3月のACCアメリカ心臓学会でZetia(ezetimibe)のENHANCE試験の結果とエキスパート4人のコンセンサス・オピニオンが発表された後も、活発な議論が行われているようです。医療関連ウェブサイトでシェリング・プラウが主催した記者会見の様子を見ることができました。別のサイトでは、豪華メンバーの座談会を視聴することができました。ACCやNew England Journal of Medicine誌の論評とは異なり、様々な意見を聞くことができました。
ACCのパネルが厳しい判決を下したことには、本当に驚きました。私はパネル・ディスカッションを想像していたので、議論を経て最終的にどのような結論が出るのか楽しみにしていたのですが、4人のパネリストは学会前に結論を出していたようで、裁判に例えれば判決文を読み上げただけでした。
実は、ENHANCE試験を主導し学会発表を行ったJohn Kastelein博士もパネル・ディスカッションを想定していたとの事です。博士はZetiaが頚動脈アテロームを抑制できなかった理由として仮説を三点、上げました。パネリストが一つ一つ議論してくれたら聴衆にとって大変有益だったでしょうのに、残念なことです。そこで、主要な論点・見解をまとめてみました。
ENHANCE試験の敗因
最初に、Kastelein博士の意見を振り返りましょう。博士はENHANCE試験の敗因として、以下の仮説を上げています。
- ezetimibeには頚動脈アテロームを抑制する効能がない。
- 試験方法が適切でなかった。
- 患者が適切でなかった。
一番の仮説については、考えにくいと語っています。この試験では、simvastatinの80mgと偽薬を投与した群ではLDL-Cが39%低下したのに対して、simvastatin(同)とZetia(10mg)を投与した群では56%低下しました。過去の頚動脈アテローム試験ではLDL-Cの低下と中内膜肥厚の進捗が逆相関していることを考えれば、Zetiaだけ例外と考えるのは無理がある、と主張しました。
一方、Zetiaの効能を疑う研究者は、LDL-Cはどこまで下げるかだけでなく、どうやって下げるかも重要と主張しています。スタチンは多彩な効能を持っていて、血清LDL-C値の低下がもたらす作用だけでなく、血管の炎症を抑制する作用などもアテローム退縮に寄与しているというのです。
この点に関しては、Kastelein博士は、スタチンが多彩な効果を持つという理論は裏付けが十分ではないと反論しています。
私も「多彩な作用」論には今ひとつ、納得できません。生物学的には確認されていることなのでしょうが、心筋梗塞・狭心症を防げるほど強力ならば、アウトカム試験の成績に反映されているはずですが、現実には、どの薬を使ってもLDL-C低下幅と心筋梗塞リスク低下幅は同じように相関しています。Zetiaが例外と断定する前に、他の要素を十分に検討したほうが良いように思います。
また、ENHANCE試験の失敗が報じられた時に、一部の研究者はメディアに対して、ezetimibeはCRPが低下しないので炎症抑制作用が乏しいはずという発言をしましたが、ENHANCE試験でも、過去に行われた短期間の試験でも、CRPは低下しています。
二番目の仮説に関しては、博士は、過去に様々な試験が成功しているのだから手法を疑う余地は小さいと語っています。
しかし、この試験に関しては過去一年間、様々な裏話が報道を賑わしています。06年春に完了した試験の結果発表が遅れた理由として、博士は画像の読み取りに手間取ったことを、シェリング・プラウとメルクは個々のデータの信憑性に疑問が生じて画像や解析方法を再検討しなければならなくなったことを指摘しています。これでは、治験結果を額面通り受け容れることはできません。
博士は三番目の仮説を有力と考えているようです。被験者のベースライン時点の中内膜肥厚平均値が過去の試験より小さいことに注目し、治療の進歩によって病状を抑制することができるようになったため、それ以上改善しようと試みても大きな治療効果が出にくくなったのだと推測しています。
しかし、反対意見のほうが強力に見えます。ENHANCE試験のサブグループ分析では、ベースライン時点の中内膜肥厚が大きかった患者や、それまでスタチンを服用していなかった患者でも、アテローム退縮作用は見られませんでした。
