2010年9月23日木曜日

pioglitazoneと癌の問題について

先日、FDAがpioglitazoneと膀胱癌の関連性について検討を開始したことを発表しました。武田薬品が提出した疫学研究のデータをFDA自身があれこれと分析する予定なのでしょう。FDAは現時点では関連性を認めてはいません。医師に対しては現在の添付文書に即して処方することを、そして患者には担当医の指示に従って服用すること、かってに止めてはいけないこと、もし疑問があるなら担当医に相談することを呼びかけています。


予てから議論があったので、遂に来たかという印象です。エビデンスはどれも薄弱ですが、動物癌原性試験と長期無作為化割付試験、そして疫学試験が全て同じ方向を指しているのですから、気持ち悪い話です。厚生労働省の事件ではないですが、厳正に、そして正しい方法で、シロクロ結論を出してほしいと思います。


PPAR作動剤と癌原性試験


pioglitazoneは二型糖尿病の治療に用いるPPARγ作動剤です。PPARγを作動するグリタゾン系の薬やPPARαとγを両方作動するグリタザール系の薬は癌原性試験で思わしくない結果が出ることが多く、これまでに多くの会社が癌の懸念から開発を中止しました。もう一つの共通点は、2年間の癌原性試験の間に心臓障害が発生しやすいことです。PPARγ作動剤は心肥大、αも作動する薬は心筋梗塞も見られたものが、開発中止品も含めて、多いのです。リスクは用量や投与期間と相関しました。3ヶ月の試験で安全な量でも、6ヵ月、1年、2年と続けると次第に発症の閾値が低下していくのです。このため、FDAはPPAR作動剤を開発中の製薬会社に、6ヶ月以上の臨床試験を開始する前に2年間の癌原性試験を完了して安全性を確認するよう求めました。癌原性試験を経て開発中止というパターンが急増し始めたのはその後です。FDAの懸念が的中したと言えるでしょう。


類薬であるrosiglitazoneは心筋梗塞懸念が浮上したため、販売中止の是非を巡ってFDA内部で、そして学会でも、意見が対立しています。pioglitazoneは大丈夫のようですが、どちらも心不全のリスクがあります。FDAは諮問委員会の意見などを受け容れて、糖尿病薬を開発する企業に心血管安全性を確認するよう求めることを決めました。第三相試験などの心血管有害事象データに問題が無ければ承認・発売後に実施すればよいのですが、武田薬品のalogliptinはアウトカム試験の結果が出るまで承認お預けになってしまいました。FDAが特に厳しいスタンスを取っているのがPPAR作動剤で、原則として全ての開発品は承認申請前にアウトカム試験で心血管安全性を立証しなければなりません。BMSはmuraglutazarを承認申請したのですがアウトカム試験を求められたため、開発を中止しました。第一三共は第三相試験を一旦、開始したのですが、中止しました。pioglitazoneなどの特許切れが迫っていることもあり、今日では、PPAR作動剤を積極的に開発しているのはロシュだけになってしまいましたです。


pioglitazoneは灰色


さて、話を癌に戻すと、pioglitazoneの癌原性試験はラットがクロ、マウスやイヌはシロ、という薄灰色な結果になりました。臨床試験では膀胱癌の発生を密接に監視した1年以内の試験ではシロ、三年間の長期試験二本のプール分析ではクロで、濃灰色な結果です。FDAの今回の発表のきっかけになった疫学試験では、膀胱癌の発生リスクは対照群(pioglitazoneを服用していない糖尿病患者)と有意差が無かったのですが、2年以上服用した患者では有意に高まりました。やや濃い目の灰色です。


癌原性試験のデータ


アメリカや欧州、日本の添付文書に則り、順番に見てみましょう。癌原性試験は通常、ラットとマウスのオスとメスに、換算値で臨床用量より多い量を、2年間という平均寿命に匹敵する長期間に亘って、投与します。両方のネズミの両方の性で、複数の部位の癌が増加した場合、環境保護庁の定義に則って発癌性物質と見なされます。該当した場合は、癌が増えない無毒性量が臨床用量の何倍か、というセーフティマージンの大きさが問題になります。


pioglitazoneはラットのオスに3.6mg/kg以上を投与した群で膀胱癌が増加しました。3.6mg/kgは臨床用量では36mg位に相当するようですので、承認最大用量の45mgより低く、セーフティマージンはゼロです。ところが、メスのラットでは癌は増えず、また、マウスはオスもメスも増えませんでした。イヌなど他の動物でも増えませんでした。一般論で言えば、癌原性懸念が無いわけではないですが、クロと決め付けるのはかなり無理があるといえるでしょう。因みに、スタチンも癌原性試験で好ましくない兆候がありましたが、大規模な長期試験が何十本も実施された今日では、人間の癌は増えないというのがコンセンサスです。


PPAR作動剤はラットのオスで膀胱癌が増えるものが多く、グリタゾンではpioglitazoneだけですが、グリタザールは開発中止になったものも含めて5剤が同じ結果になり、うち3剤はセイフティマージンが低かったり他の癌も増えたりしたことから開発中止になりました。


何故、膀胱癌が増えるのでしょうか?尿中にカルシウムの結晶・結石が増えて膀胱の移行上皮に損傷を与えるから、という説が有力なようで、この場合、人間には当て嵌まらないと考えることができるようです。尤も、欧州の審査文書を読むと、この仮説だけでは説明できないとのことです。


