2009年11月28日土曜日

clopidogrelの2C19問題:AHAの抄録から(加筆訂正版)

(11月28日付の記事の加筆訂正版です。誤字や括弧の閉め忘れが目立つので直し、メタアナリシスに関するコメントを斜字で加筆して、以前書いたCHARISMA試験のデータが参考になるので再掲しました。)

今年のAHAでもclopidogrelとプロトンポンプ阻害剤(PPI)の相互作用、そしてCYP 2C19機能低下多型との関連性に関する研究結果がたくさん発表されたようです。幾つか興味深いものを紹介しましょう。

その前に、これまでの論点をまとめて起きます。抗血小板薬clopidogrelは経皮的冠介入術(PCI)を受けた患者や脳梗塞経験者などが再発を予防するために大変重要な薬です。特にPCI患者にとっては、アスピリンとclopidogrelを併用して強力に血小板凝集を阻害する、dual anti-platelet therapy(DAT)は欠かせません。PCI後の再狭窄を防ぐために薬物溶出ステント(DES)を留置するケースが増えていますが、ステント血栓のリスクが一年以上続きますので、支障がなければDATを一年以上続けよというのが米国のガイドラインの推奨です。

貴重な薬なのですが、二つの弱点があります。第一に、服用後に体内で数段階の代謝を経てから初めて活性を発揮するプロドラッグなので、効き始めが遅く、また、肝臓酵素の機能具合や薬物相互作用に影響されることです。関与する酵素が多いことや多段階であるため発売当初は仕組みが良く分からなかったのですが、近年になって2C19酵素が特に重要であることが判明しました。問題は二種類あり、第一に、2C19酵素の機能低下多型(2C19*2型が多い)のキャリアはclopidogrelの活性化が中々進まず、血小板凝集抑制作用を通じた心筋梗塞リスク削減効果を十分に享受できない可能性があります。遺伝子は二組あるので片方だけなら何とかなるものですが、clopidogrelの場合は両方の場合(ホモ接合型)だけでなく片方(ヘテロ接合型)でも影響があるようです。ヘテロ接合型を持つ人はホモ接合型よりはるかに多いので重要です。

第二は2C19を阻害する薬との相互作用です。clopidogrelのもう一つの弱点である胃腸出血リスクはアスピリンにもありますからDATはリスクがダブルで高まります。そこで、胃酸の分泌を抑制する薬を併用して予防することがしばしばあるのですが、最も効果の高いPPIは2C19を阻害するので、clopidogrelの活性化を邪魔するかもしれません。これも発売当初は良く分からなかったのですが、様々なエビデンスが積み重なったため疑惑が高まっています。

私の形勢判断は、2C19機能低下多型は大いに疑わしい。薬物相互作用試験、血小板凝集試験、疫学的試験、前向き無作為化対照試験の全てで、懸念が浮上しています。但し、否定的なエビデンスもありますし、影響するのはホモ接合型の時だけ、というデータもあります。無作為化対照試験のエビデンスといっても、サブポピュレーション分析なので各群の該当患者の患者背景(年齢など)に偏りがないとは限らず、完全なエビデンスではありません。

この問題に答えが出るとしたら、アストラゼネカが開発した新薬であるticagrelorの第三相試験、PLATOのゲノムサブスタディでしょう。PLATO試験はticagrelor の心筋梗塞再発リスク削減効果がclopidogrelより高いことを明らかにしました。ticagrelor は2C19の影響を受けないはずですので、2C19機能低下変異のある患者ではもっと大きな差が出るでしょう。過去の研究と比べて症例数が多く検出力が高いので、どのような結果になったとしても、説得力が高いでしょう。

PPIはよく分かりません。薬物相互作用試験や血小板凝集試験では影響が見られますが、このような試験では心筋梗塞削減効果がどの程度低下するかということまでは知ることはできません。疫学的試験では心筋梗塞リスクが高いという結論が出ていますが、PPIを服用している人としていない人では患者背景が違います。疫学的試験では患者背景の違いを修正した上でリスク倍率を推定していますが、修正方法が正しいとは限りません。

