2008年4月6日日曜日

ENHANCE試験のトリビア

ENHANCE試験が悪い結果になったのは、ネーミングが悪かったのかもしれません。


ENHANCE試験


  • 頭頸部癌に放射線療法を行う時に赤血球生成刺激剤epoetin betaを増感剤として用いる効用を調べた試験。癌の進行リスクが1.6倍に高まることが判明した。

  • 2003年にLancet誌で論文発表(治験論文要約)

ENHANCE試験

  • 重度敗血症薬drotrecogin alfa (activates)の市販後臨床試験。対照試験ではないが、過去の試験と比べて重篤な出血の発生率が高かった。

  • 2005年にCritical Care Medicine誌に論文発表(治験論文要約)

ENHANCE試験

  • ヘテロ接合型家族性高脂血症患者を対象にezetimibeの頚動脈アテローム進行抑制効果を調べた試験。どの指標でも効果が見られなかった。

  • 2008年にNew England Journal of Medicine誌で論文発表(治験論文要約)




2008年4月5日土曜日

ENHANCE試験の教訓

Zetia(ゼチア;ezetimibeエゼチミブ)のENHANCE試験の結果がアメリカの心臓学会ACCで発表されました。内容的には1月に発表された通りで、頚動脈アテロームの肥厚を抑える効果が確認できなかったのですが、意外な点が二つありました。画像解析のトラブルについて殆ど問題にされなかったことと、ACCが人選した四人のエキスパートの意見が非常に厳しかったことです。薬の功罪を議論するに留まらず、安易に使われていることに対する警鐘を鳴らしたのでしょう。


ENHANCE試験概要



  • 対象:ヘテロ接合型家族性高脂血症。LDL受容体の遺伝子などに変異があり血清LDL-C値が著しく高い。

  • 介入方法:6週間の導入期間を設けてコレステロール低下薬の影響をウォッシュアウトした上で、2年間の無作為割付二重盲検試験を実施。simvastatinの最大承認用量(80mg)とezetimibe(10mg:この用量しか承認されていない)を投与する群と、simvastatin(同)と偽薬を投与する群の、頚動脈アテローム退縮作用を比較。

  • 主評価項目:超音波Bモード法による冠動脈IMT(内中膜肥厚)の変化。IMTは左右の総頚動脈、内頚動脈、頚動脈洞の奥側の値の平均を採用。組入れ725人、治験離脱率12%で群間差0.05mmを検出する力は90%。

  • 02年から04年にかけてスクリーニングし、720人を無作為割付け、615人が2年間の治験を完了。主評価項目の解析対象は642人。

ENHANCE試験結果

simvastatin
と偽薬
simvastatin
とezetimibe
無作為割付数 363人 357人
薬効解析対象 320人 322人
平均頚動脈IMT(BL) 0.70mm 0.69mm
(増減)+0.0058mm +0.0111mm
総頚動脈IMT増減 +0.0024mm +0.0019mm
LDL-C(2年後)193mg/dL 141mg/dL *
増減-39%-56% *
トリグリセライド増減-23%-30% *
HDL-C増減 +7.8%+10.2%
hsCRP増減-24%-49% *
治療関連有害事象発生率29%34%
有害事象治験離脱率9.4%8.1%

IMT:内中膜肥厚。BL:ベースライン値。*:群間差は統計的に有意。


主目的が達成できなかっただけでなく、二次的評価項目も一つとして有意差が出ませんでした。有意差が出たのは、LDL-Cやトリグリセライド、hsCRPなどの代理マーカーだけでした。

アテローム・プラクはLDL-Cなどが蓄積したものです。血液中のLDL-Cを減らせばアテロームの成長を抑制できるはずで、現に、スタチンなどを用いた過去の試験の多くが成功しました。なぜENHANCE試験は駄目だったのでしょうか?

