2010年2月20日土曜日

ラピアクタはタミフル耐性ウイルスに有効か?

塩野義製薬の点滴用インフルエンザ治療薬、ラピアクタ(ペラミビル)が承認されました。一足先に、非常事態法制に基づいて承認した米国ではタミフル(オセルタミビル)に感受しないH275Y変異株は禁忌とされましたが、日本では添付文書にも特には言及されていません。審査文書も読んでみましたが、結局、今後の研究課題ということのようです。また、経口投与より点滴のほうが効果が早いような気になりますが、大して変わらないようです。


今春に新型インフルエンザが流行し始めて以来、世界のインフルエンザ感染例は新型が圧倒的に多く、8割以上を占めています。最近になって中国ではB型が5割を占め、カナダでも1-2割を占めるようになってきたので、10/11年シーズンは様子が変わるかもしれません。しかし、WHOが10/11年シーズンのワクチンに新型を配合するよう推奨したように、今後も新型の流行は続くと考えられているようです。


ここで問題なのがタミフルが効きにくいH275Y変異型ウイルスの動向です。08/09年に流行した三種類のウイルスのうち、A/H1型は殆どがこのタイプでした。幸い、新型のA/H1ウイルスはタミフルが効きますが、H275Y変異型もちらほらと発見されるようになりました。今までのパターンから想像すると、2-3年のうちには新型でもこのタイプが主流になるかもしれません。


その頃には感染やワクチン接種を通じて免疫を獲得した人が増えているでしょうから、新型の脅威は緩和しているでしょう。しかし、新型ウイルスが変異して免疫で対処できなくなったり、病原性(入院・死亡率)が高まるかもしれません。過去の大流行では、第二波、第三波で死亡率が急増したこともありました。


万一に備えるにはタミフル耐性ウイルスに効く薬を一つでも多く用意する必要があります。ラピアクタの有効性も今のうちに良く調べておく必要があるでしょう。効くと思っている人が多いような印象を受けますが、もし効かなかった場合は治療が後手に回ってしまいます。点滴用なので特に状態が悪い患者に使うケースが多くなるでしょうから、時間は重要です。


残念ながら現時点では有効性はハッキリしないようです。



in vitroノイラミニダーゼ阻害試験



  • H275Y変異が蔓延した時期に行われた第3相試験の検体を用いた試験では、A/H1N1型に対するペラミビルのIC50は22.2nmol/L。

  • 蔓延する前に行われた第2相試験の検体では1.41nmol/L。

  • A/H3N2型やB型に対してはどちらの試験の検体でも大差ない。

  • 上記のA/H1N1の検体でタミフルのIC50は87.7mol/Lと2.56nmol/L。



このデータを見ると、タミフルほどではありませんが活性が低下しています。




日本の第2相試験の活性低下例



  • 約300人を偽薬、ペラミビル300mg、同じく600mgの3群に割り付けて一回投与。

  • 600mg群の97人中5人でIC50が投与前の15-20倍の水準に上昇。この5例の全てで最終分離ウイルスにH275Y変異が認められた。



急に変異したとも思えません。始めからH275Y変異株が混じっていて、ペラミビルが他の株の増殖を抑制したために勢力を増したのだとしたら、ペラミビルがこのタイプに十分な効果がないことになります。




日台韓の第3相試験のインフルエンザ罹患期間



  • 約1100人をペラミビル300mg、同じく600mg、タミフルの3群に割り付けて、ペラミビルは一回点滴、タミフルは一日二回、5日間経口投与。

  • インフルエンザ罹患期間の中央値は各78時間、81時間、81.8時間。ペラミビルの二群のハザードレシオは0.946と0.970、97.5%上限は1.129と1.157で非劣性(Cox比例ハザードモデルによる解析、非劣性マージンは1.17)。

  • 被験者の55%を占めたA/H1N1感染例では、各80.2時間、83.6時間、88.3時間。ハザードレシオは0.854と0.927、97.5%上限は1.085と1.176。



このシーズンのA/H1N1にはタミフルは効かなかったはずですから、罹患期間やハザードレシオが開いても不思議はありませんでした。タミフルは罹患期間を12時間程度短縮しますので、タミフルに偽薬並みの効果しかなく、ペラミビルが十分に有効ならば4-8時間程度の差では済まないのではないでしょうか。とはいえ、全体の解析より差が大きいので、ペラミビルが全く効かないという印象は受けません。


尚、この試験では用量反応相関が見られませんでしたが、第2相試験でも同じでした。罹患期間という評価項目は感度が低いのかもしれません。だとすると、検出力の低いサブセグメント分析には拘らないほうが良いかもしれません。


審査文書には、H275Y変異ウイルスに対する有効性は不明確、と記されています。目の前の脅威である新型に関しては今のところ重要な問題ではないので、解決を先送りして、承認することを優先したのでしょう。しかし、今となっては治験を行ってもH275Y変異株感染者はあまりいないでしょうから、真実を知るのは困難です。新型で変異株が蔓延するようになれば症例を集めることが容易になりますが、変異株対策が後手に回ってしまいます。


タミフルの異常行動問題が注目された時、残念だったのは日本の治験組入れ数が決して多くなかったことです。おそらくタミフルだけの問題ではないでしょうから、第一三共が承認申請したリレンザ改良薬にも注意が必要でしょう。しかし、タミフルの偽薬対照試験ですら十分に分析できなかったのですから、タミフル対照試験のデータをいくら検討してもリスクの有無は判断できないでしょう。ラピアクタのH275Y変異問題も同じで、偽薬対照試験を実施していればもっとはっきりしたことが分かったかもしれませんね。



2010年2月7日日曜日

時差ぼけを防ぐコツ

旅行や出張で煩わしいのが時差ぼけです。特に、アメリカに行く時は昼間眠くなったり、夜、眠れずにテレビ番組を見て過ごすことが良くあります。昼間に日を浴びるのが良いという話を聞いたことがありますが、移動方向や時差によっては逆効果になるようです。New England Journal of Medicine誌に解説がありましたので専門家の意見を聞いてみましょう。

