2009年7月18日土曜日

ブタインフルエンザウイルスの特徴

日本の研究者が中心になって行った、ブタ由来インフルエンザ・ウイルス(S-OIV)の研究成果がNature誌に発表されました。多面的・包括的な研究で、同じ日本人として胸を張りたい気持ちになります。


リンク:Nature誌:Y Itohら(open accessのようです)


S-OIVは感染力が高く、若い人たちを中心に現在も南半球で流行しています。インフルエンザ感染の多くがS-OIVのようなので、すっかり定着したといえるでしょう。病原性はそれほど高くはなさそうで、国民医療保険の充実していない国(例えばメキシコ)以外では重病・死亡はそれほど多くないようですが、ウイルスは変異するので今後も楽観できるとは限りません。それだけではありません。この論文を読むと、S-OIVは私達が現在思っているほど容易い敵ではないかもしれません。興味深い指摘を幾つか紹介しましょう。



  • S-OIVは通常のH1N1ウイルスと異なり肺でも活発に増殖する。感染者から採取したA/California/04/09ウイルス(CA04)をマウス、トリ、サルに感染させ増殖力を季節性A/H1N1インフルエンザ・ウイルスの一つであるA/Kawasaki/UTK-4/09(KUTK-4)と比較したところ、前者は肺などの呼吸器官で高病原性インフルエンザ・ウイルス並みに効率的に増殖したが、後者は限定的だった。CA04が感染したサルの肺はKUTK-4よりも深刻な病変が見られた。CA04に感染したトリはより重度の気管支肺炎を示したが、KUTK-4感染トリの肺は殆どが外見上正常だった。

  • ブタはS-OIVに感染しても症状が出にくい。ブタのA/H1N1ウイルスと比較したところ、S-OIVのほうが効率的に増殖したものの、症状は現れなかった。ブタの感染例が報告されていないのは無症候性であることが原因かもしれない。

  • ノイラミニダーゼ阻害剤などに感受。in vitro及びマウスの試験で、CA04ウイルスはoseltamivir(タミフル)、zanamivir(リレンザ)、R-125489(第一三共が開発中のリレンザに類似した吸入用薬CS-8958の活性代謝物)、T-705(富山化学が開発中の高スペクトラムRNAポリメラーゼ阻害剤)に感受した。KUTK-4もoseltamivirを除いて感受した。

  • 1918年以前に生まれた人の多くは中和抗体を持っている。介護施設や病院の就業者・入院者の血液サンプルを調べたところ、1920年以降に生まれた人ではCA04に対する中和抗体は感知されなかったが、1918年以前生まれでは多くが持っていた。A/H1N1型は1918年の大流行以降も1920年代、50年代、そして77年以降に流行しているが、1918年に大流行したウイルスや密接に関連するヒトH1N1ウイルスに感染した経験のある人しか中和抗体を持っていないことを示している。


今回の研究の留意点は、幾つかの項目ではCA04ウイルスしか試験されていないこと、動物で起きたのと同じことがヒトでも起きるとは限らないこと、CDCの研究では60歳以上(1949年以前に誕生)の3分の1でCA04に対する中和抗体が発見されていること、などでしょう。


S-OIV感染で入院した症例の分析は現在も進行中で、アメリカでは肥満がリスク要因という指摘も出ています。アメリカやフランス、イギリスなどではワクチンの発注も始まったようですが、WHOが配布したウイルスは育ちが悪いようで、歩留まりは季節性インフルエンザウイルスの2-3分の1という話です。10代の人たち全部には行き渡らないでしょうから、国民が納得するような方法で、合併症のリスクが高い人とそうでない人を明確にすることが重要です。しかし、もしS-OIVが本当は高病原性なのだとしたら、線引きが難しくなります。色々な意味で、重要な論文です。



日本人は2C19機能喪失多型が多い

prasugrel(Effient)がアメリカで承認されました。添付文書を読んでいて印象的だったのが、clopidogrelより臨床的な効果が高い理由として、抗血小板作用が高いことだけでなく、CYP2C19多型の影響を受けないことにも言及していることです。後者だけが理由である可能性も指摘しています。確かに、TRITON試験のゲノムサブスタディでは、2C19機能喪失多型を持たない患者には効果が見劣りしました。検出力不足が原因かもしれませんが、保有者の方が少なかったのですから、『非保有者には効果が弱い』という結論を支持しないなら、『保有者には効果が高い』という結論も支持すべきではないでしょう。

さて、アジアの人たちは2C19変異を持っている人が白人より多いようです。そこで、私たち日本人を対象にした調査を集計してみました。健常者やピロリ菌感染者の研究論文6本を集計すると、clopidogrelを活性化するのに必要な2C19に機能喪失変異が全く無い人(Extensive Metabolizer)は35%、二つの遺伝子のうち片方に変異を持ち活性化能力が低そうな人(intermediate metabolizer)が46%、両方とも変異していて活性化出来なさそうな人(poor metabolizer)が19%となりました。こんなに多いとは、驚きです。



2C19機能変異に関する研究結果

第一著者調査対象内訳
nEMIMPM
Ieiri, I健常者2710107
Kimura九州140446333
久保田隆廣東京186658635
石澤幸男河内町高齢者108355617
Sugimoto, Mピロリ菌陽性
胃癌患者
111354729
ピロリ菌陽性
胃炎・消化性潰瘍
31512014847
梅村和夫健常者4718209
合計934327430177
構成比100%35%46%19%


注:EM(extensive metabolizer)はCYP2C19が*1/*1、IM(intermediate metabolizer)は片方が*1以外、PM(poor metabolizer)は両方とも*1以外。

