2011年4月10日日曜日

Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsartanがARB/ACE阻害剤以外で治療した群より優れていたのですが、NHS試験ではamlodipineと大差ありませんでした。candesartanとamlodipineを比較した試験も大差なかったので、結局、valsartanが京都や東京で倒したのは雑魚で大将格のamlodipineとは良い勝負、ということなのでしょう。


Nagoya Heart Studyの概要



  • デザイン:名古屋地域などの46施設で実施された多施設試験。PROBE法。intent-to-treat解析。

  • 対象:二型糖尿病又は耐糖能異常を合併する高血圧患者。40-75歳。6ヶ月以内の心血管疾患、狭心症でCCB治療、LVEF40%未満などは除外。valsartan群575例、amlodipine群575例、計1150例。

  • 患者背景:平均年齢63歳、女性34%。平均血圧145/82 mmHg。二型糖尿病82%、耐糖能異常18%。平均HbA1c7.0%。異脂血症43%、心血管疾患歴26%、脳血管疾患歴4%。ベースライン時点の服薬はARB30%、CCB45%、ベータブロッカー22%、SU剤25%、インスリン7%、その他の血糖治療薬34%、アスピリン27%、スタチン40%。

  • 治療方法:valsartan(80-160mg/日)ベースの治療を行う群と、amlodipine(5-10mg/日)ベースの群に無作為化割付。降圧目標は130/80 mmHg未満。降圧不十分な場合はARB、ACE阻害剤、CCB以外の降圧剤を追加可。メジアン3.2年間追跡。

  • 主評価項目:複合評価項目(急性心筋梗塞、脳卒中、PCIやCABG、心不全による入院、突然心臓死)

  • 主評価項目の解析結果:valsartan群のイベント発生率は9.4%、amlodipine群は9.7%、HRは0.97(95%CI 0.66-1.40)、p=0.85で有意な差は無し。

  • 個々のイベントでは、発生数が一番多かったのはPCI/CABGと脳卒中だが、どちらも群間の偏りは無し。うっ血性心不全による入院は3例対15例、HR0.20(0.06-0.69)でp=0.01。

  • 副次的評価項目の全死亡は22例3.8%対16例2.8%、HR1.37で有意差は無いがやや気掛かり。

  • 血圧・HbA1c:valsartan群は131/73 mmHg、amlodipine群は132/74 mmHgで有意な差は無し。HbA1cは両群とも6.7%に低下。

  • 有害事象で多かったのは固形癌、眩暈、肝機能低下など。群間の偏りは無し。


心不全入院で有意差があったことはそれ自体は頷けるものですが、OSCAR試験もNHS試験もPROBE法なので治験医の主観が影響した可能性もあります。複合評価項目の個々の項目の解析は、数が多いだけに、偶然有意差が出てしまう可能性もあります。イベント数がそれほど多くないこと、p値があまり低くないこと、多重性の補正が行われていないようであることを考えれば、慎重に考えたほうが良さそうです。


JIKEI、KYOTO、そしてNAGOYAのHeart Studyは何れもvalsartanの心血管アウトカム試験で、治験名からはvalsartan三部作というイメージが湧きます。JIKEIとKYOTOはvalrartanの心血管イベント予防効果がARB/ACE阻害剤以外の降圧剤で治療した群より有意に優れていて、中でも脳卒中/TIAや狭心症入院、心不全入院などのデータが良かったのですが、何れも医師の判断が絡むソフト・エンドポイントであることが議論の的になりました。二重盲検ではなくPROBE法を採用する場合、このような議論に十分に反応できない弱みがあります。それでも、二本の試験で同じような結果が出たのですから、重視せざるを得ません。


Nagoyaは組入れ条件や対照薬が異なるので同一視できませんが、ARBとamlodipineの間に差が無かったという点では海外で行われたVALUE試験や日本で行われたcandesartanの試験と共通しています。結局、広く用いられている降圧剤同士の比較なら、臨床的転帰に大きな違いはないということなのでしょう。



OSCAR試験のもう一つの見方

アメリカの心臓学会ACCで、日本の多施設共同試験の成果が発表されました。OSCAR試験とNagoya Heart Studyです。大きな学会のLate-breakerとして発表されたため内外のメディアが報道しましたが、やや違和感があります。改めて振り返ってみましょう。


先ず、OSCAR試験の概要と論点です。この試験は低用量のARB(olmesartanを使用)だけでは管理不十分である高齢高血圧の患者の治療法を検討したものです。増量とCCB(azelnidipine又はamlodipine)追加の心血管イベント発生リスクを比較したのですが、どちらも大差ないという結論になりました。しかし、本当に同じなのでしょうか?


