2009年1月10日土曜日

ENHANCE試験 FDAの結論

ezetimibeはアテローム性疾患に十分な効果がないのか?ENHANCE試験の結果は大きな議論を呼びました。FDAも分析を行っていましたが、結論が出た模様です。IMPROVE-IT試験の結果が出るまでは、ezetimibeとsimvastatinの合剤であるVytorinを服用している患者は服用を止めるべきではなく、もし疑問があるなら担当医に相談すべしというものです。リンク:FDAの発表内容


ENHANCE試験は家族性高脂血症(LDL-C受容体の遺伝子変異が原因でコレステロール値が著しく高い)を対象とした2年間の頚動脈内中膜肥厚(cIMT)試験で、ezetimibeとsimvastatinの併用効果をsimvastatinと比較しました。LDL-C低下率では56%対39%と有意な差が出ましたが、cIMTでは有意差が出ませんでした。それどころか、併用群は+0.011mm、単剤投与群は+0.006mmと数値上は悪い結果でした。


しかし、FDAは、これまでの立場、即ち、高LDL-Cは心血管疾患のリスク因子でありLDL-C低下治療はリスクを削減するという考え方を変える必要はない、と結論しました。


FDAによれば、過去のcIMT試験におけるLDL-C値とcIMTの変化の関係から推測すると、併用群は-0.03mm、simvastatin群は+0.02mmとなるはずです。意外な結果になった理由として考えられるのは、



  • 治験開始前からコレステロール治療を受けていて元々のcIMT値が正常に近い患者を組み入れたために、治療効果の差が表面化しにくかった。

  • 2年間という治験期間が短すぎた。

  • ezetimibeの未知の特性がLDL-C低下による良い作用を相殺した。


などです。FDAは、長期大規模アウトカム試験INPROVE-ITの結果が2012年に出るのを待って改めて検討する考えのようです。


今回の発表で興味深いのは、eztimibeにアテローム退縮作用がない可能性も否定していないことです。報道ではFDAがお墨付きしたように書かれていますが、実際は、結論を出すのを先送りしたような格好です。


ところで、ACCの情報提供ウェブサイトで関連のありそうなアンケートを見つけました。半年前に急性心筋梗塞を起こしたことがあり、simvastatinを一日40mg(欧米の標準的用量)服用していて、LDL-C値は109mg/dLの患者にどのようなコレステロール治療を行うか、以下の選択肢から選べ、というものです。1月10日現在の回答を見ると、219件の回答の分布は、



  1. simvastatinを80mg(最大承認用量)に増やす:31%

  2. ezetimibeを追加する(合剤にスイッチする):20%

  3. atorvastatin 80mg(最大承認用量)にスイッチする:23%

  4. rosuvastatin 20mgにスイッチする:19%

  5. 今は変更せず、1年後にもう一度コレステロール検査をする:5%


となっています。結構分散していますね。設問の患者はENHANCE試験の対象とは異なりますが、多くの医師が、ENHANCE試験の結果は他の患者にも当てはまると考えているのでしょう。最初の選択肢は奇妙で、simvastatinの40mgと80mgを比較したアウトカム試験では、臨床的転帰に有意差はありませんでした。LDL-C値は97mg/dL程度に下がるでしょうから、NCEP ATP IIIガイドラインが推奨する目標値は達成できることになりますが、simvastatinは3A4相互作用リスクが比較的高いので悩ましいところです。


3と4の選択肢も直接比較アウトカム試験は実施されていないので、エビデンスは万全ではありません。LDL-C値は3が86mg/dL、4も84mg/dL程度に低下するでしょうから、simvastatin増量よりは効果があるでしょう。但し、Vytorin 10/40mgなら77mg/dLともう少し下がるでしょう。


atorvastatin 80mgはPROVE IT試験など複数の試験で忍容性が確認されています。rosuvastatinの20mgはJUPITER試験で用いられ、糖尿病発症率がやや高かったものの、副作用リスクは全体的にリーズナブルなものでした。


このように、2から4までの選択肢は一長一短です。LDL-CはLower is betterなので、2年前なら2か3が一番人気だったのでしょうが、ENHANCE試験で2の人気が下がり、JUPITER試験で4の株が上がったのでしょう。





2009年1月9日金曜日

TAK-491の正体(訂正・加筆版)

(TAK-491については以前にも書きましたが、フェーズIII試験では違う塩が用いられていることが明らかになりました。以下、訂正します。最後の部分に、利尿剤配合剤に関するちょっと面白い発見も加筆しました。)


武田薬品はTAK-536とTAK-491の二種類の血圧降下剤を開発していますが、その特性についてはあまり明らかではありません。分かっているのはどちらもアンジオテンシン2受容体拮抗剤であることと、インスリン抵抗性改善作用や腎臓保護作用が期待されていることくらいです。TAK-536は二型糖尿病薬Actosとのコンビ薬として06年に欧米でフェーズⅢ入りしましたが、このコンビ薬の開発は中止されました。代わりに単剤で07年に欧米でフェーズⅢ入りしたのがTAK-491です。


TAK-491って何?と思いGoogle Scholarで論文検索しましたが、ヒットしません。Yahooで検索しても武田薬品のフェーズⅢ開始時のプレスリリースだけです。


そうこうするうちに、United States Adopted Names CouncilやWHOが一般名を公表しました。前者は当初、azilsartan kamedoxomilという資料が公開されたのですが、その後、azilsartan medoxomil名でも公開されました。WHOもazilsartan medoxomilでした。悩んでいたのですが、ClinicalTrials.govにazilsartan medoxomilという記載を見つけ、やっと、決着しました。TAK-536の異なった塩のようです。