リンク:R. Sack, Jet Lag

時差ぼけの原因は私達の体内時計がタイムゾーンの変化に直ぐにはアジャストできないからです。この体内時計に影響するのが太陽の光や明るい照明です。夕方に明るい光を浴びると体内時間が後ろにシフトし、朝だと前にシフトするのだそうです。面倒くさいことに、タイムゾーンがどの程度違うかによっても光を浴びるべきタイミングが変わるのだそうです。

時差ぼけ防止のアドバイス

    旅行前
  • 西方向の場合は数日前から寝る時間を1-2時間遅くして、夕方には明るい光を浴びるようにする。東方向の場合は1-2時間早めて朝に明るい光を浴びる。

  • 荷造りは事前に済ませる。前日に十分な睡眠時間を確保できるような出発時刻のフライトを選ぶ。


ごもっともです。しかし、旅行や出張の前は何かと忙しく、なかなか実行できません。


機中

  • 可能ならビジネスクラスやファーストクラスを選ぶ。

  • 十分な水分を取る。深静脈血栓を避けるために頻繁に姿勢を変えたり機内を歩き回れ。

  • 寝るつもりならカフェインの摂取を抑えよ。睡眠薬を飲むならアルコールを飲むな。


私もフライトの度にファーストクラスに乗りたいと切に望みますが、シアトルからデトロイトの乗り継ぎ便で一度、上乗せ金なしで乗せてもらったことが一回あるだけです。


到着後

  • 時差ぼけになることを覚悟せよ

  • 夜行便で寝不足な場合は昼寝をしてもよいが20-30分程度に抑えよ。

  • 西方向の旅行なら夕方に光を浴びよ。但し、時差が8時間以上の場合は、到着後2日間は夕暮れ前の2-3時間は明るい光は避けよ。3日目以降は夕方に明るい光を浴びよ。

  • 東方向なら朝に光を浴びよ。但し、時差が8時間以上の場合は最初の2日間は夜明け後の2-3時間は明るい光を避けよ。3日目以降は朝に明るい光を浴びよ。

  • カフェインを上手く使え(眠気を防ぐには役立つが午後に飲み過ぎると睡眠を妨げる)


時差ぼけを覚悟せよと言われても、そうならないためにアドバイスを求めているので困りますが、心の準備をしておけば時差ぼけのストレスが緩和する、という趣旨なのでしょう。

日を浴びるべき時間と避けるべき時間は実際にはもっと複雑であるようです。日本からロンドン、ロサンジェルス、ニューヨークに旅行するケースに当てはめてみましょう。


旅行先と明るい光の浴び方(初日)
ロンドンLANY
タイムゾーンの差9時間7時間10時間
フライト到着時間夕方昼昼前から夜
光を浴びる時間11-17時13-19時14-20時
光を避ける時間21-03時3-9時4-10時

JALの場合、ロンドン着は夕方になるので、到着した日は17時までに日を浴びるのは無理でしょう。21-03時に強い光を避けよとのことですが、陽は差していないしロンドンの遊び場は薄暗いことが多いので、問題はないでしょう。

ロサンジェルスは昼に着くので、午後は日を浴びましょう。次の日は9時までは光を浴びすぎないように注意しましょう。

ニューヨークは便数が多く到着時間も色々ですが、午後に日を浴びることができるなら浴びて、午前中は10時ごろまで避けたほうが良さそうです。

さて、このアドバイスはどの程度有効なのでしょうか。臨床試験の裏付けは無いようなので、上手く行くとは限りません。しかし、アドバイスに従っても損はしません。大事な旅行の妨げにならないようなら、励行してみたらいかがでしょうか。


2010年1月24日日曜日

サーバリックスにできる事とできない事

子宮頸がん予防ワクチン『サーバリックス』が日本でも発売されました。ヒトパピローマ・ウイルス(HPV)に対する免疫を付けて、HPVが原因で発生する子宮頸がんを防ぎます。日本では毎年15000人が診断されている、若い女性には最も多い癌の一つとのことですから、予防が可能になったのは朗報です。但し、完全ではありません。今回は子宮頸がん予防ワクチンにできることと、できないことを検討してみましょう

テレビでウイルスを除去することができる空気洗浄機の宣伝をよく見ます。凄い話ですが、よく考えてみると、普通の家庭で購入してもたいして役に立ちそうにありません。インフルエンザウイルスは接触、飛沫、空気の三種類の感染経路があり、空気洗浄機が有効なのは空気中に長時間浮遊するウイルスだけです。ドアノブに付いたウイルスが空気洗浄機に吸い込まれるとは思えませんし、目の前の患者が咳をして吐き出したウイルスを私より先に空気洗浄機が吸い込んでくれるとも思えません。ウイルス分解能力があることは実験で確かめたのでしょうから、専門家にとっては真実なのでしょう。しかし、私達が望んでいるのはインフルエンザ感染を防ぐ手段なのですから、それだけでは足りません。空気中のウイルスを何割程度吸い込むことができるのか、有効範囲はどの程度なのか、その結果としてインフルエンザ感染をどの程度防ぐことができるのか?私たちに必要な情報は誰も提供してくれません。

幸い、薬やワクチンは科学的な情報が豊富で、添付文書を読めば何ができて何ができないかがわかります。それでも、できることと比べてできないことに関する情報は限られているので、自分で調べるしかありません。ここではアメリカの添付文書を参考にして、日本の添付文書に記載されていない情報を補足します。

最初に、日本の添付文書を読んでみましょう。

効能又は効果/用法及び用量

ヒトパピローマウイルス(HPV)16型及び18型感染に起因する子宮頸癌(扁平上皮細胞癌、腺癌)及びその前駆病変(子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)2及び3)の予防