OSCAR試験の概要


  • 治験デザイン:日本の134施設の多施設共同試験。PROBE法。Intent-to-treat解析(評価対象は増量群578例、CCB追加群586例の合計1164例)。

  • 対象:一つ以上の心血管リスク因子(脳血管疾患、心臓疾患、血管疾患、腎機能低下、二型糖尿病)を持つ高齢(65~84歳)高血圧。。

  • 患者背景:平均年齢73歳、男性44%、平均血圧158/85 mmHg。既往は脳卒中18%、心筋梗塞3%、心不全7%。二型糖尿病54%。

  • 治療方法:olmesartan(20mg/日)で治療しても血圧が140/90 mmHg以上に留まっている患者を、増量群(40mg/日)とCCB(azelnidipine又はamlodipine)追加群に無作為化割付。3年間観察。必要に応じてARB、ACE阻害剤、CCB以外の降圧剤を追加しても良い。

  • 主評価項目:複合評価項目(致死的・非致死的な脳血管疾患、冠動脈疾患、心不全、その他のアテローム硬化性疾患、糖尿病性微小血管疾患、腎機能低下、心血管疾患以外による死亡)。

  • 主評価項目解析結果:増量群のイベント発生数は58、CCB追加群は48、HR1.31(95%CI 0.89-1.92)、p=0.1717で有意な差が無かった。

  • 致死的・非致死的な心血管イベントはHR1.44(0.94-2.21)、p=0.09。個々のイベントで両群の発生数が多かったのは脳血管疾患、心不全、冠動脈疾患だが、このうち脳血管疾患はHR1.75(0.92-3.35)、p=0.0848。

  • サブグループ分析では、心血管疾患を持つグループ(812例、85イベント)はHR1.63(1.06-2.52)、増量群が有意に多い(p=0.026)。持たないグループ(二型糖尿病だけ、352例、21イベント)はHR0.52(0.21-1.28)、p=0.1445。交絡のp値は0.024で有意。

  • 血圧:増量群は136/74.6 mmHg、CCB併用群は133.4/73.1 mmHgとなり、平均差は2.4/1.7 mmHgで有意な差があった。


この試験の論点は、第一に、検出力が足りているのかということです。主評価項目の95%上限は1.92ですから、増量群の心血管リスクがCCB追加群の1.92倍という、許容できないほど高い可能性が否定されていないことになります。カプランメイヤーカーブを見ると、一年を過ぎた辺りから両群の累計イベント発生率に大きな乖離が出ています。同じと言われても直ぐには納得できません。


そこでサブグループ分析を見ると、リスクが特に高い心血管疾患グループでは有意な差がありました。少なくとも、このような患者にはCCB追加の方が良いのではないか、という疑問を持たざるを得ません。


二型糖尿病だけのグループに関しては増量群の方がイベント発生数が少なかったのですが、絶対数が少ないので信憑性が薄く、p値も有意ではありません。このサブグループ分析に関しては、両群に花を持たせるような結論ではなく、心血管疾患罹患にはCCB追加が良い可能性が示唆されたが二型糖尿病だけの場合は明確ではなく、どちらも今後、更なる検討が必要、というのが妥当な結論のような気がします。


第二の論点は、研究対象となった患者の背景が曖昧であることです。心血管疾患歴を持つ人が70%を占めましたが、このうち、脳血管疾患など詳細が明記されているのは29%分だけで残りの40%の人達がどのようなリスク因子を持っていたのか分かりません。組入れ条件から推測すると腎機能低下や末梢動脈疾患が多かったのかもしれませんが、もしそうだとすると、今回の試験の結論を高齢高血圧症全般に当てはめるのは早計かもしれません。


第三の論点は降圧治療の内容です。両群とも治療ガイドラインに則った降圧を施行したのでしょうが、小さな差が生じました。増量群の血圧がもっと下がっていれば、心血管イベント数の差が縮小していたかもしれません。しかし、一般的に、心血管リスクに影響するのは差が4 mmHg以上の場合と言われていますので、統計的には有意でも、2 mmHg程度の差に目くじらを立てる必要は無いでしょう。


そもそも、増量より他の薬を追加するほうが有効であるような気がします。この試験ではどうだったのでしょうか?他の薬を追加した症例数に群間の偏りがあったのかどうか、治験論文が刊行されれば明らかになるでしょう。



最後になりましたが、この試験の一番良いところは、平均年齢73歳という高齢者を対象にしたことです。高齢者に対する最適な治療法の探索は、長寿国である日本が世界に率先して実行すべき課題と思います。また、高齢者は個人差が大きいので、外国のデータではなく日本のデータを参照したいものです。OSCAR試験の快挙が引き金になって、第二、第三の高齢者試験が行われることを期待します。



2010年12月4日土曜日

clopidogrelとPPI:学会の声明

clopidogrelとプロトンポンプ阻害剤(PPI)の相互作用については未だ未だ分からないことが多いのですが、11月に循環器系や消化器系の学会が共同でエキスパート・オピニオンを出したので簡単に紹介しましょう。


ACCF/ACG/AHA 2010 Expert Consensus Document on the Concomitant Use of Proton Pump Inhibitors and Thienopyridines: A Focused Update of the ACCF/ACG/AHA 2008 Expert Consensus Document on Reducing the Gastrointestinal Risks of Antiplatelet Therapy and NSAID Use

Circulation, Nov 2010; doi:10.1161/CIR.0b013e318202f701

リンク(PDFファイル、オープンアクセスです)


この声明では、過去の様々なエビデンスを回顧した後に、以下のような結論を出しています。


プロトンポンプ阻害剤とチエノピリジンの疫学的エビデンスの評価


関連性は強固か?