ヘテロ接合型家族性高脂血症を対象とした頚動脈アテローム試験で数々の実績を持ち、この治験の主任研究者を務めたJohn Kastelein博士は、考えられる理由として三点、挙げています。第一は、ezetimibeには頚動脈アテロームの退縮作用がない。第二は、測定技術が不適当で効果を検出できなかった。第三は、被験者のリスクが低すぎて効果を検出できなかった。博士は、第三の理由が最も有力と考えているようです。確かに、被験者のベースライン時点の平均頚動脈IMTは0.70mmと、過去の同様な患者を対象とした試験と比べて大きくありませんでした。

ただ、それにしても、LDL-CやhsCRPがこれだけ低下しているのにIMTの群間差が殆ど発生しなかったというのは奇妙な話です。また、博士は否定していますが、これまで漏れ伝わってきた話では、この治験では画像解析でトラブルが続出し、それが理由で解析が大幅に遅延した(Last patient last visitは06年の春で、結果がまとまったのは08年始め)とのことです。New England Journal of Medicine誌に掲載された治験論文にも、06年4月の段階で、単一画像に基づく解析を止めて連続画像を利用した解析に計画を変更した、と記されています。(超音波画像が一回・一箇所の測定につき一枚しかないと、画像が不鮮明で境界線がうまく読み取れない可能性があります。連続画像があれば、他の画像を代用することができるので、missing dataの発生を減らすことができます。)論文や学会で殆ど言及されなかったのは、意外な感じがします。


パネルの評価



ENHANCE試験は学会の桧舞台であるLate-Breaking Clinical Trialsのコマでは発表されませんでした。事前にシェリング・プラウとメルクが概要を発表してしまったからです。ACC側は、特別セッションで発表の場を用意すると共に、4人のエキスパートに講評を依頼しました。

私は、昨年のADA(米国糖尿病学会)のような手順を想像していました。Steven Nissen博士が二型糖尿病薬Avandia(rosiglitazone)の心筋梗塞リスクについてプレゼンテーションを行った後に、パネル・ディスカッションを行い、聴衆の質問も受け付けたのです。ところが、ACCは意外な展開でした。パネルの一人が、これから紹介する意見は4人のパネリストが事前に議論したうえのコンセンサスだと前置きした後は、Harlan Krumholz博士の独壇場でした。Zetiaは急性冠症候群の臨床的転帰を改善する効能を調べるIMPROVE-IT試験が進行しているのですが、ENHANCE試験でアテローム改善作用が見られなかった以上、IMPROVE-IT試験が成功する可能性は高くないと断じて、スタチン回帰を訴えました。第一選択でスタチンを投与して、その患者に必要なだけ増量していく。うまくいかなかった場合の第二選択は別のスタチンにスイッチする。それでも駄目な場合は、ナイアシンやフィブレート、レジン(胆汁酸吸着剤)のようなエビデンスを持つ薬を用いる。Zetiaは最後の手段、と位置付けました。

医学誌に掲載されたeditorialも厳しい内容でした。今回は複数、刊行されたのですが、その一つはZetiaの市場シェアがカナダと比べてアメリカでは著しく高いことを指摘して、製薬会社が消費者向け直接広告などの手段で販売促進した結果と決め付けました。


感想


今回のACCパネリストやeditorialの論評は、Zetiaという薬に関する科学的な議論を踏み外しているような印象を受けます。頚動脈アテローム試験は過去に複数が成功していますが、群間差は統計的に有意であっても臨床的な意味は明確ではありません。疫学的試験では頚動脈IMTが0.1mm大きいと心筋梗塞リスクが数割高い、という結果が出ていますが、介入試験では1.5-2年で0.01mm程度の群間差しか出ていません。測定誤差も考えれば、この程度の差で利く薬と利かない薬を判定することはできないのではないかと感じます

また、画像解析のトラブルの影響は本当になかったのか、という疑問も残ります。

結局のところ、パネリスト等が一番問題視したのは、薬の効能というよりはアメリカでの使われ方なのでしょう。Zetiaは単剤でのLDL-C低下作用はスタチンより小さいですが、忍容性は良好です。Zetiaが発売されたのはcerivastatinが横紋筋融解症の多発で自主回収されスタチンに対する警戒感が広がっていた時期でした。スタチン嫌いの人や、スタチンを増量したくない人には持って来いの薬だったのです。