効能又は効果に関連する接種上の注意

  1. HPV-16型及び18型以外の癌原性HPV感染に起因する子宮頸癌及びその前駆病変の予防効果は確認されていない。
  2. 接種時に感染が成立しているHPVの排除及び既に生じているHPV関連の病変の進行予防効果は期待できない。
  3. 本剤の接種は定期的な子宮頸癌検診の代わりとなるものではない。本剤接種に加え、子宮頸癌検診の受診やHPVへの曝露、性感染症に対し注意することが重要である。
  4. 本剤の予防効果の持続期間は確立していない。

出所:独立行政法人 医薬品医療機器総合機構のホームページから、サーバリックスの添付文書

HPVは性的感染するウイルスで、大抵の場合はその人の免疫力で抑えこむ事ができるのですが、感染が持続すると子宮頚部に病変ができることがあります。子宮頚部上皮内腫瘍(CIN)はその代表例で、1、2、3の三段階があり1の段階では悪性度は低いですが、もし2や3の段階に進むと、その次の段階である癌(子宮頸がん)に進展するリスクが高まります。検査をしてCIN3または子宮頸がんの段階で摘出することが望ましいのですが、ワクチンが登場して代替的な対策が可能になりました。

上記のように、子宮頸がんワクチンには二つの重要な留意事項があります。第一は、ワクチンに配合されているのはHPVの16型と18型だけで、それ以外の型のウイルスによる癌はあまり防げないことです。第二は、既に子宮頚部にウイルスが侵入してしまった患者には効かない事です。事前に検査すればよいのですが、日本だけでなく欧米でも検査は不要となっています。そうなると、年齢が高まるほどウイルスが侵入してしまった人が増えるので若いうちに接種したほうがよいのですが、今20歳、26歳、30歳の人にも接種希望者がいるでしょう。この人たちのニーズにどう応えるかが難問です。

HPV16、18型以外には殆ど無力

現在の子宮頸がんワクチンは、日本で承認されたサーバリックスも、未発売のGardasilも、HPVの16型と18型の抗原しか配合していません。日本の子宮頸がんの6割、世界では7割が16型と18型によるものなので十分に意味があるのですが、他の型による癌は殆ど防げないので、接種していない人と同様に検診を受けることが大事です。

次の表は、海外で実施された三年間の試験の結果です。15歳から25歳の女性を組み入れたもので、HPV感染歴のある人(血液から抗体が検出された人)やHPVが侵入してしまった人(組織から16・18型以外も含めてHPVのDNAが検出された人)を除外しませんでした。現実の医療では検査はしないので本当は全患者の解析が一番有益なのですが、ここでは未感染者(治験開始前に抗体もDNAも検出されなかった人)の解析を使います。

多寡だか3年間に2%の被験者からCIN2、3、またはAIS(上皮内腺癌・・・子宮頚部腺種の前段階)が発見されました。このうち57%を占める16・18型によるものに関しては、98.4%というすばらしい効果が発揮されました。しかし、他の型も含めると70.2%に低下します。引き算をすると、他の型による前癌性病変を防ぐ効果は3割程度と推測されます。

サーバリックスの予防効果(008試験)
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
(16・18型限定)      
n 5,449 5,436  
CIN2/3・AIS発生数 1 63 98.4
(限定なし)      
n 5,449 5,436  
CIN2/3・AIS発生数 33 110 70.2

メルクが海外で販売しているGardasilは16、18型に加えて性器のイボの原因になる6型と11型もカバーしている4価ワクチンですが、更に5種類をカバーする9価ワクチンを開発中で2012年に承認申請する予定です。Gardasilは日本では臨床試験に手違いがあったようで開発が遅れていますが、ここまで来たら一足飛びに9価ワクチンV503が承認申請されるかもしれませんね。

DNA陽性には効かない可能性が高い

次に、ウイルスが既に子宮頚部に侵入してしまった患者のデータです。先ほどのデータは被験者の63%だけが対象で、治験開始前に組織から16・18型のHPVのDNAが発見された人(7%)や抗体が発見された人は対象外です。次の表は、DNAが発見された人には効果がないことを示唆しています。残念ながら、手遅れなのでしょう。

DNA陽性患者の解析
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
n 641 592  
CIN2/3・AIS発生数 74 73 -
注:16・18型のウイルスによる前癌性病変だけを対象とした解析。

感染経験があっても(抗体保有者でも)DNA陽性でなければ効果がありそうです。ワクチンで獲得する免疫は自然感染による免疫より強力なので、次に感染した時の備えになるのでしょう。

科学者の真実は一般人の真実と異なる

日本の添付文書には未感染者に於けるHPV16・18型による前癌性病変の予防効果しか出ていませんが、これは感染症予防ワクチンの効果を分析・記述する上で珍しくない方法です。二価ワクチンなのですから、厳格な分析をするためには他の型は除外すべきですし、予防ワクチンなのですから感染経験のある患者を治療する効果は求められません(どこまでが予防でどこからが治療なのか、境界線は曖昧ですが)。ウイルスを破壊する空気洗浄機と同じで、科学的には真実なのです。

でも、サーバリックスを接種する人は自分が感染しているかどうか知らないのですから、感染経験者を除外したデータは不適当です。また、私達が予防したいのは子宮頸がん全てです。そこで、全被験者を対象とした全ての型のウイルスによる前癌性病変のデータを見てみましょう。次表のように、30%と最初のデータ(98%)よりだいぶ低下します。

リアルワールドでの予防効果
  サーバリックス 対照群 削減率(%)
n 8,667 8,682  
CIN2/3・AIS発生数 224 322 30.4

何歳までが有効か

30%、70%、98%と色々な数字が出ましたが、どれが私達の真実なのでしょうかか?検査をしないで接種する用法なのですから、98%ではないでしょう。30-70%のどれかですが、年齢が高まるほど感染経験者が増えることを考えれば、年齢によって異なると考えたほうが良いでしょう。

