2010年1月24日日曜日

サーバリックスにできる事とできない事

子宮頸がん予防ワクチン『サーバリックス』が日本でも発売されました。ヒトパピローマ・ウイルス(HPV)に対する免疫を付けて、HPVが原因で発生する子宮頸がんを防ぎます。日本では毎年15000人が診断されている、若い女性には最も多い癌の一つとのことですから、予防が可能になったのは朗報です。但し、完全ではありません。今回は子宮頸がん予防ワクチンにできることと、できないことを検討してみましょう

テレビでウイルスを除去することができる空気洗浄機の宣伝をよく見ます。凄い話ですが、よく考えてみると、普通の家庭で購入してもたいして役に立ちそうにありません。インフルエンザウイルスは接触、飛沫、空気の三種類の感染経路があり、空気洗浄機が有効なのは空気中に長時間浮遊するウイルスだけです。ドアノブに付いたウイルスが空気洗浄機に吸い込まれるとは思えませんし、目の前の患者が咳をして吐き出したウイルスを私より先に空気洗浄機が吸い込んでくれるとも思えません。ウイルス分解能力があることは実験で確かめたのでしょうから、専門家にとっては真実なのでしょう。しかし、私達が望んでいるのはインフルエンザ感染を防ぐ手段なのですから、それだけでは足りません。空気中のウイルスを何割程度吸い込むことができるのか、有効範囲はどの程度なのか、その結果としてインフルエンザ感染をどの程度防ぐことができるのか?私たちに必要な情報は誰も提供してくれません。

幸い、薬やワクチンは科学的な情報が豊富で、添付文書を読めば何ができて何ができないかがわかります。それでも、できることと比べてできないことに関する情報は限られているので、自分で調べるしかありません。ここではアメリカの添付文書を参考にして、日本の添付文書に記載されていない情報を補足します。

最初に、日本の添付文書を読んでみましょう。

効能又は効果/用法及び用量

ヒトパピローマウイルス(HPV)16型及び18型感染に起因する子宮頸癌(扁平上皮細胞癌、腺癌)及びその前駆病変(子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)2及び3)の予防

効能又は効果に関連する接種上の注意

  1. HPV-16型及び18型以外の癌原性HPV感染に起因する子宮頸癌及びその前駆病変の予防効果は確認されていない。
  2. 接種時に感染が成立しているHPVの排除及び既に生じているHPV関連の病変の進行予防効果は期待できない。
  3. 本剤の接種は定期的な子宮頸癌検診の代わりとなるものではない。本剤接種に加え、子宮頸癌検診の受診やHPVへの曝露、性感染症に対し注意することが重要である。
  4. 本剤の予防効果の持続期間は確立していない。

出所:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構のホームページから、サーバリックスの添付文書

HPVは性的感染するウイルスで、大抵の場合はその人の免疫力で抑えこむ事ができるのですが、感染が持続すると子宮頚部に病変ができることがあります。子宮頚部上皮内腫瘍(CIN)はその代表例で、1、2、3の三段階があり1の段階では悪性度は低いですが、もし2や3の段階に進むと、その次の段階である癌(子宮頸がん)に進展するリスクが高まります。検査をしてCIN3または子宮頸がんの段階で摘出することが望ましいのですが、ワクチンが登場して代替的な対策が可能になりました。

上記のように、子宮頸がんワクチンには二つの重要な留意事項があります。第一は、ワクチンに配合されているのはHPVの16型と18型だけで、それ以外の型のウイルスによる癌はあまり防げないことです。第二は、既に子宮頚部にウイルスが侵入してしまった患者には効かない事です。事前に検査すればよいのですが、日本だけでなく欧米でも検査は不要となっています。そうなると、年齢が高まるほどウイルスが侵入してしまった人が増えるので若いうちに接種したほうがよいのですが、今20歳、26歳、30歳の人にも接種希望者がいるでしょう。この人たちのニーズにどう応えるかが難問です。

HPV16、18型以外には殆ど無力

現在の子宮頸がんワクチンは、日本で承認されたサーバリックスも、未発売のGardasilも、HPVの16型と18型の抗原しか配合していません。日本の子宮頸がんの6割、世界では7割が16型と18型によるものなので十分に意味があるのですが、他の型による癌は殆ど防げないので、接種していない人と同様に検診を受けることが大事です。

次の表は、海外で実施された三年間の試験の結果です。15歳から25歳の女性を組み入れたもので、HPV感染歴のある人(血液から抗体が検出された人)やHPVが侵入してしまった人(組織から16・18型以外も含めてHPVのDNAが検出された人)を除外しませんでした。現実の医療では検査はしないので本当は全患者の解析が一番有益なのですが、ここでは未感染者(治験開始前に抗体もDNAも検出されなかった人)の解析を使います。