前向き無作為化試験ではticagrelorの第三相試験でも、第一三共が開発したprasugrelの第三相試験でも、これらの薬のclopidogrel対比のリスク削減効果はPPIを服用していてもいなくても同程度でした。もっと明確はエビデンスはclopidogrelとomeprazoleの合剤の第三相試験COGENTで、心血管イベントのリスクはclopidogrelだけを投与した群と殆ど同じでした。この試験は開発会社の資金繰りが行き詰まり途中で打ち切りになってしまったのですが、試験のデザインがしっかりしていて、心血管イベント数が当初の計画よりは少ないにしてもかなり多いので、信頼性は高そうです。

clopidogrelの効果が高いといっても、臨床試験期間中に心筋梗塞を再発するのは偽薬群でも一部の患者だけなのですから、恩恵を受けるのは更にその一部の患者だけであり、2C19影響で恩恵を受けられないのは更にその一部に過ぎません。。clopidogrelノンレスポンダー問題が中々解決しない理由は、問題提起する人は沢山いるのですが、多額の資金を投じて確認試験を実施してくれる人が殆どいないからです。その意味で、clopidogrelを倒して天下を取ろうとする新薬が二種類も登場したことはラッキーです。アストラゼネカや第一三共がこの問題を探求する上で重要な役割を果たすでしょう。


前置きが長くなりました。AHAの抄録から、最初に夫々の問題のメタアナリシス、そして2C19多型問題とPPI問題を統合的に分析した研究、日本で実施された2C19多型及びrabeprazoleの影響を調べた血小板凝集試験、そして最後に、詳しいことは良く分からないのですが、機能増強多型の存在を示唆する研究を紹介します。




2C19機能喪失多型の影響に関するメタアナリシス

著者:J. Mega(Brigham and Women's Hospital)等

デザイン:2C19機能低下多型(殆どが*2型)と臨床的な転帰の関連性を調べた9本の試験のメタアナリシス(random-effects model)。被験者の91%はPCIを受け、65%は急性冠症候群症例。MACE(主要有害心血管イベント)解析対象は9684人、ステント血栓解析対象は5772人。

結果:9684人のうち機能低下多型キャリアは28.5%で、ヘテロ(片方だけ)が26.3%、ホモ(両方)は2.2%だった。MACEの相対リスクは1.61で統計的に有意だった(次表)。ヘテロもホモもリスクが高かった。ステント血栓の相対リスクは2.76でこれも有意に高かった。

結論:2C19機能低下多型キャリアは有害心血管イベントやステント血栓のリスクがヘテロ・ホモを問わず高かった。遺伝子検査をすればclopidogrelの恩恵を受けにくい、30%近い患者を特定することができる。


相対リスク95%信頼区間p値
MACE:
キャリア対ノンキャリア1.611.28-2.02<0.001
ヘテロ対野性1.501.08-2.080.016
ホモ対野生1.811.21-2.710.004
ステント血栓:
キャリア対ノンキャリア2.761.77-4.30<0.001
ヘテロ対野性2.511.59-3.98<0.001
ホモ対野生4.782.01-11.39<0.001


これだけ研究の数が増えると一々取り上げるのは大変なので、メタアナリシスがあると助かります。それにしても1.6倍ですか。CURE試験ではclopidogrel併用群の心血管イベント相対リスクは偽薬群の0.8倍でしたので、clopidogrel群から偽薬群を見ると1.25倍となります。CREDO試験では、同様に、1.36倍でした。clopidogrelは急性冠症候群では純粋な偽薬対照試験が殆ど実施されていないので、実際はもっと効果が高いのかもしれませんが、それにしても1.6倍というのは大きすぎる印象です。


尤も、CURE試験でもCREDO試験でも、2C19機能喪失多型を持たない人だけが対象だったらもっと良い結果が出ていたかもしれません。この問題は堂々巡りです。

疫学的試験の弱点は、2C19機能喪失多型を持つこと自体が心血管リスクを高める可能性を考慮していないことです。本来なら、clopidogrelを服用していない人の研究を行って、2C19機能喪失多型自体がリスク因子なのか、もしそうだとしたらリスク倍率はどの程度なのか、検証しなければなりません。

その意味で面白いのは、以前取り上げた、CHARISMA試験のゲノムサブスタディです。偽薬群(アスピリンのみ)のデータを見ると、*2/*2型は8.8%とWT(野生)/WT型の5.1%より高くなっています。残念なことにイベント数が少ないので説得力は今一つですし、リスクが本当に高いとしても現時点では理由が明らかではないので、生物学的もっともらしさに欠けています。