武田薬品は Atacand(プロブレス;candesartan cilexetil)を日本では自社で、海外はアストラゼネカを通じて販売しています。TAK-536とTAK-491はどちらもAtacandの改良品ということになります。


この三種類の薬の関係を整理しておきましょう。武田薬品はアンジオテンシン2受容体拮抗作用を持つCV-11974(candesartan)を創製しましたが、経口投与時のバイオアベイラビリティ(投与した量がどの程度血液中に入り込むか)が悪いので、工夫をしました。Atacandはプロドラッグで、腸で代謝されてCV-11974に変わり活性を発揮します。


もう一つの工夫の産物がTAK-536(azilsartan)で、CV-11974の一部を置換してバイオアベイラビリティーを向上しました。力価自体は低下したようです。


TAK-491(azilsartan kamedoxomil)はTAK-536にカリウム塩を結合したものです。Kamedoxomilとは何か、ネットで調べてみましたが、薬のデータベースでもGoogleでもUnited States Adopted Names Councilの資料くらいしかヒットしませんでした。画期的な塩かもしれないと思い、米国特許商標庁のデータベースでも調べたのですが、kamedoxomilではヒットしませんでした。その後、フェーズIII入りしたのはazilsartan medoxomilのほうであることが判明しました。こちらはカリウム塩は付いていません。


臨床的なプロファイルは分かりません。アンジオテンシン2受容体拮抗剤のインスリン抵抗性改善作用というと連想するのはtelmisartan(テルミサルタン)です。Benson等の論文によると、単にPPARガンマ作動力を持っているだけでなく、二型糖尿病薬として広く用いられているPPARガンマ作動剤rosiglitazoneと殆ど同じ箇所に結合するようです。AtacandもPPARガンマ作動性が指摘されていますが、Miura等の論文によれば、二型糖尿病高血圧患者を対象としたクロスオーバー試験でインスリン抵抗性に関連するバイオマーカーに変化が出たのは、Atacandではなくtelmisartanでした。Marshall等の論文によれば、telmisartanのPPARガンマに対するKiは0.29nmolで、Atacand(61)やirbesartan(6)、valsartan(12)、losartan(3)、olmesartan(12)の10~200倍以下です。Atacandの血圧治療時の用量はtelmisartanより低いので、PPARガンマ作動によるインスリン抵抗性改善が小さくても不思議はないのかもしれません。


研究者の改良努力によって、インスリン抵抗性改善力がどの程度強化されたのか、今後の臨床成績発表が期待されます。



フェーズⅢ試験の概要


ClinicalTrials.govにはTAK-491のフェーズⅢ試験が4本登録されています(2008年初の時点)。治験のデザインをチェックして、どのようなプロファイルが期待されているのか推測してみましょう。


07年9月にフェーズⅢ入りしました。全て、血圧降下作用を調べる試験で、用量は40mgまたは80mgを一日一回投与です。一本目の009試験は利尿剤(chlorthalidone 25mg)とTAK-491の併用、二本目の010試験はカルシウム拮抗剤(amlodipine 5mg)と併用する試験です。併用試験を先行させたところを見ると、武田薬品もノバルティスや第一三共と同様にコンビ薬の投入を狙っているのでしょう。011試験が興味深いのは、黒人を対象としていることです。アンジオテンシン2受容体拮抗剤は白人と比べて黒人に対する作用がやや弱いのですが、TAK-491は違うのかもしれません。


07年12月には米国でトップシェアを誇るアンジオテンシン2受容体拮抗剤valsartan(承認最大用量の320mg)とTAK-491の40mg、80mgの血圧降下作用を比較する301試験が開始されました。アンジオテンシン2受容体拮抗剤の主要製品はあと数年で特許が切れます。何れも大型薬なので、数多くのジェネリック薬会社が参入し、価格が10分の1程度に下落するでしょう。新薬が競争力を維持するためには、olmesartanと同様に、他の薬より効果が上回ることが最低限の条件です。


09年には、chlorthalidoneを配合した合剤の試験も始まる予定です。利尿剤のベストセラーはhydrochlorothiazide(HCTZ)で、米国では単剤と各種合剤の合計で処方箋数が年一億枚を超えています。これはLipitorの倍以上で、外来薬の隠れたベストセラーといえるでしょう。アストラゼネカが販売しているAtacand(プロブレス)の合剤もHCTZ配合剤です。にもかかわらず、敢えてchlorthalidoneを開発し、しかも、この試験ではTAK-491とHCTZの併用群も設けています。何か狙いがあるのでしょう。因みに、chlorthalidoneはあのALLHAT試験で、amlodipineやlisinoprilに匹敵する成績を挙げた薬です。TAK-491合剤の用量はALLHAT試験と同じ一日12.5mgと25mgです。販促時にALLHAT試験の威を借りる狙いなのかもしれません。上記のように、chlorthalidone併用試験も実施されています。


最初の3本は09年春までに結果がまとまるでしょう。Valsartan対照試験は09年冬頃でしょうが、もしかしたら、この試験の結果が出る前に承認申請に向かうかもしれません。



2008年12月27日土曜日

Clopidogrelの2C19問題

Plavix(clopidogrel)と2C19の関係・・・以前から言われていたことですが、だんだんエビデンスが整ってきました。何れも海外で行われた研究ですが、2C19機能喪失多型を持つ人が多い日本人は大丈夫なのでしょうか?


