2009年4月11日土曜日

グレープフルーツの薬物相互作用

スーパーでグレープフルーツを買って帰った翌日、Medpageに大きな写真が出ていました。Lancet誌に報告された薬物相互作用の話でした。日本人はグレープフルーツもそのジュースもアメリカ人ほど好きではないので関係ないと最初は思ったのですが、調べてみるとそうでもなさそうです。

Medpageの報道


  • 下肢の重度静脈血栓を発症した42歳の女性を調べたところ、複数のリスク因子が判明した。前日に自動車を比較的長時間運転したこと、低用量ピルを服用していること、第V因子のLeiden多型(血栓症のリスクが高い---白人の5%が保有)を持っていること、そして、体重を減らすために3日前から食生活を見直し、それまで殆ど食べなかったグレープフルーツを毎朝食べるようになったことだ。

  • 突然発症したのは、低用量ピルに含まれる成分の代謝をグレープフルーツが阻害したことが原因と推測される。


生活習慣を改善するために、学会の推奨に則った食事療法を始めたことが、却って有害な結果になってしまった---切ない話ですね。メタボを気にしてジョギングを始めたら突然死してしまったという話を思い出します。


グレープフルーツの薬物相互作用はCYP3A4という酵素を阻害することが原因と思っていましたが、小腸の輸送体であるP糖蛋白やOATPも関与しているようです。この場合、グレープフルーツジュースだけでなくオレンジジュースやリンゴジュースも影響する可能性があります。一例は抗ヒスタミンのフェキソフェナジンです。アメリカの添付文書にはフルーツジュースと一緒に飲まずに水で飲むよう注意書があります。この薬はCYP3A4の影響を受けないので、相互作用の原因は輸送体に対する作用と推測されています。


グレープフルーツジュースの薬物相互作用は20年前に偶然、発見されたようです。その後、様々な研究が発表されていますが、よく分からない話が多いようです。アメリカの添付文書も比較的新しい薬については言及されていますが、カルバマゼピンのように何も記されていないものもあります。Ca拮抗剤のニフェジピンのように、研究者の意見が分かれているものもあります。更には、フェキソフェナジンやシンバスタチンのように、アメリカの添付文書と異なり日本の添付文書には何の注意書もない、というケースもあります。


20年も経つ割にはこれしか分かっていないのか、というのが率直な感想ですがのですが、好き好んで危ない橋を渡る必要もありません。疑惑のある薬を服用している人はジュースや果物に気を付けるべきなのか、お医者さんに相談した方が良いでしょう。


以下、グレープフルーツの薬物相互作用に関する主な研究と、疑惑のある薬、そして幾つかの薬のアメリカの添付文書に記されている情報を記します。


なぜグレープフルーツが影響するのか?



相互作用が発見されたきっかけはBailey等が実施した試験のようです。古い論文なので抄録しか読めませんでしたが、概要は以下の通りです。


Bailey等、Clin Invest Med. (1989) PubMed抄録



  • エタノールとfelodipineの相互作用を調べるために境界性高血圧の10人にクロスオーバー試験を実施した。

  • エタノール投与後にfelodipine 5mgを投与した時とfelodipineだけを投与した時では、最低血圧が平均68mmHg対75mmHg、心拍数は72bpm対67bpm、と有意な差があった。エタノールは低血圧関連の有害事象も増加させた。

  • felodipineの生物学的利用率はエタノールの影響を受けなかったが、血漿濃度は予想以上に増加した。

  • アルコールの味を隠すために用いたグレープフルーツジュースが影響した可能性がある。


相互作用の原因は、グレープフルーツジュースが小腸のCYP3A4の発現を抑制したり分解を促進したりすることと考えられているようです。肝臓のCYP3A4を阻害する作用はなさそうです。フェロジピンを経口投与ではなく点滴投与した試験では影響が見られず、また、AUCやCmaxは増加しますが半減期は変わらないからです。


Lundahl等、Eur J Clin Pharmacol (1997) PubMed抄録



  • 健常男性12人のクロスオーバー試験。

  • 150mlのグレープフルーツジュースまたは水を飲ませ、その15分後にfelodipineを点滴または経口投与したところ、経口投与時はグレープフルーツによってAUCとCmaxが各72%と173%増加したが、点滴投与時は無影響だった。最低血圧や心拍数に与える影響も経口投与時だけだった。


