2008年1月20日日曜日

Ezetimibe(エゼチミブ)の臨床試験の波紋

コレステロール治療薬の臨床試験の結果が波紋を呼んでいます。頚動脈アテロームの拡大を抑制する効果が確認されなかったことから、二型糖尿病薬Avandiaの安全性に警鐘を鳴らしたことで有名なSteven Nissen博士が、第一選択薬として使うべきではないと主張しているようです。一方で、ACC米国心臓学会は慎重な対処を呼びかけています。客観的に見て今回の治験結果のインプリケーションは小さいように感じられますが、ウェブサイトで行われたアンケートでは意外に多くの医師が処方を減らすと回答しています。

驚いたことに、医師が運営するウェブサイトWiki Docで行われたアンケートの結果がいつの間にか変更されています。処方を減らすかという質問と回答が丸々消えたのです。Wikipediaを巡っては過去にも、医薬品会社の社員が会社のPCからアクセスして都合の悪い記述を削除するという事件がありました。今回も同じことが起きたのでしょうか。(追記:その後、また復活しましたが、今度は別のサイトのアンケート結果が消えました。)

さて、このENHANCE試験は、ヘテロ接合型家族性高脂血症の患者を対象に、simvastatin(シンバスタチン;一日80mgを投与)とezetimibe(エゼチミブ;同10mg)の両方、またはsimvastatin(同80mg)だけを2年間投与して、頚動脈のアテロームの拡大を抑制する効果を比較したものです。アテロームの測定は超音波検査を用いて、頚動脈の複数の部位の内膜中膜肥厚を調べました。ezetimibeはシェリング・プラウが創製してメルクとの合弁会社を通じてZetia(ゼチーア)として販売しています。simvastatinを配合した合剤もVytorinとしてラインアップされています。二製品合計で年商が40億ドルを超える、大変な大型薬です。
この合弁会社が出したプレスリリースを読むと、意外な結果になったようです。主評価項目でも、副次的評価項目でも、有意差は出ませんでした。それどころか、内膜中膜肥厚はsimvastatinだけを投与した群よりも進行が大きかったのです(有意差はなし)。


ENHANCE試験の概要
simvastatin 80mgsimvastatin 80mg
+ ezetimibe 10mg
頚動脈内膜中膜肥厚:
ベースライン値0.69mm0.68mm
増減+0.0058mm+0.0111mm
(p値)
(0.29)
治療関連有害事象:
心血管疾患死363例中1例257例中1例
非致死的心筋梗塞2例3例
非致死的卒中1例1例
血管再形成術5例6例
肝臓酵素上昇2.2%2.8%
CPK上昇2.2%1.1%
(筋症状あり)(0.3%)(0.6%)
横紋筋融解症0%0%
LDL-C値変化:
ベースライン値318mg/dL319mg/dL
増減-41%-58%

注:ヘテロ接合型家族性高脂血症患者720人を対象とした2年間の試験の結果。頚動脈内膜中膜肥厚は6ヶ所の平均値。増減は2年後の数値との比較。

出所:メルク/シェリング・プラウの08年1月14日付プレスリリースより。




ezetimibeのようなLDL-C低下剤を用いる目的は、アテローム硬化の原因になる血液中のLDL-Cを削減することによって、アテロームが成長して冠動脈の血管を塞ぎ心筋梗塞を起こすのを防ぐことです。simvastatinのようなスタチンは、 頚動脈アテローム試験も、冠動脈のアテロームを直接調べた試験も、心筋梗塞削減効果を調べた長期大規模な試験も、成功しました。ezetimibeにはアテローム抑制作用は無いのでしょうか?

そのようなことがあっても不思議はありません。ezetimibeはスタチンと作用の仕方が異なります。スタチンは肝臓でVLDL-Cが産生されるのを阻害します。VLDL-Cは血液中でLDL-Cに変化しますので、結果的にLDL-Cが低下します。一方、ezetimibeは腸で脂肪が血液中に吸収されるのを防ぎます。

また、スタチンは血管に有害な影響を与える炎症反応を抑制したり、血管細胞内のシグナル伝達を阻害したりする作用も報告されています。

LDL-Cを減らすと心筋梗塞リスクが低下する、という臨床試験のエビデンスは、殆どが、スタチンを用いた試験です。フィブレート系の薬でもアウトカム試験が成功したことがありますが、懐疑的な意見も出ています。例えば英国政府のの医薬品監督機関であるMHRAは、07年11月のDrug Safety Updateの中で、重度高トリグリセリド血症以外に用いる場合はリスクとベネフィットを良く検討するよう注意を促しています。

一方で、ENHANCE試験の重要性を軽視することも可能です。第一の理由は、データの信頼性に疑問があること。06年春に完了した試験の結果が今頃になって発表されたのは、解析が難航したことが原因だそうです。肥厚の測定は超音波画像に基づいて第三者が実施しましたが、読み取れない画像や同じ患者とは思えない画像が少なくなかったようです。このような場合、missing dataがどの程度発生したのか、群間に偏りはあるか、解析方法(LOCFなど)はどれを採用したのか、などの点を確かめないと正しい評価はできませんが、まだ公表されていません。3月のACC学会で詳細が発表されるまで待たなければなりません。

第二に、頚動脈アテローム試験の意義が明確ではないことです。冠動脈アテローム検査は血管の中に超音波プルーブを入れて測定するので患者の負担が比較的大きく、治験開始時の検査で嫌になって、完了時の検査を拒否する患者が3割程度発生します。頚動脈アテローム検査は首の外から装置を当てるだけなので、代用できれば理想的です。しかし、頚動脈アテロームの肥厚と冠動脈アテロームの肥厚が相関するというエビデンスはありません。疫学的試験では、頚動脈アテロームと冠動脈アテロームの相関性(片方に肥厚がある人はもう一つにもある)は5割程度でした。だから、今回のENHANCE試験がもし成功したとしても、ezetimibeに冠動脈アテローム肥厚抑制作用があるかどうか、つまり、心筋梗塞予防効果があるかどうかは分からないのです。

ezetimibeは心筋梗塞予防効果を調べる試験も進行していて、数年後に結果が出る見込みです。この薬のLDL-C削減効果は低力価スタチンの低用量と同じくらいなので大きな効果は期待しにくいですが、結果が出るまで待っても良いでしょう。

但し、第一選択薬として用いるのは不適切というNissen博士の主張は説得力があります。今回の治験はsimvastatinの承認最大用量に追加しました。LDL-C低下作用はsimvastatinの方が大きいので、ezetimibeは脇役です。心筋梗塞抑制効果が曖昧であったとしても、ほかの選択肢は限られているのですから、使う余地はあります。

しかし、ezetimibeはスタチンを嫌う患者の代用品としても広く用いられています。cerivastatinが自主回収されスタチンの副作用に対する警戒感が高まった時期に発売されたことも追い風になったのでしょう。また、simvastatinの需要の中心は20~40mgですので、ezetimibeを併用するのではなくsimvastatinを増量したり、LipitorやCrestorにスイッチする方法もあります。スタチンの副作用に脆弱な患者や、スタチンを増量する余地の無い患者ならともかく、第一選択薬として用いるのは心筋梗塞予防効果や冠動脈アテローム抑制効果が確認されるまで待ったほうが良いのではないでしょうか。




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