2008年3月15日土曜日

ヘパリン事件の続報

お知らせ:BfArMがRotexmedica製品によるドイツでの重度アレルギー反応の症例は37例と発表しましたので、記述を一部変更しました(2008年3月28日)。


ヘパリンの副作用問題は、日本の複数のウェブサイトで我が国は大丈夫なのかという声が出ていました。テルモなど三社や厚生労働省が機敏に対応したのを見て、ほっとした人も多かったでしょう。バクスター社といえば薬害AIDS事件でも登場した血漿分画製剤の大手なので、どうしても薬害AIDS、薬害C型肝炎事件を連想してしまうのですが、過去の失敗の教訓は生かされている、といえるでしょう。


前回に引き続き、ニュース報道を振り返ってみましょう。最初に、厚生労働省の3月10日のリリース(pdfファイル)を読むと、当初は日本側にも油断があったようです。


「これまで、米国バクスター社製ヘパリン製剤に使用されているヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社で製造されたもののみとの報告を受けていたが、3月5日付け米国バクスター社公表資料により、米国バクスター社製ヘパリン製剤のヘパリン原薬は、中国のChangzhou-SPL社に加えて米国SPL社においても製造されていることが判明した。」


意味不明ですが、想像で補うと、以下のように考えていたのでしょう。



  1. バクスターが米国で自主回収したのは中国製APIを用いた製品だけ

  2. 日本の三社の製品は米国製APIを使用

  3. 故に、日本で同様な過敏反応が起きるリスクは小さい


しかし、バクスターのAPI調達先であるSPL(Scientific Protein Laboratories)の生産体制はもっと複雑でした。SPLのホームページにはヘパリンのサプライチェーンを示す図が掲載されていますが、中国製原料を中国で加工した「1060製品」と北米製原料をアメリカ工場で加工した「1037製品」に加えて、中国製原料をアメリカ工場で加工した「1035製品」の三種類が存在したのです。SPLは、FDAが開発した判定法で陽性を示したAPIの自主回収を3月5日決定しました。日本側は、この連絡を受けて慌てて自主回収を決めたという経緯なのではないでしょうか。但し、SPLによれば、日本の製品では今のところ、ヘパリン類似物質の混入は確認されていないようです。


FDAが開発した判定法は、キャピラリー電気泳動法と陽子核磁気共鳴法です。私自身は全く知識がないのですが、ヘパリンとヘパリン様物質のグラフがどう異なるかを示す図がFDAのウェブサイトで公開されています。FDAはこの検査が実施され合格するまでヘパリン原料・APIの輸入を認めない、という方針を打ち出しました。日本や欧州の規制局にも情報を提供した模様です。

キャピラリー電気泳動法の試験・判定方法(pdfファイル)

核磁気共鳴法の試験・判定方法(pdfファイル)


以下は、最近の主な報道です。



  • New York Times紙3月8日報道:ドイツで自主回収されたRotexmedica社の製品は、中国のChangzhou Quianhong Bio Pharma CompanyとYantai Dongcheng Biochemicals Companyから調達した原料を使用。共にヘパリン材料の輸出で中国の大手10社の一つ。欧州の薬品規制機関であるEMEAによれば、ドイツ以外の国ではアレルギー反応の多発は起きていない(米国でもAPP社製品では発生していない模様なので、やはり、同じ中国の原料でも会社によってリスクが異なるのでしょう)。

  • WSJ紙3月10日報道:SPLの中国合弁は化学品製造企業として登録されているため中国版FDAの監督を受けていないが、Changzhou Qianhong Bio-Pharma Co.とYantai Dongcheng Biochemicals Co.は受けている。問題が発生していないSchenzhen Hepalink社によれば、規制を満たすだけでなく自ら高い基準を設けて品質管理体制や社員教育、小腸仕入先の選別・監督を行うことが重要。Shenzhen Hepalinkでは既知の豚感染ウイルス全てを除去・不活性化できる工程を持っている(報道を読む度に、この会社の経営者の見識には感心させられます)。

  • 同:ある豚肉処理業者が、価格高騰で羊の内臓を使わざるを得ないケースもあると告白。ヘパリン原料製造者は、2006年以降中国で流行しているblue ear病というウイルス疾患に罹った豚を用いたこともあると語った。(WSJ紙は積極的に現地取材して、ヘパリン原料生産の実態を生々しく報告しています)。

