2010年9月23日木曜日

pioglitazoneと癌の問題について

先日、FDAがpioglitazoneと膀胱癌の関連性について検討を開始したことを発表しました。武田薬品が提出した疫学研究のデータをFDA自身があれこれと分析する予定なのでしょう。FDAは現時点では関連性を認めてはいません。医師に対しては現在の添付文書に即して処方することを、そして患者には担当医の指示に従って服用すること、かってに止めてはいけないこと、もし疑問があるなら担当医に相談することを呼びかけています。


予てから議論があったので、遂に来たかという印象です。エビデンスはどれも薄弱ですが、動物癌原性試験と長期無作為化割付試験、そして疫学試験が全て同じ方向を指しているのですから、気持ち悪い話です。厚生労働省の事件ではないですが、厳正に、そして正しい方法で、シロクロ結論を出してほしいと思います。


PPAR作動剤と癌原性試験


pioglitazoneは二型糖尿病の治療に用いるPPARγ作動剤です。PPARγを作動するグリタゾン系の薬やPPARαとγを両方作動するグリタザール系の薬は癌原性試験で思わしくない結果が出ることが多く、これまでに多くの会社が癌の懸念から開発を中止しました。もう一つの共通点は、2年間の癌原性試験の間に心臓障害が発生しやすいことです。PPARγ作動剤は心肥大、αも作動する薬は心筋梗塞も見られたものが、開発中止品も含めて、多いのです。リスクは用量や投与期間と相関しました。3ヶ月の試験で安全な量でも、6ヵ月、1年、2年と続けると次第に発症の閾値が低下していくのです。このため、FDAはPPAR作動剤を開発中の製薬会社に、6ヶ月以上の臨床試験を開始する前に2年間の癌原性試験を完了して安全性を確認するよう求めました。癌原性試験を経て開発中止というパターンが急増し始めたのはその後です。FDAの懸念が的中したと言えるでしょう。


類薬であるrosiglitazoneは心筋梗塞懸念が浮上したため、販売中止の是非を巡ってFDA内部で、そして学会でも、意見が対立しています。pioglitazoneは大丈夫のようですが、どちらも心不全のリスクがあります。FDAは諮問委員会の意見などを受け容れて、糖尿病薬を開発する企業に心血管安全性を確認するよう求めることを決めました。第三相試験などの心血管有害事象データに問題が無ければ承認・発売後に実施すればよいのですが、武田薬品のalogliptinはアウトカム試験の結果が出るまで承認お預けになってしまいました。FDAが特に厳しいスタンスを取っているのがPPAR作動剤で、原則として全ての開発品は承認申請前にアウトカム試験で心血管安全性を立証しなければなりません。BMSはmuraglutazarを承認申請したのですがアウトカム試験を求められたため、開発を中止しました。第一三共は第三相試験を一旦、開始したのですが、中止しました。pioglitazoneなどの特許切れが迫っていることもあり、今日では、PPAR作動剤を積極的に開発しているのはロシュだけになってしまいましたです。


pioglitazoneは灰色


さて、話を癌に戻すと、pioglitazoneの癌原性試験はラットがクロ、マウスやイヌはシロ、という薄灰色な結果になりました。臨床試験では膀胱癌の発生を密接に監視した1年以内の試験ではシロ、三年間の長期試験二本のプール分析ではクロで、濃灰色な結果です。FDAの今回の発表のきっかけになった疫学試験では、膀胱癌の発生リスクは対照群(pioglitazoneを服用していない糖尿病患者)と有意差が無かったのですが、2年以上服用した患者では有意に高まりました。やや濃い目の灰色です。


癌原性試験のデータ


アメリカや欧州、日本の添付文書に則り、順番に見てみましょう。癌原性試験は通常、ラットとマウスのオスとメスに、換算値で臨床用量より多い量を、2年間という平均寿命に匹敵する長期間に亘って、投与します。両方のネズミの両方の性で、複数の部位の癌が増加した場合、環境保護庁の定義に則って発癌性物質と見なされます。該当した場合は、癌が増えない無毒性量が臨床用量の何倍か、というセーフティマージンの大きさが問題になります。


pioglitazoneはラットのオスに3.6mg/kg以上を投与した群で膀胱癌が増加しました。3.6mg/kgは臨床用量では36mg位に相当するようですので、承認最大用量の45mgより低く、セーフティマージンはゼロです。ところが、メスのラットでは癌は増えず、また、マウスはオスもメスも増えませんでした。イヌなど他の動物でも増えませんでした。一般論で言えば、癌原性懸念が無いわけではないですが、クロと決め付けるのはかなり無理があるといえるでしょう。因みに、スタチンも癌原性試験で好ましくない兆候がありましたが、大規模な長期試験が何十本も実施された今日では、人間の癌は増えないというのがコンセンサスです。


