昨年のAHAで発表された、clopidogrelとPPIの相互作用に関する疫学的試験の論文がJAMA誌に刊行されました。以前書いた2C19機能低下多型の話と比べると複雑なので、以下、主要なデータを見てみましょう。
PPIがclopidogrelの作用を邪魔することを証明するのは大変な仕事です。命題がたくさんあるからです。
- clopidogrelは2C19が十分に機能しないと血小板凝集抑制作用を発揮できない。
- PPIは2C19の作用を阻害する。
- clopidogrelの血小板凝集阻害作用が不足すると心血管イベントのリスクが高まる。
- omeprazoleだけでなく他のPPIも相互作用がある。
- H2ブロッカーは相互作用がない。
1と2は小規模な試験でも検討できますが、3は大規模な試験が必要です。clopidogrelや新薬であるprasugrelの第三相試験でも、PPI服用者のサブセグメント分析となると検出力が足りないかもしれません。
FDAは、この問題に関する1月の早期連絡の中で、H2ブロッカーがclopidogrelの効果を阻害するというエビデンスは現時点ではない、と言っています。はっきりしたことが分かるまでは、PPIではなくH2ブロッカーを用いたほうが良さそうです。
以下、これらの命題を検討した試験や、参考になりそうなデータを見てみましょう。
関係ある
P. Michael Ho(Denver VA Medical Center)等
JAMA 2009年(オープンアクセス) リンク
- デザイン:後ろ向きコホート・スタディ。対象は03年から06年に急性冠症候群で退役軍人病院を退院し、clopidogrelを服用した8205人。63.9%が退院時または追跡期間中にPPIの処方を受けた。銘柄はomeprazoleだけが60%、途中でスイッチして複数を経験した患者が37%。PPI服用群の平均年齢は65歳、男が99%、退院時に91%がアスピリン、95%がスタチンを服用。
- 結果:死亡・急性冠症候群再入院の発生率(メジアン追跡期間521日)はPPI服用者で29.8%、非服用者で20.8%。多変量解析による修正オドレシオは1.25、95%CIは1.11-1.41だった。PPI服用期間との相関性も見られた。ネステッド・ケースコントロール・スタディ方式による解析でも修正オドレシオ1.32、1.14-1.54と関連性があった。一方、clopidogrelを服用しなかった患者の解析ではPPI服用との関連性はなかった(0.98、0.85-1.13)。
- 考察:前向き無作為化試験で確認する必要があるが、それまでの策として、ガイドラインが推奨しているように、clopidogrelとPPIの併用は胃腸出血リスクの高い患者に限定すべき。
David N. Juurlink(Sunnybrook Health Sciences Centre)等
Canadian Medical Association Journal 2009年 オンライン・パブリケーション(オープンアクセス) リンク
- 目的と研究手法:clopidogrelとPPIの併用が再梗塞リスクと関連するかを調べるために、カナダのオンタリオ州のデータベースを用いてネステッド・ケースコントロール・スタディを実施。
- デザイン:02-07年に急性心筋梗塞の治療を受けて退院し、clopidogrelを服用した66歳以上の患者13,636人。最長90日間追跡。メジアン76歳、男56%、30%が入院中にPCI施行。退院後90日以内に31%がPPIの処方を受けた。2C19に影響する他の薬を服用した患者は少なかった。
- ケースは退院後90日以内に急性心筋梗塞で再入院・死亡した患者734人。コントロールは2057人。ケースはコントロールには幾つかの点で偏りがあった。うっ血性心不全(27%対18%)や糖尿病(28%対20%)が有意に多く、ACE阻害剤服用者(57%対65%)が有意に少なかった。
- 結果:PPI服用患者と再梗塞のリスクは関連性があった(修正オドレシオ1.27、95%CI 1.03-1.57)。修正前のオドレシオは1.32。2C19を阻害しないpantoprazoleを除外すると、PPI服用者の修正オドレシオは1.40、95%CI 1.10-1.77と高まった。pantoprazole服用者(ケースの194人中46人)は各1.02、 0.70-1.47で関連性は見られなかった。H2ブロッカー服用者(31人)も関連性なし(0.94、0.63-1.40)。また、PPIを止めてから31日以上経った患者にはリスクが見られなかった。
