2010年10月6日水曜日

インスリンからGLP-1作用剤にスイッチすると...

リラグルチドの市販後に致死的なケトアシドーシスが二例報告されたことをノボ ノルディスクが発表しました。何れもインスリンからスイッチした翌日に発症したとのことです。この他に高血糖症が7例報告され、うち6例はインスリンからスイッチした患者でした。


DPP-4阻害剤が発売された当初も、SU剤併用例で深刻な低血糖症例が発生しました。が携帯電話が普及して操作中の交通事故が増えたことを思い起こします。新しい技術に習熟するまでの過渡期なのでしょう。日本はドラッグラグ解消に前向きに取り組んでいて新薬承認が増加しています。日米欧で日本でしか承認されていない薬(alogliptin)、日本でしか承認されていない用法(panitumumabの大腸がん一次治療やvildagliptinの100mgをSU剤と併用)、日本だけがまだ販売中止していない薬(gemtuzumab ozogamicin)は海外の使用実績が乏しいので、日本人が自分で至適用法を探索しなければなりません。


リラグルチドの場合、欧州で発売されたのは09年で市販歴も開発歴も短いのですが、05年にアメリカで発売された類薬のエキセナチドの経験から学ぶことができるかもしれません。そこで、07年にDiabetes Care誌に刊行された論文を紹介しましょう。


この二剤はGLP-1というホルモンと同じようにGLP-1受容体を作動して、インスリン分泌を刺激します。SU剤との違いは血糖値が高い時だけ作用するので膵臓のベータ細胞が疲弊しにくく、むしろ、増殖を促すようです。食物が胃から腸に移るのを遅らせる作用や、中枢神経に作用して食欲を抑制する作用も持っています。血糖降下作用はDPP-4阻害剤より高く、また、他の血糖治療薬と異なり体重が穏やかに減少します。個人差が大きく、10%以上減少する人もいますが、増える人もいます。弱点は皮注用薬であることと、悪心・嘔吐が特に治療開始当初に多いことです。このため、低用量で開始して数週間後に維持用量に引き上げる用法が採用されています。


二剤とも経口薬を服用している患者に追加投与する用法を中心に開発されました。インスリンにステップアップすることを検討している患者なら、どちらも皮注なので、弱点が目立たないからでしょう。しかし、この開発戦略には落とし穴があります。GLP-1作用剤に最も熱い視線を寄せるのは、インスリンを使用中の患者であろうことが軽視されています。


実際、医師が学会で発表するエキセナチドの使用実績を見ると、インスリンからスイッチした症例や減量してエキセナチドで補った症例がかなり出てきます。スイッチすればインスリンの体重増加作用が消失してGLP-1作用剤の体重減少作用が寄与するので大きな体重減少が期待できるからです。一方で、中止例が多いことも目立っています。08年のADAで発表されたある医療施設の治療データでは、1年間に5割が投与を中止していました。エキセナチドは一日二回投与が必要であることが嫌われたのかもしれませんが、血糖管理不良や有害事象で止めた症例も多いようです。中止例の半分がインスリン併用患者だったので、これが影響したのかもしれません。


さて、Diabetes Care誌に刊行された試験は、インスリンからスイッチする手法の有効性を検討した小規模なもので、おそらく、前期第二相試験という位置づけでしょう。過半の患者が血糖管理を維持できたため著者はスイッチ可能と書いていますが、深刻な高血糖を発生した症例もあり、そもそも、試験のデザインに様々な問題があります。このため、論評は厳しい論調で批判しています。


リンク(Diabetes Care home page)


S. Davisらの論文:Exploring the Substitution of Exenatide for Insulin in Patients With Type 2 Diabetes Treated With Insulin in Combination With Oral Antidiabetes Agents Diabetes Care November 2007 30:2767-2772


J. ROsenstockの論評:Missing the Point: Substituting Exenatide for Nonoptimized Insulin Going from bad to worse!



治験内容



  • 患者:インスリンを(一日一回または二回)と経口血糖治療薬を服用しているHbA1cが10.5%以下の二型糖尿病患者49人。平均年齢54歳、ベースライン時点のHbA1cは平均8.0%、病歴平均10年、インスリン使用歴3年、インスリン一日用量41単位、Cペプチド1.0nmol/l。