PPAR作動剤はラットのオスで膀胱癌が増えるものが多く、グリタゾンではpioglitazoneだけですが、グリタザールは開発中止になったものも含めて5剤が同じ結果になり、うち3剤はセイフティマージンが低かったり他の癌も増えたりしたことから開発中止になりました。


何故、膀胱癌が増えるのでしょうか?尿中にカルシウムの結晶・結石が増えて膀胱の移行上皮に損傷を与えるから、という説が有力なようで、この場合、人間には当て嵌まらないと考えることができるようです。尤も、欧州の審査文書を読むと、この仮説だけでは説明できないとのことです。


臨床試験のデータ


次に、臨床試験です。telmisartanと癌の話の時も書きましたが、発癌性物質でも殺人に使おうと思ったら大量に何年も飲ませ続けなければなりません。通常の無作為化割付試験は長くても半年なので、癌を調べても意味はありません。むしろ、投与を開始して1年以内に発症するような癌は、実際には、開始前に既にあったと考えるほうがリーズナブルです。次に書くPROACTIVE試験の治験論文でもそのような考え方を採用しています。


癌原性試験がシロではなかったため武田薬品は1800人以上を組み入れて膀胱癌の発生を密接に監視する、最長1年間の試験を実施したのですが、細胞診で膀胱癌と診断された患者はゼロでした。ところが、3年弱実施されたPROACTIVE試験ではpioglitazoneを投与しなかった群より多く発生しました。更に、3年間の肝臓安全性確認試験でも、glyburide群より多かったようです(これは推測)。アメリカの添付文書に二本の試験のプール分析のデータが記されていますが、pioglitazone群は3656人中16人、発生率0.44%で、対照群の3679人中5人、0.14%を上回りました。ハザードレシオの95%信頼区間を試算すると有意差があります。PROACTIVE試験では乳癌が少なかったので、女性が使えばむしろ癌を防げるのかもしれません(第一三共がPPAR作動剤を抗癌剤として開発中)。一方、膀胱癌は男のほうが多いので、男性患者だけで発生率を計算すればもっと高いかもしれません。


PROACTIVE試験論文には、1年以内に発生した症例とそれ以降の症例を分けた集計も記されています。後者は数が少ないので偶然の可能性もありますが、発生数は対照群の2倍で、依然として高い。癌は1年以内のデータより長期投与例のデータのほうが重要なので、前述の1800人の試験がシロで一安心したのも束の間に、振り出しに戻って再検討する必要が生じました。


長期観察的試験


今回の疫学試験はアメリカの民間医療保険組織であるカイザーの会員データベースを用いた10年間の試験の5年中間解析です。対象は、40歳以上で観察開始時・開始後半年以内に膀胱癌を発症していない二型糖尿病患者。論文刊行が予定されているのか、詳しい解析方法やデータは記されていません。観察期間はメジアン2年間(レンジは0.2-8.5年)。結果は、膀胱癌のハザードレシオが1.2、95%信頼区間は0.9-1.5でした。統計的に有意ではありませんが、中間解析のせいか信頼区間が広い印象です。


FDAが注目したのは、24ヶ月以上投与したサブグループでリスクが有意に高かったことです。具体的な数値は公表されていません。そのほかに、累積投与量が最も多いサブグループでもリスクが高かったようです。1年の臨床試験ではリスクがなかったのに3年試験では多かった、という話と符合します。


疫学試験は患者背景の違いを完全に除去することができないので、幾ら規模が大きくても、一本だけでは信憑性に掛けます。他の地域の試験で同じような結果が出るかどうか、後ろ向き研究でも良いのでやってみたほうが良いのではないでしょうか。もう一つ、カイザーの疫学試験のデータが6年時点、7年時点でどうなるかも大いに注目です。24ヶ月以上投与した症例が更に増加し検出力が高まるからです。


以上のように、三種類の試験の何れも同じ方向を指し示しているのですが、どのデータもそれだけでクロと結論を出せるような質の高いエビデンスではありません。pioglitazoneがアメリカで発売されてから11年経ち、2年後にはGE薬も発売される予定です。これだけの時間があっても結論が出ないのですから、新薬の安全性の検討はエンドレスな作業ですね。