  • WSJ紙3月13日報道:ドイツの規制局であるBFARMは、主要10社に対して、中国製ヘパリン原料の使用状況を確認して、もし使っている場合はFDA方式を用いて混入の有無を確認するよう要請。ドイツでは当初、80例のアレルギー反応発生と発表されたが、その後、30例に減少した。うちRotexmedica製品は3例で、他の症例は不明(注:ドイツの規制機関BfArMが3月10日に出したりリースによれば、Rotexmedica製品の重度アレルギー反応は37例とのことです)。

  • FDAの3月14日付発表:中国に事務所を置いて現地の規制機関や企業との連携・検査を強化する。

今回の事件に関しては、何とかして原因を発見して対策を打ち出して欲しいものです。Arixtra(fondaparinux)のような全化学合成品に切り替えれば抜本的な対策になるのでしょうが、価格がネックのようです。それでも、被害が繰り返されるようならば、例えばインスリンや第VIII因子が遺伝子組換え品にシフトしたのと同じようなことが起きるかもしれませんね。


尚、SPLは2004年にArsenal Capitalがワイスから8100万ドルで買収し、その後、2006年にAmerican Capitalという別のプライベート・エクイティ・ファンド(株式上場しているファンドでは最大規模)が買収、8割以上の株式を持つ大株主になっています。


関連リンク







2008年3月8日土曜日

ヘパリンの副作用事件

ヘパリンの副作用問題が広がっています。最初は米国で表面化したのですが、ドイツでも多発していることが判明しました。どちらも原料調達先は中国だそうで、こうなると、世界中に波及する可能性がありそうです。日本の農薬入り餃子も深刻ですが、薬のように規制が厳しい製品で似たような事件が起きたのは驚きです。トラブルの原因が中国の工場なのかどうかはまだ分かっていませんが、これは餃子も同じです。


ヘパリンは血液が凝固するのを妨げる薬で、腎臓透析やある種の心臓手術を行う時に、あるいは深静脈血栓や肺塞栓の治療・予防に、用いられます。米国では70年の歴史があるようです。ブタの小腸から取った成分が原料です。


リンク:ヘパリン原料工場のスナップショット(WSJ紙)
(WSJ紙の一部記事は登録すれば無料で読めます)


事の発端は今年1月9日に、アメリカの疾病対策予防センター(CDC)が一部の透析センターでアレルギー反応が多発したとFDAに報告したことです。1月16日にFDAがバクスター社のニュージャージー工場を立ち入り調査したところ、バクスター側から、一部ロットを自主回収するとの報告がありました。バクスターは翌日、顧客や問屋に一部製品の一部ロットのリコールを伝えるレター(pdfファイルです)を送付し、25日にはプレスリリースも出しました。2月11日には他のロットでも同様なアレルギー反応が起きていることを発表しました。その段階では、FDAの同意の下に、一部製品の生産を一時的に中止しただけで、リコールは行われず出荷も続けられたのですが、2月28日に至って、他の製品・ロットも自主回収されることになりました。


2月11日のFDAの発表によると、バクスターのヘパリンに関する有害事象報告は2007年には数十件だけだったのが昨年末以降急増し、350件に達しました。殆どは透析センターで起きていて、点滴ではなくボラス投与したケースでした。薬との因果関係は不明ですが死亡例も4例発生しました。主な症状は、悪心嘔吐、口の腫脹、呼吸困難、急速な血圧の低下など。


バクスターは米国のヘパリン市場で5割のシェアを持っています。FDAが即座に全製品リコールを求めなかった理由の一つは、供給不足懸念だったようです。シェア第二位のAPP社の製品では同様なトラブルは起きていないようです。

バクスターの生産委託先であるScientific Protein Laboratoriesは、原料を中国江蘇省にある合弁会社Changzhou SPLから調達しています。FDAはこの工場を現地調査していませんでした。輸出特区なので、中国版FDAの検査も受けていないようです。一方、APPのヘパリン原料は同じ中国企業でもShenzhen Hepalink Pharmaceuticalで、こちらはFDAの検査に合格しています。中国製品ではペットフードやおもちゃでも安全性問題が表面化したことがあります。これらのことから、マスコミは中国工場に疑いの目を向けました。



