2009年10月3日土曜日

インフルエンザワクチンの副作用報告

ハーバード大学がアメリカで行った調査によると、新型インフルエンザ・ワクチンを必ず接種すると答えたのは成人の40%で、絶対やらないと答えた人(41%)と同程度でした。必ず接種すると答えなかった人は理由として、有害事象に対する懸念や、深刻な病気ではない、あるいは薬で対処できるからという楽観、そして、安全性や効果に関する不信・疑問を上げた人が多かったようです。季節性インフルエンザ・ワクチンと比べても効果や安全性に疑問を持っている人が多かったとのことです。

Consumer Reports(最近は家電や車だけでなく薬の評価もしている)のアンケートでも、必ず接種するが34%、しないが21%でした。

WHOが最初に配布したウイルスは育ちが悪かったようですが、再配布後は順調に進んでいるようです。免疫原性も、トリH5N1とは異なり2009A(H1N1)は季節性と同じ一回接種で足りるようです。この結果、ワクチンの供給見込み量が増加し、高リスクでない人でも接種できそうですが、肝腎の消費者のほうは、前向きでない人も多いようです。接種は今月中に始まります。新型インフルエンザのリスクやワクチンの効果・安全性に関する情報を政府がもっと提供すべきなのではないでしょうか。

日本の季節性インフルエンザワクチンに関しては、厚生労働省が年に一回、医薬品・医療機器等安全性情報の中で副作用報告数を纏めています。捕捉率がどの程度なのか分かりませんが、年2000万本で100例程度ですから、副作用報告は10-20万人に一人位という計算になります。


インフルエンザワクチンの推定使用量と副作用報告数
04年度05年度06年度07年度08年度
推定使用量(万本)1,5981,9321,8772,2572,451
副作用報告数(症例数)113102107122121
うち、回復軽快9274729282
未回復1075115
後遺症あり24855
死亡43542
不明514171027

死亡例がありますが、情報不足でワクチンとの関連性は評価できない、と記されているものが殆どです。

後遺症残存例では、ギラン・バレー症候群がワクチン関連疑い例・可能例として五年間で五例報告されています。年代は10代、40代、50代、60代、70代とばらけていて、性別も男二人、女三人で同程度です。発生時期は接種の2日後から2ヵ月後まで幅広いです。症状は、手足のピリピリ感、両足底のじんじん感、両側上肢関節炎、歩行時のふらつき・歩行困難、全身麻痺、顔面神経麻痺・知覚低下、複視など。意識喪失・呼吸停止を経験した人もいます。当初は脳梗塞が疑われた症例もあるようです。ガンマグロブリン大量療法などで軽快した人も、しなかった人もいるようです。

同様に多いのが急性散在性脳脊髄炎(ADEM)、急性脳炎で各8例と2例です。急性脳炎は2例とも10歳未満、ADEMは10歳未満が2例、40台が3例、10代、20代、50代がそれぞれ1例となっています。発生時期は急性脳炎が3時間後と5日後、ADEMが3時間後から二回目の接種の1ヵ月後まで、様々です。症状は発熱、痙攣、意識低下、傾眠、尿閉、頭痛、足のふらつきや手の震え痺れ、目のかすみなど。当初は目の症状が主体で眼科に行った人や、ワクチンと関連があるのか分かりませんが肛門の刺すような痛み、腰・大腿部後面の間欠的なズキンという痛みで始まった人も一例あります。

病気と同じように、副作用も早く気付いて治療を受ければ深刻な合併症を回避できるかもしれません。新型ワクチンに限らず、インフルエンザ・ワクチンで稀に起きる副作用は頭に入れておいたほうが良いでしょう。


clopidogrelとPPIの新エビデンス

TCTでは、clopidogrelとプロトンポンプ阻害剤の相互作用に関する新エビデンスも発表されました。こちらも厳格な論者を満足させることはできないかもしれませんが、ファイナル・アンサー?と訊かれたら迫力に押されて思わずハイと答えてしまうかもしれません。



COGENT試験の概要(学会発表者:Dr. D. Bhatta)

  • clopidogrel(75mg)とomeprazole(20mg)の配合剤CGT-2168の胃腸有害事象削減効果を確認するために実施された無作為化二重盲検二重ダミー偽薬対照試験。

  • 対象は急性冠症候群やステント留置術の経験者でclopidogrelとアスピリンの併用療法を受ける患者。腸溶性アスピリン(75-325mg)を使用。プロトンポンプ阻害剤などを必要とする患者は除外。

