2008年12月21日日曜日

血糖強化治療試験の意味を学会が総括

今年は血糖強化治療試験三本の結果が発表されました。VADT試験の論文刊行(New England Journal of Medicine誌)を待っていたのか、ADA、ACC、AHAが共同で立場表明を出しました(Journal of American College of Cardiology誌とDiabetes Care誌:前者はpdf版がオープンアクセスになっています)。待望のコンセンサス・ステートメントなので、以下、概要を紹介しましょう。



ADAなどはこれまで、A1Cの目標は7%未満、但し患者の特性に合わせて調節するよう推奨していました。また、血糖治療だけでなく心血管疾患を防ぐためにコレステロール、血圧などを包括的にケアする必要があることを強調していました。今年の三本の試験結果は、これらの推奨の大きな変更を促すものではなく、「患者に合わせた治療」の内容をより明確にする必要を示した、というのが今回の立場表明の結論です。最初に推奨内容、次に、三本の試験に関する議論・解釈を紹介します。



ADA・ACC・AHAの推奨



  • 小血管性疾患(糖尿病性腎症など)に関して:I型・II型糖尿病のA1Cを7%未満あるいは前後に下げれば小血管性・神経性合併症を減らせることが治験で示されている。従って、妊娠していない成人の一般的なA1C目標は7%未満である。

  • 大血管性疾患(心筋梗塞など)に関して:I型・II型糖尿病の無作為化対照試験では、血糖強化治療が標準的治療より心血管疾患を有意に減らすことはできなかった。しかし、DCCT試験やUKPDS試験の長期フォローアップ試験では、糖尿病と診断されて間もないうちから7%未満あるいは前後を目標とする治療を行えば長期的に大血管性疾患を減らせる可能性があることが示唆された。他のエビデンスが出るまでは、7%未満という一般的な目標は合理的である。

  • ある種の患者には、上記の一般的な目標とは異なった個々の血糖目標が適切かもしれない。

  • DCCT試験やUKPDS試験のサブグループ分析、そしてADVANCE試験の結果は、A1Cを正常値近くにすれば小さな、しかし上乗せ的な小血管性疾患の転帰の向上が期待できることを示唆している。従って、特定の患者に関しては、医師が一般的な目標より更に低い水準を提案することは、もし低血糖症など治療の副作用を起こさずに達成できるならば、合理的である。該当すると考えられるのは、病歴が短く、寿命が長く、顕著な心血管疾患を有しない患者である。

  • 逆に、一般的な目標を緩和するのが適切である可能性があるのは、重度低血糖症歴、限定的な生存期間、進行した小血管性・大血管性合併症、他の多くの病気の併発、あるいは、病歴が長くて、自己管理教育や適切な血糖管理、そしてインスリンを含む複数の血糖低下剤の有効な量を用いても一般的な目標を達成できない患者である。

  • 糖尿病患者における心血管疾患の初発・再発予防のために、医療提供者は、ADAの医療標準とAHA・ADAの心血管疾患初発予防ガイドラインに描写されている、血圧治療、スタチンによる脂質削減、アスピリンによる予防、禁煙、健康な生活行動などの、エビデンスに基づく推奨を引き続き行うべきである。


エビデンスに基づく分析・推奨には、エビデンスの質を示す記号が付与されますが、今回の推奨は、一番目がADA方式でもACC/AHA方式でもA、二番目がそれぞれBとA、三番目はBとC、四番目は共にCとなっています。まだまだエビデンスが足りないことを示しています。



ACCORD試験の強化治療群で心血管疾患死が多かったのはなぜか?


考えられる理由として、以下を指摘しています。



  • 強化療法群では重度低血糖の発生率が高かった。心血管疾患リスクの高い患者において重度低血糖が心血管死リスクを高めるようなことは生物学的にありうることだ。複雑なのは、特に心血管自律神経障害(突然死の強いリスク因子)を持つ患者では、低血糖に気付きにくくなることがあることだ。低血糖イベントによる死亡が冠動脈疾患と誤認されたのかもしれない。

  • このほかに考えられるメカニズムは、体重の増加、把握されていない薬物作用・相互作用、あるいはACCORD試験で採用された介入法の強度(複数の経口剤とインスリンの使用、大変低い目標を達成するために頻繁に治療を見直したこと、A1Cを短期間に2%下げるための集中的な努力)である。

  • 死亡者が増加しなかったADVANCE試験の強化治療群との違いに注目すると、更に幾つかの仮説が浮上する。ADVANCEの患者背景は病歴が2-3年短く、A1Cはインスリンをほとんど使っていないにもかかわらずACCORDより低かった。治験中のA1Cの低下も穏やかだった。体重の著増もなかった。三つの試験は重度低血糖の定義がやや異なるものの、ADVANCEの強化療法群ではメジアン5年間の発生率は3%以下で、ACCORDは16%、VADTは21%となっている。

  • ADVANCE試験とACCORD試験の強化治療群はA1C到達値が同程度だった。従って、到達A1C自体が死亡リスクを高めたとは考えにくい。A1Cを問題なく下げることのできている患者が、A1Cを上げなければならないことを示唆しているのではない。



この辺りの議論は、結局のところ、無理をしてまで下げてはいけない、ということなのでしょう。ACCORDとVADTの被験者はADVANCEよりも平均A1Cが高かったために、同じ強化治療試験でも、より強力な治療が必要でした。しかも、管理目標を短期間で達成しました。一方、ADVANCEは目標到達まで数年かかりました。短期間で大幅に引き下げるために多剤併用したことが原因で、血糖管理のベネフィットよりも薬剤の用量依存的なリスクのほうが上回ってしまったのかもしれません。


立場表明は、血糖強化治療試験が心血管疾患リスク削減効果を立証できなかった理由として、スタチンや降圧剤、アスピリンなどを用いた多面的な治療が普及したために、血糖治療の効果が目立たなくなってしまった可能性を指摘しています。三本の試験とも、標準治療群の心血管疾患発生率が予想を下回ったからです。中でも、ACCORDとVADTはこれらの薬剤の服用率が高く、治療ガイドラインに従った多面的介入が行われました。アスピリンの初発予防効果は確立していないのではないかと思いますが、何れにせよ、血糖治療薬以外にも有効な治療法は沢山あるのだから、多剤併用の副作用を無視してまで強化治療を行う必要はない、ということなのでしょう。






0 件のコメント:

コメントを投稿

Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...