clopidogrelはプロドラッグで、体内で複数のプロセスを経て活性化しますが、そのプロセスの一つがCYP2C19酵素による代謝です。健常者を対象としたプロトンポンプ阻害剤(2C19を阻害する)相互作用試験ではそれほど大きな影響は見られませんでしたが、患者を対象とした試験は実施されていないようです。非常に重要な薬なので、これまでにも色々な見解が出ていました。


08年11月のAHA科学部会では、プロトンポンプ阻害剤併用者は心血管疾患リスクが高いという発表がありました。clopidogrelの、あるいは併用されることが多いアスピリンの胃腸副作用を防ぐために、プロトンポンプ阻害剤を併用している患者が意外に多いことに驚かされました。面白いのは抄録著者が多型との関係を研究すべきと結論していることです。プロトンポンプ阻害剤併用の疫学的研究を実施したのは、多型研究の準備だったのかもしれません。


その遺伝子多型と心血管リスクの関連を調べた試験の結果が医学誌に続々と発表されました。結果は若干違いますが、何れも、2C19機能喪失多型を持つ患者は持たない患者よりも心血管リスクが高い、というものです。


clopidogrel服用者の遺伝子多型と心血管リスクの関連性


J. Mega等の薬物動態試験とTRITON試験サブスタディ
(NEJM論文)




  • 健常者162人の薬物動態試験で、CYP2C19機能喪失多型のキャリア(一つだけ持つ人も含む・・・34%が該当)はノンキャリアと比べてclopidogrelの活性代謝物の血漿曝露が32%小さい(p<0.001)。

  • 同様に、clopidogrel投与時の血小板凝集阻害率が9ポイント低い(p<0.001)。

  • TRITON-TIMI 38試験(PCIを受ける急性心筋梗塞・不安定狭心症を対象としたprasugrelの第三相試験)のサブスタディ(1459人)で、clopidogrel群の患者のうち、キャリア(27%が該当)は主薬効評価項目(心血管死、心筋梗塞、卒中)発生率が12.1%とノンキャリアの8.0%より高かった(ハザードレシオ1.53、p=0.01)。

  • 同様に、ステント血栓のリスクも高かった(ハザードレシオ3.09、p=0.02)。

  • 出血リスクは1.01倍、有意性なし

  • この論文で残念なのは、新薬であるprasugrelを投与した群のデータが載っていないこと。キャリアはノンキャリアより元々リスクが高い、というようなこともありえないではないので、対照群が欲しかった。prasugrelは問題ない、という結果なら宣伝にも使えるはず(アメリカで早く承認されると良いですね)。


T. Simon等のレジストリー分析(NEJM論文)



  • フランスのレジストリー・データを用いて、急性心筋梗塞後にclopidogrelを服用した2208人を1年間追跡。全死亡・非致死的卒中・心筋梗塞の発生リスクと多型の関連を解析。

  • ABCB1(小腸で吸収される時のトランスポータ):CT、TT変異のキャリア(全体の74%)は野生型と比べてリスクが有意に高い

  • CYP2C19:機能喪失多型を二つ持っている人(2%)は一つだけ(26%)またはノンキャリア(72%)の人よりリスクが有意に高かった(修正ハザードレシオ1.98)。

  • 7割以上がプロトンポンプ阻害剤を併用していたが、関連性はなかった。



JP Colletなどのレジストリー分析
(Lancet論文)



  • フランスの心筋梗塞初発患者レジストリーに96-08年に登録された45歳未満のclopidogrel服用者259人をメジアン1年追跡。

  • 2C19の二つの多型(正常型である*1と機能喪失変異の*2)とclopidogrel服用中の死・心筋梗塞・緊急冠再建術の相関性を解析。

  • *1/*2型が64人、*2/*2は9人、*1/*1型(ノンキャリア)186人。


  • キャリア(28%)はノンキャリアよりリスクが有意に高かった(ハザードレシオ3.69、p=0.0005)

  • ステント血栓もハザードレシオ6.02、p=0.0009と高かった。



これらの中でも、TRITON試験のデータは規模が大きく説得力があります。返す返すも対照群の解析が載っていないのが残念です。


2C19機能喪失多型キャリアも、二つ持っている人は少なそうです。しかし、Mega論文やCollet論文のように一つだけでも影響があるならば、該当する人が飛躍的に増えます。clopidogrelはこれまでノンレスポンダー比率が30%とか言われていましたが、かなりの部分を2C19で説明できるかもしれません。


ここで気になるのは私たち日本人です。アジア人は機能喪失変異のキャリアが多いといわれているからです。例えば、Shimizu等の文献メタアナリシスによれば、カフカス人は27%、黒人は31%ですが、日本人は66%とのことですので、clopidogrelに反応しない人のほうが多いことになります。


T. Shimizu等のメタアナリシス論文JSTAGE


clopidogrelは海外ではアスピリン対照優越性試験に基づいて承認されましたが、日本はticlopidine対照非劣性試験で承認されました。何れにせよ全員に効くわけではないのですから、臨床的な有効率が同じなら2C19多型問題はそれほど重視しなくても良いのかもしれませんが、ticlopidineにも同じ問題がないとはいえません。日本人にはあまり効かないかもしれない薬同士の比較ではなく、アスピリンと比べるべきだったのかもしれません。