疫学的研究は患者背景の違いなどが影響する可能性があるのでリスクが小さい場合は注意が必要だ。臨床的な転帰とPPIの同時使用の関連性が示された研究でもはハザードレシオやオドレシオが2未満と小さい。唯一の無作為化割付試験(COGENT試験)では同時使用と心血管イベントの顕著な関連性は見られなかったが、小規模な試験なので信頼区間が広く、リスクが44%上昇する可能性を否定できていない。


関連性はコンスタントか?


PPIの同時使用と心血管イベントの増加に関する観察的研究の結果は区々であり、過半は何の関連性もなかった。


生物学的尤もらしさはあるか?


ある。CYP2C19の機能喪失多型を持つclopdigrel服用者では心血管イベント発生率が高まる。また、in vitro試験ではPPIがCYP2C19による代謝を阻害することが示唆された。


実験的エビデンスはどうか?


薬力学的試験ではomeprazoleがclopidogrelの血小板凝集抑制力を低下させることがコンスタントに示されている。他のPPIは顕著な影響がなかった。大規模な無作為化割付試験が行われていないので、エビデンスは弱い。進行中のSPICE試験が答えを出す可能性がある。


リスクとベネフィットのバランス


急性冠症候群の治療でステント留置術を受けた患者では、抗血小板薬の心血管ベネフィットは明確だ。抗血小板薬が胃腸出血のリスクを高めることも明らかである。個々の患者についてこのリスクとベネフィットのバランスを評価することが医療提供者の課題だ。


抗血小板薬にPPIを追加するのは胃腸合併症を防ぐことが目的だ。深刻な出血のリスクは様々な因子に影響されるが、一番大きいのは過去の上部胃腸出血歴だ。急性冠症候群で上部胃腸出血歴を持つ患者では二種類の抗血小板薬とPPIを処方することがリスクとベネフィットのバランスを最適にするだろう。冠再建術を受ける安定期の患者は、胃腸出血歴を考慮して再建方法を選択すべきである。冠ステント留置術を選択する場合、この三剤を併用する方がリスクとベネフィットのバランスを好ましくするだろう。


高齢、ワーファリン同時使用、ステロイド、非ステロイド抗炎症薬、ピロリ菌感染などに該当する患者は何れも抗血小板薬併用療法による胃腸出血リスクが高くなる。このような患者におけるPPIの効用は顕著であり、もし心血管イベント削減効果が低下するリスクがあったとしても、効用のほうが上回る可能性がある。一方、胃腸出血リスク因子を持たない患者ではPPIの効用は小さく、抗血小板薬併用だけのほうが好ましい。


消化不良を治療する目的でPPIを処方する場合でも、抗血小板薬の服用を中止するのは好ましくない。胃腸出血の患者が抗血小板薬を中止すると心血管イベントのリスクが高まる。


H2ブロッカーは代替手段として合理的か?


PPIはアスピリンやチエノピリジンを服用している患者の胃腸出血リスクを削減する。これまでのデータはH2ブロッカーより効果が高いことを示唆している。それでも、胃腸出血リスクが小さい患者は、難治性逆流性食道炎でPPIを必要とする場合を除いて、H2ブロッカーが合理的な代替薬になる可能性がある。CimetidineはCYP2C19を競合的に阻害するので、clopidogrel服用者には他のH2ブロッカーのほうが良い選択だろう。


この問題に答えを出すには1万人以上を組み入れた1年以上の試験が必要です。数百億円の費用が掛かるでしょうが、clopidogrelは特許切れが始まっているので、製薬会社がスポンサーになってくれるとは思えません。欧米ではprasugrelという第一三共が開発した薬が販売されているので代替的な選択肢になりますが、もう一つの重要なテーマである、CYP2C19機能喪失多型を持つ患者における有効性はエビデンスが不十分です。ticagrelorという新薬も承認審査中で、発売されれば有力な選択肢になるでしょう。


この問題は、急性冠症候群やステント留置術を受けた患者に関する議論が現状では中心になっています。しかし、clopidogrelは脳梗塞後の再発予防や末梢動脈疾患の心血管イベント予防にもモノセラピーでも使用されています。もしCYP2C19問題が決定的に重要なら、この用途ではアスピリンなど他の薬を使ったほうが良いのかもしれません。もっと議論してほしいと思います。



2010年10月6日水曜日

インスリンからGLP-1作用剤にスイッチすると...