多寡だか3年間に2%の被験者からCIN2、3、またはAIS(上皮内腺癌・・・子宮頚部腺種の前段階)が発見されました。このうち57%を占める16・18型によるものに関しては、98.4%というすばらしい効果が発揮されました。しかし、他の型も含めると70.2%に低下します。引き算をすると、他の型による前癌性病変を防ぐ効果は3割程度と推測されます。

サーバリックスの予防効果(008試験)
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
(16・18型限定)      
n 5,449 5,436  
CIN2/3・AIS発生数 1 63 98.4
(限定なし)      
n 5,449 5,436  
CIN2/3・AIS発生数 33 110 70.2

メルクが海外で販売しているGardasilは16、18型に加えて性器のイボの原因になる6型と11型もカバーしている4価ワクチンですが、更に5種類をカバーする9価ワクチンを開発中で2012年に承認申請する予定です。Gardasilは日本では臨床試験に手違いがあったようで開発が遅れていますが、ここまで来たら一足飛びに9価ワクチンV503が承認申請されるかもしれませんね。

DNA陽性には効かない可能性が高い

次に、ウイルスが既に子宮頚部に侵入してしまった患者のデータです。先ほどのデータは被験者の63%だけが対象で、治験開始前に組織から16・18型のHPVのDNAが発見された人(7%)や抗体が発見された人は対象外です。次の表は、DNAが発見された人には効果がないことを示唆しています。残念ながら、手遅れなのでしょう。

DNA陽性患者の解析
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
n 641 592  
CIN2/3・AIS発生数 74 73 -
注:16・18型のウイルスによる前癌性病変だけを対象とした解析。

感染経験があっても(抗体保有者でも)DNA陽性でなければ効果がありそうです。ワクチンで獲得する免疫は自然感染による免疫より強力なので、次に感染した時の備えになるのでしょう。

科学者の真実は一般人の真実と異なる

日本の添付文書には未感染者に於けるHPV16・18型による前癌性病変の予防効果しか出ていませんが、これは感染症予防ワクチンの効果を分析・記述する上で珍しくない方法です。二価ワクチンなのですから、厳格な分析をするためには他の型は除外すべきですし、予防ワクチンなのですから感染経験のある患者を治療する効果は求められません(どこまでが予防でどこからが治療なのか、境界線は曖昧ですが)。ウイルスを破壊する空気洗浄機と同じで、科学的には真実なのです。

でも、サーバリックスを接種する人は自分が感染しているかどうか知らないのですから、感染経験者を除外したデータは不適当です。また、私達が予防したいのは子宮頸がん全てです。そこで、全被験者を対象とした全ての型のウイルスによる前癌性病変のデータを見てみましょう。次表のように、30%と最初のデータ(98%)よりだいぶ低下します。

リアルワールドでの予防効果
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
n 8,667 8,682  
CIN2/3・AIS発生数 224 322 30.4

何歳までが有効か

30%、70%、98%と色々な数字が出ましたが、どれが私達の真実なのでしょうかか?検査をしないで接種する用法なのですから、98%ではないでしょう。30-70%のどれかですが、年齢が高まるほど感染経験者が増えることを考えれば、年齢によって異なると考えたほうが良いでしょう。

サーバリックスの適応は日本もEUも10歳以上の女性となっていて、上限はありません(正確に言えばEUは性別も限定していません)。しかし、アメリカは10-25歳に限定しています。また、欧米では保険の対象になっていますが、対象年齢は絞り込まれています。英国は女性が12-13歳になったら接種、18歳以下の女性も未接種なら可、19歳以上は今後の検討課題としています。米国は11-12歳になったら接種、18歳まで可。フランスは女性が14歳になったら接種、23歳まで可、と区々です。

Gardasilはアメリカでは9-26歳の女性に承認されています(同年代の男性にも性器癌の予防で承認されました)。 26-45歳の女性に対象人口拡大申請を行いましたが中々承認されません。細かいデータは分かりませんが、効かない人の比率が高いのかもしれません。何歳まで使うべきなのは、今後の探求課題です。

効果が何年持つのかも良くわかりません。免疫力の指標である抗体力価は6年程度持続しますがデータが未だないのでそれ以上は判りません。20年持つという説がありますがモデルに基づく推定です。抗体力価が低下しても新規に感染しなければ癌にはならないかもしれませんから、抗体力価の持続性と癌の予防効果はダイレクトに相関しないかもしれません。もし効果が急速に低下することがわかったとしても追加接種で対応できるかもしれないので、この問題は今から心配しなくても良さそうです。


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