医師にとっても、メカニズムの異なる薬を少量ずつ併用することで副作用リスクを緩和する、という手法は高血圧や糖尿病で馴染みがあります。併用は費用が膨らみますが、Zetiaの活性成分とsimvastatinを配合したVytorinは、Zetiaより少し高いだけでsimvastatinより安いので、お買い得になっています。

ZetiaとVytorinは、このような理由で年商50億ドルを超える大型薬になったのですが、一つだけ、問題がありました。アウトカム試験が中々実施されなかったことです。やっとIMPROVE-IT試験が開始されましたが、今回、組入れを拡大することになったため、結果が出るのは早くて2012年になってしまいました。Zetia発売の10年後です。その間、医師や患者は、Zetiaがスタチンと同様に心筋梗塞を予防してくれるのかどうか、分からないまま使い続けることになります。

更に、もしENHANCE試験の画像解析に大きなトラブルが発生していなかったとしたら、結果発表が2年近く遅れた理由が問題になります。昨年、Forbes誌は、ENHANCE試験の結果発表が遅れているのは不都合な真実を隠しているのではないか、という疑惑を報じました。シェリング・プラウは経緯を公表し、反論しましたが、こうなってくるともう一度、この疑惑を検証し直す必要が出てきます。議会が介入したので、当事者の証言が明らかになるでしょう。

アメリカの医師や患者は新薬に前向きですが、時々、使いすぎることがあります。承認されていない用途に使ったり、必要以上に大量に投与したり、第二選択薬を第一選択薬のように用いたりすることがあります。近年、安全性問題が大きな議論を呼んだケースは、殆どが、安易な使用に関連しています。そのせいか、安全性問題発覚後の需要の落ち込みも、他の国に比べてアメリカが大きくなります。

今回の事件はエビデンスに基づいた医療の重要性を再確認する機会になった、といえるでしょう。エビデンスがない薬は、他に治療手段がないやむをえない患者だけに用いるべき、というのが教訓です。医師や患者がこのような姿勢を貫けば、製薬会社はエビデンスを作ることにもっと力を入れるようになるでしょう。

参考リンク




2008年3月26日水曜日

メタボ検診は案外悪い

メタボ検診についてもう少し調べてみましたが、血糖値が高めな人に関しては厄介なことになりそうですね。前言撤回します。


人間ドック学会のガイドライン作成委員会報告を読むと、厚生労働省の『特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き』と異なった判断をしています。血糖値が受診勧奨判定値に達しない人でも、表の積極的支援(1)に該当する場合は、半年程度の生活習慣改善指導を行って数値が改善しないならば受診と薬物療法開始を薦めるプロトコルになっています。血圧などに関しては厚生労働省の受診勧奨判定値と大差ありません。それぞれの学会の温度差を反映しているのでしょう。


薬には副作用が付き物です。病気なら已むを得ないですが、病気になる前の段階で薬を飲んでもどの程度意味があるのか分かりません。FDAは糖尿病の治療・予防薬に関するガイダンス資料を発表しましたが、その中で、メタボリックシンドロームという診断・病名に否定的なスタンスを示しています。糖尿病予防薬(血糖値が高めな患者に血糖降下剤を投与するのは視点を変えると糖尿病の予防を意味します)に関しては、単に糖尿病発生リスクを削減するだけでなく、投与を止めた後もある程度の効果が残ることを求めています。このような効果を示した薬はありません。Avandiaは大規模な糖尿病予防試験が成功し、大きく報じられました。その後、投与を止めた後は偽薬群と同じだったことが発表されましたが、南アフリカで開催された学会であったせいか、全く報道されませんでした。もう直ぐ、Actosの糖尿病予防試験の結果が発表される見込みですが、同様なことが起きるかもしれないので注意が必要です。