ところで、alogliptinの臨床試験でも膀胱癌の発生数が対照群より多かったようです。1年以内しか投与していない試験のデータなので信憑性は低いですが、ふと思い出すのは、pioglitazone配合剤が日本で承認申請されていることです。膀胱癌は罹患率が低く、日本人は欧米人より更に低いと言われていますが、配合剤を長期服用するとリスクが2倍の2倍で4倍になる、なんてことは無いですよね?alogliptinは海外で大規模な試験が何本も実施されたので安全性を検討するためのデータベースは充実しているはずですが、機構が承認した時に海外データは一部の試験のものしか検討しなかったようです。海外のpioglitazone併用試験で膀胱癌が多かった、なんてことは無いですよね?


最後に、日本の添付文書にはPROACTIVE試験のデータが言及されていません。この試験で心筋梗塞を減らす効果が浮上したため、武田は欧米で効能追加申請をしたのですが、認められませんでした。それでも、心筋梗塞が増えなかった点ではrosiglitazoneの臨床試験のメタアナリシスと対照的ですし、心不全が増えたことも膀胱癌の話も重要なので、添付文書に記載されました。日本は治験に参加しなかったせいか効能追加申請されなかったようですが、質の高い大規模試験の有害事象データが添付文書に記されていないのは変な感じです。人種が違うので日本人に当て嵌まるかどうかは分かりませんが、添付文書やインタビューフォームに沢山記されているマウスやラットのデータよりは当てになるでしょう。


メタアナリシスではパブリケーション・バイアスがしばしば問題になりますが、承認審査機関も同じで、海外のデータだから我関せずでは拙いのではないでしょうか。今回の膀胱癌のように発生頻度の低いイベントを検討するためには、できるだけ多くの症例を集める必要があるのではないでしょうか



2010年9月4日土曜日

PLATOゲノムサブスタディ

ESC学会でPLATO試験のゲノムサブスタディが発表されました。無作為化割付前向き試験に参加した患者のうち1万人以上を対象とした、トップクラスのエビデンスです。偽薬対象ではなくclopidogrelとticagrelor(アストラゼネカが開発しているP2Y12拮抗剤)の直接比較試験であることが難ですが、ticagrelorは2C19の影響を受けないので、間接的にclopidogrelの特徴を知ることができます。

発表者の結論は以下の通りです。


  • ticagrelorは急性冠症候群後の主要心血管イベントを防ぐ効果がclopidogrelより高いことがPLATO試験で示された。ゲノムサブスタディでは、ticagrelorの優越性はCYP2C19の機能喪失多型やABCB1トランスポーターの発現低下多型を問わないことが示された。

  • ticagrelor群では2C19機能喪失多型を持つサブグループの主要心血管イベントが持たないサブグループと同程度だったが、clopidogrel群では数値上高く(p=0.25)、治験開始当初の30日間だけの解析では有意水準に達した(p=0.028)。

  • clopidogrel群では機能亢進多型を一つ以上持つ患者は主要出血リスクが数値上高かった。

  • ABCB1の多型はclopidogrelやticagrelorの効果や出血リスクに影響しなかった。


外部リンク:PLATOゲノムサブスタディ(ESCのウェブサイトの学会レポート)


2C19機能喪失多型の有無と
主要心血管イベント発生率
ticagrelorclopidogrelHR95%CI交絡p値
(%)(%)
あり8.611.20.770.60-0.990.46
なし8.810.00.860.74-1.01

注:主要心血管イベントは心血管死・心筋梗塞・脳卒中で1年時点のカプラン・マイヤー推定値。2C19機能喪失多型の有無は2型などの多型を一つでも持っていれば「あり」。


clopidogrelやprasugrelとは異なり、ticagrelorはそれ自体がP2Y12阻害活性を持っているので2C19機能が低下していても効果をフルに発揮できます。2C19による不活性化も受けません。このため、ticagrelorを尺度にしてclopidogrelの2C19影響を推測することが可能です。データを見ると、clopidogrel群の機能喪失多型を持つ患者の主要心血管イベント発生率はticagrelor群の同様な患者、あるいは、clopidogrel群の機能喪失多型のない患者と比べて高く見えますが、交絡p値は有意ではないので、決定的な差ではないことになります。

