2010年4月3日土曜日

NAVIGATOR試験の回顧

ACC心臓学会でNAVIGATOR試験の結果が発表されました。二型糖尿病予防試験はこれまでにもありましたが、NAVIGATORは単に血糖値が一定水準を上回るかどうかを調べるだけでなく、心筋梗塞のような臨床的な転帰も検討した点で非常に意義があります。結果は意外なもので、nateglinide(スターシス、ファスティック)は心血管イベントを防げなかっただけでなく、糖尿病の予防にも役立ちませんでした。valsartan(ディオバン)は小さな糖尿病予防効果を示しましたが、心血管イベントを防げませんでした。この試験は二型糖尿病予備群が対象ですが、患者背景を見ると高血圧患者やメタボリック・シンドロームの患者が多く、その意味では、典型的な初発予防試験と考えることもできます。valsartanはなぜ転帰を変えることができなかったのか?今回は、データをやや詳しく見てみましょう。

NAVIGATOR試験は日本を含む40カ国の806施設が9000人以上を組入れて5年以上追跡した大規模試験です。nateglinideとvalsartanを一度に調べた2x2ファクトリアル・デザインです。

nateglinide偽薬合計
valsartan2,3162,3154,631
偽薬2,3292,3464,675
合計4,6454,661

NAVIGATOR試験のデザイン

  • デザイン:無作為化割付、偽薬対照、二重盲検。
  • 患者:耐糖能異常(IGT)且つ空腹時血糖値(FPG)≧5.3mmol/L(95mg/dL)、且つ50歳以上で心血管疾患既往又は55歳以上で心血管リスク因子を一つ以上持つ人。
  • 患者背景:平均64歳、女性が51%、白人/黒人/アジア人/その他の比率83/2/7/8%。平均体重84kg、BMI 30kg/m2、血圧139/82mmHg、FPG 6.1mmol/L、LDL-C 126mg/dL、TG 150mg/dL、 HDL-C 50mg/dL。心血管疾患既往24%、高血圧症77%、高脂血症(高non-HDL-C値)45%、メタボリックシンドローム84%。同時使用薬はベータブロッカー39%、カルシウムチャネルブロッカー32%、利尿剤32%、コレステロール治療薬38%、アスピリン37%。
  • 介入方法:valsartan試験は160mgを一日一回経口投与(最初の2週間は80mg)。nateglinide試験は60mgを毎食前経口投与(最初の2週間は20mg)。
  • 対照群:偽薬。尚、両群とも強めな生活習慣改善指導を受けた。
  • 主評価項目:三種類設定。糖尿病発症リスク、コア心血管イベント(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、心不全入院)、拡張心血管イベント(コア心血管イベントに加えて動脈再開通術や不安定狭心症による入院)。心血管イベントは第三者がアジュディケーション。
  • 解析計画:糖尿病予防はvalsartanが18%、nateglinideが25%削減を前提に99%以上とオーバーパワー。心血管イベント削減効果はコアが784イベント発生とリスク削減率18%を前提に74%、拡張心血管イベントは1374イベント、12%前提に64%(治験中に見直された後の計画)。主評価項目が複数あることや中間解析を行うことからp値の要求水準を低く設定(具体的な内容は不明)。
  • 解析対象:9306人。治験実施基準違反で閉鎖された10施設の212人を割付後に除外した。

Valsartan試験の結果

  • valsartanとnateglinideの間に交絡はなし(2x2ファクトリアルの試験は交絡があると個々の試験の解析が無効になる)。
  • 5年後服薬率:67%(偽薬群は66%)
  • 糖尿病発症:有意に少ない。発生率33.1%、偽薬群36.8%、HR0.86、95%信頼区間0.80-0.92、p<0.001。
  • コア心血管イベント:偽薬並み。両群8.1%、HR0.99。0.86-1.14。
  • 拡張心血管イベント:偽薬並み。14.5%対14.8%、HR0.96、0.86-1.07。
  • その他の観察事項:valsartan群は偽薬群と比べて、血圧が有意に低く(差は平均2.8/1.4mmHg、p<0.001)、FGPと2時間食後血糖値が有意に低く(0.03mmolと0.17mmol、p<0.01)、低血圧性有害事象は有意に多いが高血圧性のものは有意に少ない。
  • 主要降圧剤の服用状況:治験開始時は一人平均1.2種類。最終観察時点ではvalsartan群1.3種類(及びvalsartan)、偽薬群1.5種類。

血圧はlower is betterではない?