  • FDAが中国の工場を実地検査していなかったことを認めた、とWSJ紙が一面トップで報道。


  • FDAが中国の工場を実地検査しなかったのは検査済みの他の工場と名前を混同したことが原因、と Chicago Tribune紙が報道。


  • 国家食品薬品監督管理局(中国版FDA)側は中国製医薬品原料を監督する究極的な責任は購入国にあると発言、とWSJ紙
    が報道。
  • 中国はヘパリン原料の供給基地で、07年上期にはドイツに13トン、フランスに11トン、米国に10トン輸出した、とNew York Times紙が報道。(New York Times紙も登録が必要だったと思います)


  • 中国でブタのblue ear病が流行したことと関連性があるかもしれない、とChicago Tribune紙が報道


本当に中国工場が原因なのかはまだ分からないのですが、3月に入って二つの進展がありました。第一は、FDAがアレルギー反応の起きたロットの中からヘパリンに類似した異なる物質を発見したこと。簡単には判別できないほど似ているようです。アレルギー反応が報告されていないロットからは検出されなかったとのことなので手掛かりにはなりそうです。FDAは全メーカーに対して、この物質が混入していないかどうか検査するよう求めたようです。


更に、ドイツでも数十件、発生していることが明らかになりました。Bloombergの報道によると、Laboratoires Panpharma SA.グループのRotexmedica社の製品の一部ロットが回収され、政府が全社に調査報告を求めたそうです。この会社はバクスターとは異なる中国企業から調達しているようです。中国のヘパリン原料の輸出先上位はドイツ、フランス、アメリカの順だそうですから、次はフランスで同様な事件が起きるか注目されるでしょう。


アメリカの有害事象報告は氷山の一角で、大半は報告されずに埋もれてしまうのだそうですが、大騒ぎになると一転して、続々と報告されるようになります。ヘパリンの深刻なアレルギー反応も、とうとう、2007年以降の報告数が785件、うち死亡は19例に達したようです。ほかの国でも安閑とはできませんね。




2008年3月2日日曜日

メタボ検診は案外悪くない

4月に始まるメタボ検診の具体的な内容を調べてみましたが、いつの間にか、まともな内容に変わったようです。メタボ検診は激しい議論の的なので、迂闊なことを書くと、このどこがまともなのかと強烈な反駁を受けかねません。私自身は、国会で批判した野党議員を思わず応援してしまったくらいで、前向きではありませんでした。しかし、この内容なら大目に見ても良いのではないでしょうか。あとは、結果をモニターすることが重要だと思います。もし成果が上がらないようだったら、『ゆとり教育』と同じように、撤回すればよいのです。


メタボリックシンドロームは反論が難しく、語る人によって定義が異なるので、何に反論したらよいのか分かりません。最初のうちはBMIや体重は指標として適切ではないと熱弁していたのに、議論が白熱してくると、次第にメタボではなくBMIや体重、LDL-Cの話に摩り替わってしまいます。忍法分身の術の使い手と戦うのと同じで、どの分身を攻撃すべきなのか迷ったあげく、運よく当っても、今度は身代わりの術で逃げられてしまうのです。


大いに警戒していたのですが、厚生労働省が昨年7月に発表した『特定健康診査・特定保健指導の円滑な実施に向けた手引き』を読んで、安心しました。


メタボというだけのことで服薬を迫られるケースはあまりなさそうです。生活習慣改善だけなら、健康な人にとっても有益なのですから、メタボやその予備群の人がやるのをとやかく言う必要はありません。治療する必要の無い患者が続々と来院する事態を恐れているお医者さんも、たぶん、杞憂でしょう。その代わり、健康診断を実施する側と、生活習慣改善指導を受ける人たちは大変でしょう。その費用は国民全体が負担するわけですから、私たちも財布が痛みます。ぜひ、成果を挙げてもらいたいものです。


ミソは、保健指導判定値のほかに、受診勧奨判定値というもう一つの基準が盛り込まれたことです。例えば空腹時血糖なら保健指導判定値は100mg/dLで、上回る人はもし他の条件も満たしているならば、生活改善指導を受けることになります。メニューは様々ですが、一例は、医師や栄養士と数十分の面談を行い、啓蒙・動機付けを受けて、アクション・プランを作成します。メタボに該当する人は、その後も電話やEメールで実行状況をチェックされます。


