メタボリックシンドロームは反論が難しく、語る人によって定義が異なるので、何に反論したらよいのか分かりません。最初のうちはBMIや体重は指標として適切ではないと熱弁していたのに、議論が白熱してくると、次第にメタボではなくBMIや体重、LDL-Cの話に摩り替わってしまいます。忍法分身の術の使い手と戦うのと同じで、どの分身を攻撃すべきなのか迷ったあげく、運よく当っても、今度は身代わりの術で逃げられてしまうのです。
大いに警戒していたのですが、厚生労働省が昨年7月に発表した『特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き』を読んで、安心しました。
メタボというだけのことで服薬を迫られるケースはあまりなさそうです。生活習慣改善だけなら、健康な人にとっても有益なのですから、メタボやその予備群の人がやるのをとやかく言う必要はありません。治療する必要の無い患者が続々と来院する事態を恐れているお医者さんも、たぶん、杞憂でしょう。その代わり、健康診断を実施する側と、生活習慣改善指導を受ける人たちは大変でしょう。その費用は国民全体が負担するわけですから、私たちも財布が痛みます。ぜひ、成果を挙げてもらいたいものです。
ミソは、保健指導判定値のほかに、受診勧奨判定値というもう一つの基準が盛り込まれたことです。例えば空腹時血糖なら保健指導判定値は100mg/dLで、上回る人はもし他の条件も満たしているならば、生活改善指導を受けることになります。メニューは様々ですが、一例は、医師や栄養士と数十分の面談を行い、啓蒙・動機付けを受けて、アクション・プランを作成します。メタボに該当する人は、その後も電話やEメールで実行状況をチェックされます。
やがて、血糖値が上昇して126mg/dL以上になったら、遅かれ早かれ、主治医の診断を受けるよう言われるでしょう。これが受診勧奨判定値で、血糖値も血圧も、学会の疾病判定基準とほぼ同じです。逆に言えば、検診機関は相手が二型糖尿病になって手に負えなくなるまでは、生活習慣改善指導を続けるのです。血糖値が126mg/dL以上の人には、これまでの検診でも医者に行くよう勧奨されていたでしょうから、新しい検診でも何も変わりません。啓蒙活動が奏効すれば、勧奨されても行かない人は減るでしょう。これは、良いことです。
まだ病人とはいえない人が徒に薬の副作用リスクにさらされるのではないか、と危惧する必要はなさそうです。
尚、この特定健診・特定保健指導は、40歳から70歳の健康保険加入者が対象になります。メタボリックシンドローム該当者または予備群と認定されると特定保健指導を受けることになりますが、65歳以上と、既に高血圧、二型糖尿病、異脂血症の薬物療法を受けている患者は対象外になります。主治医に対する配慮(遠慮?)があちこちに盛り込まれていて、もし受診勧奨後に医師が治療不要と判定した場合は、その判断を尊重します。
メタボの薬物療法は色々なジレンマがあります。例えば次のような薬はメタボ患者とって良いのか、悪いのか、私には分かりません。
- 体重が半年で5%前後低下するが、服薬を止めると元に戻る。数%の患者で血圧が大幅に上昇したり心拍数が増加したりする。
- 体重、腹囲、血糖値、インスリン抵抗性、TG、HDL-Cの全てを穏やかに改善する。LDL-Cや血圧にも中立的。数%の患者で気分変調障害や神経性障害が発生する。
- 空腹時血糖値とTGに加えて、HDL-Cも穏やかに改善する。LDL-Cや体重は増加する。
メタボと鬱病のどちらを受け容れるべきなのか?私たちが望むのは、メタボリックシンドロームや心筋梗塞を予防することではなく、健康を維持することです。一部の代理マーカーに好影響を与えるということだけに目を奪われずに、総合的に評価しなければなりません。薬物療法を正当化する前に、エビデンスを蓄積すべきです。
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