2008年9月23日火曜日

UKPDSに思う

二型糖尿病の貴重な長期大規模試験、UKPDSの長期観察試験の結果が論文発表されました。R. Holman等、New England Journal of Medicine

オリジナルの試験は4209人の二型糖尿病新患患者を保守的療法群と強化療法群に割付けてメジアン10年間治療しました。その結果、


  • 食事療法を数ヵ月実施しても血糖値が十分に低下しないようならば早い段階で薬物療法を開始したほうが良い

  • HbA1cは8%程度よりも7%程度に管理したほうが良い

  • これらの治療方針は小血管性合併症(腎不全や網膜症)を統計的に有意に削減し、有意には達しなかったものの心筋梗塞も減らすトレンドが見られた

ことが分かりました。今日の二型糖尿病治療の礎となった、貴重なエビデンスです。

今回の長期観察試験は、97年9月に治験が完了した後に、3277人を更に10年間観察したもので、血糖管理を怠るとそのツケは何年も後まで残る、ということが分かりました。オリジナルの試験では保守的療法群と強化療法群の HbA1cに平均0.9%程度の違いが生じましたが、長期観察試験が開始された時点では0.5-0.6%に縮まっていました(この試験は組入れ期間が15 年間と異常に長かったので、長期観察試験が始まるまで何年も間があった人もいました)。差は治療期間中に更に縮小し、0-0.5%で推移しました。オリジナルの試験で保守的療法に割付けられた患者は、10年遅れで強化療法にスイッチしたような格好ですが、臨床的な転帰に差が出てしまいました。最初から強化療法を受けた患者のほうが、心筋梗塞や死亡リスクが有意に低かったのです。

オリジナルの治験の組入れが始まったのは77年、観察試験が完了したのは07年ですので、この二つの試験は30年に亘る医師と患者の努力の結晶といえるでしょう。今日でも数千人級の試験は多数、実施されていますが、10年間もの長きに亘る試験は稀です。二型糖尿病が長期に亘る病気であることを考えれば、UKPDSのエビデンスは大変重要です。

私はこの論文を読んで、二つのことを考えました。ひとつは、ACCORD試験で強化療法群のほうが死亡者が多かったのは前治療の影響かもしれないということです。もう一つは、UKPDSの重要性は良く分かっている積りですが、偶像崇拝の対象にしないで、弱点も十分に承知しておく必要があるのではないかということです。


ACCORD試験などとの関係


このブログでも何回か取り上げたACCORD試験、ADVANCE試験、VADT試験は、UKPDS試験の続きという意味合いがあります。 UKPDSは、二型糖尿病と診断されてから数ヵ月経ち、食事療法を行なったがHbA1cがメジアン9.1%から7.1%にしか低下しなかった、平均年齢 53歳の患者をメジアン10年、治療しました。HbA1cは保守的療法群で8.9%、強化療法群でも8.0%に上昇しました。一方、ACCORD試験の患者背景は、病歴10年、平均年齢62歳、ベースライン時点のHbA1cは8.2%です。UKPDSは1年内の心筋梗塞歴や狭心症などの患者を除外し、 ACCORDは心血管疾患のリスクが高いことが組入れ条件、という違いがありますので、ACCORD試験はUKPDS試験参加中に心血管疾患リスクが高くなった患者を対象にその後の10年間の介入方針を探索した試験、と考えることができるでしょう。

ACCORD試験は無作為化割付け試験なので両群のベースライン時点のHbA1cには偏りはないのですが、もし前治療の効果が何年も続くのだとしたら、治療歴の長い患者のアウトカム試験を実施する時は、それ以前の数年間の血糖管理の状況を把握しておくべきだったのかもしれません。今から調べてもデータを入手できないでしょうから、UKPDS長期観察試験の結果は、ACCORD試験のエビデンスとしての価値に大きな影響を与える可能性があります。


偶像崇拝の対象にしてはいけない


もう一つ気が付いたのは、UKPDSの論文がとうとう80本を超えたということです。大規模な試験は有益な情報の宝庫なので、様々なアングルから分析して複数の論文を出すのが一般的ですが、それにしても、今回の論文のような新しい試験ならともかくとして、サブセグメント分析の類を数多く実施すると、偶然に有意差を検出してしまうリスクがあるのではないでしょうか。

私が気になっているのは、血糖値はできるだけ正常値に近づけたほうが良い、という論文です(I. Stratton等)。
期中の平均HbA1cに応じて被験者を6段階に分類して、糖尿病性合併症や死亡リスクを比較したもので、A1cが高いほど修正発生率が高い、という結果になりました。Lower is better(低ければ低いほど良い)論者が頻繁に引用する論文です。
しかし、血糖値は正常に近いほど良いという命題と、可能な限り下げたほうが良いという命題は異なります。UKPDSでは群毎に血糖管理目標が設定されていたのですから、HbA1cの期中平均値が6%以下の患者も10%を超える患者もいたとしたら、理由は、以下の一つでしょう。


  • 治療前の元々の値が大きく違った

  • 病気が重く期中の上昇が大きかった

  • 薬に反応しにくい患者だった

  • 医師によって治療方針がかなり違った

HbA1cが著しく高い患者や難治性の患者と、そうでない患者を比較してもあまり意味はないでしょう。もし医師の治療方針がかなり違ったのだとしたら、血糖管理以外の治療内容も違ったかもしれません。そういえば、今回の長期観察試験の論文には同時使用薬の情報が記されていません。30年前ならともかく、2000年代に入って二型糖尿病患者にスタチンを処方するケースが増えたので、群間に偏りがないか確認する必要があるのではないでしょうか

I. Stratton等の論文の題名は、前向き観察的試験における、血糖と合併症の関連性(association)という表現をしています。介入的試験ではないこと、因果関係を云々しているわけではないことを明記しているのです。この論文は重要な仮説を提示していますが、結論を出す前に、前向き介入試験で検証する必要があります。私たちは、水戸黄門の真似をしてUKPDSという印籠を振りかざすのではなく、意義と限界を冷静に理解する必要がありそうです。





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