CHARISMA試験のゲノムサブスタディ

D. Bhatta(Brigham and Women's Hospital)等。2009年のTCTで発表

デザイン:CHARISMAは冠動脈疾患などを持つ患者を対象とした心血管イベント初発・再発予防試験で、15603人をDATとアスピリンだけの群に無作為化割付し、メジアン28ヶ月間追跡。数値上はDATのほうが若干良かったが有意差は出ず。ゲノムサブスタディは4862人を対象に2C19酵素の遺伝子を調べ、各ハプロタイプの心血管死・心筋梗塞・脳卒中リスクを野生(WT)遺伝子だけしか持っていない人と比較。



CHARISMA試験全体の成績
主評価イベントの相対リスクN相対リスク95%CI
治験全体15,6030.930.83-1.05
うち、再発予防グループ12,1530.880.77-0.998
初発予防グループ3,2841.20.91-1.59


ハプロタイプ毎の主評価項目発生率
偽薬群n/Nclopidogreln/N
全ユニバース:

7.30%573/78016.80%534/7802
ゲノムサブスタディ:
WT/WT5.10%49/9716.00%57/950
*2/WT4.30%21/4896.70%33/490
*2/*28.80%5/5713.80%8/58
*2/*176.30%10/1597.70%13/170
*17/WT7.50%48/6425.80%37/643
注:主評価イベントは心筋梗塞、脳卒中、心血管死。再発予防グループは冠動脈疾患、心血管疾患、末梢動脈疾患の既往歴あり。





PPI相互作用に関するメタアナリシス

M Singh(Rosalind Franklin Univ of Med and Science)等

デザイン:clopidogrelとPPIの関連性を調べた5本の試験のメタアナリシス(Mantel-Haenszel fixed-effect model、n=29749)。主評価項目はMACE(急性心筋梗塞、再血行再建術、心臓死)。

結果:PPI服用者と非服用者の患者背景には顕著な差はなかった。服用者は非服用者と比べてMACEリスクが有意に高かった(オドレシオ1.65、95%CI:1.55-1.76、p=0.000)。

結論:PPIとclopidogrelを同時使用するとMACEリスクが顕著に高まる。


こちらも1.65倍で2C19多型と同じくらいのマグニチュードを持つリスク因子ということになります。



2C19機能低下多型及びPPI相互作用のメタアナリシス

Jean-sebastien Hulot(UPMC、フランス)等

デザイン:clopidogrelと2C19*2多型の関係を検討した8本9427人の試験とPPIとの関係を検討した8本35108人の試験のメタアナリシス(fixed-effect model)。虚血性イベント(死、再発性心筋梗塞、緊急血行再建術)の発生例を抽出した。

結果:2C19*2多型キャリア(n=2674、28%)は虚血性イベントの発生率がノンキャリアより高かった(10.4%対8.3%、オドレシオ1.31、95%CI:1.12-1.53、p<0.001)。心血管死の増加にも関連していた(各1.8%対1.0%、1.79、1.10-2.91、p<0.019。PPIユーザー(n=15197、43%)は非ユーザーより虚血性イベントのリスクが高かった(25.5%対19.4%、1.48、1.40-1.57、p<0.001)。全データを統合すると、機能低下多型や薬物相互作用によって2C19機能が改変されているclopidogrel服用者は虚血性イベントが50%高い(オドレシオ1.49、95%CI:1.42-1.57、p<0.001)。



こちらのメタアナリシスでは1.3倍と1.5倍で、同じメタアナリシスでも少し違った結果になっています。



2C19機能低下多型とPPI相互作用に関するレジストリーデータ分析

J. Carlquist(Univ of Utah)等

デザイン:IHCS症例登録に組入れられた、DES留置術を受けて退院時にclopidogrelを服用していた患者938人(*2型キャリアは27.1%)のデータを用いて、2C19*2多型やPPI服用の有無と一年間の心筋梗塞・死亡リスクとの関連性を研究。

結果:PPI服用者は2C19*2ノンキャリアでもキャリアでもリスクが高かった。Cox回帰分析ではPPI服用のハザードレシオは2.37で有意、2C19*2キャリアは1.35で有意ではなかった。この二つの要素の間の相互作用は統計学的に有意ではなかった(交互作用p=0.57)。