リラグルチドの市販後に致死的なケトアシドーシスが二例報告されたことをノボ ノルディスクが発表しました。何れもインスリンからスイッチした翌日に発症したとのことです。この他に高血糖症が7例報告され、うち6例はインスリンからスイッチした患者でした。


DPP-4阻害剤が発売された当初も、SU剤併用例で深刻な低血糖症例が発生しました。が携帯電話が普及して操作中の交通事故が増えたことを思い起こします。新しい技術に習熟するまでの過渡期なのでしょう。日本はドラッグラグ解消に前向きに取り組んでいて新薬承認が増加しています。日米欧で日本でしか承認されていない薬(alogliptin)、日本でしか承認されていない用法(panitumumabの大腸がん一次治療やvildagliptinの100mgをSU剤と併用)、日本だけがまだ販売中止していない薬(gemtuzumab ozogamicin)は海外の使用実績が乏しいので、日本人が自分で至適用法を探索しなければなりません。


リラグルチドの場合、欧州で発売されたのは09年で市販歴も開発歴も短いのですが、05年にアメリカで発売された類薬のエキセナチドの経験から学ぶことができるかもしれません。そこで、07年にDiabetes Care誌に刊行された論文を紹介しましょう。


この二剤はGLP-1というホルモンと同じようにGLP-1受容体を作動して、インスリン分泌を刺激します。SU剤との違いは血糖値が高い時だけ作用するので膵臓のベータ細胞が疲弊しにくく、むしろ、増殖を促すようです。食物が胃から腸に移るのを遅らせる作用や、中枢神経に作用して食欲を抑制する作用も持っています。血糖降下作用はDPP-4阻害剤より高く、また、他の血糖治療薬と異なり体重が穏やかに減少します。個人差が大きく、10%以上減少する人もいますが、増える人もいます。弱点は皮注用薬であることと、悪心・嘔吐が特に治療開始当初に多いことです。このため、低用量で開始して数週間後に維持用量に引き上げる用法が採用されています。


二剤とも経口薬を服用している患者に追加投与する用法を中心に開発されました。インスリンにステップアップすることを検討している患者なら、どちらも皮注なので、弱点が目立たないからでしょう。しかし、この開発戦略には落とし穴があります。GLP-1作用剤に最も熱い視線を寄せるのは、インスリンを使用中の患者であろうことが軽視されています。


実際、医師が学会で発表するエキセナチドの使用実績を見ると、インスリンからスイッチした症例や減量してエキセナチドで補った症例がかなり出てきます。スイッチすればインスリンの体重増加作用が消失してGLP-1作用剤の体重減少作用が寄与するので大きな体重減少が期待できるからです。一方で、中止例が多いことも目立っています。08年のADAで発表されたある医療施設の治療データでは、1年間に5割が投与を中止していました。エキセナチドは一日二回投与が必要であることが嫌われたのかもしれませんが、血糖管理不良や有害事象で止めた症例も多いようです。中止例の半分がインスリン併用患者だったので、これが影響したのかもしれません。


さて、Diabetes Care誌に刊行された試験は、インスリンからスイッチする手法の有効性を検討した小規模なもので、おそらく、前期第二相試験という位置づけでしょう。過半の患者が血糖管理を維持できたため著者はスイッチ可能と書いていますが、深刻な高血糖を発生した症例もあり、そもそも、試験のデザインに様々な問題があります。このため、論評は厳しい論調で批判しています。


リンク(Diabetes Care home page)


S. Davisらの論文:Exploring the Substitution of Exenatide for Insulin in Patients With Type 2 Diabetes Treated With Insulin in Combination With Oral Antidiabetes Agents Diabetes Care November 2007 30:2767-2772


J. ROsenstockの論評:Missing the Point: Substituting Exenatide for Nonoptimized Insulin Going from bad to worse!



治験内容



  • 患者:インスリンを(一日一回または二回)と経口血糖治療薬を服用しているHbA1cが10.5%以下の二型糖尿病患者49人。平均年齢54歳、ベースライン時点のHbA1cは平均8.0%、病歴平均10年、インスリン使用歴3年、インスリン一日用量41単位、Cペプチド1.0nmol/l。

  • 介入方法:インスリンを止めてエキセナチドにスイッチ。他の薬は継続。

  • 対照群:引き続きインスリンを使用

  • 主評価項目:血糖管理が維持された患者の比率。

  • 結果:エキセナチド群は29人中18人(62%)が血糖管理維持に成功。インスリン群は16人中13人(81%)。

  • 留意点:両群とも、血糖管理目標の達成は要求されなかったせいか、HbA1cが7%以下に下がった患者は少なかった。血糖管理維持を判定する基準が甘く、A1cが0.5%以上上昇しなければOKで、また、途中で治験を離脱しても理由が血糖管理不良でなく、最終観察値が基準を満たしていれば、血糖管理維持と認定された(エキセナチド群の18人中4人が該当)。また、無作為化割付された49人のうち4人が薬効解析対象から除外された。


血糖管理が維持できた18人の患者ではA1cが平均で0.5%(SD+/-0.7%)低下しましたが、できなかった11人では1.6%(+/-1.5%)上昇しました。重篤な高血糖は1例で、入院しました。回帰分析で、ベースライン時点のCペプチド値が高いほど血糖管理が維持され易いことが分かりました。インスリン依存度が高い患者にリラグルチドを使うべきではない、という日本の学会の勧告を想起します。


低血糖の発生率は両群39%前後で大差ありませんでしたが、平均発生数は年率1.7回と1.0回で上回りました。エキセナチド群の13例中10人はSU剤を併用していました(SU剤にエキセナチドを追加する場合はSU剤の用量を半減することが推奨されていますが、この試験では採用されていません。)


リラグルチドのデータではないのでどの程度参考になるのか分かりませんが、類薬が上手く行かなかった用法でありリラグルチドなら有効というエビデンスは無いのですから、楽観はできないでしょう。