- 研究の制約:喫煙、血圧、脂肪などのリスク因子に関するデータがないこと。処方箋データベースを用いたのでアスピリンの服用状況が把握できていないこと。
- 考察:当面の策として、clopidogrelを服用している患者にプロトンポンプ阻害剤を投与するのは可能な限り避けるべき。H2ブロッカーや、もしPPIが必要ならpantoprazoleを用いたほうが良い。
Ronald E Aubert(Medco Health Solutions)等
08年AHA抄録(Circulation、2008年)
- デザイン:アメリカの処方薬給付管理組織Medcoのデータベースを用いた後ろ向きコフォート・スタディ。05-06年の一年間にステント留置術を受けてclopidogrelを開始し、80%以上の期間に亘って服用を続けた患者14,383人(うち9,862人がPPIを服用)の主要有害心血管イベントを1年間追跡。オドレシオは年齢、性別、有病状況を修正した。
- 結果:ステント留置前に心血管イベントを経験していない患者(初発予防)では1年間の主要有害心血管イベント発生率がPPI服用群32.5%、非服用群21.2%、修正オドレシオは1.79、95%CI 1.62-1.97。心血管イベント経験済み患者(再発予防)では各39.8%、26.2%、1.86、1.63-2.12となり、いずれもリスクが高かった。
- 考察:2C19多型との関連性を調べるべき。
Martine Gilard, MD(Brest University Hospital)等
J Am Coll Cardiol 2008年(オープンアクセス) リンク
- デザイン:無作為化割付血小板凝集阻害性試験。冠動脈ステント留置術を受ける患者にアスピリン(75mg/日)とclopidogrel(負荷用量と、維持用量75mg/日)、そしてomeprazole(20mg/日)又は偽薬を7日間投与。初日と7日目に血小板反応性指数(PRI)をVASP法で測定。
- 結果:124症例を解析。初日の平均PRIはomeprazole群が83.9%、偽薬群が83.2%で有意差なし。7日目は51.4%と39.8%で前者が有意に高かった(p<0.0001)。
- 考察:アスピリンとclopidogrelの併用は世界中で広く処方されているが、胃腸出血を防ぐためにPPIも用いることがしばしばある。臨床的転帰に与える影響などを更に研究する必要がある。
Paul A. Gurbel, MD(Sinai Center for Thrombosis Research)等
Gilard等の論文のエディトリアル J Am Coll Cardiol 2008年(オープンアクセス) リンク
- デザインに関する考察:clopidogrel抵抗性患者や2C19機能低下多型を持つ患者を除外した上で試験するほうが厳格。脂溶性スタチンもclopidogrelと相互作用する可能性があるのでこの点も調べるべき。血小板凝集試験だけでなく臨床的な転帰も調べるべき。
全てのPPIではない
Jolanta M. Siller-Matula, MD (Medical University of Vienna)等
American Heart Journal 2009年 (オープンアクセス) リンク
- 目的とデザイン:omeprazole以外のPPIもclopidogrelの作用を阻害するのか検討するために、冠動脈疾患でPCIを受ける患者300人に血小板凝集試験を実施。clopidogrelは負荷用量600mg、維持用量75mg、アスピリンは100mg/日を投与。
- 結果:平均血小板反応性指数(PRI、VASPアッセイ)はpantoprazole服用者(152人)も、esomeprazole服用者(74人)も、PPIを服用していない患者(74人)も殆ど同じだった。ADP誘導血小板凝集検査の結果も違いはなかった。
- 結論:この二剤はclopidogrelの作用を阻害しない。
- 考察:omeprazoleがclopidogrelの作用阻害するのは、異性体の片方が2C19によって代謝されることが原因かもしれない(esomeprazoleはomeprazoleのS異性体)。
関係ない
Steven P Dunn(Univ of Kentucky)等
08年AHA抄録(Circulation、2008年)
- デザイン:CREDO試験(PCI施行予定の冠動脈疾患患者をclopidogrelの28日コースだけの群と、PCI前にプリトリートして術後は最長1年間投与する長期コース群に割付けて比較)のポストホック分析。ベースライン時点でPPIを服用していた患者のイベントリスクを非服用者と比較。