このFDAのガイダンスは、心血管疾患予防効果を確認するよう求めていないので、どちらかと言えばハードルは低いのですが、今の薬はそのハードルもクリアできないのです。


お医者さんがメタボのパラメーターだけでなく総合的な判断に基づいて薬物療法の是非を決めてくれることを望むだけです。




2008年3月22日土曜日

ヘパリン事件から学ぶ

ヘパリン事件の犯人探しは先週も一歩前進しました。第一に、アレルギー反応が起きたヘパリンから発見された「ヘパリン類似物質」は、過硫酸化コンドロイチン硫酸であることをFDAやバクスター社が突き止めました。コンドロイチン硫酸は生物由来の物質で、日本でもサプリメントの成分として販売されています。


参考リンク:独立行政法人国立健康・栄養研究所のコンドロイチン硫酸に関する評価


一方、過硫酸化コンドロイチン硫酸は天然物質ではなく化合物です。SPL社の中国合弁工場で行われたヘパリン原料の検査では、2-50%が過硫酸化コンドロイチン硫酸でした。過硫酸化コンドロイチン硫酸はヘパリン原料よりも低コストで生産できるようです。蟹チャーハンの蟹の半分が実は蒲鉾だった、というような話ですので、おそらく、ヘパリン原料の仕入先に一杯食わされたのでしょう。


冷凍食品に農薬が混入した事件とは性格がかなり異なるようです。中国製品を巡っては、過去にも、風邪薬の中に全然違う成分が含まれていたために多数の死者を出した事件がありました。中国内でも色々な被害が出ているようです。有名ブランドの鞄の贋物だけでなく、バイアグラのような有名医薬品の贋物も見つかっています。同じ感覚で、医薬品材料の贋物で一儲けを狙う人、あるいは組織が存在するのでしょう。


このような中で朗報は、中国がヘパリン問題解決に向けてアメリカと歩調を合わせ始めたことです。New York Timesによると、政府がヘパリン原料やAPI生産の監視を強化すると発表しました。これまでは、「化学工場として登録されているのだから医薬品工場としての検査は必要ない」とか、「安全性を確認する究極の責任は輸入国にある」とか発言していたのですから、大きな転換です。政府間で協力合意が結ばれたことが大きいようです。


日本と中国の関係は米国と中国の関係より複雑ですが、例えば日本が中国の冷凍食品に文句を言うのではなく、協力を要請し、中国がそれに応えるという形にすれば、双方の顔が立つのではないでしょうか。


さて、今回はすっかり悪役のようになってしまったSPL社とは、どんな会社なのでしょうか?前から興味を持っていたのですが、バクスター社が3月5日に発表した資料(pdfファイルです)にこれまでの歩みのようなものが記されていました。両社の取引は36年の歴史を持っているようです。それにしても、バクスターがSPLの歩みを語るのは変な話ですが、実は、バクスターのヘパリン事業とSPLは、共にワイスの子会社だったことがあるのです。ワイスは2000年代に入ってフェンフェン事件の和解金を捻出するために事業売却を進めましたが、おそらくその一環で、注射用ジェネリック薬部門(ヘパリンも販売)はバクスターに売却し、APIメーカーのSPLは投資ファンドに売却したのです。


バクスターの資料によると、SPLがアメリカで中国原料を使ってAPIを作り始めたのは12年前のことです。日本のヘパリン製品メーカーがSPLの原料が中国製であることを知らなかった、という事実に改めて驚かされます。おそらく、それが商慣習であり、それで規制もクリアできるのでしょう。APIメーカーが犯罪に巻き込まれないよう、中国政府に期待しましょう。


SPL社の歩み
1972年SPLがESI Lederle社にヘパリンAPIの供給を開始
1996年SPLがウィスコンシン工場で中国製ヘパリン原料を用いたAPIの生産を開始
1999年SPLが中国で合弁会社SPL-CZを設立
2002年バクスターがESI Lederleをワイスから約3億ドルで買収
2004年SPL-CZがバクスター向けのAPI生産を開始
ワイスがSPL株式をArsenal Capitalに8100万ドルで売却
2006年Arsenal CapitalがSPL株式をAmerican Capitalに売却





