2010年12月4日土曜日

clopidogrelとPPI:学会の声明

clopidogrelとプロトンポンプ阻害剤(PPI)の相互作用については未だ未だ分からないことが多いのですが、11月に循環器系や消化器系の学会が共同でエキスパート・オピニオンを出したので簡単に紹介しましょう。


ACCF/ACG/AHA 2010 Expert Consensus Document on the Concomitant Use of Proton Pump Inhibitors and Thienopyridines: A Focused Update of the ACCF/ACG/AHA 2008 Expert Consensus Document on Reducing the Gastrointestinal Risks of Antiplatelet Therapy and NSAID Use

Circulation, Nov 2010; doi:10.1161/CIR.0b013e318202f701

リンク(PDFファイル、オープンアクセスです)


この声明では、過去の様々なエビデンスを回顧した後に、以下のような結論を出しています。


プロトンポンプ阻害剤とチエノピリジンの疫学的エビデンスの評価


関連性は強固か?


疫学的研究は患者背景の違いなどが影響する可能性があるのでリスクが小さい場合は注意が必要だ。臨床的な転帰とPPIの同時使用の関連性が示された研究でもはハザードレシオやオドレシオが2未満と小さい。唯一の無作為化割付試験(COGENT試験)では同時使用と心血管イベントの顕著な関連性は見られなかったが、小規模な試験なので信頼区間が広く、リスクが44%上昇する可能性を否定できていない。


関連性はコンスタントか?


PPIの同時使用と心血管イベントの増加に関する観察的研究の結果は区々であり、過半は何の関連性もなかった。


生物学的尤もらしさはあるか?


ある。CYP2C19の機能喪失多型を持つclopdigrel服用者では心血管イベント発生率が高まる。また、in vitro試験ではPPIがCYP2C19による代謝を阻害することが示唆された。


実験的エビデンスはどうか?


薬力学的試験ではomeprazoleがclopidogrelの血小板凝集抑制力を低下させることがコンスタントに示されている。他のPPIは顕著な影響がなかった。大規模な無作為化割付試験が行われていないので、エビデンスは弱い。進行中のSPICE試験が答えを出す可能性がある。


リスクとベネフィットのバランス


急性冠症候群の治療でステント留置術を受けた患者では、抗血小板薬の心血管ベネフィットは明確だ。抗血小板薬が胃腸出血のリスクを高めることも明らかである。個々の患者についてこのリスクとベネフィットのバランスを評価することが医療提供者の課題だ。


抗血小板薬にPPIを追加するのは胃腸合併症を防ぐことが目的だ。深刻な出血のリスクは様々な因子に影響されるが、一番大きいのは過去の上部胃腸出血歴だ。急性冠症候群で上部胃腸出血歴を持つ患者では二種類の抗血小板薬とPPIを処方することがリスクとベネフィットのバランスを最適にするだろう。冠再建術を受ける安定期の患者は、胃腸出血歴を考慮して再建方法を選択すべきである。冠ステント留置術を選択する場合、この三剤を併用する方がリスクとベネフィットのバランスを好ましくするだろう。


高齢、ワーファリン同時使用、ステロイド、非ステロイド抗炎症薬、ピロリ菌感染などに該当する患者は何れも抗血小板薬併用療法による胃腸出血リスクが高くなる。このような患者におけるPPIの効用は顕著であり、もし心血管イベント削減効果が低下するリスクがあったとしても、効用のほうが上回る可能性がある。一方、胃腸出血リスク因子を持たない患者ではPPIの効用は小さく、抗血小板薬併用だけのほうが好ましい。


消化不良を治療する目的でPPIを処方する場合でも、抗血小板薬の服用を中止するのは好ましくない。胃腸出血の患者が抗血小板薬を中止すると心血管イベントのリスクが高まる。


H2ブロッカーは代替手段として合理的か?


PPIはアスピリンやチエノピリジンを服用している患者の胃腸出血リスクを削減する。これまでのデータはH2ブロッカーより効果が高いことを示唆している。それでも、胃腸出血リスクが小さい患者は、難治性逆流性食道炎でPPIを必要とする場合を除いて、H2ブロッカーが合理的な代替薬になる可能性がある。CimetidineはCYP2C19を競合的に阻害するので、clopidogrel服用者には他のH2ブロッカーのほうが良い選択だろう。


この問題に答えを出すには1万人以上を組み入れた1年以上の試験が必要です。数百億円の費用が掛かるでしょうが、clopidogrelは特許切れが始まっているので、製薬会社がスポンサーになってくれるとは思えません。欧米ではprasugrelという第一三共が開発した薬が販売されているので代替的な選択肢になりますが、もう一つの重要なテーマである、CYP2C19機能喪失多型を持つ患者における有効性はエビデンスが不十分です。ticagrelorという新薬も承認審査中で、発売されれば有力な選択肢になるでしょう。


この問題は、急性冠症候群やステント留置術を受けた患者に関する議論が現状では中心になっています。しかし、clopidogrelは脳梗塞後の再発予防や末梢動脈疾患の心血管イベント予防にもモノセラピーでも使用されています。もしCYP2C19問題が決定的に重要なら、この用途ではアスピリンなど他の薬を使ったほうが良いのかもしれません。もっと議論してほしいと思います。



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