2009年10月3日土曜日

clopidogrelの2C19問題:新エビデンス

clopidogrelとプロトンポンプ阻害剤や2C19変異の話は盛り上がってますね。先日のTCT学会でも二つの重要なエビデンスが発表されました。theheart.orgの報道やTCTのウェブサイトにアップされているスライドを元に、まとめて見ましょう。最初は、clopidogrelと2C19多型の話です。CHARISMA試験のゲノム・サブスタディで、2C19機能損失多型はそれ自体が心血管リスク因子である可能性が浮上しました。clopidogrel群だけでなく偽薬群でも心血管イベント発生率が高かったからです。

CHARISMA試験は安定期の心血管疾患経験者や初発予防患者などを対象に、アスピリンとclopidogrelを併用するDAT(dual anti-platelet therapy)とアスピリン単独療法を比較した試験です。需要を更に増やそうという意欲的な試験でしたが、主評価項目(心血管死・心筋梗塞・脳卒中の複合評価項目のリスク)は両群大差なく、出血リスクが高まるだけという残念な結果になりました。

学会発表時にマスコミが大きく報道し、DATを服用している患者が心配して主治医や学会に問い合わせるという事態になってしまいました。対応に忙殺されるだけならまだしも、患者が勝手に飲むのを止めたら大変なことになりかねません。この手の試験は組入れ条件が複雑多岐で正確に説明しようとするとそれだけで紙面が埋まってしまうので、大雑把な書き方にならざるを得ません。記事を読んだ患者が自分にも当てはまるのかどうか判断できずに困惑したからといって、記者や患者を責めるのは酷でしょう。大きな学会ではジャーナリスト向けの説明会が開かれます。発表者や学会側の出席者は治験結果を説明するだけでなく、この試験の対象患者・用法と過去に実施され成功した試験のそれ(例えば急性冠症候群でPCIを受けた患者)の違いをよく説明しておくべきだったのではないでしょうか。

アメリカ国民は医療や薬に対する関心が強く、学会発表が一般紙にも大きく報じられます。私は啓蒙は常に正しいと信じていますが、この命題が成立するためには、情報の発信者である学会や研究者と伝え手であるジャーナリストの意思疎通・連携が欠かせません。

記憶に残っている事件なのでつい横道にそれてしまいました。本題に戻ると、TCTでDr. D. Bhatta(Brigham and Women's Hospital)がこの試験のゲノム・サブスタディの結果を発表しました。全15603人のうち4862人を対象に2C19酵素の遺伝子を調べ、各ハプロタイプの心血管死・心筋梗塞・脳卒中リスクを野生(WT)遺伝子だけしか持っていない人と比較しました。

最初にハプロタイプの分布状況を見ると、WT/WT型が40%、*2/WTが20%、*2/*17が7%、*2/*2は2%でした。2C19*2機能喪失多型だけしか持っていない患者が2%、片方は2C19*2だがもう片方は正常という患者が27%、合計30%ですので過去の白人・黒人のデータと大差ありません。

次にclopidogrel群の機能喪失多型保有者のリスクをWT/WT型と比べると、*2/*2型はハザードレシオが2.38(95%信頼区間1.14-5.00)と有意に高かったのですが、*2/WTや*2/*17は1.1-1.3倍で有意ではありませんでした。TRITON試験でヘテロ接合型でも高かったことと異なった結果になっています。

また、*2/*2型は偽薬群でも1.85(0.74-4.65)でした。過去の疫学的試験では偽薬群の*2/*2型に相当するデータは検討していなかった(できなかった)ので、このデータが本研究の白眉といえるでしょう。疫学的試験や血小板凝集抑制試験では『2C19*2保有者はclopidogrelが活性化されにくいので効果を十分に享受できない』という仮説をもたらしましたが、今回のゲノム試験で、『2C19*2は元々心血管リスクが高い』という新しい仮説が浮上したのです。


CHARISMA試験全体の成績
主評価イベントの相対リスクn相対リスク95%CI
治験全体15,6030.930.83-1.05
うち、再発予防グループ12,1530.880.77-0.998
初発予防グループ3,2841.20.91-1.59

注:主評価イベントは心筋梗塞、脳卒中、心血管死。再発予防グループは冠動脈疾患、心血管疾患、末梢動脈疾患の既往歴あり。


ハプロタイプ毎の主評価項目発生率
偽薬イベント数/nclopidogrelイベント数/n
全ユニバース:

7.30%573/78016.80%534/7802
ゲノムサブスタディ:
WT/WT5.10%49/9716.00%57/950
*2/WT4.30%21/4896.70%33/490
*2/*28.80%5/5713.80%8/58
*2/*176.30%10/1597.70%13/170
*17/WT7.50%48/6425.80%37/643

注:保有者が少ない多型は割愛しました。


学会発表は盛り上がったようで、MedPageなどの報道を読むと、だから疫学的試験は当てにならないと言っただろ、と言わんばかりだったようです。片方だけが*2の患者は数か少なくないので、リスクが見られなかったのは一安心です。ただ、幾つか気になる点があります。

第一は検出力の問題。このゲノムスタディのユニバース全体ではclopidogrel群のイベント発生率は偽薬群より高かったのではないかと思われます。有意差はなく、CHARISMA試験全体でも有意差はなかったので矛盾はしていないのですが、データが指し示す方向が逆です。この試験が1万人以上を組み入れたのはclopidogrelの効果を検出するために必要だったからですが、サブグループに効果がないことを調べるためにはもっとたくさんの症例が必要なのではないでしょうか。*2/*2型の心血管イベント発生数はたった13例です。

また、この試験も疫学的試験と同様に、clopidogrelと偽薬を直接比較していません。イベント数が少なく患者背景の違いを生じてしまうので、無意味なのでしょう。試みに*2/*2患者の心血管イベントのオドレシオを計算してみると、1.57(95%信頼区間0.54-4.52)となりますが、clopidogrelが効果を発揮していないなら1倍であるはずです。今回のデータの精度が高くないことを示しています。因みにWT/WT型では1.19(0.82-1.72)です。

ファイナル・アンサー?と訊かれてもまだハイとは答えたくありません。clopidogrelの心血管リスク削減効果は20-30%に過ぎないので、効果が無かったとしても20-30%程度の違いです。薬効を確認するために大規模な試験が必要なら、薬が効かない可能性を検討するにも1万人級の試験が必要なのではないでしょうか。

AZD6140という新しい抗血小板薬のフェーズⅢ試験PLATOでも9000人規模のゲノムサブスタディが予定されていますので、結果発表が楽しみです。


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