そもそも、治験対象のヘテロ接合型家族性高脂血症はLDL-Cが著しく高いので、simvastatinだけを投与した群では平均で193mg/dLにしか低下しませんでした。平均年齢が40代後半でスタチンを服用しているのにLDL-Cが193mg/dLと高い、となれば、例え冠動脈疾患歴がなかったとしても、治療が上手くいっているとは言えないでしょう。
ENHANCE試験を巡る議論でおかしいのは、治験対象から逸脱していることです。家族性高脂血症の試験で新しい治療手段が上手く行かなかったのですから、真っ先に議論しなければならないのは、今後、スタチンの最大用量を服用している中内膜肥厚が小さい患者の治療をどうすべきか、ということでしょう。Kastelein博士はメディアのインタビューに答えて、今後もこのような患者にはezetimibeを投与すると言っています。これは、治験の敗因は被験者が適切でなかったこと、という主張と矛盾しているのではないでしょうか。
次に、theheart.orgの座談会に耳を傾けてみましょう。Harlan Krumholz博士(ACCでコンセンサス・ステートメントを発表した研究者)とSteven Nissen博士(Vioxx批判やAvandia批判を繰り広げた実績のある研究者)以外のメンバーは、今回の試験結果だけでは判断できないと考えているようです。欧州の研究者は、ENHANCE試験の結果が出ても何も変わらないと断じました。
しかし、それはそれとして、第一選択薬はスタチンという認識には異論が出ませんでした。結局のところ、Krumholz博士やNissen博士の危機感は、臨床的転帰を改善する効能が確認されていない薬がアメリカだけで数百万人に用いられているという医療実態が原因のようです。その殆どは家族性高脂血症ではないのですから、おそらく、ENHANCE試験の結果が発表される前から問題意識を持っていたのでしょう。
ところが、意外なことに、パネリストの一人が発したezetimibeの使用実態に関する質問に誰も答えられませんでした。スタチンと併用している患者のうち、低用量と併用している人はどれくらいいるのか、という質問です。ezetimibeが安易に使われているとか、医療の実態がガイドラインと乖離しているとか主張するなら、当然、知っていなければならない情報でしょう。医療の実態を十分に把握しないで医療の実態を批判するのはナンセンスです。
ACCのパネルは、一にスタチン、二は別のスタチン、それでも駄目ならナイアシンやフィブレート、レジン(胆汁酸吸着剤)を用いることを推奨しました。Kastelein博士がシェリング・プラウの記者会見で反論しましたので紹介しましょう。確かにナイアシンはアウトカム試験が成功したが、症例数は少ない。ホットフラッシュの副作用を嫌って止めてしまう人も多い。フィブレートでは、gemfibrozilの試験が成功したが、スタチンと相互作用があるので使いにくい。fenofibrateはFIELD試験がフェールしたし、そもそも、オランダ(博士はオランダの病院に在籍)では承認されていない。従って、別の選択肢が必要というのです。
私も賛成です。ナイアシンの試験は何十年も前の話ですので、医療や薬剤が進歩し、多くの人がスタチンを服用している今日でも有効なのか再確認する必要があるでしょう(オックスフォード大学を中心に大規模な試験が進行中です)。フィブレートは英国の規制機関MHRAが昨年11月のDrug Safety Updateの中で、エビデンスや安全性に疑問を投げかけています。そもそも、これらの薬の忍容性が十分ではないからこそ、ezetimibeのような忍容性面ではトップクラスの薬が人気を集めたのではないのでしょうか。
このように、個々の論点は議論の余地があると思いますが、総体的に見て、ACCのパネルの推奨はリーズナブルであるように思われます。理解できない事象が発生したのですから、理解できるようになるまで保守的なスタンスを取るのが現実的な対応でしょう。
関連リンク
- MedPageToday:シェリング・プラウ記者会見のウェブキャスト
- theheart.org:ENHANCE試験座談会(要登録)
- cardiosource:ENHANCE試験に関する読者のコメント(何と、Nissen博士も書き込みをしています)
- Pharmalot:ENHANCE試験に関する読者のコメント(何と、Krumholz博士が書き込みをしています)
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