臨床試験のデータ


次に、臨床試験です。telmisartanと癌の話の時も書きましたが、発癌性物質でも殺人に使おうと思ったら大量に何年も飲ませ続けなければなりません。通常の無作為化割付試験は長くても半年なので、癌を調べても意味はありません。むしろ、投与を開始して1年以内に発症するような癌は、実際には、開始前に既にあったと考えるほうがリーズナブルです。次に書くPROACTIVE試験の治験論文でもそのような考え方を採用しています。


癌原性試験がシロではなかったため武田薬品は1800人以上を組み入れて膀胱癌の発生を密接に監視する、最長1年間の試験を実施したのですが、細胞診で膀胱癌と診断された患者はゼロでした。ところが、3年弱実施されたPROACTIVE試験ではpioglitazoneを投与しなかった群より多く発生しました。更に、3年間の肝臓安全性確認試験でも、glyburide群より多かったようです(これは推測)。アメリカの添付文書に二本の試験のプール分析のデータが記されていますが、pioglitazone群は3656人中16人、発生率0.44%で、対照群の3679人中5人、0.14%を上回りました。ハザードレシオの95%信頼区間を試算すると有意差があります。PROACTIVE試験では乳癌が少なかったので、女性が使えばむしろ癌を防げるのかもしれません(第一三共がPPAR作動剤を抗癌剤として開発中)。一方、膀胱癌は男のほうが多いので、男性患者だけで発生率を計算すればもっと高いかもしれません。


PROACTIVE試験論文には、1年以内に発生した症例とそれ以降の症例を分けた集計も記されています。後者は数が少ないので偶然の可能性もありますが、発生数は対照群の2倍で、依然として高い。癌は1年以内のデータより長期投与例のデータのほうが重要なので、前述の1800人の試験がシロで一安心したのも束の間に、振り出しに戻って再検討する必要が生じました。


長期観察的試験


今回の疫学試験はアメリカの民間医療保険組織であるカイザーの会員データベースを用いた10年間の試験の5年中間解析です。対象は、40歳以上で観察開始時・開始後半年以内に膀胱癌を発症していない二型糖尿病患者。論文刊行が予定されているのか、詳しい解析方法やデータは記されていません。観察期間はメジアン2年間(レンジは0.2-8.5年)。結果は、膀胱癌のハザードレシオが1.2、95%信頼区間は0.9-1.5でした。統計的に有意ではありませんが、中間解析のせいか信頼区間が広い印象です。


FDAが注目したのは、24ヶ月以上投与したサブグループでリスクが有意に高かったことです。具体的な数値は公表されていません。そのほかに、累積投与量が最も多いサブグループでもリスクが高かったようです。1年の臨床試験ではリスクがなかったのに3年試験では多かった、という話と符合します。


疫学試験は患者背景の違いを完全に除去することができないので、幾ら規模が大きくても、一本だけでは信憑性に掛けます。他の地域の試験で同じような結果が出るかどうか、後ろ向き研究でも良いのでやってみたほうが良いのではないでしょうか。もう一つ、カイザーの疫学試験のデータが6年時点、7年時点でどうなるかも大いに注目です。24ヶ月以上投与した症例が更に増加し検出力が高まるからです。


以上のように、三種類の試験の何れも同じ方向を指し示しているのですが、どのデータもそれだけでクロと結論を出せるような質の高いエビデンスではありません。pioglitazoneがアメリカで発売されてから11年経ち、2年後にはGE薬も発売される予定です。これだけの時間があっても結論が出ないのですから、新薬の安全性の検討はエンドレスな作業ですね。


ところで、alogliptinの臨床試験でも膀胱癌の発生数が対照群より多かったようです。1年以内しか投与していない試験のデータなので信憑性は低いですが、ふと思い出すのは、pioglitazone配合剤が日本で承認申請されていることです。膀胱癌は罹患率が低く、日本人は欧米人より更に低いと言われていますが、配合剤を長期服用するとリスクが2倍の2倍で4倍になる、なんてことは無いですよね?alogliptinは海外で大規模な試験が何本も実施されたので安全性を検討するためのデータベースは充実しているはずですが、機構が承認した時に海外データは一部の試験のものしか検討しなかったようです。海外のpioglitazone併用試験で膀胱癌が多かった、なんてことは無いですよね?


最後に、日本の添付文書にはPROACTIVE試験のデータが言及されていません。この試験で心筋梗塞を減らす効果が浮上したため、武田は欧米で効能追加申請をしたのですが、認められませんでした。それでも、心筋梗塞が増えなかった点ではrosiglitazoneの臨床試験のメタアナリシスと対照的ですし、心不全が増えたことも膀胱癌の話も重要なので、添付文書に記載されました。日本は治験に参加しなかったせいか効能追加申請されなかったようですが、質の高い大規模試験の有害事象データが添付文書に記されていないのは変な感じです。人種が違うので日本人に当て嵌まるかどうかは分かりませんが、添付文書やインタビューフォームに沢山記されているマウスやラットのデータよりは当てになるでしょう。


メタアナリシスではパブリケーション・バイアスがしばしば問題になりますが、承認審査機関も同じで、海外のデータだから我関せずでは拙いのではないでしょうか。今回の膀胱癌のように発生頻度の低いイベントを検討するためには、できるだけ多くの症例を集める必要があるのではないでしょうか



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