作用の『用量依存性』や持続性は論者によって意見が区々です。一杯飲んだだけで十分な阻害作用を発揮し、24時間経っても消失しないという意見が多いようですが、もっと複雑かもしれません。変数が多くて分かりにくいのです。グレープフルーツジュースと言っても色々な種類があるでしょうし、薬の吸収・代謝の個人差、そして相互作用自体の個人差もありそうです。また、CYP3A4だけでなくG糖蛋白やOATP(有機アニオン輸送ポリペプチド)も関与している可能性があります。


Dresser等、Clin Pharmacol Ther. (2002) PubMed抄録(Natureのホームページでオープンアクセス<要登録>)



  • 果物がP糖蛋白とOATPに与える影響を調べるためにin vitro試験と、fexofenadine(3A4依存性が低く、P糖蛋白の基質で、OATPの影響も受ける)を用いた健常者10人の治験を実施。

  • グレープフルーツジュース、オレンジジュース、アップルジュースと一緒に飲むとfexofenadineのAUCとCmaxが60-70%低下。影響には個人差があり、水と服用した時のAUCが大きい人は影響も大きかった。


グレープフルーツジュースの何の成分が影響しているのでしょうか?犯人は未だ見つかっていないようです。ジュースにする前の果肉や皮なども薬物相互作用があるようです。


Bailey等、Clinical Pharmacology & Therapeutics (2000) PubMed抄録



  • 市販されているグレープフルーツジュースだけでなく、果物自体や皮を用いた菓子も薬物相互作用懸念がある。


グレープフルーツジュースと相互作用が疑われている薬



Dahan等とMcCloskey等のリビュー論文に一覧が出ていたので、まとめてみました。但し、クエスチョンマークを付けた薬のように両者の評価が異なるものもあります。また、AUCやCmaxが増加する薬でも増加の程度は区々のようです。


Dahan等 Eur J Clin Nutr. (2004) PubMed抄録(Natureのホームページに登録していればオープンアクセス)


McCloskey等、Nutrition Today(2008) ホームページ


Ca拮抗剤felodipine増加
nisoldipine増加
nicardipine増加
nitrendipine増加
pranidipine増加
nimoldipine増加
nifedipine無影響?
amlodipine無影響
verapamil増加?
diltiazem無影響
中枢神経系薬diazepam増加
triazolam増加
midazolam増加
alprazolam無影響
carbamazepine増加
buspirone増加
sertraline増加
スタチンsimvastatin増加
lovastatin増加
atorvastatin増加
pravastatin無影響
その他cyclosporine増加
saquinavir増加
sildenafil増加
fexofenadine増加
terfenadine増加
amiodarone代謝物生成阻害


アメリカの添付文書の記述



アメリカの添付文書の記述は信頼性や重要性が最も高いと想像されます。FDAが記載を認めたわけですから、エビデンスの質の点でも、影響の大きさの点でも、優れていると考えられるからです。


勿論、記されていないからといって安心は出来ません。GE化した薬はメーカーが確認試験をやりたがらないので、放置されてしまいます。十分なエビデンスがないのか、それとも単に調査されていないのか、分かりません。


以下、幾つかの薬の添付文書の記述を読んでみましょう。


felodipine(Plendil)



  • CYP3A4阻害物質と併用する時は慎重に投与するべき。

  • グレープフルーツジュースと同時に摂取するとfelodipineのAUC(曲線下面積)とCmax(最高血中濃度)が2倍以上に増加する。半減期には影響しない。

  • オレンジジュースは影響するようには見えない。他のジヒドロピリジン系カルシウム拮抗剤でも同様な所見があるが、影響度はfelodipineより小さい。

3A4阻害剤による薬物動態の変化
AUCCmaxT1/2
グレープフルーツジュース2倍以上2倍以上変わらず
itraconazole8倍6倍以上2倍
erythromycin2.5倍2.5倍2倍
cimetidine1.5倍1.5倍-


fexofenadine(Allegra)


  • フルーツジュースはfexofenadineの生物学的利用率や曝露を削減するかもしれない。

  • ヒスタミン誘導性皮膚膨疹・紅斑試験では、グループフルーツジュースやオレンジジュースと一緒に服用すると水で服用した時より膨疹・紅斑が大きかった。文献に基いて判断すれば、アップルジュースなど他のフルーツジュースも同様な影響があると推定される。

  • 従って、水で服用することを推奨する。


simvastatin(Zocor)