併用法の規制と情報提供


さて、日本もアメリカも欧州も、血糖治療薬を承認する時に併用薬を限定するのが慣わしです。例えば日本のリラグルチドならモノセラピーとSU剤服用者にアドオンする用法だけです。しかし、この限定は機能しているのかどうか、大いに疑わしいと思います。また、インスリンからリラグルチドにスイッチするのはモノセラピーとして承認されている用法なのではないかと思いますが、エキセナチドのデータから見ると、正しい使い方とは思えません。注意していれば対処できるのでしょうが、今回のように翌日発症・死亡となると手の打ちようがありません。患者は様々な薬を服用しているのですから、メーカーが夫々について併用の適否をキチンと検討すべきなのではないでしょうか。


私が危機感を感じるのは、承認審査機関の考え方が全く異なることです。アメリカが公表した新薬開発ガイドライン草案によれば、併用薬の限定を止める計画のようです。薬の種類が増えてメーカーの治験費用がかさむことや、限定しても無視されることが理由でしょう。メーカーの負担に対する配慮は日本のガイドラインにも記されています。しかし、インスリンのように学会が重要な選択肢と位置付けている薬に関しては、キチンと調べてもらわないと困ります。


上記論文の論評者は、インスリンからスイッチしたり効果をインスリンと比較する場合はキチンとしたデザインの治験を行うよう主張しています。不適切な治験を行ってインスリンの地位を貶めるのはケシカラン、というのです。ところが、それほど重要な薬なのに、新薬にスイッチしたり併用したりする試験は滅多に行われません。多くの場合は経口剤併用で承認を取り、インスリン併用は後回しになります。


インスリン・アドオン試験はデザインや実施が難しく、上手く行ったとしても、「インスリンを減量してこの新薬を追加すれば80%の患者が血糖値を維持できて、重篤な副作用に曝される可能性は低い」というあまり威勢が良くない宣伝しかできません。最近流行の、血糖管理目標達成率も、インスリンならかなりの患者が達成できるはずですから、「この新薬を使えばもっとたくさんの患者が達成できる」という宣伝用グラフを作れないでしょう。


それでも、医師や患者が必要な情報を提供するのがメーカーや承認審査機関の責務です。リラグルチドの一件は、このことを考え直す良い機会なのではないでしょうか。



2010年9月23日木曜日

pioglitazoneと癌の問題について

先日、FDAがpioglitazoneと膀胱癌の関連性について検討を開始したことを発表しました。武田薬品が提出した疫学研究のデータをFDA自身があれこれと分析する予定なのでしょう。FDAは現時点では関連性を認めてはいません。医師に対しては現在の添付文書に即して処方することを、そして患者には担当医の指示に従って服用すること、かってに止めてはいけないこと、もし疑問があるなら担当医に相談することを呼びかけています。


予てから議論があったので、遂に来たかという印象です。エビデンスはどれも薄弱ですが、動物癌原性試験と長期無作為化割付試験、そして疫学試験が全て同じ方向を指しているのですから、気持ち悪い話です。厚生労働省の事件ではないですが、厳正に、そして正しい方法で、シロクロ結論を出してほしいと思います。


PPAR作動剤と癌原性試験


pioglitazoneは二型糖尿病の治療に用いるPPARγ作動剤です。PPARγを作動するグリタゾン系の薬やPPARαとγを両方作動するグリタザール系の薬は癌原性試験で思わしくない結果が出ることが多く、これまでに多くの会社が癌の懸念から開発を中止しました。もう一つの共通点は、2年間の癌原性試験の間に心臓障害が発生しやすいことです。PPARγ作動剤は心肥大、αも作動する薬は心筋梗塞も見られたものが、開発中止品も含めて、多いのです。リスクは用量や投与期間と相関しました。3ヶ月の試験で安全な量でも、6ヵ月、1年、2年と続けると次第に発症の閾値が低下していくのです。このため、FDAはPPAR作動剤を開発中の製薬会社に、6ヶ月以上の臨床試験を開始する前に2年間の癌原性試験を完了して安全性を確認するよう求めました。癌原性試験を経て開発中止というパターンが急増し始めたのはその後です。FDAの懸念が的中したと言えるでしょう。


類薬であるrosiglitazoneは心筋梗塞懸念が浮上したため、販売中止の是非を巡ってFDA内部で、そして学会でも、意見が対立しています。pioglitazoneは大丈夫のようですが、どちらも心不全のリスクがあります。FDAは諮問委員会の意見などを受け容れて、糖尿病薬を開発する企業に心血管安全性を確認するよう求めることを決めました。第三相試験などの心血管有害事象データに問題が無ければ承認・発売後に実施すればよいのですが、武田薬品のalogliptinはアウトカム試験の結果が出るまで承認お預けになってしまいました。FDAが特に厳しいスタンスを取っているのがPPAR作動剤で、原則として全ての開発品は承認申請前にアウトカム試験で心血管安全性を立証しなければなりません。BMSはmuraglutazarを承認申請したのですがアウトカム試験を求められたため、開発を中止しました。第一三共は第三相試験を一旦、開始したのですが、中止しました。pioglitazoneなどの特許切れが迫っていることもあり、今日では、PPAR作動剤を積極的に開発しているのはロシュだけになってしまいましたです。


pioglitazoneは灰色


さて、話を癌に戻すと、pioglitazoneの癌原性試験はラットがクロ、マウスやイヌはシロ、という薄灰色な結果になりました。臨床試験では膀胱癌の発生を密接に監視した1年以内の試験ではシロ、三年間の長期試験二本のプール分析ではクロで、濃灰色な結果です。FDAの今回の発表のきっかけになった疫学試験では、膀胱癌の発生リスクは対照群(pioglitazoneを服用していない糖尿病患者)と有意差が無かったのですが、2年以上服用した患者では有意に高まりました。やや濃い目の灰色です。


