。






Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...