  • 介入方法:インスリンを止めてエキセナチドにスイッチ。他の薬は継続。

  • 対照群:引き続きインスリンを使用

  • 主評価項目:血糖管理が維持された患者の比率。

  • 結果:エキセナチド群は29人中18人(62%)が血糖管理維持に成功。インスリン群は16人中13人(81%)。

  • 留意点:両群とも、血糖管理目標の達成は要求されなかったせいか、HbA1cが7%以下に下がった患者は少なかった。血糖管理維持を判定する基準が甘く、A1cが0.5%以上上昇しなければOKで、また、途中で治験を離脱しても理由が血糖管理不良でなく、最終観察値が基準を満たしていれば、血糖管理維持と認定された(エキセナチド群の18人中4人が該当)。また、無作為化割付された49人のうち4人が薬効解析対象から除外された。


血糖管理が維持できた18人の患者ではA1cが平均で0.5%(SD+/-0.7%)低下しましたが、できなかった11人では1.6%(+/-1.5%)上昇しました。重篤な高血糖は1例で、入院しました。回帰分析で、ベースライン時点のCペプチド値が高いほど血糖管理が維持され易いことが分かりました。インスリン依存度が高い患者にリラグルチドを使うべきではない、という日本の学会の勧告を想起します。


低血糖の発生率は両群39%前後で大差ありませんでしたが、平均発生数は年率1.7回と1.0回で上回りました。エキセナチド群の13例中10人はSU剤を併用していました(SU剤にエキセナチドを追加する場合はSU剤の用量を半減することが推奨されていますが、この試験では採用されていません。)


リラグルチドのデータではないのでどの程度参考になるのか分かりませんが、類薬が上手く行かなかった用法でありリラグルチドなら有効というエビデンスは無いのですから、楽観はできないでしょう。


併用法の規制と情報提供


さて、日本もアメリカも欧州も、血糖治療薬を承認する時に併用薬を限定するのが慣わしです。例えば日本のリラグルチドならモノセラピーとSU剤服用者にアドオンする用法だけです。しかし、この限定は機能しているのかどうか、大いに疑わしいと思います。また、インスリンからリラグルチドにスイッチするのはモノセラピーとして承認されている用法なのではないかと思いますが、エキセナチドのデータから見ると、正しい使い方とは思えません。注意していれば対処できるのでしょうが、今回のように翌日発症・死亡となると手の打ちようがありません。患者は様々な薬を服用しているのですから、メーカーが夫々について併用の適否をキチンと検討すべきなのではないでしょうか。


私が危機感を感じるのは、承認審査機関の考え方が全く異なることです。アメリカが公表した新薬開発ガイドライン草案によれば、併用薬の限定を止める計画のようです。薬の種類が増えてメーカーの治験費用がかさむことや、限定しても無視されることが理由でしょう。メーカーの負担に対する配慮は日本のガイドラインにも記されています。しかし、インスリンのように学会が重要な選択肢と位置付けている薬に関しては、キチンと調べてもらわないと困ります。


上記論文の論評者は、インスリンからスイッチしたり効果をインスリンと比較する場合はキチンとしたデザインの治験を行うよう主張しています。不適切な治験を行ってインスリンの地位を貶めるのはケシカラン、というのです。ところが、それほど重要な薬なのに、新薬にスイッチしたり併用したりする試験は滅多に行われません。多くの場合は経口剤併用で承認を取り、インスリン併用は後回しになります。


インスリン・アドオン試験はデザインや実施が難しく、上手く行ったとしても、「インスリンを減量してこの新薬を追加すれば80%の患者が血糖値を維持できて、重篤な副作用に曝される可能性は低い」というあまり威勢が良くない宣伝しかできません。最近流行の、血糖管理目標達成率も、インスリンならかなりの患者が達成できるはずですから、「この新薬を使えばもっとたくさんの患者が達成できる」という宣伝用グラフを作れないでしょう。


それでも、医師や患者が必要な情報を提供するのがメーカーや承認審査機関の責務です。リラグルチドの一件は、このことを考え直す良い機会なのではないでしょうか。



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