機構は2C19問題についてどう考えているのか?脳梗塞で承認された時の審査文書を読んでみましたが、一言も言及されていませんでした。







2008年12月21日日曜日

血糖強化治療試験の意味を学会が総括

今年は血糖強化治療試験三本の結果が発表されました。VADT試験の論文刊行(New England Journal of Medicine誌)を待っていたのか、ADA、ACC、AHAが共同で立場表明を出しました(Journal of American College of Cardiology誌とDiabetes Care誌:前者はpdf版がオープンアクセスになっています)。待望のコンセンサス・ステートメントなので、以下、概要を紹介しましょう。



ADAなどはこれまで、A1Cの目標は7%未満、但し患者の特性に合わせて調節するよう推奨していました。また、血糖治療だけでなく心血管疾患を防ぐためにコレステロール、血圧などを包括的にケアする必要があることを強調していました。今年の三本の試験結果は、これらの推奨の大きな変更を促すものではなく、「患者に合わせた治療」の内容をより明確にする必要を示した、というのが今回の立場表明の結論です。最初に推奨内容、次に、三本の試験に関する議論・解釈を紹介します。



ADA・ACC・AHAの推奨



  • 小血管性疾患(糖尿病性腎症など)に関して:I型・II型糖尿病のA1Cを7%未満あるいは前後に下げれば小血管性・神経性合併症を減らせることが治験で示されている。従って、妊娠していない成人の一般的なA1C目標は7%未満である。

  • 大血管性疾患(心筋梗塞など)に関して:I型・II型糖尿病の無作為化対照試験では、血糖強化治療が標準的治療より心血管疾患を有意に減らすことはできなかった。しかし、DCCT試験やUKPDS試験の長期フォローアップ試験では、糖尿病と診断されて間もないうちから7%未満あるいは前後を目標とする治療を行えば長期的に大血管性疾患を減らせる可能性があることが示唆された。他のエビデンスが出るまでは、7%未満という一般的な目標は合理的である。

  • ある種の患者には、上記の一般的な目標とは異なった個々の血糖目標が適切かもしれない。

  • DCCT試験やUKPDS試験のサブグループ分析、そしてADVANCE試験の結果は、A1Cを正常値近くにすれば小さな、しかし上乗せ的な小血管性疾患の転帰の向上が期待できることを示唆している。従って、特定の患者に関しては、医師が一般的な目標より更に低い水準を提案することは、もし低血糖症など治療の副作用を起こさずに達成できるならば、合理的である。該当すると考えられるのは、病歴が短く、寿命が長く、顕著な心血管疾患を有しない患者である。

  • 逆に、一般的な目標を緩和するのが適切である可能性があるのは、重度低血糖症歴、限定的な生存期間、進行した小血管性・大血管性合併症、他の多くの病気の併発、あるいは、病歴が長くて、自己管理教育や適切な血糖管理、そしてインスリンを含む複数の血糖低下剤の有効な量を用いても一般的な目標を達成できない患者である。

  • 糖尿病患者における心血管疾患の初発・再発予防のために、医療提供者は、ADAの医療標準とAHA・ADAの心血管疾患初発予防ガイドラインに描写されている、血圧治療、スタチンによる脂質削減、アスピリンによる予防、禁煙、健康な生活行動などの、エビデンスに基づく推奨を引き続き行うべきである。


エビデンスに基づく分析・推奨には、エビデンスの質を示す記号が付与されますが、今回の推奨は、一番目がADA方式でもACC/AHA方式でもA、二番目がそれぞれBとA、三番目はBとC、四番目は共にCとなっています。まだまだエビデンスが足りないことを示しています。



ACCORD試験の強化治療群で心血管疾患死が多かったのはなぜか?


考えられる理由として、以下を指摘しています。



  • 強化療法群では重度低血糖の発生率が高かった。心血管疾患リスクの高い患者において重度低血糖が心血管死リスクを高めるようなことは生物学的にありうることだ。複雑なのは、特に心血管自律神経障害(突然死の強いリスク因子)を持つ患者では、低血糖に気付きにくくなることがあることだ。低血糖イベントによる死亡が冠動脈疾患と誤認されたのかもしれない。

  • このほかに考えられるメカニズムは、体重の増加、把握されていない薬物作用・相互作用、あるいはACCORD試験で採用された介入法の強度(複数の経口剤とインスリンの使用、大変低い目標を達成するために頻繁に治療を見直したこと、A1Cを短期間に2%下げるための集中的な努力)である。

  • 死亡者が増加しなかったADVANCE試験の強化治療群との違いに注目すると、更に幾つかの仮説が浮上する。ADVANCEの患者背景は病歴が2-3年短く、A1Cはインスリンをほとんど使っていないにもかかわらずACCORDより低かった。治験中のA1Cの低下も穏やかだった。体重の著増もなかった。三つの試験は重度低血糖の定義がやや異なるものの、ADVANCEの強化療法群ではメジアン5年間の発生率は3%以下で、ACCORDは16%、VADTは21%となっている。

  • ADVANCE試験とACCORD試験の強化治療群はA1C到達値が同程度だった。従って、到達A1C自体が死亡リスクを高めたとは考えにくい。A1Cを問題なく下げることのできている患者が、A1Cを上げなければならないことを示唆しているのではない。



この辺りの議論は、結局のところ、無理をしてまで下げてはいけない、ということなのでしょう。ACCORDとVADTの被験者はADVANCEよりも平均A1Cが高かったために、同じ強化治療試験でも、より強力な治療が必要でした。しかも、管理目標を短期間で達成しました。一方、ADVANCEは目標到達まで数年かかりました。短期間で大幅に引き下げるために多剤併用したことが原因で、血糖管理のベネフィットよりも薬剤の用量依存的なリスクのほうが上回ってしまったのかもしれません。