やがて、血糖値が上昇して126mg/dL以上になったら、遅かれ早かれ、主治医の診断を受けるよう言われるでしょう。これが受診勧奨判定値で、血糖値も血圧も、学会の疾病判定基準とほぼ同じです。逆に言えば、検診機関は相手が二型糖尿病になって手に負えなくなるまでは、生活習慣改善指導を続けるのです。血糖値が126mg/dL以上の人には、これまでの検診でも医者に行くよう勧奨されていたでしょうから、新しい検診でも何も変わりません。啓蒙活動が奏効すれば、勧奨されても行かない人は減るでしょう。これは、良いことです。


まだ病人とはいえない人が徒に薬の副作用リスクにさらされるのではないか、と危惧する必要はなさそうです。


尚、この特定健診・特定保健指導は、40歳から70歳の健康保険加入者が対象になります。メタボリックシンドローム該当者または予備群と認定されると特定保健指導を受けることになりますが、65歳以上と、既に高血圧、二型糖尿病、異脂血症の薬物療法を受けている患者は対象外になります。主治医に対する配慮(遠慮?)があちこちに盛り込まれていて、もし受診勧奨後に医師が治療不要と判定した場合は、その判断を尊重します。


メタボの薬物療法は色々なジレンマがあります。例えば次のような薬はメタボ患者とって良いのか、悪いのか、私には分かりません。


  • 体重が半年で5%前後低下するが、服薬を止めると元に戻る。数%の患者で血圧が大幅に上昇したり心拍数が増加したりする。

  • 体重、腹囲、血糖値、インスリン抵抗性、TG、HDL-Cの全てを穏やかに改善する。LDL-Cや血圧にも中立的。数%の患者で気分変調障害や神経性障害が発生する。

  • 空腹時血糖値とTGに加えて、HDL-Cも穏やかに改善する。LDL-Cや体重は増加する。

メタボと鬱病のどちらを受け容れるべきなのか?私たちが望むのは、メタボリックシンドロームや心筋梗塞を予防することではなく、健康を維持することです。一部の代理マーカーに好影響を与えるということだけに目を奪われずに、総合的に評価しなければなりません。薬物療法を正当化する前に、エビデンスを蓄積すべきです。




STENO-2試験とACCORD試験の違い

ACCORD試験の論文はなかなか出ませんね。"several weeks"内ということなので、4月までには刊行されるのでしょう。これだけ大きな騒ぎになったのですから、エディトリアルも含めてオープンアクセスにしてほしいものです。3月末にはENHANCE試験や糖尿病薬Actos(アクトス;pioglitazone)の冠動脈アテローム試験の論文も刊行されるでしょうから、忙しくなります。

さて、アメリカの医療ニュースサイトに寄せられた読者のコメントを読むと、Steno-2試験とACCORD試験を混同している人もいるようなので、整理しておきましょう。Steno-2試験では強化介入が奏効して、心血管疾患のリスクが半減しました。しかし、この二つの試験はデザインがかなり異なっているので、結果が違っても辻褄は合います。

Steno-2試験はデンマークで実施された、微量アルブミン尿を合併する二型糖尿病患者160人を対象とした試験です。オリジナルの論文は2003年に刊行されましたが、ACCORD試験の血糖スタディの中断が報じられたのと前後して、長期追跡試験の結果が刊行されました。私も論文の見出しや要約を読んだ時はアレッ、と思いましたが、この試験は多元的強化介入(intensified, multifactorial intervention)と記されているように、血糖値だけでなく血圧やコレステロール、BMIなど様々な代理マーカーをアグレッシブに治療しています。伝統的介入群はこの試験が実施された90年代のガイドラインに従った治療を受けましたので、今日のスタンダードから見れば不十分です。


Steno-2試験の治療目標

多元的強化介入群伝統的介入群
HbA1c<6.5%<7.5%
収縮期血圧<130 mm Hg<160 mm Hg
拡張期血圧<85 mm Hg<95 mm Hg
総コレステロール<150mg/dL<195mg/dL

注:93-99年の目標。ガイドラインが改定されたのか、2000年以降は両群とも目標が強化された。




血圧やコレステロールを積極的に治療すれば心血管リスクが低下するのは、数々の治験から明確です。一方、血糖に関してはエビデンスは明確ではありません。影響が小さいのだとすると、もし血糖治療方針が適切でなかったとしても、血圧やコレステロールの治療効果の影に埋没するでしょう。