血糖集中治療試験の結果は6月に発表へ

二型糖尿病患者の血糖値を正常値近くまで引き下げる集中治療法は、現在の標準的な治療法と比べて良いのか悪いのか?検証するために実施されたアメリカのACCORD試験はむしろ有害という意外な結果になりましたが、オーストラリアなどで実施されたADVANCE試験では特に問題は生じませんでした。なぜ違う結果になったのか?そもそも、ADVANCE試験は主目的(糖尿病性合併症の抑制)を達成できたのか?詳細が公表されていない現段階では、分からないことだらけです。


この二本の試験の結果は、6月にADA(アメリカの糖尿病学会)で発表されるようです。ADAのプログラム(先行版・・・pdfファイルです)を読むと、ACCORD試験の結果発表はアメリカの6月10日、ADVANCE試験は6月6日にコマが確保されています。また、同様な目的で実施されたVADT試験についても、何らかの発表が6月8日に予定されている模様です。あと3ヶ月の辛抱ということになります。


それにしても、いつも思うのですが、どうして学会発表を待たないといけないのですかね。論文だけならもっと早く刊行できるのではないでしょうか。学会側が発表当日まで情報公開を禁じるのは、研究成果を医療にフィードバックする場として最適なのは学会発表であり、事前に研究者・企業が記者発表して信頼性・客観性に欠ける情報を提供するのは有害、という考え方のようです。しかし、今回のような、あるいはENHANCE試験のような、医師や患者にとって今すぐ必要な情報がタイムリーに提供されないのでは本末転倒ではないでしょうか。査読誌に論文発表するくらい大目に見てもらえないものですかね。




2008年3月15日土曜日

ヘパリン事件の続報

お知らせ:BfArMがRotexmedica製品によるドイツでの重度アレルギー反応の症例は37例と発表しましたので、記述を一部変更しました(2008年3月28日)。


ヘパリンの副作用問題は、日本の複数のウェブサイトで我が国は大丈夫なのかという声が出ていました。テルモなど三社や厚生労働省が機敏に対応したのを見て、ほっとした人も多かったでしょう。バクスター社といえば薬害AIDS事件でも登場した血漿分画製剤の大手なので、どうしても薬害AIDS、薬害C型肝炎事件を連想してしまうのですが、過去の失敗の教訓は生かされている、といえるでしょう。


前回に引き続き、ニュース報道を振り返ってみましょう。最初に、厚生労働省の3月10日のリリース(pdfファイル)を読むと、当初は日本側にも油断があったようです。


「これまで、米国バクスター社製ヘパリン製剤に使用されているヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社で製造されたもののみとの報告を受けていたが、3月5日付け米国バクスター社公表資料により、米国バクスター社製ヘパリン製剤のヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社に加えて米国SPL社においても製造されていることが判明した。」


意味不明ですが、想像で補うと、以下のように考えていたのでしょう。



  1. バクスターが米国で自主回収したのは中国製APIを用いた製品だけ

  2. 日本の三社の製品は米国製APIを使用

  3. 故に、日本で同様な過敏反応が起きるリスクは小さい


しかし、バクスターのAPI調達先であるSPL(Scientific Protein Laboratories)の生産体制はもっと複雑でした。SPLのホームページにはヘパリンのサプライチェーンを示す図が掲載されていますが、中国製原料を中国で加工した「1060製品」と北米製原料をアメリカ工場で加工した「1037製品」に加えて、中国製原料をアメリカ工場で加工した「1035製品」の三種類が存在したのです。SPLは、FDAが開発した判定法で陽性を示したAPIの自主回収を3月5日決定しました。日本側は、この連絡を受けて慌てて自主回収を決めたという経緯なのではないでしょうか。但し、SPLによれば、日本の製品では今のところ、ヘパリン類似物質の混入は確認されていないようです。


FDAが開発した判定法は、キャピラリー電気泳動法と陽子核磁気共鳴法です。私自身は全く知識がないのですが、ヘパリンとヘパリン様物質のグラフがどう異なるかを示す図がFDAのウェブサイトで公開されています。FDAはこの検査が実施され合格するまでヘパリン原料・APIの輸入を認めない、という方針を打ち出しました。日本や欧州の規制局にも情報を提供した模様です。