- 結果:28日死亡・心筋梗塞・緊急標的血管再建術イベントはどちらの群もPPI服用との関連性はなかった(但し、1年投与群はトレンドがあった)。1年死亡・心筋梗塞・卒中イベントは長期コース群も28日コース群も関連性があった。
- 考察:28日しか投与しなかった群でも有意差が出たことは、薬物相互作用ではなく、PPI服用自体に関連性がある可能性を示している。長期コースはPPI服用者にも非服用者にも効果があった。
1年死亡/MI/卒中 | OR (95% CI) | p値 | |
長期コース | |||
PPI服用(n=176) | 23/176 (13.4) | 1.633 (1.015, 2.627) | 0.043 |
非服用(n=877) | 66/877 ( 7.7) | ||
28日コース | |||
PPI服用(n=190) | 28/190 (15.0) | 1.554 (1.031, 2.341) | 0.035 |
非服用(n=873) | 94/873 (11.1) |
prasugrelとの比較
イーライリリーのFDA諮問委員会ブリーフィング資料
- デザイン:TRITON試験(急性冠症候群でPCIを受ける患者13,000人超にprasugrelまたはclopidogrelを投与して臨床的な転帰を比較)のサブセグメント分析。PPIやH2ブロッカーを服用していた患者の当初3日間のCV死/非致死的心筋梗塞/非致死的卒中発生率を比較。
- 結果:prasugrelはPPI服用者に対してclopidogrelより有意に優れる。非服用者や、H2ブロッカー服用者・非服用者にも優れるトレンドがあった。
n | prasugrel | clopidogrel | 倍率 | |
PPI: | ||||
Yes | 5,534 | 4.85% | 6.14% | 0.79 |
No | 8,074 | 4.54% | 5.29% | 0.86 |
倍率 | 1.068 | 1.161 | ||
H2ブロッカー: | ||||
Yes | 2,066 | 4.14% | 5.84% | 0.71 |
No | 11,542 | 4.76% | 5.60% | 0.85 |
倍率 | 0.870 | 1.042 |
この解析で面白いのは、clopidogrel群のPPI服用者のリスク倍率が1.161と、疫学的試験の数値1.3倍前後より小さいことです。この試験も服用者と非服用者の患者背景は異なるでしょうから単純な比較はできませんが、リスク倍率は試験によって異なることを承知しておいたほうがよいでしょう。
prasugrelは塩酸塩なのですが、塩酸塩が賦形剤と反応して遊離塩基に変わってしまうことがあるようです。遊離塩基はPPIやH2ブロッカーを服用している胃のpH値が高い患者では吸収が悪化するはずなのですが、このデータを見る限りでは、H2ブロッカー服用患者にも十分な効果があるように見えます。
薬物動態が臨床的な転帰とどう関連するのか、これだけ大きな試験を実施してもはっきりしたことは分かりません。難問です。
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Clopidogrel と PPIs について、pubmed で少し調べていましたが、
本サイトのこのトピックは非常によくまとまっていて、すばらしいと思います。
主評価項目ではなく限定的な話ですが、以下の論文でも PPI による影響が少し調べられているので、追記するとさらに充実してよいかもしれないと思いました。
N Engl J Med. 2009 Jan 22;360(4):363-75
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19106083
優れたトピックが多く、またお邪魔して勉強させていただきたいと思います。
SECRET: 0
返信削除PASS: 1b81a14875b824714bf0a56696de8eab
ご指摘ありがとうございます。
2C19多型の影響については、以前に書いております。
http://medicineblog.blog32.fc2.com/blog-entry-47.html
clopidogrelの2C19問題
http://medicineblog.blog32.fc2.com/blog-entry-50.html
clopidogrelと2C19多型
過去記事のリンクをつけて置けばよかったと反省しています。
それにしても、コメントを頂くと嬉しいです。ありがとうございました。