立場表明は、血糖強化治療試験が心血管疾患リスク削減効果を立証できなかった理由として、スタチンや降圧剤、アスピリンなどを用いた多面的な治療が普及したために、血糖治療の効果が目立たなくなってしまった可能性を指摘しています。三本の試験とも、標準治療群の心血管疾患発生率が予想を下回ったからです。中でも、ACCORDとVADTはこれらの薬剤の服用率が高く、治療ガイドラインに従った多面的介入が行われました。アスピリンの初発予防効果は確立していないのではないかと思いますが、何れにせよ、血糖治療薬以外にも有効な治療法は沢山あるのだから、多剤併用の副作用を無視してまで強化治療を行う必要はない、ということなのでしょう。






2008年11月24日月曜日

JUPITER試験はここが変だ

Crestor(rosuvastain)を用いた心筋梗塞初発予防試験、JUPITER試験の結果が反響を呼んでいます。治験論文が刊行されたNew England Journal of Medicine誌がウェブサイトで用意したコメント・コーナーには、453件の読者の声が寄せられました。心臓学のエキスパートであるTopol博士のtheheart.orgのビデオ・ブログでも、CardioSourceのフォーラムでも、過去にないほど多くの意見が寄せられています。


JUPITER試験は客観的に見れば大変良い結果だったのですが、賛否両論に分かれています。hsCRPという臨床検査マーカーを用いて高リスク患者をスクリーニングするというコンセプトがノイズになっているようです。以下、JUPIER試験の良いところと、おかしなところを検討してみましょう。



JUPIER試験関連リンク




JUPITER試験はここが凄い


JUPITER試験は、心血管疾患既往でも糖尿病でもなく、LDL-C値もHDL-C値も正常な中高年、つまり現在の治療ガイドラインではスタチンの適応にはならない人のうち、hsCRPが高い(2mg/L以上)人をスクリーニングして、強力なLDL-C低下作用を持つrosuvastatin(一日20mg)で血管性疾患初発予防を行った、無作為化偽薬対照二重盲検試験です。世界26ヶ国の施設で17802人を組入れ、03年から08年にかけて実施されました。


中間解析で主目的が達成されたため、メジアン追跡期間1.9年間で繰り上げ完了しました。主評価項目(心筋梗塞、卒中、動脈再建術、不安定性狭心症による入院、または心血管疾患による死亡の複合評価項目)の100人年当り発生率は0.77と偽薬群の1.36を有意に下回りました(ハザードレシオ0.56、95%信頼区間0.46-0.69、p<0.00001)。


スタチンの初発予防では、高LDL-C患者を対象としたWOSCOPS試験、LDL-Cは正常だがHDL-Cが低い患者を対象としたAFCAPS/TexCAPS試験、高血圧患者を対象としたASCOT-LLA試験などが、冠状心疾患を30-40%減らすことに成功しましたが、40%以上削減したのは初めてです。LDL-C値を平均108mg/dLから50mg/dL台に下げた試験も初めてです。白人以外の人種や女性、メタボリックシンドロームなど、他の試験ではあまり組み入れられていないサブポピュレーションのエビデンスという意味でも価値があります。


また、rosuvastatinの血管性疾患リスク削減効果が確認されたのも、大規模長期試験で忍容性が確認されたのも、初めてです。大変意義のある試験と言えるでしょう。


この試験のもう一つの意義は、広く用いられている用量とそれほど変わらない20mgをテストしたことです。Lipitor(atorvastatin)は一日80mgを投与した試験で、冠状心疾患予防効果が同剤の20mgやpravastatinの40mgを有意に上回りました。しかし、Lipitorの欧米での典型的な用量は10-20mgで、アグレッシブ治療試験が成功した後も、80mgの需要はそれほど増えませんでした。使い慣れた用量を4-8倍に増やすのは抵抗があるのでしょう。rosuvastatinの欧米の需要は殆どが10mgですが、今回の20mgは2倍でしかありません。増量に対する抵抗感はLipitorほどではないでしょう。また、10mgでも(効果は小さくなりますが)ある程度の効果はあるでしょう。


尚、rosuvastatinは日本人や中国人は半分の量で足りるようです。日本の典型的な用量は2.5mgらしいので、今回の試験用量は4倍に相当しますが、それでも、Lipitorの80mgやpravastatinの40mgのように日本では承認されていない用量の試験のデータよりは、実践的な情報といえるでしょう。



JUPITER試験はここがおかしい


一方で、JUPITER試験のデザインと意図を解説した論文や今回の論文を読むと、釈然としない点もあります。また、JUPITER試験の結果が発表されたAHA科学部会の記者発表では、発表者のP. Ridker博士が、奇妙な受け答えをしていました。


第一の疑問点は、hsCRPでスクリーニングする手法の検証が十分か、ということに関連します。hsCRP検査自体の信頼性に関しても、変動するので一度の検査だけでは判定できないとか、リウマチなど自己免疫疾患によるhsCRPの上昇をどう扱うか、あるいは、保険は付くのかというような意見が出ていますが、議論を複雑にしているのは、以下のノイズです。



  • Ridker博士は、hsCRPなどのバイオマーカーを用いて心血管リスクを評価する方法に関する特許の発明者であり、利害相反があること。

  • JUPITER試験は低hsCRP患者を組み入れていないので、高hsCRP患者のほうが血管性疾患リスクやスタチン応答性が高いとは言えないこと。

  • 他の初発予防試験と比較しようと試みても、主評価項目が異なるので比較できないこと。

  • Topol博士が指摘しているように、JUPITER試験に参加した患者のうちhsCRPがメジアン値以上の患者と以下の患者のサブセグメント分析を行えば参考になるはずですが、どういう訳かデータは発表されていません。

