2008年9月6日土曜日

TRANSCEND試験が失敗

telmisartanがTRANSCEND試験で十分な効果を発揮できなかったことは、大変な驚きで
す。ESC学会で論評したSwedberg博士は、ACE阻害剤に不耐・不適の患者なら
telmisartanは合理的な選択肢で、但し、この治験の対象と異なる心不全を合併して
いる患者に関しては、エビデンスのしっかりしているcandesartanやvalsartanを使う
よう推奨していました。Lancet誌のホームページで治験論文と合わせて先行公開され
たReil博士等のコメントも、ACE阻害剤不耐・不適の患者ならARBの使用は支持される
が、心不全などを除いてARBのエビデンスは明確ではないことに留意すべきと書い
ています。厳しい意見ですが、好意的と考えることもできるでしょう。ACE阻害剤不
耐・不適患者を対象としたTRANSCEND試験が成功しなかったという現実や、薬の選択肢はARB以外にも色々
あるという事実に目を背けてくれたのですから。

治験が失敗したのはtelmisartan固有の問題なのか、それとも、ARBのクラス・イフェ
クトなのか?講評担当者達の見解は、クラス・イフェクト説に傾いているように感じ
られます。

ARBはACE阻害剤より心筋梗塞リスクが高い、というメタアナリシスが発表された時、
クリーブランド・クリニックのニッセン博士は、ジャーナリストの質問にこのように
答えました。『ARBとACE阻害剤の違いは、咳が出にくいこと、価格が高いこと、以
上。』私もそのように思っていたのですが、甘かったかもしれません。


TRANSCEND試験の概要



  • ONTARGET試験とペアで実施された大規模長期アウトカム試験。ACE阻害剤不耐・不適
    患者はTRANSCEND試験のtelmisartan群又は偽薬群に割付けられ、それ以外はONTARGET
    試験のtermisartan/ramipril/両剤併用の何れかの群に割付けられた。40ヵ国の630施
    設で01年に開始、メジアン56ヵ月フォローアップ。無作為化割付二重盲検試験。

  • 対象:心血管疾患、または臓器損傷のある糖尿病で、ACE阻害剤不適・不耐、且つ心不全を合併していない患者。患者背景は平均年齢67歳、平均血圧が141/82mm Hg、女性が43%。人種は欧州系/アジア系/ア
    フリカ系が各61/21/2%。有病率は冠動脈疾患74%、心筋梗塞46%、高血圧症76%、
    糖尿病36%、微小アルブミン尿症10%、CABG経験19%、PCI/PTCA26%。同時服用薬は
    スタチン55%、ベータブロッカー58%、アスピリン75%、利尿剤33%、CCB40%。ACE
    阻害剤不耐の理由は咳(88%)、症候性低血圧(4%)、血管浮腫・アナフィラキ
    シー(1%)など。

  • 介入方法:ランインは6666人に偽薬を一週間、その後telmisartan(80mg一日一回)
    を二週間投与。無作為割付は5926人、telmisartan(同)群と偽薬群を比較。

  • 主評価項目:心血管疾患死、心筋梗塞、脳卒中、心不全入院の複合評価項目。心筋梗
    塞はクレアチニン・キナーゼの異常上昇なども含む。主評価項目イベントは第三者が
    アジュディケーションした。無作為割付けされた全例を対象にtime-to-first-event
    解析。医療施設で階層化。


TRANSCEND試験の結果

telmisartan偽薬HR(95%CI)p値
主評価項目15.7%17.0%0.91
(0.80-1.05)
0.206
心血管死・
心筋梗塞・
脳卒中
13.0%14.8%0.87
(0.76-1.00)
0.048
0.068*
心不全入院4.5%4.3%1.05
(0.82-1.34)
0.694

*多重性の補正を行なった後の数値。


注:血圧の群間差(期中加重平均)は4.0/2.2mm Hg、試験が進むにつれて徐々に縮小。偽薬群のほうが試験薬以外の血圧降下剤を多く追加したことが影響か。


何でこんなことになってしまったのでしょうか。結果論で言えば、主評価項目に心不全入院を入れさえしなかったら、二次的評価項目の多重性の補正を行う必要もなく、リスクを13%削減、統計的に(ギリギリ)有意という結果になっていたでしょう。しかし、心不全による入院を入れたのは効果があると期待したからでしょうから、偽薬並みだった事はそれ自体が失望的です。治験論文のコメンテーターは、ONTARGET試験などでも心不全入院を防げなかったと念を押しています。

治験を主導したYusuf博士等は治験がフェールした理由を様々に釈明していますが、既に多くの患者に使われている薬であることや、ARBに対するニーズが高い患者を対象としたことを考えれば、十分なエビデンスを得られなかったことは失望的です。

telmisartanといえばPPARガンマに結合することで知られています。PPARガンマ作動剤であるpioglitazoneやrosiglitazoneには心不全リスクが見られますので、関連付けて考える人もいるかもしれません。しかし、私はあまり重視していません。TZDは血糖治療薬として用いられています。telmisartanも血糖治療試験が実施されましたが、日本でも、海外でも、十分な効果が見られませんでした。TRANSCEND試験でも血糖値は下がりませんでした。臨床的にはPPARガンマ作動作用はないのではないでしょうか。

正直に言って、頭が混乱しています。皆さんの意見をコメント欄や皆さんのブログで教えてください。




0 件のコメント:

コメントを投稿

Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...