ACCORD試験も血糖だけでなく血圧やHDL-Cを治療する効果も調べています。しかし、2x2デザインなので夫々の因子を別々に分析することが可能です。具体的には、被験者は血糖集中治療群と標準治療群に割り付けられた上で、更に、血圧集中治療群、血圧標準治療群、fenofibrate群、偽薬群の何れかに割り付けられました。血糖集中治療群と血糖標準治療群を比較する上で、血圧などの治療方針の違いは無視することができるのです。

もうひとつの違いは、Steno-2試験では血糖値が目標ほど下がっていないことです。論文にはグラフしか出ていませんが、強化介入群の平均HbA1cは8%台から7%台に低下しただけです。ベースライン値は異なるものの、到達値ではACCORD試験やADVANCE試験の標準治療群と大差ありません。

このようなわけで、Steno-2試験が成功したからといって、HbA1cを6.5%未満に維持する治療法の有効性が支持されたとは言えません。


J-DOIT3試験について



私は海外担当なので日本の話は良く分からないのですが、ACCORD事件は日本で実施されている大規模アウトカム試験にも影響したようです。井蛙内科開業医/診療録で知ったのですが、J-DOIT3試験の組入れが一時、中断されたそうです。臨床試験を行う上で一番重要なのは被験者に不必要な不利益を与えないことですので、適切な判断でしょう(私が言うのは不遜ですが)。

J-DOIT3試験の臨床試験実施計画書を読むと、この試験も多元的強化療法試験なので、日本版STENO-2試験と呼ぶことができそうです。


J-DOIT3の治療目標

強化治療群通常治療群
HbA1c<5.8%<6.5%
収縮期血圧<120 mm Hg<130 mm Hg
拡張期血圧<75 mm Hg<80 mm Hg
LDL-C<80mg/dL<120mg/dL
(IHD既往)<70mg/dL<100mg/dL
HDL-C≧40-
TG<120mg/dL<150mg/dL
BMI≦22kg/m2≦24kg/m2

注:IHDは虚血性心疾患の略。本試験はIHD既往が7割を占めることが見込まれている。海外の試験と比べて特徴的なのは、血糖降下剤の第一選択薬がActosであること。PROActive試験で心筋梗塞再発予防効果を示したことが理由。海外では欧米の糖尿病学会が第一選択薬に指定しているmetforminをベースとすることが多い。



STENO-2試験は規模が小さいのが弱点ですが、J-DOIT3は組入れ目標が3338人と大きいので、良いエビデンスができるでしょう。私たちが注意しなければならないのは、血糖値をアグレッシブに治療する是非を調べる試験ではないということです。二型糖尿病は血糖値を下げればそれでOKではなく、心筋梗塞を予防するために様々なリスク因子を治療すべきであることを立証するための試験なのです。当然のことながら、Actosの効能を調べる試験ではありません(笑)。




2008年2月16日土曜日

ADVANCE試験~血糖値を大きく下げても大丈夫

二型糖尿病患者の血糖値を正常値近くまで引き下げることを目標とする集中治療法は、良いのか悪いのか?前回、ACCORD試験で死亡リスクが高まるという意外な発見があったと書きましたが、今度は、そんなことはないという発表がありました。同じような患者に実施されている別の試験、ADVANCE試験の中間安全性解析では、集中治療群と標準治療群の死亡リスクは大差ないというのです。薬効解析はこれからなので、合併症予防効果が高いかどうかはどうかはまだわかりません。良いのか、悪いのか、中立的なのか、どっちなんだ!と短気を起こす人もいるかもしれませんが、こうなったら、この二本の試験の結果が論文・学会発表されるまで待つしかないでしょう。ACCORD試験は数週間内に治験論文が刊行されるようです。ADVANCE試験は9月のEASD学会の暫定プログラムに載っています。


ADVANCE試験の概要



  • 二型糖尿病で合併症のリスクが高い患者11,140人を対象に平均4年間実施された、合併症発症リスクを調べる試験。

  • 豪州や東欧、西欧、アジアなどの施設で01年から08年1月まで実施。

  • 主スポンサーはオーストラリアのNational Health & Medical Research Councilとフランスのセルビエ社。

  • 2x2方式で二種類の介入方法を検証。第一はセルビエのACE阻害剤・利尿剤コンビ薬と偽薬の比較で、この解析結果は昨年のESC学会で発表済み。コンビ薬群は偽薬群と比べて最大血圧が5.6mmHg、心血管疾患による死亡リスクが18%低かった。

  • 第二は、HbA1cを6.5%以下に引き下げることを目標とする集中治療と各国の標準治療の比較。08年3月にキーロック、9月のEASD学会で結果が発表される模様。