出所:

  • Ieiri, Iら:Clinical Pharmacology & Therapeutics (1996) 59, 647-653

  • Kimuraら:Ther Drug Monit. 1998;20:243-247

  • 久保田 隆廣ら:薬物動態Vol.16 , No.2(2001)pp.69-74

  • 石澤幸男ら:弘前医学 55; 18-22、2003

  • Sugimoto, Mら:Alimentary Pharmacology & Therapeutics Volume 22 Issue 10, Pages 1033 - 1040 2005

  • 梅村和夫ら:臨床薬理 Vol. 39(2008)、No. 6 pp.238-242

読むことができなかったもの:

  • Tsuneoka, Yら:Life Sciences 59:1711-1715, 1996

  • Takakubo Fら:Pharmacogenetics 6:265-267, 1996

  • Goldstein JA, Pharmacogenetics 7;59-64, 1997

  • Kubota, Tら:Pharmacol 55:2039-2042, 1998

  • Itoh, Kら:Biol Pharm Bull 22:77-79, 1999

  • Bjornssonら:J. Clin. Pharmacol. 43, 943-967 (2003).

  • Yasudaら:Clinical Pharmacology & Therapeutics 84, 417-423 (9 July 2008)

  • Myrandら:Clinical Pharmacology & Therapeutics (2008); 84, 3, 347-361


これまでの研究は、抗癲癇薬やプロトンポンプ阻害剤の効果を考えることが動機であったようです。後者は、機能喪失多型しか持っていない患者はプロトンポンプ阻害剤の不活性化が遅いためピロリ菌除菌療法の奏効率が高いようです。2C19*1を一つだけ持っているintermediate metabolizerはpoor metabolizerとextensive metabolizerの中間くらいになっています。治療効果に影響するのは確かなようですが、効果が高まるなら(副作用が高まらないなら)特に問題は無いでしょう。

clopidogrelの場合は全く活性化できない人に投与しても全く効かないでしょうから重要な問題です。以前紹介した論文では、片方だけの変異でも響くようですから、該当者はたくさんいます。

抗血小板薬は出血リスクがありますが、2C19機能喪失変異を持っている人には関係ないでしょう。効果だけでなく副作用も殆ど無いことになりますが、少なくとも医療費の無駄ですし、該当する患者の治療が疎かになります。

prasugrelは日本でも開発されているので、是非、この問題を明確にしてもらいたいと思います。


2009年7月6日月曜日

化学療法誘導性貧血とがん性貧血は全然違う

エポエチンの潜在的な用途の一つである化学療法誘導性貧血を、がん性貧血と混同しているメディアが多いようです。大変重要な違いがあるので、ジャーナリストは気を付けるべきでしょう。


中外製薬はエポジンの適応拡大試験の成功を発表しました。プレスリリースにはがん化学療法施行に伴う貧血とハッキリ書いてあるのですが、どういう訳か、報道ではがん性貧血と書き換えられています。本文を読んだ印象では、言葉づらの問題ではなく、記者が取り違えているようです。中外製薬が誤った説明をしたとは考えられません。がん性貧血用途で開発されていた時代もあったので、おそらく、記者が先入観に囚われて早合点したのでしょう。


中外製薬のプレスリリース(6月30日付)


遺伝子組換えヒトエリスロポエチン製剤「エポジンR注」がん化学療法施行に伴う貧血を対象とする第Ⅲ相臨床試験で主要評価項目を達成

日経メディカル オンラインの記事


中外のエリスロポエチンが、癌性貧血対象フェーズ3で主要評価項目達成、年内申請へ

日刊薬業ウェブ


中外 エポジン、がん性貧血P3で主要評価項目達成(要購読)

事情は協和発酵キリンのネスプも同じです。会社側はがん化学療法による貧血と言っているのに、報道では書き換えられています。


日経メディカル オンライン


持続型赤血球造血刺激因子製剤 癌性貧血への適応拡大を申請

化学療法誘導性貧血(chemotherapy-induced anemia)とがん性貧血(anemia of cancer)の取り違えがなぜ問題かと言うと、エリスロポイエチンをがん性貧血に用いても輸血リスク削減効果は小さく、それどころか、がんの進行を早めたり静脈血栓を誘導したりして、患者を早死にさせてしまうおそれがあるからです。


エリスロポイエチンの主用途である腎性貧血は、腎臓疾患が原因でエリスロポイエチンの分泌が減少していますので、補充療法は合理的です。しかし、がんの症状として発生する貧血はエリスロポイエチン量が正常であることが多いので、同一視することはできません。


エリスロポイエチンががんの成長因子になりうるかどうか、学者の意見は一致していません。しかし、海外で行われたがん性貧血の試験や、放射線療法付随試験(がん細胞の酸欠状態を改善して放射線感受性を高める手法を試験)では、無増悪生存期間が悪化する兆候が見られました。がん性貧血試験では輸血リスクで有意差が出ませんでした。治療のベネフィットが小さい以上、不確かな副作用であったとしても無視できません。


化学療法誘導性貧血の場合は、複数の試験で輸血リスク削減効果が確認されています。但し、ヘモグロビンを増やしすぎて正常値に近付けようとすると、静脈血栓などのリスクが高まってしまうので、用量は必要最低限に留めるべきです。


FDAはこれらの所見に基づき、適正使用を促す警告を発出しました。日本でもメーカーが医療従事者に警告を出しました。


エリスロポイエチンをがん性貧血に使ってはいけません。ジャーナリストも違いを頭に叩き込み、誤記しないよう気を付けなければなりません。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...