サーバリックスの適応は日本もEUも10歳以上の女性となっていて、上限はありません(正確に言えばEUは性別も限定していません)。しかし、アメリカは10-25歳に限定しています。また、欧米では保険の対象になっていますが、対象年齢は絞り込まれています。英国は女性が12-13歳になったら接種、18歳以下の女性も未接種なら可、19歳以上は今後の検討課題としています。米国は11-12歳になったら接種、18歳まで可。フランスは女性が14歳になったら接種、23歳まで可、と区々です。

Gardasilはアメリカでは9-26歳の女性に承認されています(同年代の男性にも性器癌の予防で承認されました)。 26-45歳の女性に対象人口拡大申請を行いましたが中々承認されません。細かいデータは分かりませんが、効かない人の比率が高いのかもしれません。何歳まで使うべきなのは、今後の探求課題です。

効果が何年持つのかも良くわかりません。免疫力の指標である抗体力価は6年程度持続しますがデータが未だないのでそれ以上は判りません。20年持つという説がありますがモデルに基づく推定です。抗体力価が低下しても新規に感染しなければ癌にはならないかもしれませんから、抗体力価の持続性と癌の予防効果はダイレクトに相関しないかもしれません。もし効果が急速に低下することがわかったとしても追加接種で対応できるかもしれないので、この問題は今から心配しなくても良さそうです。


2009年12月5日土曜日

抗インフルエンザ薬と異常行動

タミフルといえば数年前に、二階から飛び降りるなどの異常行動が多数、報告されました。07年3月に厚生労働省が適応を見直し、ハイリスク患者以外は原則として10代には使用を差し控えるよう通知したため、タミフルの異常行動症例は減りましたが、代わりにリレンザの異常行動報告が増加しています。10代におけるリレンザのシェアは8割に達するようですので、その分、異常行動症例も増加したのでしょう。結局、タミフルだけの問題ではなくノイラミニダーゼ阻害剤のクラス・イフェクト、または病気自体の合併症だったのでしょう。

タミフルの10代使用制限とリレンザの容認は続けられていますが、見直しても良いのではないでしょうか。リレンザは吸入薬なので重い呼吸器症状の患者には適していないからです。

今後、塩野義製薬の点滴用ノイラミニダーゼ阻害剤peramivirや、第一三共の一回吸入型ノイラミニダーゼ阻害剤CS-8958、そして富山化学のポリメラーゼ阻害剤T-705など、日の丸抗インフルエンザ薬が続々と登場する見込みです。今のうちに、タミフルやリレンザの異常行動問題の解明を十分に進めないと、先送りするだけでは将来また同じ問題が発生するかもしれません。


重度異常行動の発生状況
シーズンnタミフルリレンザアセト
アミノフェン
不明/
服用なし
06/071375054365
07/08771192737
08/0917947185093
09/1015126363784

注:岡部研究のデータ。09/10シーズンは11月15日まで。複数の薬を併用しているケースがあるので数値はダブルカウントがある。

出所:インフルエンザ罹患に伴う異常行動研究(pdfファイルです)


異常行動症例
(自発的有害事象報告)
タミフルリレンザ
05/06シーズン780
06/07シーズン17010
07/08シーズン2558
08/09シーズン2797
発売以来累計353167
うち、10歳未満13847
10代161115

注:厚生労働省に届けられた有害事象報告を各社が追加調査した上で解析したもの。

出所:厚生労働省

2009年11月28日土曜日

clopidogrelの2C19問題:AHAの抄録から(加筆訂正版)

(11月28日付の記事の加筆訂正版です。誤字や括弧の閉め忘れが目立つので直し、メタアナリシスに関するコメントを斜字で加筆して、以前書いたCHARISMA試験のデータが参考になるので再掲しました。)

今年のAHAでもclopidogrelとプロトンポンプ阻害剤(PPI)の相互作用、そしてCYP 2C19機能低下多型との関連性に関する研究結果がたくさん発表されたようです。幾つか興味深いものを紹介しましょう。

その前に、これまでの論点をまとめて起きます。抗血小板薬clopidogrelは経皮的冠介入術(PCI)を受けた患者や脳梗塞経験者などが再発を予防するために大変重要な薬です。特にPCI患者にとっては、アスピリンとclopidogrelを併用して強力に血小板凝集を阻害する、dual anti-platelet therapy(DAT)は欠かせません。PCI後の再狭窄を防ぐために薬物溶出ステント(DES)を留置するケースが増えていますが、ステント血栓のリスクが一年以上続きますので、支障がなければDATを一年以上続けよというのが米国のガイドラインの推奨です。

貴重な薬なのですが、二つの弱点があります。第一に、服用後に体内で数段階の代謝を経てから初めて活性を発揮するプロドラッグなので、効き始めが遅く、また、肝臓酵素の機能具合や薬物相互作用に影響されることです。関与する酵素が多いことや多段階であるため発売当初は仕組みが良く分からなかったのですが、近年になって2C19酵素が特に重要であることが判明しました。問題は二種類あり、第一に、2C19酵素の機能低下多型(2C19*2型が多い)のキャリアはclopidogrelの活性化が中々進まず、血小板凝集抑制作用を通じた心筋梗塞リスク削減効果を十分に享受できない可能性があります。遺伝子は二組あるので片方だけなら何とかなるものですが、clopidogrelの場合は両方の場合(ホモ接合型)だけでなく片方(ヘテロ接合型)でも影響があるようです。ヘテロ接合型を持つ人はホモ接合型よりはるかに多いので重要です。

第二は2C19を阻害する薬との相互作用です。clopidogrelのもう一つの弱点である胃腸出血リスクはアスピリンにもありますからDATはリスクがダブルで高まります。そこで、胃酸の分泌を抑制する薬を併用して予防することがしばしばあるのですが、最も効果の高いPPIは2C19を阻害するので、clopidogrelの活性化を邪魔するかもしれません。これも発売当初は良く分からなかったのですが、様々なエビデンスが積み重なったため疑惑が高まっています。