  • 今回の発表は、ACCORD試験の発表を受けて、ADVANCE試験のデータ監視安全性委員会が公表したもの。中間解析だが、99%以上の患者のデータに基づいている。


ACCORD試験とADVANCE試験は良く似ています。違いは、第一に実施地域がそれぞれ米国中心と豪州・東欧中心であることで、スタチンなどの服用率や心筋梗塞発生時のケアの内容などが異なる可能性もあります。第二は、患者の元々のHbA1cがACCORD試験のほうが高いことです。治験中のHbA1cは大差ないようですので、ACCORD試験のほうが大きく引き下げたことになります。これが裏目に出たのかもしれません。

今の段階であれこれ考えても仕方ありません。そもそも、集中治療の大血管性・小血管性合併症予防効果はまだ確認されていないのですから、この段階で安全性を云々しても意味がないでしょう。

二型糖尿病患者の死因として最も多いのは心臓病です。リスクの高い患者はスタチンやアスピリン、降圧剤の服用を検討すべきで、血糖値をもっと下げるべきかどうか検討するのは、その後でしょう。


治験内容の比較

ACCORDADVANCE
実施地域北米豪州東欧など
実施期間01~09年01~08年
フォローアップ期間約4年4年強
割付数10,251人11,140人
患者背景:
平均年齢62歳66歳
61%57%
平均病歴10年8年
心血管病歴あり35%32%
HbA1c8.2%7.5%
集中治療の内容:
HbA1c目標<6%6.5%
薬品の選択任意gliclazide中心
結果:
HbA1c6.4%対7.5%6.4%対7.0%
主評価項目不詳未解析
両群平均死亡率4.5%7.9%
群間の偏りありなし

注記:ADVANCE試験の患者背景は8割程度の患者のもので、両群平均死亡率は降圧剤スタディのデータ、期中のHbA1cは報道に基づく。




2008年2月3日日曜日

ENHANCE試験のもう一つの側面

コレステロール治療薬の頚動脈アテローム進行抑制効果を調べたENHANCE試験の結果は、意外に大きな反響を呼びました。ImpactRxの処方箋動向調査によると、治験結果が発表された途端に、ezetimibe(エゼチミブ)を配合する薬の新患向け処方箋が大きく減少しました。

前回書いたように、この試験はトラブルが多発したようなのでデータの信憑性が低いはずです。それなのにこのような影響が出たのは、医薬品や製薬会社に対する信頼が低下しているからでしょう。今回はこの問題を取り上げましょう。


ezetimibeとは


ezetimibeはシェリング・プラウが開発したコレステロール治療薬で、脂肪が腸で吸収されるのを抑制します。承認されている唯一の用量である10mg(一日一回投与)は、血液中のLDL-Cを20%程度、トリグリセリドを10%程度削減する効果を持っています。これはpravastatinの10mgと同程度なので、決して高いとはいえません。atorvastatinの10mgなら約40%、80mgなら50%削減することができます。

シェリング・プラウはメルクと提携して、2002年にZetia(ゼチア)という製品名でアメリカで発売しました。更に、2004年にはメルクのsimvastatinを配合したVytorin(バイトリン)も発売しました。この両剤は合計年商が50億ドルを超える大成功を収めています。理由は、


  • スタチンに適さない患者に用いたり、既にスタチンを服用している患者に併用することのできる数少ない選択肢の一つであること

  • 安全性が高いこと

  • 2001年にcerivastatinが市場から回収され、スタチンの横紋筋融解症副作用に対する懸念が高まったこと

  • その後も、2003年に米国で発売されたrosuvastatinに関して民間薬害監視組織の一部やFDAの市販後監視部門の職員が安全性懸念を表明したため、スタチンのイメージが一層悪化したこと

  • Vytorinの価格はsimvastatinより低く設定されたため、simvastatinからスイッチするとコレステロールが更に低下するだけでなく薬代も安くなること

  • 薬の用量を増やすより作用機序の異なる薬を追加するほうを好むプライマリーケア医のセンチメントに合致したこと

です。ezetimibeは第二選択薬としてだけでなく、第一選択薬としても広く用いられるようになりました。LDL-Cが減少すればそれで良いのか、という一部の研究者の意見は重視されませんでした。確かにスタチンは心筋梗塞リスクを削減する効果が確認されていますが、ezetimibeにはそのようなエビデンスはまだありません。もっと効果が高い薬があるのに、単にスタチンが嫌いだというだけの理由でezetimibeを使う人が多すぎるのではないか・・・医学者がこのような疑問を持っていたとしても、ezetimibeの効果を疑わせるようなエビデンスもなかったので、公言することはできません。そのような時に起きたのがENHANCE事件なのです。