キャピラリー電気泳動法の試験・判定方法(pdfファイル)

核磁気共鳴法の試験・判定方法(pdfファイル)


以下は、最近の主な報道です。



  • New York Times紙3月8日報道:ドイツで自主回収されたRotexmedica社の製品は、中国のChangzhou Quianhong Bio Pharma CompanyとYantai Dongcheng Biochemicals Companyから調達した原料を使用。共にヘパリン材料の輸出で中国の大手10社の一つ。欧州の薬品規制機関であるEMEAによれば、ドイツ以外の国ではアレルギー反応の多発は起きていない(米国でもAPP社製品では発生していない模様なので、やはり、同じ中国の原料でも会社によってリスクが異なるのでしょう)。

  • WSJ紙3月10日報道:SPLの中国合弁は化学品製造企業として登録されているため中国版FDAの監督を受けていないが、Changzhou Qianhong Bio-Pharma Co.とYantai Dongcheng Biochemicals Co.は受けている。問題が発生していないSchenzhen Hepalink社によれば、規制を満たすだけでなく自ら高い基準を設けて品質管理体制や社員教育、小腸仕入先の選別・監督を行うことが重要。Shenzhen Hepalinkでは既知の豚感染ウイルス全てを除去・不活性化できる工程を持っている(報道を読む度に、この会社の経営者の見識には感心させられます)。

  • 同:ある豚肉処理業者が、価格高騰で羊の内臓を使わざるを得ないケースもあると告白。ヘパリン原料製造者は、2006年以降中国で流行しているblue ear病というウイルス疾患に罹った豚を用いたこともあると語った。(WSJ紙は積極的に現地取材して、ヘパリン原料生産の実態を生々しく報告しています)。

  • WSJ紙3月13日報道:ドイツの規制局であるBFARMは、主要10社に対して、中国製ヘパリン原料の使用状況を確認して、もし使っている場合はFDA方式を用いて混入の有無を確認するよう要請。ドイツでは当初、80例のアレルギー反応発生と発表されたが、その後、30例に減少した。うちRotexmedica製品は3例で、他の症例は不明(注:ドイツの規制機関BfArMが3月10日に出したりリースによれば、Rotexmedica製品の重度アレルギー反応は37例とのことです)。

  • FDAの3月14日付発表:中国に事務所を置いて現地の規制機関や企業との連携・検査を強化する。

今回の事件に関しては、何とかして原因を発見して対策を打ち出して欲しいものです。Arixtra(fondaparinux)のような全化学合成品に切り替えれば抜本的な対策になるのでしょうが、価格がネックのようです。それでも、被害が繰り返されるようならば、例えばインスリンや第VIII因子が遺伝子組換え品にシフトしたのと同じようなことが起きるかもしれませんね。


尚、SPLは2004年にArsenal Capitalがワイスから8100万ドルで買収し、その後、2006年にAmerican Capitalという別のプライベート・エクイティ・ファンド(株式上場しているファンドでは最大規模)が買収、8割以上の株式を持つ大株主になっています。


関連リンク







2008年3月8日土曜日

ヘパリンの副作用事件

ヘパリンの副作用問題が広がっています。最初は米国で表面化したのですが、ドイツでも多発していることが判明しました。どちらも原料調達先は中国だそうで、こうなると、世界中に波及する可能性がありそうです。日本の農薬入り餃子も深刻ですが、薬のように規制が厳しい製品で似たような事件が起きたのは驚きです。トラブルの原因が中国の工場なのかどうかはまだ分かっていませんが、これは餃子も同じです。


ヘパリンは血液が凝固するのを妨げる薬で、腎臓透析やある種の心臓手術を行う時に、あるいは深静脈血栓や肺塞栓の治療・予防に、用いられます。米国では70年の歴史があるようです。ブタの小腸から取った成分が原料です。


リンク:ヘパリン原料工場のスナップショット(WSJ紙)
(WSJ紙の一部記事は登録すれば無料で読めます)