  • 主評価項目は上部胃腸出血、内視鏡などによって確認された症候性胃腸十二指腸潰瘍、胃腸閉塞・穿孔などの複合評価項目。二次的評価項目は心血管死、非致死的心筋梗塞、CABG、PCI、虚血性脳卒中の複合評価項目。独立委員会がアジュディケーションを実施。解析はピロリ菌感染の有無と非ステロイド抗炎症薬の同時使用の有無で階層化。組入れ目標は胃腸イベント数が予想を下回って推移したため、途中で5000人(143イベント)に引き上げられた。

  • 完了前にCGT-2168を開発していた会社の経営が破綻し、治験が打ち切りに。胃腸イベントは105例、心血管イベントは136例で解析。

  • 解析対象は3627人。追跡期間は中央値で133日、最長362日。患者背景は平均年齢67歳、男が68%、急性冠症候群歴36%、ピロリ菌陽性49%。

  • 修正Cox比例ハザードモデルによる心血管イベントのハザードレシオは1.02(95%信頼区間0.70-1.51)。 対照群は1821人中67人、試験薬群は1806人中69人で発生。両群のカプラン・マイヤー・カーブは見事に重なり合っていた。心筋梗塞だけ、あるいは血管再建術だけの解析でも有意差は無かった。サブグループ分析はBMI、年齢、人種、性別、非ステロイド抗炎症剤の服用の有無、ピロリ菌陽性・陰性、病歴の何れでも異質性は無かった。

  • 胃腸イベントのハザードレシオは0.55(0.36-0.85)、p=0.007。



この試験の強みは、私達の関心であるclopidogrelとomeprazoleの併用法の適否を調べることを目的に実施された、前向き無作為化対照試験であることです。あの厳しいFDAから承認を得るための試験なので、厳格なプロトコルが採用されていたでしょう。エビデンスとしては一級品なのではないでしょうか。


弱点もあります。最後まで完遂されなかったことは返す返すも残念です。また、心血管イベントは二次的評価項目ですので、元々、十分な検出力があったのか疑問です。clopidogrelの相対リスク削減率は20-30%なので、相互作用で効果が喪失するという仮説を棄却するためには95%上限が1.25あるいは1.42を下回る必要がありますが、この試験は1.51なので棄却できていません。更に細かいことを言えば、特殊な配合剤なので夫々の薬を併用するのと同じではないかもしれません。


研究者は、心血管イベントは当初の一ヶ月が多いので追跡期間が3-4ヵ月であったことは大きなネックではないと言っています。また、配合剤との違いが気になるならclopidogrelを朝に服用、omeprazoleは夜に服用すればよいと言っています。95%上限については特にコメントしていないようです。途中で打ち切られた試験なので贅沢は言えないのでしょう。


スポンサーの経営が破綻したのに今回の学会発表に漕ぎ着けたのは、この試験を重んじた研究者達が奔走し、資金を集めてデータを救い出したという経緯のようです。胸が熱くなりますね。



clopidogrelの2C19問題:新エビデンス

clopidogrelとプロトンポンプ阻害剤や2C19変異の話は盛り上がってますね。先日のTCT学会でも二つの重要なエビデンスが発表されました。theheart.orgの報道やTCTのウェブサイトにアップされているスライドを元に、まとめて見ましょう。最初は、clopidogrelと2C19多型の話です。CHARISMA試験のゲノム・サブスタディで、2C19機能損失多型はそれ自体が心血管リスク因子である可能性が浮上しました。clopidogrel群だけでなく偽薬群でも心血管イベント発生率が高かったからです。

CHARISMA試験は安定期の心血管疾患経験者や初発予防患者などを対象に、アスピリンとclopidogrelを併用するDAT(dual anti-platelet therapy)とアスピリン単独療法を比較した試験です。需要を更に増やそうという意欲的な試験でしたが、主評価項目(心血管死・心筋梗塞・脳卒中の複合評価項目のリスク)は両群大差なく、出血リスクが高まるだけという残念な結果になりました。

学会発表時にマスコミが大きく報道し、DATを服用している患者が心配して主治医や学会に問い合わせるという事態になってしまいました。対応に忙殺されるだけならまだしも、患者が勝手に飲むのを止めたら大変なことになりかねません。この手の試験は組入れ条件が複雑多岐で正確に説明しようとするとそれだけで紙面が埋まってしまうので、大雑把な書き方にならざるを得ません。記事を読んだ患者が自分にも当てはまるのかどうか判断できずに困惑したからといって、記者や患者を責めるのは酷でしょう。大きな学会ではジャーナリスト向けの説明会が開かれます。発表者や学会側の出席者は治験結果を説明するだけでなく、この試験の対象患者・用法と過去に実施され成功した試験のそれ(例えば急性冠症候群でPCIを受けた患者)の違いをよく説明しておくべきだったのではないでしょうか。