ENHANCE試験を巡る疑惑


ENHANCE試験は2006年に完了しましたが、解析に手間取ったため結果がなかなか発表されませんでした。2007年秋になって、遂に、一部のメディアが『データ隠し疑惑』を報じました。本当は既に結果が出ているの、にezetimibeの売れ行きが落ちるのを恐れて製薬会社が隠しているのではないか、という一部研究者の憶測を取り上げたのです。

データ隠しといえば、数年前に、抗うつ剤の青少年患者を対象とした試験で問題になったことがあります。製薬会社は治験が成功すると大々的に宣伝するのに、ネガティブな結果になるとできるだけ隠そうとする、という批判で、ニューヨーク州の検事総長が複数の会社の捜査を行う事態になりました。結局、和解に達したため、真相は闇の中です。

ENHANCE試験に対する注目が高まる中で、シェリング・プラウがこの試験の主評価項目を変更すると発表したため、疑惑が一層高まりました。同社は治験データの解析が難航したため、外部の研究者委員会を設けて、今後の対策を諮問した上で、委員会の意見に基づいて主評価項目変更を決めたのですが、批判の火に油を注ぐ結果になってしまいました。ENHANCE試験は研究者主導試験ですので、スポンサーである製薬会社が治験のデザインに口を出すのは、研究者にとって極めて重要な、研究の自由を侵害したような形になってしまったのです。結局、シェリング・プラウは主評価項目の変更を撤回しました、

ENHANCE試験の結果は2007年末にやっとまとまり、年明けに公表されました。ezetimibe群は主評価項目だけでなく、副評価項目でも全くアテローム抑制作用が見られませんでした。それどころか、数値上はむしろ偽薬群より若干悪い内容でした。

冷静に考えれば、前回書きましたように、この治験結果の意味は曖昧です。臨床的転帰を調べているIMPROVE-IT試験の結果が2011年に発表されるまで待つべきでしょう。FDAや学会が出した声明も概ね、結論を急ぐなという内容です。しかし、医師や大衆は冷静には受け止めませんでした。これまでの経緯や、医薬品・製薬会社に対する不信感の高まりが影響したのでしょう。


  • データ隠しとか研究の自由とか医学者の琴線に触れる問題が絡んでいるせいか、一部の学者が厳しい意見を表明

  • 中でも、医薬品の安全性に関して積極的に発言し多くの支持者を持つSteven Nissen博士が、アテロームを縮小できないなら第一選択薬として使うべきではないとコメント

  • マスコミも、また製薬会社が不祥事を起こしたというニュアンスで報道

  • 法律事務所がezetimibeを服用している患者に損害賠償請求を呼びかける広告を出した

90年代のフェンフェン訴訟、2000年代のVioxx訴訟、昨年はAvandia問題、赤血球生成刺激剤問題、ステント血栓問題など、医薬品や医療機器に関する事件が起きる度に、マスコミは薬品会社バッシングを行います。アメリカは患者の発言力が強いので、医師の評価とは別に、患者がネガティブな報道を読んで止めたいと言い出したらなかなか翻意させられません。ENHANCE試験の場合はマスコミの取り上げ方も比較的冷静なのですが、それでも処方箋動向に影響が出たのは、消費者がこのような問題に従来より敏感になったことを示しているのではないでしょうか。

ezetimibeを第一選択薬として服用している人の中には、スタチンの副作用に関する報道を読んで偏見を持っている人も多いでしょう。そのような人はezetimibeよ、お前もか、と慨嘆しているでしょう。




2008年1月27日日曜日

TAK-491の正体

武田薬品はTAK-536とTAK-491の二種類の血圧降下剤を開発していますが、その特性についてはあまり明らかではありません。分かっているのはどちらもアンジオテンシン2受容体拮抗剤であることと、インスリン抵抗性改善作用や腎臓保護作用が期待されていることくらいです。TAK-536は二型糖尿病薬Actosとのコンビ薬として06年に欧米でフェーズⅢ入りしましたが、このコンビ薬の開発は中止されました。代わりに単剤で07年に欧米でフェーズⅢ入りしたのがTAK-491です。