ここで注意すべきなのは、治験当初の30日間だけの解析では、clopidogrel群の機能喪失多型を持つ患者と持たない患者の主要心血管イベント発生率に2ポイント程度の差が出ていることです。カプラン・マイヤー・カーブからの読み取りですが、「あり」のイベント発生率は6%弱、「無し」は4%弱位です。その後、80日経った辺りから差が縮小し、360日時点では1.2ポイントの差に留まっています(p=0.25)。このため、発表者は「2C19機能喪失多型の影響は急性冠症候群を発症してから1ヵ月程度は大きい」可能性を指摘しています。

PLATO試験は薬物療法による治療を受ける患者も許可されていて、PCIを受ける患者に限定したprasugurelのTRITON試験とは異なっています。PCIを受けた患者だけに限定すればもっと大きな差が出たかも知れません。

発表者の見解がもし正しいとしたら、この問題に関するエビデンスが区々である理由の一部を説明できるかもしれません。例えば、ESCではclopidogrelのCURE試験とACTIVE A試験のゲノムサブアナリシスも発表されました。ACTIVE A試験は心房細動患者の脳梗塞予防試験なので趣がだいぶ違うのですが、どちらも偽薬対照試験であることが長所です。発表者の結論はclopidogrelは2C19多型を問わずに効果があるというものでした。

ACTIVE A試験は急性期の患者を組み入れた試験ではないため影響が表面化し難かったのかもしれません。そう言えば以前書いたCHARISMA試験のゲノムスタディも急性期試験ではありませんでした。

この研究のもう一つの論点は、clopidogrelの効果はABCB1多型の影響を受けない、というprasugrelのTRITON試験とは異なった結果になったことです。理由は良く分かりません。分類方法の違いが影響した可能性もあるのかもしれません。TRITON試験では被験者をT/T型とそれ以外に分けましたが、こちらは三種類に分けています。また、ticagrelorとclopidogrelの効果の差は「高発現型」のほうが大きいように見えますので、ticagrelorも影響を受けるのかもしれません。

依然として分かったような分からないような状態ですが、急性期の患者は2C19影響に注意する必要があるものの、それ以外はそれほど大きな影響はない、というのが現時点の印象です。


2C19と代謝能力の関係の整理

clopidogrelの効果と2C19やABCB1の多型に関する自分の記述を読んでいて、ミスを見付けました。*2と*17をS型と呼ぶとか、ABCB1のT/T型にはprasugrelよりclopidogrelのほうが良さそうとか、正反対のことを書いてしまいました。読んで下さった方に謹んでお詫びいたします。記述は訂正しましたが、正解は*2と非*17がS型、T/T型にはclopidogrelよりprasugrelのほうが良さそう、でした。

2C19多型の話は機能低下変異である*2や*3と、アミノ酸配列の別の箇所の機能亢進型変異である*17があって複雑なのですが、頭にしっかり入っていなかったばかりに混乱してしまいました。復習を兼ねて整理しておきましょう。また、代謝能力との関連性の分類法は複数あることが分かったので、比較表を作ることにしました。出典はticagrelorという第4のADP受容体拮抗剤のPLATO試験のゲノムサブスタディです。被験者(ほとんどがカフカス大人種)のタイプ別の構成比も出ていたので併記します。

clopidogrelは体内で代謝を受けて活性化するプロドラッグです。様々な酵素が関与するのですが、近年の研究でCYP 2C19が特に重要であることが判りました。ところが、この2C19には機能喪失多型があり日本人など中国系は二組の遺伝子の片方又は両方が該当する人が過半を占めるようです。野生型は2C19*1と呼ばれ、機能喪失多型は*2、*3など数種類ありますが*2が一番多いようです。2C19には機能亢進多型もあり、*17と呼ばれています。この二つは異なった箇所の多型なので組み合わせが沢山ありそうに見えますが、実際には、*17があるのは*1だけです。そこで、話を短くするため、ここから先は単に17型(*1且つ*17)、1型(*1且つ非*17)、2型など(*2、*3、... *8)と呼びましょう。

遺伝子は二組あるので組み合わせは6種類になり、それぞれ、代謝能力との関連付けが行われていますが、GuebelとWallentinは少し異なった分類をしています。前置きが長くなりましたが、後は表をご覧ください。白人でもこれだけ代謝能力が違うことに驚かされます。このデータについては改めて書く積りです。

2C19多型と代謝能力
組み合わせGurbel分類Wallentin分類構成比
17型と17型EMURM5%
17型と1型EMRHM28%
17型と2型等NMP/RHM7%
1型と1型NMEM36%
1型と2型等PMIM17%
2型等と2型等PMPM2%