  • マイオパシーや横紋筋融解症のリスクが高まる可能性があるので、大量(一日950ml以上)のグレープフルーツジュースを飲まないようにすべきである。

  • 高量試験では、二倍濃度(3倍の量の水で希釈するのではなく同量で希釈)のグレープフルーツジュース200mlを一日3回、2日間投与し、3日目に200mlと一緒にsimvastatin 60mgを投与したところ、AUCが16倍、simvastatin酸は7倍に増加した。

  • 低量試験では、通常濃度のものを237ml、3日連続で朝に投与し、3日目の夕方にsimvastatin 20mgを投与したところ、増加は1.3倍と1.9倍だった。


グレープフルーツジュースは一杯飲んだだけでも大きな影響があるはずですが、simvastatinの例を見ると、薬によって区々のようです。この試験では、HMG-CoA阻害活性に与える影響も調べましたので、信頼性は高そうです。


fexofenadineも薬力学的試験が行なわれたようですが、この記述ではどの程度のリスクがあるのか分かりません。薬を飲む時にジュースで飲むなと言っているだけですので、例えば薬を朝飲んで昼食にジュースを飲むのなら大丈夫なのかもしれません。


グレープフルーツの作用は長時間続くはずですが、simvastatinやfexofenadineを見ると、そうでもなさそうです。結局、相互作用があるといっても度合いは薬によって区々で、また、個人差も大きいのでしょう。


sunitinib(Sutent)とlapatinib(Tykerb)



  • 血中濃度が上昇する可能性があるので、グレープフルーツを食べたりそのジュースを飲んだりしないこと


この二つは末期がんの薬で長期投与しないので、記述も簡単ですが、警告が強いような印象を受けますね。


ワーファリン


相互作用といえば有名なのはワーファリンです。グレープフルーツは出ていませんが、サプリメントとしても販売されている成分が沢山出ていました。


  • ワーファリンの作用を増強するもの(出血リスクが高まる):ブロメライン(パイナップル由来の蛋白分解酵素)、ニンニク、朝鮮人参、トウキ、グランベリー

  • 弱化するもの(脳梗塞のリスクが高まる):コエンザイムQ10、セント・ジョーンズ・ワート


グランベリーは意外でしたが、04年にイギリス(イギリス人はベリーが好き)で疑惑が浮上したようです。日本人にはあまり関係なさそうですが、ベリーの載ったデザートや冷凍食品も見かけるようになりました。好きな人は注意しましょう。


MHRAの発表



  • 03年の医療従事者向けアドバイスでワーファリンとクランベリージュースの相互作用の可能性を指摘した。その後1年余の間に疑い例が12例報告された。

  • 製品毎の違いや無害量を確定することは不可能なので、ワーファリン服用者は、便益や危険を明らかに上回る場合を除いて、クランベリージュースを避けるべきである。他のクランベリー製品も注意すべきだ。



コエンザイムQ10は特に人気がありますが、健康に良いはずのサプリメントで病気になったら冒頭の女性のようになってしまいます。CoQ10を飲んでいる人が、心不全の治療薬として承認されているのだから効果があるはずと言っていましたが、大昔の話なので、今日の承認審査にも耐えうるのか分かりません。そもそも、承認されている用量は一日30mgで、30mgを一日三回という高用量は承認されていません。通常のサプリメントは処方薬の用量よりもはるかに少ない量しか配合されていないものですが、CoQ10は例外です。


この件については日本健康・栄養食品協会が有害事象の発生状況をアンケート調査しています。今年か来年には結果が公表されるのではないでしょうか。興味深いのは、この調査についてインターネットで検索しても殆ど情報がないことです。沢山ヒットするのですが、中身は殆ど同じで三種類の発表・公表資料にたどり着くだけです。新聞社のホームページで検索しても殆どヒットしません。サプリメントはマスコミにとってアンタッチャブルなのでしょうか。


本題に戻ります。冒頭のLancet誌の症例報告はエストロゲンとグレープフルーツの相互作用を疑っているようです。そこで、幾つかの製品のアメリカの添付文書を読んで見ましたが、殆ど言及されていませんでした。

相互作用の疑惑があるなら薬力学試験を行なってリスクを確認すべきだと思いますが、現実はお寒い限りです。真実が分からない以上、私たち自身が注意して、危ない橋を渡らないようにしたほうが良いのでしょう。


最後に、今回勉強させてもらったレビュー論文をもう一つ、紹介しておきましょう。


Kiani等 Nutrition Journal (2007)(オープンアクセス)







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