(08/5/17:APP社のヘパリン値上げに関するリリースのリンクを追加しました)
ヘパリン問題のアップデートとして二つの話を書きます。
アメリカやドイツで過敏反応が多発したのは過硫酸化コンドロイチン硫酸(OSCS)の混入が原因である可能性が高まりました。容疑が絞り込まれ、検出方法も開発されたおかげで、安価で貴重な薬剤であるヘパリンを大量にお蔵入りさせる事態は回避できそうですが、一方で、混入が僅かであった場合でもリコールすべきなのかという難しい問題が浮上しています。New England Journal of Medicine誌に掲載された動物試験論文によれば、OSCSの毒性は特定の用量域に限定されていて、それ以上でも以下でも発揮されないとのことです。残念なことに、人間に投与する場合の危険域については言及されていませんでした。分からないのでしょう。
日本で扶桑薬品が5月2日に一部製品の自主回収を発表しましたが、この決定に至る過程でも、どの程度の混入なら許容できるのかが問題になったようです。
同様なジレンマは、欧州でも低分子量ヘパリンで起きています。サノフィ・アベンティスのenoxaparinで混入が見つかり、フランスは当該ロットの回収を発表(フランス語です)しましたが、イギリスは回収しないことを発表しました。
一難去ってまた一難、という印象ですが、全体としてみれば、特定の工場で作られた原料を使った全ての製品をお蔵入りにするのではなく、検査で陽性だったものだけに絞り込めたことは、安定供給を確保する上で大きな意義があったのではないでしょうか。
さて、アメリカではバクスターが大規模な自主回収を行いました。原料調達先の一つである中国の合弁会社は、FDAから品質管理体制の改善要求を受けましたので、しばらくは輸出できないでしょう。現状は、APP Pharmaceuticals社が供給責任を果たすべく孤軍奮闘しています。
同社は生産体制を月産1200万バイアルと従来の3-4倍に拡大したようです。問屋や医療施設の在庫補充需要も旺盛な模様で、これが一巡すれば700-800万バイアルに落ち着く見込みのようです。
売上高が増えて幸運なように見えますが、悩みもあるようです。ヘパリンは安価なので元々、利鞘が小さい上に、今回の問題でヘパリン原料の価格が急騰しているからです。世界中のヘパリン・メーカーが素性の確かな原料を求めた結果、過去3ヵ月で200%値上がりしたそうです。
価格に転嫁したいところですが、現状で値上げを打ち出すと、人の弱みにつけこむ嫌な企業というイメージを与えかねません。かといって、原料価格の高騰を吸収できるほどの余力もありません。このため、大口ユーザーなどと値上げに向けた話し合いを進めている模様です。
とうとう、5月15日に値上げを発表しました。1000単位当り6セント値上げするようで、透析一回当りのコスト増は48セント、アメリカの透析費用の0.5%を占めるだけとのことです。
アメリカでは数年前に、インフルエンザ予防用ワクチンの供給不足が頻発したことがあります。大手メーカーであるカイロンの英国工場が英国の規制局の検査に合格できず、生産をストップしたり、一社が撤退したことなどが原因です。当時、米国疾病予防管理センターでは、安定供給体制を確立するためには価格の引き上げを受け容れることも必要とコメントしていました。
その後、ノバルティスやグラクソ・スミスクラインがインフルエンザ予防用ワクチン・メーカーを買収したため、供給体制は強化されました。価格については把握していませんが、政府が購入価格を引き上げたという話を聞いたことがあります。
ギョーザ事件もそうですが、トラブルが発生する度に反省するのは、安全はタダでは買えないということです。商取引の根幹は相互の繁栄で、取引先が最低限の収益を上げることができなかったら、こちらの事業にも響きます。ヘパリンについても、値上げを受け容れる余地があるのかもしれません。
2008年5月14日水曜日
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