2008年10月4日土曜日

UPLIFTがSpirivaを救った

COPD(慢性閉塞性肺疾患)の維持療法薬のベストセラーであるSpiriva(tiotropium)を用いたUPLIFT試験の、安全性データが学会発表に先駆けて公表されました。死亡リスクや心筋梗塞リスクは見られないという、ホッとする内容でした。


このムスカリン受容体拮抗剤に関しては、昨年来、ネガティブなニュースが続きました。


  • 07年 12月:Advair(吸入ステロイドとベータ2作用剤のコンビ薬『アドエア』)とSpirivaを比較したINSPIRE試験で、COPDの憎悪リスクは同程度だったが、Advair群の全死亡リスクはSpiriva群の0.48倍で有意差があったことが発表された。心臓疾患による死亡は1%対3%でここでもAdvairのほうが好成績だった。INSPIRE試験は欧州の重度COPD患者1300人を対象に2年間実施された、多施設無作為化二重盲検・ダブルダミー(全ての患者がAdvairの吸入器とSpirivaの吸入器を使用・・・片方は偽薬入り)試験。
  • リンク:First head-to-head study comparing common treatments for patients with COPD shows quality of life and survival benefits for patients treated with Seretide(GSKプレスリリース)
    同:日本法人による日本語訳

  • 08年3 月:FDAがEarly Communication(FDAが結論を出す前の段階で発出される情報)を出してSpirivaのメーカーであるベーリンガー・インゲルハイムから脳卒中リスクに関連する報告を受けたことを公表。過去に実施された偽薬対照試験29本、13500人のプール分析で、千人年当りの推定発生数が8人と偽薬群の6人を上回った。FDAは、今後、提出されたデータを精査すると共に、UPLIFT試験の結果が纏まったらそのデータも分析した上で、結論を出す考えを示した。
  • リンク: Early Communication about an Ongoing Safety Review of Tiotropium(FDA)

  • 08年9 月:Journal of American Medical AssociationにSonal Singh等が独自に実施したメタアナリシスの論文が掲載。SpirivaやAtrovent(ipratropium・・・Spirivaが発売されるまでは第一選択薬だったムスカリン受容体拮抗剤)の臨床試験17本、14783人の分析で、心血管疾患死・心筋梗塞・脳卒中の発生率が1.8%と対照群の 1.2%より有意に高かった(relative risk 1.58、95%信頼区間1.21-2.06、p<0 .001="" p="0.06)。</li">
    リンク:Inhaled Anticholinergics and Risk of Major Adverse Cardiovascular Events in Patients With Chronic Obstructive Pulmonary Disease(JAMA)


近年はVioxxやAvandiaなど、メタアナリシス論文の発表が契機になって安全性懸念が広がることが多かったので、先行きが危惧されましたが、ここで救世主が現れました。02年に開始したUPLIFT試験の結果が纏まったのです。

薬効解析(一秒量の悪化を抑制する効果)は10月5日に欧州の呼吸器学会ERSで発表される予定ですが、9月24日に研究者が安全性解析結果を記者発表しました。

リンク:Landmark UPLIFT study reaffirms the safety of Spiriva (tiotropium) in patients with Chronic Obstructive Pulmonary Disease(Leuven大学病院のDecramer教授のプレスリリース)

リンク:UPLIFT (Understanding Potential Long-term impacts on Function with Tiotropium) Safety Study Webcast Summary, Boehringer Ingelheim Pharmaceuticals, Inc.(ジャーナリスト向け電話会議のスライドと音声・・・UCLAのTashkin医学博士等が説明・質疑応答・・・08年10月4日アクセス)


UPLIFT 試験はCOPD患者6000人をSpiriva群と偽薬群に無作為割付して4年間実施した二重盲検試験で、日本を含む37ヵ国の487施設で実施されました。患者背景は平均年齢64歳、男が75%、喫煙歴49パックイヤー、現在でも喫煙している人が30%。GOLD分類に基くステージはII/III/IV が夫々46%、44%、8%。高血圧症を中心に血管性疾患有病者が45%となっています。同時使用薬は、抗コリン剤以外の薬は禁止されていなかったため、長期作用性ベータ2作用剤の期中使用率が72%、吸入ステロイドが74%、theophyllineが35%でした。

主評価項目はFEV1の低下率、二次的評価項目は全死亡、下部気道疾患による死亡、有害事象、増悪、増悪による入院、QOLなど。死亡例は第三者委員会がアジュディケーションしました。

結果は、治療中の死亡がSpiriva群12.8%、偽薬群13.7%、ハザードレシオ0.84(95%信頼区間0.73-0.97)。治験の検出力や有意性判定水準は明らかではありませんが、数値の上では、死亡リスクが有意に小さかったことになります。治験離脱の群間の偏りを補うために離脱者の生存状況調査も行われました。1440日経過時点の死亡リスクは14.4%対16.3%、ハザードレシオ0.87(0.76-0.99)、1470日経過時点は各14.9%、16.5%、0.89(0.79-1.02)でした。有意性が曖昧になりましたが、概ね同じような結果になっています。

個別の有害事象はイベント数が少ないため信頼区間が広く、明確なことは分かりませんが、特別な問題は浮上しなかったようです。脳卒中(人年ベース)は有害事象全体でも、深刻な事例でも、致死例でも、有意差はありませんでした。心筋梗塞も同様です。COPDの深刻な憎悪はrisk ratioが0.84(0.76、0.94)となりました。

治験論文が刊行されていないので詳しいことは分かりませんが、少なくとも死亡リスクが確認されなかったことは一安心でしょう。

天は自ら助くるものを助く。慢性病薬の長期試験を求める声が高まっていますが、ベーリンガー・インゲルハイムはそのような声を無視しなかったことが幸いしました。pioglitazoneもPROACTIVE試験のおかげでrosiglitazone騒動に巻き込まれるのを防ぐことができました。






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