癌原性試験のデータ


アメリカや欧州、日本の添付文書に則り、順番に見てみましょう。癌原性試験は通常、ラットとマウスのオスとメスに、換算値で臨床用量より多い量を、2年間という平均寿命に匹敵する長期間に亘って、投与します。両方のネズミの両方の性で、複数の部位の癌が増加した場合、環境保護庁の定義に則って発癌性物質と見なされます。該当した場合は、癌が増えない無毒性量が臨床用量の何倍か、というセーフティマージンの大きさが問題になります。


pioglitazoneはラットのオスに3.6mg/kg以上を投与した群で膀胱癌が増加しました。3.6mg/kgは臨床用量では36mg位に相当するようですので、承認最大用量の45mgより低く、セーフティマージンはゼロです。ところが、メスのラットでは癌は増えず、また、マウスはオスもメスも増えませんでした。イヌなど他の動物でも増えませんでした。一般論で言えば、癌原性懸念が無いわけではないですが、クロと決め付けるのはかなり無理があるといえるでしょう。因みに、スタチンも癌原性試験で好ましくない兆候がありましたが、大規模な長期試験が何十本も実施された今日では、人間の癌は増えないというのがコンセンサスです。


PPAR作動剤はラットのオスで膀胱癌が増えるものが多く、グリタゾンではpioglitazoneだけですが、グリタザールは開発中止になったものも含めて5剤が同じ結果になり、うち3剤はセイフティマージンが低かったり他の癌も増えたりしたことから開発中止になりました。


何故、膀胱癌が増えるのでしょうか?尿中にカルシウムの結晶・結石が増えて膀胱の移行上皮に損傷を与えるから、という説が有力なようで、この場合、人間には当て嵌まらないと考えることができるようです。尤も、欧州の審査文書を読むと、この仮説だけでは説明できないとのことです。


臨床試験のデータ


次に、臨床試験です。telmisartanと癌の話の時も書きましたが、発癌性物質でも殺人に使おうと思ったら大量に何年も飲ませ続けなければなりません。通常の無作為化割付試験は長くても半年なので、癌を調べても意味はありません。むしろ、投与を開始して1年以内に発症するような癌は、実際には、開始前に既にあったと考えるほうがリーズナブルです。次に書くPROACTIVE試験の治験論文でもそのような考え方を採用しています。


癌原性試験がシロではなかったため武田薬品は1800人以上を組み入れて膀胱癌の発生を密接に監視する、最長1年間の試験を実施したのですが、細胞診で膀胱癌と診断された患者はゼロでした。ところが、3年弱実施されたPROACTIVE試験ではpioglitazoneを投与しなかった群より多く発生しました。更に、3年間の肝臓安全性確認試験でも、glyburide群より多かったようです(これは推測)。アメリカの添付文書に二本の試験のプール分析のデータが記されていますが、pioglitazone群は3656人中16人、発生率0.44%で、対照群の3679人中5人、0.14%を上回りました。ハザードレシオの95%信頼区間を試算すると有意差があります。PROACTIVE試験では乳癌が少なかったので、女性が使えばむしろ癌を防げるのかもしれません(第一三共がPPAR作動剤を抗癌剤として開発中)。一方、膀胱癌は男のほうが多いので、男性患者だけで発生率を計算すればもっと高いかもしれません。


PROACTIVE試験論文には、1年以内に発生した症例とそれ以降の症例を分けた集計も記されています。後者は数が少ないので偶然の可能性もありますが、発生数は対照群の2倍で、依然として高い。癌は1年以内のデータより長期投与例のデータのほうが重要なので、前述の1800人の試験がシロで一安心したのも束の間に、振り出しに戻って再検討する必要が生じました。


長期観察的試験


今回の疫学試験はアメリカの民間医療保険組織であるカイザーの会員データベースを用いた10年間の試験の5年中間解析です。対象は、40歳以上で観察開始時・開始後半年以内に膀胱癌を発症していない二型糖尿病患者。論文刊行が予定されているのか、詳しい解析方法やデータは記されていません。観察期間はメジアン2年間(レンジは0.2-8.5年)。結果は、膀胱癌のハザードレシオが1.2、95%信頼区間は0.9-1.5でした。統計的に有意ではありませんが、中間解析のせいか信頼区間が広い印象です。


FDAが注目したのは、24ヶ月以上投与したサブグループでリスクが有意に高かったことです。具体的な数値は公表されていません。そのほかに、累積投与量が最も多いサブグループでもリスクが高かったようです。1年の臨床試験ではリスクがなかったのに3年試験では多かった、という話と符合します。


