2009年11月23日月曜日

AHAでの日本の研究発表に関する苦言

AHAのウェブカストで日本のアウトカム試験の発表を見て、これではイカンのではないかと思いました。私如きが僭越ですが、欧米の学会でも大きな関心が寄せられている問題なので、書かせてください。


Lancet誌に刊行された日本のdual RAS blockadeに関する先駆的な臨床試験が、実は倫理基準を遵守せずに実施され、実施方法や解析方法にも疑わしい点があったというのは大変な驚きでした。科学研究は先人の積み重ねた石の上に更に積み重ねる作業ですから、土台の石に欠陥があり崩れると多くの研究者が迷惑します。医学の場合、適切ではない医療に多くの患者が曝されることになりかねないので、被害が社会全体に及びます。それだけに、治験を厳格に行ってその経緯や結果を率直に発表し、読者や学会出席者に研究の長所と限界を明示することが重要です。


研究者の側にも言いたい事はあるかもしれません。スーパーコンビューター研究費の事業仕分けが典型的ですが、科学研究にも分かり易い短期的な成果が求められるようになり、何か成果を挙げないと研究費が削られて一層成果を挙げにくくなる悪循環に陥ってしまいます。このような時代だけに私たちも研究発表を注意深く吟味することが必要です。


さて、このアウトカム試験は心不全治療におけるベータブロッカーの至適用量を探索した研究者主導試験です。1500例を組入れる予定でしたが進捗せず、結局、360例程度で解析に入りました。研究には試行錯誤が付き物で、日本のアウトカム試験の歴史はまだ始まったばかりなのですから、失敗経験も貴重です。重要なのは、この経験を多くの研究者に伝えて、次の研究に生かすことでしょう。


ところが、AHAの発表では治験の経緯や解析計画が言及されなかったのです。おそらく、聴衆はこの試験の動機を全く理解できなかったでしょう。


この試験の背景になった問題意識は、日本人における至適用量が明確ではないことだそうです。このベータブロッカーは西洋では一日50-100mgが推奨されていますが、日本では5-20mgと大きな違いがあるからです。話の流れからは、50mg以上の高用量と低用量を比較したのだろうと思ったら、そうではありませんでした。一日2.5mg、5mg、20mgの三種類しか設定されず、むしろ、低用量の有効性を探った試験です。


解析計画は言及されませんでした。組入れが進まなかったことやイベント発生率が予定より低く推移したために途中で目標症例数を引き下げ、それに伴い解析計画が変更されたことも、その症例数にも到達しなかったため繰上げ完了されたことも言及されませんでした。主評価項目が見直されBNP値が大きく変動した場合も評価対象に含まれるようになったと聞いていますが、学会では主評価項目の具体的な構成が明示されなかったので、真偽は分かりません。複合評価項目は死亡のような深刻なイベントと代理マーカー変動のような比較的軽いイベントを同じように扱うので、明細を確認することが重要ですが、定義が分からないのでは話になりません。


解析結果は5mg群は2.5mg群と比べてハザードレシオが0.86でしたが、95%信頼区間で見ても、ログランク・テストのp値で見ても、有意ではありませんでした。10mg群と2.5mg群の比較でも同じです。このため、発表者は、2.5mgという低用量でも、LVEFが低下した軽中度慢性心不全の日本人患者の長期的な転帰に恩恵的な効果を示したと結論しています。


しかし、有意な差が無かったということは同等であることと同じではありません。本当は差があるのに治験が失敗して検出できなかった可能性が残っているからです。ディスカッサントが指摘したように、臨床的に意味がある差を検出するためには数千人の症例が必要です。治験の経緯を知らない人は、そもそもなぜ、このようなアンダーパワーの試験を計画したのか、訝しく思ったことでしょう。


近年、米国の学会では臨床研究の発表の仕方に関する批判が増えています。製薬会社などが成功した試験の結果だけを大々的に発表するパブリケーション・バイアス、データ隠しの問題は、主要医学誌が声明を出して、治験プロトコルの事前登録を訴える事態になりました。PROACTIVE試験(pioglitazoneのアウトカム試験)では主要な二次的評価項目とされたものが、ポストホックで追加されたのではないかという疑惑が浮上しました(実際にはギリギリセーフなタイミングだったようです)。仮説検証的試験は仮説が重要なのに結果を見てから主評価項目や追跡期間を変更したり、主評価項目で有意差が出なかったのに二次的評価項目の一つだけで有意差が出たことを喧伝したりと、ご都合主義的な発表が横行している現状を、憂慮しているのです。このような環境では発表者に悪意がなくても不必要な疑惑を招いてしまいます。


この試験の関係者の皆様にとっては不愉快かもしれませんが、私たち全員にとって重要な問題なので、敢えて書かせていただきました。



1 件のコメント:

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    事業仕分け大賛成です。文科省官僚が計画した事業や事業運営に関わるものは、全て廃止すべきです。
    文部科学省の仕事は、質の高い教育を提供し、子供達が良い社会生活を送れるようにすることです。ところが、官僚達は、デタラメ政策で子供達の人生を台無しにしました。
    大学を天下り機関に変え、世界最低にまで堕落させたのも文科省官僚です。
    不登校、退学者20万人、引きこもり、ニート60万人という現実こそ、文科省官僚の無能と腐敗を明らかにしています。文科省は、国民を不幸にする悪性癌です。「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望 日新報道)を読むと、すべてが分かります。
    不道徳で無責任で腐敗した官僚の行う事業は、国民にとって危険です。
    スパコン研究は、文科省を事業仕分けで廃止して行うべきです。

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