  • 学会発表によれば年齢とhsCRP以外にリスク因子を持たない患者にも効果があったのですが、該当者は6375人と全体の半分以下に過ぎません。また、ハザードレシオの点推定値は全患者のそれより若干劣るようです(信頼区間が広いので有意性はありません)。

  • 治験論文の抄録には「外見上は健康な」中高年を対象にしたと記されていますが、メタボが4割を占めるので必ずしも健康とはいえません。また、サブセグメント分析の図を見ると被験者の過半が高血圧症だったのですが、患者背景の表には明記されていません。この治験は高血圧でも190/90 mmHg以下なら参加することができたので、血圧管理が不良な患者が多く組み入れられていた可能性があります。JUPITER試験の特徴は脳卒中が心筋梗塞と同じくらい発生したことですが、血圧をちゃんと治療した上で尚、rosuvastatinが脳卒中を減らすことができたのかどうか、明確にすべきでしょう。


新しいスクリーニング方法の有効性を吟味する時は、現在用いられている手法にどの程度上乗せできるか、限界効用が問題になります。JUPITER試験は年齢とhsCRP以外にも病気やリスク因子を持っている人が多く組み入れられたために、エビデンスとしての価値が曖昧になってしまいました。それどころか、論文や学会発表を見て、hsCRPの有益性に関するデータを出し渋っているのではないかという印象を受けました。


hsCRPを離れても、この治験のデザインと論文には変なところがあります。



  • JUPITER試験の解析計画は相対リスク削減率25%、検出力90%ですが、rosuvastatinのLDL-C低下作用と、過去のスタチンの治験のLDL-Cと心血管リスクの関係から推測すれば、削減率が40%を超えるのは初めから予想できたでしょう。この治験はオーバーパワーだったのですから、中間解析で主目的を達成したことを過大評価すべきではないでしょう。

  • 心血管疾患で死亡した患者数が公表されていないこと。主評価項目の一つであることを考えれば異例です。AHAが主催した記者会見で記者が質問したのですが、Ridker博士は明らかにしませんでした。この試験は第三者委員会が主評価項目症例のアジュディケーションをしたのですが、判定基準が厳しいために、心血管疾患死と確認された症例数を明らかにするのはミスリーディングになってしまう、とのことでした。しかし、アジュディケーションが信用できないなら主評価項目も信用できないはずです。何れにせよ、この試験は、意図的に隠されているデータがあることになります。

  • rosuvastatin群は糖尿病発症が有意に多く、また、腎臓障害や肝臓障害が多いトレンドが見られました。発生率の群間差はそれぞれ0.6%、0.6%、0.3%なので小さいですが、治療効果(主評価項目の発生率の差)も1.9年間で1.2%程度なのですから軽視はできません。糖尿病も腎肝障害も、アジュディケーションを受けていないでしょうからデータの信頼性は低いことになりますが、本試験のように小さな治療効果を検出する試験では、有害事象の小さな差も十分に検出できるように、安全性のアジュディケーションも行うべきだったのではないでしょうか。



読者の書き込みを読んで感じるのは、従来からhsCRPに前向きだった人は更に前向きになり、批判的だった人は現在も批判的で、どちらでもなかった人は一部が前向きに変わったのではないか、ということです。JUPITER試験は一歩前進ですが、決定的なエビデンスにはなりませんでした。



2008年10月26日日曜日

血糖強化治療試験の総括

今年は中高年二型糖尿病患者を対象とした血糖強化療法試験の結果が三本、明らかになりましたが、何れも心筋梗塞など大血管性合併症を防ぐ効果が確認されませんでした。それどころか、三本中一本では心血管疾患による死亡が有意に増え、もう一本でも数値上増えました。

多数決で答えが出るなら話は簡単です。黒と決まったわけではないと開き直ることも可能でしょう。しかし、同じ強化療法といっても特にアグレッシブな治療を行なった試験が二本とも好ましくない結果になったことを考えれば、等閑には伏せません。以下、もう一度振り返ってみましょう。

最初に、三本の試験のデザインを復習しておきましょう。ACCORD試験とVADT試験は対象患者や実施地域が類似しています。異質なのはADVANCE試験で、第一に、組入れ条件でHbA1cを問うていません。血圧降下剤の強化治療試験を兼ねていたことが原因でしょう。平均病歴は他の試験と大差ありませんが、被験者の9%は薬物療法未経験でした。これらのことから、ベースライン時点のA1c平均値が7.2%と他の二本(8.1%と9.4%)より低くなっています。強化療法群の治療目標も6.5%以下と、他の二本(6%未満)より若干高く設定されていました。治験中の低下幅も低下スピードも穏やかだったのはこれが原因でしょう。患者背景でもう一つ目立つのは平均体重が78kgで他の二本が90kg台であるのと好対照です。血糖管理や体重管理が比較的良好な患者を組入れたのがADVANCE試験でした。