私の形勢判断は、2C19機能低下多型は大いに疑わしい。薬物相互作用試験、血小板凝集試験、疫学的試験、前向き無作為化対照試験の全てで、懸念が浮上しています。但し、否定的なエビデンスもありますし、影響するのはホモ接合型の時だけ、というデータもあります。無作為化対照試験のエビデンスといっても、サブポピュレーション分析なので各群の該当患者の患者背景(年齢など)に偏りがないとは限らず、完全なエビデンスではありません。

この問題に答えが出るとしたら、アストラゼネカが開発した新薬であるticagrelorの第三相試験、PLATOのゲノムサブスタディでしょう。PLATO試験はticagrelor の心筋梗塞再発リスク削減効果がclopidogrelより高いことを明らかにしました。ticagrelor は2C19の影響を受けないはずですので、2C19機能低下変異のある患者ではもっと大きな差が出るでしょう。過去の研究と比べて症例数が多く検出力が高いので、どのような結果になったとしても、説得力が高いでしょう。

PPIはよく分かりません。薬物相互作用試験や血小板凝集試験では影響が見られますが、このような試験では心筋梗塞削減効果がどの程度低下するかということまでは知ることはできません。疫学的試験では心筋梗塞リスクが高いという結論が出ていますが、PPIを服用している人としていない人では患者背景が違います。疫学的試験では患者背景の違いを修正した上でリスク倍率を推定していますが、修正方法が正しいとは限りません。

前向き無作為化試験ではticagrelorの第三相試験でも、第一三共が開発したprasugrelの第三相試験でも、これらの薬のclopidogrel対比のリスク削減効果はPPIを服用していてもいなくても同程度でした。もっと明確はエビデンスはclopidogrelとomeprazoleの合剤の第三相試験COGENTで、心血管イベントのリスクはclopidogrelだけを投与した群と殆ど同じでした。この試験は開発会社の資金繰りが行き詰まり途中で打ち切りになってしまったのですが、試験のデザインがしっかりしていて、心血管イベント数が当初の計画よりは少ないにしてもかなり多いので、信頼性は高そうです。

clopidogrelの効果が高いといっても、臨床試験期間中に心筋梗塞を再発するのは偽薬群でも一部の患者だけなのですから、恩恵を受けるのは更にその一部の患者だけであり、2C19影響で恩恵を受けられないのは更にその一部に過ぎません。。clopidogrelノンレスポンダー問題が中々解決しない理由は、問題提起する人は沢山いるのですが、多額の資金を投じて確認試験を実施してくれる人が殆どいないからです。その意味で、clopidogrelを倒して天下を取ろうとする新薬が二種類も登場したことはラッキーです。アストラゼネカや第一三共がこの問題を探求する上で重要な役割を果たすでしょう。


前置きが長くなりました。AHAの抄録から、最初に夫々の問題のメタアナリシス、そして2C19多型問題とPPI問題を統合的に分析した研究、日本で実施された2C19多型及びrabeprazoleの影響を調べた血小板凝集試験、そして最後に、詳しいことは良く分からないのですが、機能増強多型の存在を示唆する研究を紹介します。




2C19機能喪失多型の影響に関するメタアナリシス

著者:J. Mega(Brigham and Women's Hospital)等

デザイン:2C19機能低下多型(殆どが*2型)と臨床的な転帰の関連性を調べた9本の試験のメタアナリシス(random-effects model)。被験者の91%はPCIを受け、65%は急性冠症候群症例。MACE(主要有害心血管イベント)解析対象は9684人、ステント血栓解析対象は5772人。

結果:9684人のうち機能低下多型キャリアは28.5%で、ヘテロ(片方だけ)が26.3%、ホモ(両方)は2.2%だった。MACEの相対リスクは1.61で統計的に有意だった(次表)。ヘテロもホモもリスクが高かった。ステント血栓の相対リスクは2.76でこれも有意に高かった。

結論:2C19機能低下多型キャリアは有害心血管イベントやステント血栓のリスクがヘテロ・ホモを問わず高かった。遺伝子検査をすればclopidogrelの恩恵を受けにくい、30%近い患者を特定することができる。


相対リスク95%信頼区間p値
MACE:
キャリア対ノンキャリア1.611.28-2.02<0.001
ヘテロ対野性1.501.08-2.080.016
ホモ対野生1.811.21-2.710.004
ステント血栓:
キャリア対ノンキャリア2.761.77-4.30<0.001
ヘテロ対野性2.511.59-3.98<0.001
ホモ対野生4.782.01-11.39<0.001


これだけ研究の数が増えると一々取り上げるのは大変なので、メタアナリシスがあると助かります。それにしても1.6倍ですか。CURE試験ではclopidogrel併用群の心血管イベント相対リスクは偽薬群の0.8倍でしたので、clopidogrel群から偽薬群を見ると1.25倍となります。CREDO試験では、同様に、1.36倍でした。clopidogrelは急性冠症候群では純粋な偽薬対照試験が殆ど実施されていないので、実際はもっと効果が高いのかもしれませんが、それにしても1.6倍というのは大きすぎる印象です。


尤も、CURE試験でもCREDO試験でも、2C19機能喪失多型を持たない人だけが対象だったらもっと良い結果が出ていたかもしれません。この問題は堂々巡りです。

疫学的試験の弱点は、2C19機能喪失多型を持つこと自体が心血管リスクを高める可能性を考慮していないことです。本来なら、clopidogrelを服用していない人の研究を行って、2C19機能喪失多型自体がリスク因子なのか、もしそうだとしたらリスク倍率はどの程度なのか、検証しなければなりません。

その意味で面白いのは、以前取り上げた、CHARISMA試験のゲノムサブスタディです。偽薬群(アスピリンのみ)のデータを見ると、*2/*2型は8.8%とWT(野生)/WT型の5.1%より高くなっています。残念なことにイベント数が少ないので説得力は今一つですし、リスクが本当に高いとしても現時点では理由が明らかではないので、生物学的もっともらしさに欠けています。