略語

  • EM:Extensive Metaboliser

  • URM:Ultra Rapid Metaboliser

  • RHM:Rapid heterozygote Metaboliser

  • P/RHM:Poor Rapid heterozygote Metaboliser

  • NM:Normal Metaboliser

  • IM:Intermediate Metaboliser

  • PM:Poor Metaboliser


外部リンク:

P. Guebel, JACC 2010年)

PLATOゲノムサブスタディ(ESCのウェブサイトの学会レポート)


2010年9月3日金曜日

clopidogrelと2C19機能亢進多型

clopidogrelの効果に与える影響が注目されている2C19代謝酵素には、機能喪失多型だけでなく、機能亢進多型もあるようです。文献が少なかったのですが、今年に入って幾つかの論文・学会発表スライドを見ることができたので、纏めておきましょう。


clopidogrelのノンレスポンダー問題は色々な要素が影響しているようですが、夫々の要素に関するエビデンスは区々で、まだ決定的な答えは出ていません。血小板凝集試験は比較的クリアな結果になっていますが、虚血性心疾患を防ぐ効果がどの程度左右されるのかが分からないのです。2C19*17という機能亢進多型についても同じことが言えそうです。


clopidogrelはそれ自体には活性がなく、服用後に体内で何回かの代謝を受けて血小板凝集阻害能を持つ活性代謝物に変わります。工程が複雑すぎて発売当初は良く分からなかったのですが、近年の研究で、2C19が特に重要であることが明らかになりました。2C19には*2と呼ばれる有名な機能喪失変異があります。681番目の核酸がグアニンからアデニンに置換されていることが特徴で、正常な蛋白が作られず、酵素として機能しません。白人は少ないのですが、日本人など中国系は、二組の遺伝子のうち一つ以上に2C19*2多型を持つ人が6割程度を占めるので、重要な問題です。


一方、機能亢進多型である2C19*17は806番目がシトシンからチミンに置換されていることが特徴です。ドイツの医療施設で実施されたSibbing等の試験の症例数を見ると、一つだけ持っている人が36%、両方が5%でした。白人にとってはこちらのほうが該当者が多いことになります。置換箇所は制御情報を記述している部位なので、蛋白のアミノ酸配列を記述している部位の置換である2C19*2、*3、*4などとは影響の仕方が違うかもしれませんが、良く分かりません(*3、*4は稀な多型です)。


遺伝子の一箇所の多型が他の箇所の多型と関連していることがあります。P. Gurbelによると、2C19*1(一番多いタイプ)遺伝子は*17を持つ場合も持たない場合もありますが、*2と*17を両方持つ遺伝子はありません。*1と*17を両方持つハプロタイプ(特定の多型の組み合わせ)をF、*1で非*17をN、*2で非*17をSと呼びます(fast, normal, slowの頭文字なのでしょう)。人間は二組の遺伝子を持っているのでディプロタイプは6種類になります。このうち、F/FとF/Nの組み合わせを持つ人がextensive metabolizer(EM:代謝力が高い)、N/NとF/Sがnormal metabolizer(NM:正常)、N/SとS/Sがpoor metabolizer(PM:低い)と分類されています。


リンク:P. Guebel, JACC 2010年)


この分類がどのような根拠に基づくものなのかは分かりませんでした。また、EMとNM、PMの構成比も記されていなかったのでSibbingのデータで試算したところ、夫々3割、5割、2割となりました。EMが結構多いことになります。


さて、clopidogrelと2C19*17に関する代表的な研究が、このSibbing等の試験です。




  • PCIを受ける、clopidogrel 600mgでプリトリートされた1524人を対象に、2C19*17の遺伝子型と30日出血リスク、そして30日ステント血栓リスクの関連性を検討。

  • 野生型が904人、ヘテロ接合型(片方が*17、もう片方は野生)が546人、ホモ接合型(両方*17)は76人だった。

  • ADP惹起血小板凝集のメジアン値(単位:AU x 分)は、夫々、238、215、186で関連性が顕著だった。ヘテロ接合型は野生型比でp=0.039、同じくホモ接合型はp=0.008。

  • 30日出血発生率は2.5%、4.0%、7.9%でホモ接合型は野生型より有意に高かった(オドレシオ3.27、95%信頼区間1.33、8.10)。

  • 30日ステント血栓発生率は0.9%、0.9%、1.3%で関連性のトレンドはなかった。

  • 主要心血管イベントの30日発生率は3.7%、3.2%、5.3%で有意差はなかった。


リンク:D. Sibbingら、Circulation、2010;121:512-518





ホモ接合型は出血リスクがかなり高く、一方、主要心血管イベントは多いので、あまりスッキリしたデータではありません。この試験の数倍の患者を組み入れた研究が待望されます。


