2010年6月20日日曜日

ROADMAP試験とORIENT試験

「ARB三部作」の最後はolmesartanの長期試験で脳心血管死が多かった件です。FDAがデータの概要と再検討開始を発表しました。今のところは容疑に留まっているようで、承認されている用途における便益がリスクを上回ると信じている、とのことです。二本の試験のうちROADMAP試験については昨年のASNで公表されていたようですが、この学会はメディカルジャーナリズムのカバレッジが低く、また、昨年は赤血球生成刺激剤Aranesp(「ネスプ」)の重大なアウトカム試験の結果が同日に発表されたため、陰に隠れてしまいました。グーグルしたところ二件ヒットし、Nephrology Timesのサイトに概要が記されていましたが、もう一つの私も時々読むニュースは偽薬群のほうが死亡者が多かったと逆に書いていました。私はFDAの発表を読んで初めて知ったのですが、主評価項目が成功したことは記憶にありますので、誤報を読んだために何の疑問も感じないまま忘れてしまったのかもしれません。

リンク:

ARBを服用している人が読むかもしれないので、一言書いておきます。特定の患者に最善な治療方法を判断できるのは事情を良く知っている担当医だけです。心配なら担当医に相談するとよいでしょう。FDAも言っているように、早合点して服用を勝手に止めてはいけません。

論文はまだ刊行されていないようなので、各種報道を参考にして概要を纏めておきましょう。ROADMAP試験は二型糖尿病で正常アルブミン尿、且つ、心血管疾患のリスク因子を一つ以上持っている患者4400人強を平均3年3ヵ月追跡した無作為化割付偽薬対照試験です。olmesartan(40mg/日)の腎症発生を遅らせる効果を検討したもので、主評価項目は微量アルブミン尿のリスク。副次的評価項目は脳心血管疾患やそれによる死亡など。欧州19ヶ国の施設で実施されました。

患者背景は、メジアン58歳、糖尿病歴平均6年、A1cは平均7.7%なのでやや高め、最高最低血圧は136/81 mmHgで8割が降圧剤を服用していました。ACE阻害剤やARBの同時服用は禁止されていましたが、それ以外の薬を使うことは可能で、治験中の群間差は5/3mm Hgとそれほど大きくはありませんでした。

結果は、微量アルブミン尿の相対リスク削減率が23%、p=0.0104となり、成功しました。eGFRでも有意な差がありました。但し、腎臓関連イベントは両群とも1%と少なく、同じでした。内容も血清クレアチニンの2倍化だけで、末期腎疾患はゼロでした。

ARBやACE阻害剤はマクロアルブミン尿症を合併した糖尿病患者の腎症の進行を遅らせることができますが、もっと早い段階の患者にも効果が確認されたのは初めてです。尤も、臨床的な転帰を変える効果は確認していないので、副作用や薬代に見合う効用があるかどうかは議論の余地がありそうです。

心血管イベントを減らすことができれば得点がグンと上がったのですが、何故か、両群大差ありませんでした。非致死的心筋梗塞は偽薬群より少なかったのですが、致死的心筋梗塞や突然心臓死が多く、相殺されました。心血管死は15例対3例でp=0.0115、全死亡は26例対15例で有意差はありませんでした。


ROADMAP試験の心血管イベント
olmesartan  偽薬群  
n2,2322,215
心血管疾患・死9694
心血管死153
 突然心臓死71
 致死的心筋梗塞50
 致死的脳卒中22
 PTCA/CABG関連死10
心血管疾患8191
非致死的心筋梗塞1726
非致死的脳卒中148


この試験の心血管データは違和感があります。降圧剤なら脳卒中が減りそうなものですが、むしろ増えました。ベースライン時点の最高血圧は136mm Hgなので、血圧は130mm Hg以下に下げても臨床的な転帰は改善せず、むしろ悪化する懸念もあるというJカーブ仮説を連想します。

尤も、偽薬群のデータが偶々良かったのかもしれません。メジアン58歳で3年間の死亡率が0.7%というのは大変低いように感じるからです。日本の55-59歳の人たち(人口全体)が一年間に死亡する確率と同じです。

olmesartanはORIENT試験でも同じように悩ましいデータが出ました。この試験は顕性蛋白尿を合併した二型糖尿病患者約570人を対象に日本と香港で実施された試験で、主評価項目は血清クレアチニン値の二倍化、末期腎臓疾患、または全死亡の複合評価項目。副次的評価項目は脳心血管疾患・死亡・下肢切断・血管再建術・不安定狭心症による入院などの複合評価項目でした。olmesartanは40mg/日を投与。ACE阻害剤の同時使用が可能で、73%が服用していましたが、ARBは不可、他の降圧剤は可でした。患者背景は血圧が141/77 mmHg、A1cが7.1%。平均追跡期間3.2年、治験中の血圧の群間差は2.8/1.8mmHgとなっています。

意外なことに、腎障害の進行を遅らせる効果は確認されませんでした(調整ハザードレシオ0.97、95%信頼区間0.75、1.24)。脳心血管アウトカムは調整ハザードレシオ0.64、95%信頼区間0.43、0.98と有意差がありましたが、主評価項目がフェールした以上、副次的評価項目は保守的に考える必要があります。p値は0.039とあまり低くないので、話半分に受け止めておいたほうが良さそうです。心血管死が多かったので尚更です。


ORIENT試験の脳心血管イベント
 olmesartan  偽薬群  
n282284
心血管疾患・死など4053
発生率14.2%18.7%
全死亡1920
心血管死103
突然心臓死52
致死的心筋梗塞11
致死的脳卒中30
原因不明の心血管死10
非致死的心筋梗塞37
非致死的脳卒中811

注:「心血管疾患・死など」には下肢切断なども含む。

非致死的なイベントは減ったのに致死的なイベントが増え、主犯が突然心臓死であることは二本とも共通しています。ROADMAP試験だけなら偶然のような印象もありますが、ORIENT試験である程度の再現性が見られたのは減点材料と言わざるを得ません。

olmesartanは他のARBほど沢山のアウトカム試験が実施されていないので、他の試験とめたアナリシスを行っても良い数値は出ないのでないのではないでしょうか。個々の症例について他の理由で説明できるかどうか、検討するしか方法は無いでしょう。非致死的心筋梗塞が減るのですから、突然心臓死は虚血性というよりは不整脈性のような気がします。一つ、注目されるのは8月31日にESC欧州心臓学会のホットラインで発表されるANTIPAF試験のデータです。olmesartanの発作性心房細動再発防止効果を検討するためにGerman Atrial Fibrillation Networkが実施したもので、400人規模なので十分ではありませんが、もし安全性面で問題が無ければ、判断材料の一つになるかもしれません。

それにしても、ORIENT試験で心血管死が多かったというのは初耳でした。早く論文を刊行してもらいたいものです。


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