血糖強化療法試験の概要

ADVANCEACCORDVADT
対象二型糖尿病(HbA1c制約なし)で大小血管性疾患既往又は高リスク、55歳以上二型糖尿病(HbA1c7.5%以上)で心血管疾患既往又は高リスク、40~79歳二型糖尿病(HbA1c7.5%超)で心血管疾患既往又は高リスク、41歳以上
実施地域欧州、アジア、豪州、北米北米米国
治療方針強化療法群は≦6.5%、標準療法群は各地域のガイドラインに則る強化療法群は<6%、標準療法群は7-7.9%を目指す強化療法群は<6%、標準療法群は8-.9%を目指す
追跡期間メジアン5年平均3.5年メジアン6年
患者背景:
年齢、女、病歴66歳、43%、8年62歳、38%、10年60歳、3%、11.5年
A1c、CVD既往7.2%、32%8.1%、36%9.4%、40%
体重、血圧、LDL-C78kg、145/81、121mg/dL94kg、136/75、105mg/dL97kg、132/76、105mg/dL

次に、治療成果を見てみましょう。ACCORD試験もVADT試験も、強化療法群の平均A1cは目標値まで低下しませんでした。達成を目指して多剤併用し、標準療法群と比べてインスリンを積極的に用いたため、16-21%の患者で低血糖イベント(他人の手助けが必要となった事例だけをカウント)が発生しました。

合併症発生率を見ると、三本とも非致死的な心筋梗塞は若干少なく、非致死的脳卒中も同程度または少ないという、有意ではないにせよ好ましい結果になりました。ところが、冒頭に書いたように、ACOORD試験では心血管疾患による死亡が有意に多く、VADTは数値上多く、数値上少なかったのはADVANCE試験だけでした。

血糖強化療法試験の結果

ADVANCEACCORDVADT
強化療法標準療法強化療法標準療法強化療法標準療法
n5571556951285123899892
A1c(%)6.476.47.56.98.4
最大・最小血圧(mmHg)136/74138/74126/67127/68125/68126/69
LDL-C(mg/dL)10210391917475
体重(kg)78779794nana
非致死的心筋梗塞(%)2.72.83.64.66.16.3
非致死的脳卒中(%)3.83.81.31.223.1
心血管死(%)4.55.22.61.843.2
全死亡(%)8.99.65411.310.7
低血糖症(%)2.71.516.25.121.19.7

薬剤別使用率(期中、%)

ADVANCEACCORDVADT
強化療法標準療法強化療法標準療法強化療法標準療法
インスリン412477559074
metformin746795876055
SU剤91598774nana
グリタゾン171192587262

他の心血管リスク因子の管理状況を見ると、ADVANCE試験は平均血圧も血清LDL-Cも数値が一番悪くなっています。今日のガイドラインに則った多面的な治療を受けている患者を対象に、血糖値の強化療法の意義を探索した試験とは言いにくい内容です。

これらのことを考えれば、病歴が比較的長く心血管リスクも高い中高年を対象に、多面的な治療を行った上で更に、血糖値をアグレッシブに治療した試験、という形容に最も相応しいのはACCORD試験で、その次がVADTとなります。それだけに、この二つの試験の結果を軽視することはできません。

なぜこのような期待を裏切る結果になったのでしょうか?第一に、血糖管理不良の患者だからといって、短期間に大きく低下させると反動がでるのでしょう。ADVANCE試験の研究者は米国糖尿病学会で、血糖値は紳士的に下げるべしと語っていました。欧州糖尿病学会の論評者は、一歩踏み込んで、インスリンのリスクを指摘していました。一日の血糖値の変動が大きくなると酸化ストレスが高まるとか、自律神経型の糖尿病性神経症に低血糖症が重なると有害、とか語っていました。

それでは、どう対処すれば良いのでしょうか。多くの研究者が言っているのは、10年経った段階で慌てて治療するのではなく、もっと早い段階で十分に管理すべきということです。それはその通りですが、病歴の短い患者を対象に実施されたUKPDS試験でも、年を追うにつれて血糖値は上昇していきました。今回の三本の試験の被験者は、決して例外的とは言えないでしょう。努力しても血糖値の上昇を抑えられない人たちはどうしたらよいのでしょうか?

多面的な介入に尽きるでしょう。心筋梗塞リスクを削減するのに一番効果があるのはスタチン、次は血圧降下剤なのですから、治療ガイドラインに則った積極的な治療が最優先です。血糖管理は、個々の患者背景に即してフレキシブルに目標を決めたほうが良さそうです。少なくともACCORDやVADTの患者背景に類似した患者は、多剤併用のリスクに注意すべきでしょう。

アメリカでは今年7月のFDA諮問委員会で、血糖治療薬の承認基準が俎上に上がりました。クリーブランド・クリニックのニッセン博士とデューク大学のクリフ博士という、心臓学の大物研究者が、血糖値が下がればそれで十分という『血糖中心主義』を脱して、新薬が臨床的転帰を改善することを確認するよう主張したのです。二型糖尿病の臨床研究の中心が、代謝学・内分泌学者から心臓学者に変わりつつあることを示しています。

全ての患者を同じように治療するのではなく、若くて寿命の長い患者は十分な血糖管理を行い数十年後の小血管性合併症を防ぐことを優先する。高齢患者は心筋梗塞予防を最大の目標に置き、血糖管理は妥協する、というような使い分けが必要でしょう。勿論、このような使い分けを支持するエビデンスは十分とはいえません。今後も、ACCORDのような試験を積極的に実施する必要があるでしょう。


2008年10月4日土曜日

UPLIFTがSpirivaを救った

COPD(慢性閉塞性肺疾患)の維持療法薬のベストセラーであるSpiriva(tiotropium)を用いたUPLIFT試験の、安全性データが学会発表に先駆けて公表されました。死亡リスクや心筋梗塞リスクは見られないという、ホッとする内容でした。