TAK-491って何?と思いGoogle Scholarで論文検索しましたが、ヒットしません。Yahooで検索しても武田薬品のフェーズⅢ開始時のプレスリリースだけです。

そうこうするうちに、United States Adopted Names Councilが一般名を公表し、やっと、正体が判明しました。TAK-536の異なった塩のようです。

武田薬品は Atacand(プロブレス;candesartan cilexetil)を日本では自社で、海外はアストラゼネカを通じて販売しています。TAK-536とTAK-491はどちらもAtacandの改良品ということになります。

この三種類の薬の関係を整理しておきましょう。武田薬品はアンジオテンシン2受容体拮抗作用を持つCV-11974(candesartan)を創製しましたが、経口投与時のバイオアベイラビリティ(投与した量がどの程度血液中に入り込むか)が悪いので、工夫をしました。Atacandはプロドラッグで、腸で代謝されてCV-11974に変わり活性を発揮します。

もう一つの工夫の産物がTAK-536(azilsartan)で、CV-11974の一部を置換してバイオアベイラビリティーを向上しました。力価自体は低下したようです。

TAK-491(azilsartan kamedoxomil)はTAK-536にカリウム塩を結合したものです。Kamedoxomilとは何か、ネットで調べてみましたが、薬のデータベースでもGoogleでもUnited States Adopted Names Councilの資料くらいしかヒットしませんでした。画期的な塩かもしれないと思い、米国特許商標庁のデータベースでも調べたのですが、kamedoxomilではヒットしませんでした。

臨床的なプロファイルは分かりません。アンジオテンシン2受容体拮抗剤のインスリン抵抗性改善作用というと連想するのはtelmisartan(テルミサルタン)です。Benson等の論文によると、単にPPARガンマ作動力を持っているだけでなく、二型糖尿病薬として広く用いられているPPARガンマ作動剤rosiglitazoneと殆ど同じ箇所に結合するようです。AtacandもPPARガンマ作動性が指摘されていますが、Miura等の論文によれば、二型糖尿病高血圧患者を対象としたクロスオーバー試験でインスリン抵抗性に関連するバイオマーカーに変化が出たのは、Atacandではなくtelmisartanでした。Marshall等の論文によれば、telmisartanのPPARガンマに対するKiは0.29nmolで、Atacand(61)やirbesartan(6)、valsartan(12)、losartan(3)、olmesartan(12)の10~200倍以下です。Atacandの血圧治療時の用量はtelmisartanより低いので、PPARガンマ作動によるインスリン抵抗性改善が小さくても不思議はないのかもしれません。

研究者の改良努力によって、インスリン抵抗性改善力がどの程度強化されたのか、今後の臨床成績発表が期待されます。


フェーズⅢ試験の概要


ClinicalTrials.govにはTAK-491のフェーズⅢ試験が4本登録されています。治験のデザインをチェックして、どのようなプロファイルが期待されているのか推測してみましょう。

07年9月にフェーズⅢ入りしました。全て、血圧降下作用を調べる試験で、用量は40mgまたは80mgを一日一回投与です。一本目の009試験は利尿剤(chlorthalidone 25mg)とTAK-491の併用、二本目の010試験はカルシウム拮抗剤(amlodipine 5mg)と併用する試験です。併用試験を先行させたところを見ると、武田薬品もノバルティスや第一三共と同様にコンビ薬の投入を狙っているのでしょう。011試験が興味深いのは、黒人を対象としていることです。アンジオテンシン2受容体拮抗剤は白人と比べて黒人に対する作用がやや弱いのですが、TAK-491は違うのかもしれません。

07年12月には米国でトップシェアを誇るアンジオテンシン2受容体拮抗剤valsartan(承認最大用量の320mg)とTAK-491の40mg、80mgの血圧降下作用を比較する301試験が開始されました。アンジオテンシン2受容体拮抗剤の主要製品はあと数年で特許が切れます。何れも大型薬なので、数多くのジェネリック薬会社が参入し、価格が10分の1程度に下落するでしょう。新薬が競争力を維持するためには、olmesartanと同様に、他の薬より効果が上回ることが最低限の条件です。

最初の3本は09年春までに結果がまとまるでしょう。Valsartan対照試験は09年冬頃でしょうが、もしかしたら、この試験の結果が出る前に承認申請に向かうかもしれません。


Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...