CHARISMA試験のゲノムサブスタディ

D. Bhatta(Brigham and Women's Hospital)等。2009年のTCTで発表

デザイン:CHARISMAは冠動脈疾患などを持つ患者を対象とした心血管イベント初発・再発予防試験で、15603人をDATとアスピリンだけの群に無作為化割付し、メジアン28ヶ月間追跡。数値上はDATのほうが若干良かったが有意差は出ず。ゲノムサブスタディは4862人を対象に2C19酵素の遺伝子を調べ、各ハプロタイプの心血管死・心筋梗塞・脳卒中リスクを野生(WT)遺伝子だけしか持っていない人と比較。



CHARISMA試験全体の成績
主評価イベントの相対リスクN相対リスク95%CI
治験全体15,6030.930.83-1.05
うち、再発予防グループ12,1530.880.77-0.998
初発予防グループ3,2841.20.91-1.59


ハプロタイプ毎の主評価項目発生率
偽薬群n/Nclopidogreln/N
全ユニバース:

7.30%573/78016.80%534/7802
ゲノムサブスタディ:
WT/WT5.10%49/9716.00%57/950
*2/WT4.30%21/4896.70%33/490
*2/*28.80%5/5713.80%8/58
*2/*176.30%10/1597.70%13/170
*17/WT7.50%48/6425.80%37/643
注:主評価イベントは心筋梗塞、脳卒中、心血管死。再発予防グループは冠動脈疾患、心血管疾患、末梢動脈疾患の既往歴あり。





PPI相互作用に関するメタアナリシス

M Singh(Rosalind Franklin Univ of Med and Science)等

デザイン:clopidogrelとPPIの関連性を調べた5本の試験のメタアナリシス(Mantel-Haenszel fixed-effect model、n=29749)。主評価項目はMACE(急性心筋梗塞、再血行再建術、心臓死)。

結果:PPI服用者と非服用者の患者背景には顕著な差はなかった。服用者は非服用者と比べてMACEリスクが有意に高かった(オドレシオ1.65、95%CI:1.55-1.76、p=0.000)。

結論:PPIとclopidogrelを同時使用するとMACEリスクが顕著に高まる。


こちらも1.65倍で2C19多型と同じくらいのマグニチュードを持つリスク因子ということになります。



2C19機能低下多型及びPPI相互作用のメタアナリシス

Jean-sebastien Hulot(UPMC、フランス)等

デザイン:clopidogrelと2C19*2多型の関係を検討した8本9427人の試験とPPIとの関係を検討した8本35108人の試験のメタアナリシス(fixed-effect model)。虚血性イベント(死、再発性心筋梗塞、緊急血行再建術)の発生例を抽出した。

結果:2C19*2多型キャリア(n=2674、28%)は虚血性イベントの発生率がノンキャリアより高かった(10.4%対8.3%、オドレシオ1.31、95%CI:1.12-1.53、p<0.001)。心血管死の増加にも関連していた(各1.8%対1.0%、1.79、1.10-2.91、p<0.019。PPIユーザー(n=15197、43%)は非ユーザーより虚血性イベントのリスクが高かった(25.5%対19.4%、1.48、1.40-1.57、p<0.001)。全データを統合すると、機能低下多型や薬物相互作用によって2C19機能が改変されているclopidogrel服用者は虚血性イベントが50%高い(オドレシオ1.49、95%CI:1.42-1.57、p<0.001)。



こちらのメタアナリシスでは1.3倍と1.5倍で、同じメタアナリシスでも少し違った結果になっています。



2C19機能低下多型とPPI相互作用に関するレジストリーデータ分析

J. Carlquist(Univ of Utah)等

デザイン:IHCS症例登録に組入れられた、DES留置術を受けて退院時にclopidogrelを服用していた患者938人(*2型キャリアは27.1%)のデータを用いて、2C19*2多型やPPI服用の有無と一年間の心筋梗塞・死亡リスクとの関連性を研究。

結果:PPI服用者は2C19*2ノンキャリアでもキャリアでもリスクが高かった。Cox回帰分析ではPPI服用のハザードレシオは2.37で有意、2C19*2キャリアは1.35で有意ではなかった。この二つの要素の間の相互作用は統計学的に有意ではなかった(交互作用p=0.57)。

結論:PPI服用に関連するリスクのマグニチュードは2C19*2キャリアのそれを上回る。PPIのリスクはキャリア、ノンキャリアを問わないので、遺伝子検査するだけでは回避出来ない。この研究は、選択バイアスやPPI自体の直接的な毒性の可能性を除外できていないなどの限界があり、無作為化臨床試験で因果関係の有無を明らかにすべきである。それまでは、DES留置術を受けた患者にclopidogrelとPPIをルーチンに投与することは思いとどまったほうがよい。


1年心筋梗塞・死亡率PPI服用非服用p値
ノンキャリア14.4%5.8%<0.001
キャリア17.6%9.3%0.05
Cox回帰分析によるハザードレシオHR95%CIp値
PPI服用2.371.56-3.61<0.001
2C19*2キャリア1.350.90-2.030.15




この試験で印象的なのは、2C19が機能しているノンキャリアのほうがPPI服用の影響が大きく、PPI服用者のほうがキャリア対ノンキャリアの倍率が小さいという、理屈通りのデータになっていることです。



rabeprazoleとclopidogrelの相互作用

S. Hokimoto(Kumamoto Univ)等

デザイン:冠動脈疾患の127人を対象に、2C19多型やrabeprazoleがclopidogrelの血小板凝集阻害作用にどう影響するかを検討。


結果:extensive metabolizer(2C19*1/*1)が46例、hetero extensive metabolizer(*1/*2、*1/*3)が52例、poor metabolizer(*2/*2、*2/*3、*3/*3)が29例を占めた。血小板凝集活性はこの順に高かった。rabeprazoleを服用(29例)しても服用しなくても(98例)血小板凝集活性に有意な差はなかった。