このムスカリン受容体拮抗剤に関しては、昨年来、ネガティブなニュースが続きました。


  • 07年 12月:Advair(吸入ステロイドとベータ2作用剤のコンビ薬『アドエア』)とSpirivaを比較したINSPIRE試験で、COPDの憎悪リスクは同程度だったが、Advair群の全死亡リスクはSpiriva群の0.48倍で有意差があったことが発表された。心臓疾患による死亡は1%対3%でここでもAdvairのほうが好成績だった。INSPIRE試験は欧州の重度COPD患者1300人を対象に2年間実施された、多施設無作為化二重盲検・ダブルダミー(全ての患者がAdvairの吸入器とSpirivaの吸入器を使用・・・片方は偽薬入り)試験。
  • リンク:First head-to-head study comparing common treatments for patients with COPD shows quality of life and survival benefits for patients treated with Seretide(GSKプレスリリース)
    同:日本法人による日本語訳

  • 08年3 月:FDAがEarly Communication(FDAが結論を出す前の段階で発出される情報)を出してSpirivaのメーカーであるベーリンガー・インゲルハイムから脳卒中リスクに関連する報告を受けたことを公表。過去に実施された偽薬対照試験29本、13500人のプール分析で、千人年当りの推定発生数が8人と偽薬群の6人を上回った。FDAは、今後、提出されたデータを精査すると共に、UPLIFT試験の結果が纏まったらそのデータも分析した上で、結論を出す考えを示した。
  • リンク: Early Communication about an Ongoing Safety Review of Tiotropium(FDA)

  • 08年9 月:Journal of American Medical AssociationにSonal Singh等が独自に実施したメタアナリシスの論文が掲載。SpirivaやAtrovent(ipratropium・・・Spirivaが発売されるまでは第一選択薬だったムスカリン受容体拮抗剤)の臨床試験17本、14783人の分析で、心血管疾患死・心筋梗塞・脳卒中の発生率が1.8%と対照群の 1.2%より有意に高かった(relative risk 1.58、95%信頼区間1.21-2.06、p<0 .001="" p="0.06)。</li">
    リンク:Inhaled Anticholinergics and Risk of Major Adverse Cardiovascular Events in Patients With Chronic Obstructive Pulmonary Disease(JAMA)


近年はVioxxやAvandiaなど、メタアナリシス論文の発表が契機になって安全性懸念が広がることが多かったので、先行きが危惧されましたが、ここで救世主が現れました。02年に開始したUPLIFT試験の結果が纏まったのです。

薬効解析(一秒量の悪化を抑制する効果)は10月5日に欧州の呼吸器学会ERSで発表される予定ですが、9月24日に研究者が安全性解析結果を記者発表しました。

リンク:Landmark UPLIFT study reaffirms the safety of Spiriva (tiotropium) in patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease(Leuven大学病院のDecramer教授のプレスリリース)

リンク:UPLIFT (Understanding Potential Long-term impacts on Function with Tiotropium) Safety Study Webcast Summary, Boehringer Ingelheim Pharmaceuticals, Inc.(ジャーナリスト向け電話会議のスライドと音声・・・UCLAのTashkin医学博士等が説明・質疑応答・・・08年10月4日アクセス)


UPLIFT 試験はCOPD患者6000人をSpiriva群と偽薬群に無作為割付して4年間実施した二重盲検試験で、日本を含む37ヵ国の487施設で実施されました。患者背景は平均年齢64歳、男が75%、喫煙歴49パックイヤー、現在でも喫煙している人が30%。GOLD分類に基くステージはII/III/IV が夫々46%、44%、8%。高血圧症を中心に血管性疾患有病者が45%となっています。同時使用薬は、抗コリン剤以外の薬は禁止されていなかったため、長期作用性ベータ2作用剤の期中使用率が72%、吸入ステロイドが74%、theophyllineが35%でした。

主評価項目はFEV1の低下率、二次的評価項目は全死亡、下部気道疾患による死亡、有害事象、増悪、増悪による入院、QOLなど。死亡例は第三者委員会がアジュディケーションしました。

結果は、治療中の死亡がSpiriva群12.8%、偽薬群13.7%、ハザードレシオ0.84(95%信頼区間0.73-0.97)。治験の検出力や有意性判定水準は明らかではありませんが、数値の上では、死亡リスクが有意に小さかったことになります。治験離脱の群間の偏りを補うために離脱者の生存状況調査も行われました。1440日経過時点の死亡リスクは14.4%対16.3%、ハザードレシオ0.87(0.76-0.99)、1470日経過時点は各14.9%、16.5%、0.89(0.79-1.02)でした。有意性が曖昧になりましたが、概ね同じような結果になっています。

個別の有害事象はイベント数が少ないため信頼区間が広く、明確なことは分かりませんが、特別な問題は浮上しなかったようです。脳卒中(人年ベース)は有害事象全体でも、深刻な事例でも、致死例でも、有意差はありませんでした。心筋梗塞も同様です。COPDの深刻な憎悪はrisk ratioが0.84(0.76、0.94)となりました。

治験論文が刊行されていないので詳しいことは分かりませんが、少なくとも死亡リスクが確認されなかったことは一安心でしょう。

天は自ら助くるものを助く。慢性病薬の長期試験を求める声が高まっていますが、ベーリンガー・インゲルハイムはそのような声を無視しなかったことが幸いしました。pioglitazoneもPROACTIVE試験のおかげでrosiglitazone騒動に巻き込まれるのを防ぐことができました。






Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...