事の発端は今年1月9日に、アメリカの疾病対策予防センター(CDC)が一部の透析センターでアレルギー反応が多発したとFDAに報告したことです。1月16日にFDAがバクスター社のニュージャージー工場を立ち入り調査したところ、バクスター側から、一部ロットを自主回収するとの報告がありました。バクスターは翌日、顧客や問屋に一部製品の一部ロットのリコールを伝えるレター(pdfファイルです)を送付し、25日にはプレスリリースも出しました。2月11日には他のロットでも同様なアレルギー反応が起きていることを発表しました。その段階では、FDAの同意の下に、一部製品の生産を一時的に中止しただけで、リコールは行われず出荷も続けられたのですが、2月28日に至って、他の製品・ロットも自主回収されることになりました。


2月11日のFDAの発表によると、バクスターのヘパリンに関する有害事象報告は2007年には数十件だけだったのが昨年末以降急増し、350件に達しました。殆どは透析センターで起きていて、点滴ではなくボラス投与したケースでした。薬との因果関係は不明ですが死亡例も4例発生しました。主な症状は、悪心嘔吐、口の腫脹、呼吸困難、急速な血圧の低下など。


バクスターは米国のヘパリン市場で5割のシェアを持っています。FDAが即座に全製品リコールを求めなかった理由の一つは、供給不足懸念だったようです。シェア第二位のAPP社の製品では同様なトラブルは起きていないようです。

バクスターの生産委託先であるScientific Protein Laboratoriesは、原料を中国江蘇省にある合弁会社Changzhou SPLから調達しています。FDAはこの工場を現地調査していませんでした。輸出特区なので、中国版FDAの検査も受けていないようです。一方、APPのヘパリン原料は同じ中国企業でもShenzhen Hepalink Pharmaceuticalで、こちらはFDAの検査に合格しています。中国製品ではペットフードやおもちゃでも安全性問題が表面化したことがあります。これらのことから、マスコミは中国工場に疑いの目を向けました。



  • FDAが中国の工場を実地検査していなかったことを認めた、とWSJ紙が一面トップで報道。


  • FDAが中国の工場を実地検査しなかったのは検査済みの他の工場と名前を混同したことが原因、と Chicago Tribune紙が報道。


  • 国家食品薬品監督管理局(中国版FDA)側は中国製医薬品原料を監督する究極的な責任は購入国にあると発言、とWSJ紙
    が報道。
  • 中国はヘパリン原料の供給基地で、07年上期にはドイツに13トン、フランスに11トン、米国に10トン輸出した、とNew York Times紙が報道。(New York Times紙も登録が必要だったと思います)


  • 中国でブタのblue ear病が流行したことと関連性があるかもしれない、とChicago Tribune紙が報道


本当に中国工場が原因なのかはまだ分からないのですが、3月に入って二つの進展がありました。第一は、FDAがアレルギー反応の起きたロットの中からヘパリンに類似した異なる物質を発見したこと。簡単には判別できないほど似ているようです。アレルギー反応が報告されていないロットからは検出されなかったとのことなので手掛かりにはなりそうです。FDAは全メーカーに対して、この物質が混入していないかどうか検査するよう求めたようです。


更に、ドイツでも数十件、発生していることが明らかになりました。Bloombergの報道によると、Laboratoires Panpharma SA.グループのRotexmedica社の製品の一部ロットが回収され、政府が全社に調査報告を求めたそうです。この会社はバクスターとは異なる中国企業から調達しているようです。中国のヘパリン原料の輸出先上位はドイツ、フランス、アメリカの順だそうですから、次はフランスで同様な事件が起きるか注目されるでしょう。


アメリカの有害事象報告は氷山の一角で、大半は報告されずに埋もれてしまうのだそうですが、大騒ぎになると一転して、続々と報告されるようになります。ヘパリンの深刻なアレルギー反応も、とうとう、2007年以降の報告数が785件、うち死亡は19例に達したようです。ほかの国でも安閑とはできませんね。




Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...