この抄録は被験者の組入れ条件や統計的な有意性に言及していないこと、rabeprazole投与例が少ないことなど、よく分からないことが多いのですが、興味深いのは2C19機能喪失多型キャリアが欧米の試験と比べてはるかに多いことです。この問題が日本人(と中国人)にとって特に重要であることを示しています。同時に、これだけキャリアが多いのなら日本のほうが研究しやすいかもしれません。

clopidogrelは中国で実施されたST上昇型心筋梗塞のCOMMIT試験で、平均2週間の死・心筋梗塞・脳卒中イベントを偽薬比9%減らすことに成功しました。他の試験と比べると効果が小さいですが、負荷用量を投与しなかったことや期間が短いことが響いたのかもしれません。同時に、今日の視点から見ると、中国人に2C19機能喪失多型が多いことが響いたのかもしれません。



clopidogrelの効果を増強する2C19多型

K. Tiroch(Deutsches Herzzentrum、ドイツ)等

デザイン:急性心筋梗塞の925人を対象に、clopidogrel服用者の2C19*17(C/T)Tアレルと心血管イベントの関連性を検討。

結果:Tアレルのキャリアはノンキャリアと比べてMACE(心血管死、心筋梗塞、ステント血栓確定例、標的血管血行再建術)が18%少なかった(33.6%対40.9%、p=0.047)。

結論:この試験は、機能増強的2C19*17 Tアレルがclopidogrel服用者の心血管イベントを顕著に低下させることを初めて明らかにした。



大変面白い抄録なのですが、ここでいうTアレルがホモ接合だけなのか、ヘテロも含んでいるのか、該当症例数がどの程度あったのかなどが分かりません。ノルウェイのI. Rudberg等(Clin Pharmacol Ther. 2008 Feb;83(2):322-7)がescitalopramという抗鬱剤の服用者を対象に実施した試験では、166人中*17/*17が7人(4%)、ヘテロが59人(35%)でした。結構いるようですが、地域によってかなり異なるようです。因みに日本は少ないようで、、K. Sugimoto等(Br J Clin Pharmacol. 2008 March; 65(3): 437?439.)が弘前大学大学院医学研究科の学生を対象に実施した試験によれば、2C19*17ヘテロ接合型は265人中7人(3%)、ホモはゼロ。*2または*3だけを持っていた人は48人(19%)、*2または*3と*1のヘテロは116人(44%)、*2または*3と*17のヘテロは4人でした。


今日では日本の製薬会社ですら海外での開発を先行させています。日本は海外の大規模な試験のデータと日本の小規模なデータを使って承認申請する戦略です。このような時代だからこそ、人種によって異なる機能喪失多型の影響について、よく調べておく必要があるでしょう。


2009年11月23日月曜日

AHAでの日本の研究発表に関する苦言

AHAのウェブカストで日本のアウトカム試験の発表を見て、これではイカンのではないかと思いました。私如きが僭越ですが、欧米の学会でも大きな関心が寄せられている問題なので、書かせてください。


Lancet誌に刊行された日本のdual RAS blockadeに関する先駆的な臨床試験が、実は倫理基準を遵守せずに実施され、実施方法や解析方法にも疑わしい点があったというのは大変な驚きでした。科学研究は先人の積み重ねた石の上に更に積み重ねる作業ですから、土台の石に欠陥があり崩れると多くの研究者が迷惑します。医学の場合、適切ではない医療に多くの患者が曝されることになりかねないので、被害が社会全体に及びます。それだけに、治験を厳格に行ってその経緯や結果を率直に発表し、読者や学会出席者に研究の長所と限界を明示することが重要です。


研究者の側にも言いたい事はあるかもしれません。スーパーコンビューター研究費の事業仕分けが典型的ですが、科学研究にも分かり易い短期的な成果が求められるようになり、何か成果を挙げないと研究費が削られて一層成果を挙げにくくなる悪循環に陥ってしまいます。このような時代だけに私たちも研究発表を注意深く吟味することが必要です。


さて、このアウトカム試験は心不全治療におけるベータブロッカーの至適用量を探索した研究者主導試験です。1500例を組入れる予定でしたが進捗せず、結局、360例程度で解析に入りました。研究には試行錯誤が付き物で、日本のアウトカム試験の歴史はまだ始まったばかりなのですから、失敗経験も貴重です。重要なのは、この経験を多くの研究者に伝えて、次の研究に生かすことでしょう。


ところが、AHAの発表では治験の経緯や解析計画が言及されなかったのです。おそらく、聴衆はこの試験の動機を全く理解できなかったでしょう。


この試験の背景になった問題意識は、日本人における至適用量が明確ではないことだそうです。このベータブロッカーは西洋では一日50-100mgが推奨されていますが、日本では5-20mgと大きな違いがあるからです。話の流れからは、50mg以上の高用量と低用量を比較したのだろうと思ったら、そうではありませんでした。一日2.5mg、5mg、20mgの三種類しか設定されず、むしろ、低用量の有効性を探った試験です。


解析計画は言及されませんでした。組入れが進まなかったことやイベント発生率が予定より低く推移したために途中で目標症例数を引き下げ、それに伴い解析計画が変更されたことも、その症例数にも到達しなかったため繰上げ完了されたことも言及されませんでした。主評価項目が見直されBNP値が大きく変動した場合も評価対象に含まれるようになったと聞いていますが、学会では主評価項目の具体的な構成が明示されなかったので、真偽は分かりません。複合評価項目は死亡のような深刻なイベントと代理マーカー変動のような比較的軽いイベントを同じように扱うので、明細を確認することが重要ですが、定義が分からないのでは話になりません。


解析結果は5mg群は2.5mg群と比べてハザードレシオが0.86でしたが、95%信頼区間で見ても、ログランク・テストのp値で見ても、有意ではありませんでした。10mg群と2.5mg群の比較でも同じです。このため、発表者は、2.5mgという低用量でも、LVEFが低下した軽中度慢性心不全の日本人患者の長期的な転帰に恩恵的な効果を示したと結論しています。


