2010年6月20日日曜日

新参者の辛い立場

ARBで心配な話が続けて出たことは驚かされます。世界で何千万人、もしかしたら1億以上の患者が服用している薬ですから見なかった振りをすることは出来ません。Nissen博士が言っているように、FDAが精査して結論を公表してほしいと思います。


それにしても、ARBにケチを付けるなら、Lancet Oncology誌は論文又は論評をopen accessにすべきでしょう。抄録は購読者でなくても読むことができますが、全体像が分かりませんし、このようなメタアナリシスの制約について言及していないので読者を必要以上に怯えさせる可能性があります。メタアナリシスはリスクが何倍、という表現になりますが、百人に一人のリスクが1.3倍になるのと、10万人に一人のリスクが1.3倍になるのとでは話が全然違います。個々の試験のデータも見なければストーリーが完結しません。


今回の懸念に関して私が何を知っているわけでもないのですが、何故このような悪い話が陸続しているのか、背景に関して私なりの考えを書きます。


広く用いられている薬の安全性に関する懸念材料が色々と出ています。背景の一つは、薬の安全性に関する監視が厳しくなったことでしょう。特にアメリカでは、臨床試験の十分な裏付けが無いアグレッシブな治療や未承認薬使用が広く行われているので、改めて安全性を問う機運が高まっています。Archives of Internal Medicine誌が5月10日号でLess is Moreというキャッチフレーズを付けて、プロトンポンプ阻害剤を乱用するリスクに関する三本の論文を刊行したのも、このような流れを反映しています。


安全性監視が強化された結果、アウトカム試験でも有害事象の監視が強化されるようになりました。大規模長期アウトカム試験は新薬承認申請用の短期間の試験とは異なり日常の医療に即した形で行われます。医師が患者に会うのは何も無ければ半年に一回だけなので、有害事象の監視も疎かになりがちです。また、臨床試験における有害事象報告は医師の判断に委ねられているので、その薬と関係があるとは誰も思っていない副作用は見逃される可能性があります。有害事象監視強化が成果を挙げた一例は、グリタゾン系の二型糖尿病薬です。発売後何年も経ってから骨折リスクが判明したのは長期試験の一つで偶々発見されたからですが、治験執行委員会やメーカー側がキチンとした監視・分析体制を敷かなかったら、発見できなかったでしょう。


テクニカルな事情もあります。製薬会社が巨額を投じて長期大規模な試験を行うようになった結果、治験の検出力が高まりすぎて、これまで見落とされていたリスクや、真実とは異なるノイズを拾ってしまうリスクが高まったことです。ARBやコレステロール治療薬のように、既に沢山の製品が存在し数々のアウトカム試験が実施済みな分野では、新参者、例えばtelmisartanやolmesartan、rosuvastatin、ezetimibeは困難な課題に挑戦せざるを得ません。高力価スタチンが急性心筋梗塞を発症した高リスク患者に有効であることはatorvastatinの数々の治験が立証済みなので、今更rosuvastatinの偽薬対照試験を行う訳には行きません。やるならatorvastatin対照試験ですが、両剤のLDL-C治療効果は同程度なので、優越性試験をやっても失敗するでしょう。かと言って、非劣性試験は数多くの患者を組み入れなければならないので費用や時間が掛かります。telmisartanのONTARGET試験は単剤でramipril(本邦未承認ですが海外ではACE阻害剤のNo.1と考えられている)と非劣性、併用でramiprilより優越性を検討する欲張りな内容だったため、25000人を超える大規模な試験になりました。それでも、FDAは適応拡大の承認審査に当って非劣性マージンが大きすぎる、もっと大きな試験をやるべきだったと主張しました。


telimisartanは三本の大規模試験が実施された結果、一部の試験で癌の発生状況に有意な群間差が生じるという意外な発見がありました。ramiprilの試験で癌の発症に偏りがあったため、ONTARGETとTRANSCEND試験では癌を厳格に監視し、症例報告を第三者が査読するプロトコルも導入されました。この試験の癌のデータは、万全ではないにしても、他の試験より信頼性が高いことになります。


新参者に残されたもう一つの方法は、既に十分な治療を受けている患者や、リスクが小さい患者に対する効能を立証することです。一例はrosuvastatinのJUPITER試験で、心血管疾患の初発予防に成功しました。低リスク患者の試験はイベント数が少ないので有意差を出すためには沢山の患者を組み入れざるを得ません。JUPITERは17000人を越える大規模試験になりました。その結果、糖尿病の発症状況に有意な群間差が生じるという意外な発見がありました。


以上のように、アウトカム試験の規模や内容は年々、充実してきています。新薬が挑戦すべきハードルも年々、高くなっています。新参者の試験でネガティブな発見があると、やっぱり長年の市販歴やアウトカム試験の裏付けが豊富な薬のほうが安心だね、と思いがちですが、新参者の辛い立場も少しは斟酌してあげて下さい。


尚、私はベーリンガー・インゲルハイムやアストラゼネカに何の恩義も無く、肩を持つつもりはありません。利益相反表明をするのが流行っていますが、私は昨年、両社から一銭も貰いませんでした。妻がメロキシカムを服用しているので、収入どころか赤字です(笑)。



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