アメリカ国民は医療や薬に対する関心が強く、学会発表が一般紙にも大きく報じられます。私は啓蒙は常に正しいと信じていますが、この命題が成立するためには、情報の発信者である学会や研究者と伝え手であるジャーナリストの意思疎通・連携が欠かせません。

記憶に残っている事件なのでつい横道にそれてしまいました。本題に戻ると、TCTでDr. D. Bhatta(Brigham and Women's Hospital)がこの試験のゲノム・サブスタディの結果を発表しました。全15603人のうち4862人を対象に2C19酵素の遺伝子を調べ、各ハプロタイプの心血管死・心筋梗塞・脳卒中リスクを野生(WT)遺伝子だけしか持っていない人と比較しました。

最初にハプロタイプの分布状況を見ると、WT/WT型が40%、*2/WTが20%、*2/*17が7%、*2/*2は2%でした。2C19*2機能喪失多型だけしか持っていない患者が2%、片方は2C19*2だがもう片方は正常という患者が27%、合計30%ですので過去の白人・黒人のデータと大差ありません。

次にclopidogrel群の機能喪失多型保有者のリスクをWT/WT型と比べると、*2/*2型はハザードレシオが2.38(95%信頼区間1.14-5.00)と有意に高かったのですが、*2/WTや*2/*17は1.1-1.3倍で有意ではありませんでした。TRITON試験でヘテロ接合型でも高かったことと異なった結果になっています。

また、*2/*2型は偽薬群でも1.85(0.74-4.65)でした。過去の疫学的試験では偽薬群の*2/*2型に相当するデータは検討していなかった(できなかった)ので、このデータが本研究の白眉といえるでしょう。疫学的試験や血小板凝集抑制試験では『2C19*2保有者はclopidogrelが活性化されにくいので効果を十分に享受できない』という仮説をもたらしましたが、今回のゲノム試験で、『2C19*2は元々心血管リスクが高い』という新しい仮説が浮上したのです。


CHARISMA試験全体の成績
主評価イベントの相対リスクn相対リスク95%CI
治験全体15,6030.930.83-1.05
うち、再発予防グループ12,1530.880.77-0.998
初発予防グループ3,2841.20.91-1.59

注:主評価イベントは心筋梗塞、脳卒中、心血管死。再発予防グループは冠動脈疾患、心血管疾患、末梢動脈疾患の既往歴あり。


ハプロタイプ毎の主評価項目発生率
偽薬イベント数/nclopidogrelイベント数/n
全ユニバース:

7.30%573/78016.80%534/7802
ゲノムサブスタディ:
WT/WT5.10%49/9716.00%57/950
*2/WT4.30%21/4896.70%33/490
*2/*28.80%5/5713.80%8/58
*2/*176.30%10/1597.70%13/170
*17/WT7.50%48/6425.80%37/643

注:保有者が少ない多型は割愛しました。


学会発表は盛り上がったようで、MedPageなどの報道を読むと、だから疫学的試験は当てにならないと言っただろ、と言わんばかりだったようです。片方だけが*2の患者は数か少なくないので、リスクが見られなかったのは一安心です。ただ、幾つか気になる点があります。

第一は検出力の問題。このゲノムスタディのユニバース全体ではclopidogrel群のイベント発生率は偽薬群より高かったのではないかと思われます。有意差はなく、CHARISMA試験全体でも有意差はなかったので矛盾はしていないのですが、データが指し示す方向が逆です。この試験が1万人以上を組み入れたのはclopidogrelの効果を検出するために必要だったからですが、サブグループに効果がないことを調べるためにはもっとたくさんの症例が必要なのではないでしょうか。*2/*2型の心血管イベント発生数はたった13例です。

また、この試験も疫学的試験と同様に、clopidogrelと偽薬を直接比較していません。イベント数が少なく患者背景の違いを生じてしまうので、無意味なのでしょう。試みに*2/*2患者の心血管イベントのオドレシオを計算してみると、1.57(95%信頼区間0.54-4.52)となりますが、clopidogrelが効果を発揮していないなら1倍であるはずです。今回のデータの精度が高くないことを示しています。因みにWT/WT型では1.19(0.82-1.72)です。

ファイナル・アンサー?と訊かれてもまだハイとは答えたくありません。clopidogrelの心血管リスク削減効果は20-30%に過ぎないので、効果が無かったとしても20-30%程度の違いです。薬効を確認するために大規模な試験が必要なら、薬が効かない可能性を検討するにも1万人級の試験が必要なのではないでしょうか。

AZD6140という新しい抗血小板薬のフェーズⅢ試験PLATOでも9000人規模のゲノムサブスタディが予定されていますので、結果発表が楽しみです。


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