しかし、有意な差が無かったということは同等であることと同じではありません。本当は差があるのに治験が失敗して検出できなかった可能性が残っているからです。ディスカッサントが指摘したように、臨床的に意味がある差を検出するためには数千人の症例が必要です。治験の経緯を知らない人は、そもそもなぜ、このようなアンダーパワーの試験を計画したのか、訝しく思ったことでしょう。


近年、米国の学会では臨床研究の発表の仕方に関する批判が増えています。製薬会社などが成功した試験の結果だけを大々的に発表するパブリケーション・バイアス、データ隠しの問題は、主要医学誌が声明を出して、治験プロトコルの事前登録を訴える事態になりました。PROACTIVE試験(pioglitazoneのアウトカム試験)では主要な二次的評価項目とされたものが、ポストホックで追加されたのではないかという疑惑が浮上しました(実際にはギリギリセーフなタイミングだったようです)。仮説検証的試験は仮説が重要なのに結果を見てから主評価項目や追跡期間を変更したり、主評価項目で有意差が出なかったのに二次的評価項目の一つだけで有意差が出たことを喧伝したりと、ご都合主義的な発表が横行している現状を、憂慮しているのです。このような環境では発表者に悪意がなくても不必要な疑惑を招いてしまいます。


この試験の関係者の皆様にとっては不愉快かもしれませんが、私たち全員にとって重要な問題なので、敢えて書かせていただきました。



2009年11月21日土曜日

米国がclopidogrelの警告を強化:日本はどうする?

Plavix(clopidogrel)の米国のレーベルが変更され、2C19問題がセットで警告されました。話自体は前からありますが、注意事項ではなく警告事項に格上げされたことは、FDAの強い問題意識を示しています。


この種の薬は血栓性血小板減少性紫斑症のリスクがあり、従来から警告事項になっています。追加事項の概要を訳すと、


CYP2C19の機能低下に伴う薬効の低下


clopidogrelの血小板凝集阻害作用は全て活性代謝物によるものだ。この代謝の一部はCYP2C19が担っているので、CYP2C19の遺伝子の多型やCYP2C19を阻害する薬の同時使用は妨げになる。CYP2C19の機能が低下している患者やCYP2C19を阻害する薬を服用している患者にPlavixを使うのは避けよ。


遺伝子多型


CYP2C19機能が遺伝子的に低下している患者は抗血小板反応が弱く、全般的に、通常の機能を持つ患者よりも心筋梗塞後の心血管イベント発生率が高い(臨床薬理:遺伝薬理の項を参照のこと)。



(遺伝薬理の項は以前書いたのと変わっていません。この問題に関する研究成果をまとめて、2C19*2や2C19*3多型を一つ又は両方の遺伝子に持つ人は活性代謝物のCmaxやAUCが30-50%低く、血小板凝集阻害検査値が30%以上悪く、心血管イベントのリスクが高いと述べています。)


薬物相互作用


プロトンポンプ阻害剤の一つでCYP2C19を阻害するomeprazoleをPlavixと服用すると、同時に服用しても12時間後に服用しても、Plavixの薬理学的活性が低下する。胃酸を抑制する他の薬、例えば多くのH2ブロッカー(CYP2C19阻害作用を持つcimetidineを除く)や制酸剤がclopidogrelの抗血小板活性に影響することを示すエビデンスはない(事前注意:薬物相互作用の項を参照のこと)。


何が理由で警告強化されたのでしょうか?ヒントになるのがこの事前注意:薬物相互作用のところに記されている相互作用試験です。


omeprazole


クロスオーバー試験で72人の健常者にPlavix(負荷用量300mgに続いて一日75mg)を単独またはomeprazole(80mg)と同時に5日間投与した。同時服用時はclopidogrelの活性代謝物の曝露が46%(第一日)と42%(第5日)低下し、平均血小板凝集阻害(IPA)は47%(24時間)と30%悪化した。別の試験では72人の健常者にこの二つの薬の同じ用量を、12時間離して投与した。結果は同様であり、時間をずらしても相互作用を防ぐことはできないことが示唆された。


omeprazoleは逆流性食道炎やびらん性食道炎、ピロリ菌除菌療法などに用いられていますが、一日用量は20mgまたは40mdです。ゾリンジャー・エリソン症候群のように胃酸分泌が著しく多い患者の治療は60mg-360mgと大変な高用量を使いますが、それにしても、80mgではありません。おそらく、2C19機能低下患者でomeprazoleの代謝が遅れて血中濃度が高くなる事態を想定したのでしょう。


薬物動態試験とex vivoの血小板凝集阻害試験だけで結論を出してよいのか、釈然としません。AHAとACC学会が出した声明も、FDAの警告内容を列記するだけで独自のコメントや、このようなケースで必ず付記される「現在服用している人は勝手に服用を止めず、心配なら医師に相談してください」という一文すらありません。FDAがここまで強く言っているからには他にも何か根拠があるのでしょう。この試験の論文刊行・学会発表が望まれます。最終的に薬を決めるのは医師なのですから、判断の手助けになる納得の行くデータを出さなかったら、警告を出しても無意味です。


さて、以前書きましたように、日本人は2C19機能低下多型を持っている人が過半を占めるようなので、私たちにとっては大変重要な問題です。考えてみれば、cimetidineと同時使用すると排泄が半減するticlopidineは日本では海外の半分の用量しか承認されていません。よくあることなので不思議に思いませんでしたが、ticlopidineが半分ならclopidogrelは海外より高用量を使うなり、それこそ2C19多型を検査して量を加減したほうが良いのかもしれません。


PCIとステント留置術に伴う心筋梗塞やステント血栓を防ぐ上で大変重要な薬ですから、日本人の過半がノンレスポンダーだとしたら大変なことです。厚生労働省や機構の皆さん、学会の先生方、この問題を放置して良いのですか?FDAのアクションを傍観して感染症の被害者を増やした、ドラッグラグならぬインフォメーションラグを繰り返してはいけません。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...