疫学試験は患者背景の違いを完全に除去することができないので、幾ら規模が大きくても、一本だけでは信憑性に掛けます。他の地域の試験で同じような結果が出るかどうか、後ろ向き研究でも良いのでやってみたほうが良いのではないでしょうか。もう一つ、カイザーの疫学試験のデータが6年時点、7年時点でどうなるかも大いに注目です。24ヶ月以上投与した症例が更に増加し検出力が高まるからです。


以上のように、三種類の試験の何れも同じ方向を指し示しているのですが、どのデータもそれだけでクロと結論を出せるような質の高いエビデンスではありません。pioglitazoneがアメリカで発売されてから11年経ち、2年後にはGE薬も発売される予定です。これだけの時間があっても結論が出ないのですから、新薬の安全性の検討はエンドレスな作業ですね。


ところで、alogliptinの臨床試験でも膀胱癌の発生数が対照群より多かったようです。1年以内しか投与していない試験のデータなので信憑性は低いですが、ふと思い出すのは、pioglitazone配合剤が日本で承認申請されていることです。膀胱癌は罹患率が低く、日本人は欧米人より更に低いと言われていますが、配合剤を長期服用するとリスクが2倍の2倍で4倍になる、なんてことは無いですよね?alogliptinは海外で大規模な試験が何本も実施されたので安全性を検討するためのデータベースは充実しているはずですが、機構が承認した時に海外データは一部の試験のものしか検討しなかったようです。海外のpioglitazone併用試験で膀胱癌が多かった、なんてことは無いですよね?


最後に、日本の添付文書にはPROACTIVE試験のデータが言及されていません。この試験で心筋梗塞を減らす効果が浮上したため、武田は欧米で効能追加申請をしたのですが、認められませんでした。それでも、心筋梗塞が増えなかった点ではrosiglitazoneの臨床試験のメタアナリシスと対照的ですし、心不全が増えたことも膀胱癌の話も重要なので、添付文書に記載されました。日本は治験に参加しなかったせいか効能追加申請されなかったようですが、質の高い大規模試験の有害事象データが添付文書に記されていないのは変な感じです。人種が違うので日本人に当て嵌まるかどうかは分かりませんが、添付文書やインタビューフォームに沢山記されているマウスやラットのデータよりは当てになるでしょう。


メタアナリシスではパブリケーション・バイアスがしばしば問題になりますが、承認審査機関も同じで、海外のデータだから我関せずでは拙いのではないでしょうか。今回の膀胱癌のように発生頻度の低いイベントを検討するためには、できるだけ多くの症例を集める必要があるのではないでしょうか



2010年9月4日土曜日

PLATOゲノムサブスタディ

ESC学会でPLATO試験のゲノムサブスタディが発表されました。無作為化割付前向き試験に参加した患者のうち1万人以上を対象とした、トップクラスのエビデンスです。偽薬対象ではなくclopidogrelとticagrelor(アストラゼネカが開発しているP2Y12拮抗剤)の直接比較試験であることが難ですが、ticagrelorは2C19の影響を受けないので、間接的にclopidogrelの特徴を知ることができます。

発表者の結論は以下の通りです。


  • ticagrelorは急性冠症候群後の主要心血管イベントを防ぐ効果がclopidogrelより高いことがPLATO試験で示された。ゲノムサブスタディでは、ticagrelorの優越性はCYP2C19の機能喪失多型やABCB1トランスポーターの発現低下多型を問わないことが示された。

  • ticagrelor群では2C19機能喪失多型を持つサブグループの主要心血管イベントが持たないサブグループと同程度だったが、clopidogrel群では数値上高く(p=0.25)、治験開始当初の30日間だけの解析では有意水準に達した(p=0.028)。

  • clopidogrel群では機能亢進多型を一つ以上持つ患者は主要出血リスクが数値上高かった。

  • ABCB1の多型はclopidogrelやticagrelorの効果や出血リスクに影響しなかった。


外部リンク:PLATOゲノムサブスタディ(ESCのウェブサイトの学会レポート)


2C19機能喪失多型の有無と
主要心血管イベント発生率
ticagrelorclopidogrelHR95%CI交絡p値
(%)(%)
あり8.611.20.770.60-0.990.46
なし8.810.00.860.74-1.01

注:主要心血管イベントは心血管死・心筋梗塞・脳卒中で1年時点のカプラン・マイヤー推定値。2C19機能喪失多型の有無は2型などの多型を一つでも持っていれば「あり」。


clopidogrelやprasugrelとは異なり、ticagrelorはそれ自体がP2Y12阻害活性を持っているので2C19機能が低下していても効果をフルに発揮できます。2C19による不活性化も受けません。このため、ticagrelorを尺度にしてclopidogrelの2C19影響を推測することが可能です。データを見ると、clopidogrel群の機能喪失多型を持つ患者の主要心血管イベント発生率はticagrelor群の同様な患者、あるいは、clopidogrel群の機能喪失多型のない患者と比べて高く見えますが、交絡p値は有意ではないので、決定的な差ではないことになります。