結論:PPI服用に関連するリスクのマグニチュードは2C19*2キャリアのそれを上回る。PPIのリスクはキャリア、ノンキャリアを問わないので、遺伝子検査するだけでは回避出来ない。この研究は、選択バイアスやPPI自体の直接的な毒性の可能性を除外できていないなどの限界があり、無作為化臨床試験で因果関係の有無を明らかにすべきである。それまでは、DES留置術を受けた患者にclopidogrelとPPIをルーチンに投与することは思いとどまったほうがよい。


1年心筋梗塞・死亡率PPI服用非服用p値
ノンキャリア14.4%5.8%<0.001
キャリア17.6%9.3%0.05
Cox回帰分析によるハザードレシオHR95%CIp値
PPI服用2.371.56-3.61<0.001
2C19*2キャリア1.350.90-2.030.15




この試験で印象的なのは、2C19が機能しているノンキャリアのほうがPPI服用の影響が大きく、PPI服用者のほうがキャリア対ノンキャリアの倍率が小さいという、理屈通りのデータになっていることです。



rabeprazoleとclopidogrelの相互作用

S. Hokimoto(Kumamoto Univ)等

デザイン:冠動脈疾患の127人を対象に、2C19多型やrabeprazoleがclopidogrelの血小板凝集阻害作用にどう影響するかを検討。


結果:extensive metabolizer(2C19*1/*1)が46例、hetero extensive metabolizer(*1/*2、*1/*3)が52例、poor metabolizer(*2/*2、*2/*3、*3/*3)が29例を占めた。血小板凝集活性はこの順に高かった。rabeprazoleを服用(29例)しても服用しなくても(98例)血小板凝集活性に有意な差はなかった。


この抄録は被験者の組入れ条件や統計的な有意性に言及していないこと、rabeprazole投与例が少ないことなど、よく分からないことが多いのですが、興味深いのは2C19機能喪失多型キャリアが欧米の試験と比べてはるかに多いことです。この問題が日本人(と中国人)にとって特に重要であることを示しています。同時に、これだけキャリアが多いのなら日本のほうが研究しやすいかもしれません。

clopidogrelは中国で実施されたST上昇型心筋梗塞のCOMMIT試験で、平均2週間の死・心筋梗塞・脳卒中イベントを偽薬比9%減らすことに成功しました。他の試験と比べると効果が小さいですが、負荷用量を投与しなかったことや期間が短いことが響いたのかもしれません。同時に、今日の視点から見ると、中国人に2C19機能喪失多型が多いことが響いたのかもしれません。



clopidogrelの効果を増強する2C19多型

K. Tiroch(Deutsches Herzzentrum、ドイツ)等

デザイン:急性心筋梗塞の925人を対象に、clopidogrel服用者の2C19*17(C/T)Tアレルと心血管イベントの関連性を検討。

結果:Tアレルのキャリアはノンキャリアと比べてMACE(心血管死、心筋梗塞、ステント血栓確定例、標的血管血行再建術)が18%少なかった(33.6%対40.9%、p=0.047)。

結論:この試験は、機能増強的2C19*17 Tアレルがclopidogrel服用者の心血管イベントを顕著に低下させることを初めて明らかにした。



大変面白い抄録なのですが、ここでいうTアレルがホモ接合だけなのか、ヘテロも含んでいるのか、該当症例数がどの程度あったのかなどが分かりません。ノルウェイのI. Rudberg等(Clin Pharmacol Ther. 2008 Feb;83(2):322-7)がescitalopramという抗鬱剤の服用者を対象に実施した試験では、166人中*17/*17が7人(4%)、ヘテロが59人(35%)でした。結構いるようですが、地域によってかなり異なるようです。因みに日本は少ないようで、、K. Sugimoto等(Br J Clin Pharmacol. 2008 March; 65(3): 437?439.)が弘前大学大学院医学研究科の学生を対象に実施した試験によれば、2C19*17ヘテロ接合型は265人中7人(3%)、ホモはゼロ。*2または*3だけを持っていた人は48人(19%)、*2または*3と*1のヘテロは116人(44%)、*2または*3と*17のヘテロは4人でした。


今日では日本の製薬会社ですら海外での開発を先行させています。日本は海外の大規模な試験のデータと日本の小規模なデータを使って承認申請する戦略です。このような時代だからこそ、人種によって異なる機能喪失多型の影響について、よく調べておく必要があるでしょう。


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