2C19に関する先駆的な研究のひとつはShuldinerの試験です。アーミッシュという近代的な医療や生活に背を向けて質素な電化されていない生活をしている人たちを対象とした健常者の試験で、clopidogrelの応答性に2C19*2多型が関連している、しかし、応答性の変動の12%しか説明できないことを発見しました。米国の病院で待機的PCIを受ける人達の試験でも同様な結果になりました。ところが、この研究では2C19*17多型との関連性は見られませんでした。


2C19*17が本当に影響するのかどうか、今のところはハッキリしないと考えておいたほうが良さそうです。







clopidogrelとABCB1多型

(10年9月3日:記述に誤りを見つけたため訂正しました。第5パラグラフに「T/T型にはclopidogrel、それ以外にはprasugrelのほうが良いように見えます」と書きましたが逆でした。ご迷惑を掛けました。)


ACC学会の抄録に、clopidogrelとABCB1トランスポータの多型との関係を論じた研究が出ていました。prasugrelという新薬の大規模な試験のサブスタディで、両方の遺伝子共にC3435T多型である場合は効果が減弱する可能性を示唆しています。3割程度の患者が該当するようなので、白人にとってはCYP2C19多型より重要かもしれません。


clopidogrelの活性化を阻害する要素が、こう次々と出て来ると、組み合わせ毎に検討しなければならないので話がどんどん複雑になります。欧米では『VerifyNow P2Y12』という普通の医療施設でも使える検査装置が実用化されていますが、この検査でclopidogrel応答性を診断して用量や薬剤を調整する手法を検討する数千人規模の試験が三本進行中で今年から12年にかけて結果が発表される見込みです。多型研究は他の薬剤にも応用が利くので重要ですが、現実的な対応策を探る点では、この三本の試験の結果が待ち望まれます。



このABCB1試験は、急性冠症候群の13608人を組み入れてclopidogrelとprasugrelの心血管イベント防止効果を1年以上比較したTRITON試験のゲノム・サブスタディです。2C19多型に関する検討は発表済みで、このブログでも取り上げたことがあります。今回は、薬剤が細胞壁を通過するのを助けるABCB1トランスポータの多型の影響を検討しました。C3435Tという多型を二つ持つ人(T/T型:n=804)とそれ以外(C/T型とC/C型:n=2128)に分けて心血管イベント発生リスクを比較しました。


結果は、まず、clopidogrel群ではT/T型が12.9%、それ以外は8.2%、ハザードレシオ1.66でp値は0.033とボーダーライン周辺ですが有意性が見られました。一方、prasugrel群は各11.0%と9.7%、1.12、0.64で大差ありませんでした。被験者の27%を占めるT/T型ではclopidogrelの効果が減弱することを示唆しています。


2C19多型スタディと同様に群間比較は行われていません。検出力が足りないのは明らかだからでしょう。数字を見比べるとT/T型にはprasugrel、それ以外にはclopidogrelのほうが良いように見えます。試算すると、もしサンプル数が3倍で発生率が同じだったら、T/T型における群間差は有意ではありませんが、それ以外の型では有意水準に達します。第一三共が開発した新薬の長所をアピールするための試験だったのですが、ゲノム・サブスタディはprasugrel群の成績がTRITON試験全体ほど良くなかったので、販促には善し悪しの結果です。


VerifyNowを使う三本の試験は何れもDES留置を受ける2000人以上の患者を対象に、以下の手法を検討します。



  • GRAVITAS試験:ノンレスポンダーを組み入れて負荷用量追加(450mg)・維持用量150mgの群と標準用量(維持用量75mg)を比較。

  • ARCTIC試験:clopidogrelとアスピリンの応答性を検査して両剤の用量を調節する群と検査しないで標準用量を使う群を比較。

  • TRIGGER-PCI試験:ノンレスポンダーを組み入れてclopidogrel標準用量とprasugrelを比較。


日本でもclopidogrelと2C19多型に関する臨床研究が始まったようですが、症例数は数百に留まるようです。多施設共同研究にできないものなのでしょうか?ACCで韓国の研究者が『DES留置後にclopidogrelを1年以上投与すべきか』というホットなテーマを検討した試験の結果を発表しましたが、検出力不足が歴然であったため、論評者らの評価は散々でした。不適切な研究に基づいて結論を出すことは何もしないより悪い、ということなのでしょう。







Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...