ここで注意すべきなのは、治験当初の30日間だけの解析では、clopidogrel群の機能喪失多型を持つ患者と持たない患者の主要心血管イベント発生率に2ポイント程度の差が出ていることです。カプラン・マイヤー・カーブからの読み取りですが、「あり」のイベント発生率は6%弱、「無し」は4%弱位です。その後、80日経った辺りから差が縮小し、360日時点では1.2ポイントの差に留まっています(p=0.25)。このため、発表者は「2C19機能喪失多型の影響は急性冠症候群を発症してから1ヵ月程度は大きい」可能性を指摘しています。

PLATO試験は薬物療法による治療を受ける患者も許可されていて、PCIを受ける患者に限定したprasugurelのTRITON試験とは異なっています。PCIを受けた患者だけに限定すればもっと大きな差が出たかも知れません。

発表者の見解がもし正しいとしたら、この問題に関するエビデンスが区々である理由の一部を説明できるかもしれません。例えば、ESCではclopidogrelのCURE試験とACTIVE A試験のゲノムサブアナリシスも発表されました。ACTIVE A試験は心房細動患者の脳梗塞予防試験なので趣がだいぶ違うのですが、どちらも偽薬対照試験であることが長所です。発表者の結論はclopidogrelは2C19多型を問わずに効果があるというものでした。

ACTIVE A試験は急性期の患者を組み入れた試験ではないため影響が表面化し難かったのかもしれません。そう言えば以前書いたCHARISMA試験のゲノムスタディも急性期試験ではありませんでした。

この研究のもう一つの論点は、clopidogrelの効果はABCB1多型の影響を受けない、というprasugrelのTRITON試験とは異なった結果になったことです。理由は良く分かりません。分類方法の違いが影響した可能性もあるのかもしれません。TRITON試験では被験者をT/T型とそれ以外に分けましたが、こちらは三種類に分けています。また、ticagrelorとclopidogrelの効果の差は「高発現型」のほうが大きいように見えますので、ticagrelorも影響を受けるのかもしれません。

依然として分かったような分からないような状態ですが、急性期の患者は2C19影響に注意する必要があるものの、それ以外はそれほど大きな影響はない、というのが現時点の印象です。


2C19と代謝能力の関係の整理

clopidogrelの効果と2C19やABCB1の多型に関する自分の記述を読んでいて、ミスを見付けました。*2と*17をS型と呼ぶとか、ABCB1のT/T型にはprasugrelよりclopidogrelのほうが良さそうとか、正反対のことを書いてしまいました。読んで下さった方に謹んでお詫びいたします。記述は訂正しましたが、正解は*2と非*17がS型、T/T型にはclopidogrelよりprasugrelのほうが良さそう、でした。

2C19多型の話は機能低下変異である*2や*3と、アミノ酸配列の別の箇所の機能亢進型変異である*17があって複雑なのですが、頭にしっかり入っていなかったばかりに混乱してしまいました。復習を兼ねて整理しておきましょう。また、代謝能力との関連性の分類法は複数あることが分かったので、比較表を作ることにしました。出典はticagrelorという第4のADP受容体拮抗剤のPLATO試験のゲノムサブスタディです。被験者(ほとんどがカフカス大人種)のタイプ別の構成比も出ていたので併記します。

clopidogrelは体内で代謝を受けて活性化するプロドラッグです。様々な酵素が関与するのですが、近年の研究でCYP 2C19が特に重要であることが判りました。ところが、この2C19には機能喪失多型があり日本人など中国系は二組の遺伝子の片方又は両方が該当する人が過半を占めるようです。野生型は2C19*1と呼ばれ、機能喪失多型は*2、*3など数種類ありますが*2が一番多いようです。2C19には機能亢進多型もあり、*17と呼ばれています。この二つは異なった箇所の多型なので組み合わせが沢山ありそうに見えますが、実際には、*17があるのは*1だけです。そこで、話を短くするため、ここから先は単に17型(*1且つ*17)、1型(*1且つ非*17)、2型など(*2、*3、... *8)と呼びましょう。

遺伝子は二組あるので組み合わせは6種類になり、それぞれ、代謝能力との関連付けが行われていますが、GuebelとWallentinは少し異なった分類をしています。前置きが長くなりましたが、後は表をご覧ください。白人でもこれだけ代謝能力が違うことに驚かされます。このデータについては改めて書く積りです。

2C19多型と代謝能力
組み合わせGurbel分類Wallentin分類構成比
17型と17型EMURM5%
17型と1型EMRHM28%
17型と2型等NMP/RHM7%
1型と1型NMEM36%
1型と2型等PMIM17%
2型等と2型等PMPM2%



略語

  • EM:Extensive Metaboliser

  • URM:Ultra Rapid Metaboliser

  • RHM:Rapid heterozygote Metaboliser

  • P/RHM:Poor Rapid heterozygote Metaboliser

  • NM:Normal Metaboliser

  • IM:Intermediate Metaboliser

  • PM:Poor Metaboliser


外部リンク:

P. Guebel, JACC 2010年)

PLATOゲノムサブスタディ(ESCのウェブサイトの学会レポート)


Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...