興味深いのは糖尿病関係の成績が良かったことです。同じような患者を対象にしたDREAM試験では、ramiprilの糖尿病予防効果は有意ではありませんでした。ARBがACE阻害剤にできなかったことを達成したのは初めてかもしれません。とは言え、リスク削減率は14%でramiprilは9%ですから差は小さく、信頼区間もかなり重なっています。それに、糖尿病の発症を1年程度遅らせることにどの程度の意味があるのかも良く分かりません。心血管イベントには効果の欠片も見られなかったからです。小血管性合併症の発生状況を調べれば効果があったかもしれませんが、仮定の話です。糖尿病になったら合併症防止効果が曖昧なvalsartanではなく糖尿病薬を服用することになるのでしょうから、それまでの一時期だけvalsartanを服用する明確なメリットが欲しいところです。

心血管イベントはなぜ減らなかったのでしょうか?論文著者はこのように推測しています。

  • 過去のARBの試験と比べて被験者の元々の心血管リスクが低かった(初発予防が4分の3と多く、有益な薬を同時使用していた人が多く、また、生活改善指導の内容が充実していたため更に削減する余地が元々小さかった)。
  • 偽薬群の2割程度が期中のACE阻害剤やARBの服用を開始し、valsartan群は3割以上が服用を止めてしまったため効果が希薄化された。
  • valsartanの用量用法が至適ではなかった可能性(Val-HeFT心不全試験もVALIANT心機能低下併発急性心筋梗塞試験も160mgを一日二回投与した・・・海外では高血圧治療でも一日320mgまで承認されている)。

投与頻度の問題は思い当たる節があり、これらの試験の結果が発表された時も一日二回に分けて服用したほうが良いのかなと思いました。只、作用時間の長いtelmisartanのアウトカム試験も今一つでしたので、今ではlonger is betterだとは思っていません。用量については、amlodipineと直接比較したVALUE試験で最初の6ヶ月間の降圧やイベント発生率が見劣りした時も、一日160mgでは足りないのかなと感じました(VALUE試験が始まった頃は320mgは承認されていなかった)。NAVIGATORも降圧が足りなかった可能性はあるかもしれません。

しかし、今回のACCで発表されたACCORD血圧試験も似たような結果でした。二型糖尿病患者の血圧を強化治療(目標120mmHg未満)しても心血管疾患イベント数は標準治療(140mmHg未満)と有意差がありませんでした。治験開始時の平均値は139/75mmHgなので最大血圧はNAVIGATORと同じです。最初の一年間の平均群間差が14/6mmHgもあったのに有意水準に達しなかったのですから、4/2mmHg程度の差しかなかったNAVIGATOR試験で偽薬並みだったのは当然のことかもしれません。

今回の学会でも、降圧にはJカーブがあって下げ過ぎると却ってリスクが高まるおそれがあるという発表がありました。ESCの高血圧治療ガイドラインは単純高血圧の血圧目標を140/90mmHgとしていますので、NAVIGATOR試験の患者の血圧管理は初めから良好だったことになります。このような患者に更に降圧しても意味がないのかもしれません。NAVIGATORもACCORD血圧試験も、心血管イベントが増えなかったことを喜ぶべきなのかもしれません。

Nateglinide試験

糖尿病を予防できず、心血管イベントも減らず、低血糖や有害事象による治験離脱が有意に多いという散々な結果になりました。血糖治療薬を予防に転用した試験は成功が続いたのですが、metformin、アルファ・グルコシダーゼ阻害剤、グリタゾンは何れも膵臓に作用してインスリン分泌を促す薬ではありません。治験論文の論評によると、SU剤の予防試験は成功しなかったとのことです。だとしたら、nateglinideに予防効果がなくても不思議はないのかもしれません。metforminとrosiglitazone、pioglitazoneは長期試験で血糖治療作用がSU剤より長く続くことが明らかになりました。予防試験のような長期間の試験に適していることになります。

この試験の最大の謎は、空腹時血糖値は偽薬群より低く推移したのに、2時間食後血糖値が最初から最後まで偽薬群より高かったことです。論文著者は、検査当日の朝はnateglinideを服用しないプロトコルだったのでリバウンドしたのではないかと推測しています。別の試験でも同じ現象が観察されているようです。まあ、この点には目を瞑るとしても、血糖治療薬を用いた予防試験がフェールしたということは、長期的な血糖管理にフェールしたということです。本来の用途における有効性を心許無く感じませんか。

この試験はメタボ系の人が多く、もし成功していたら今頃は、『メタボリック・シンドロームに対する薬物療法の意義を示した最初のエビデンス』と囃されいるかもしれません。裏返して考えると、NAVIGATOR試験は、『高血圧症なら治療するがメタボだからといって特別にそれ以上の降圧・血糖治療をする必要はないことを示すエビデンス』なのかもしれません。

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