2010年4月17日土曜日

DPP-IV阻害剤とSU剤の関係

日本糖尿病協会がインクレチン薬とSU薬の適正使用に関する医療従事者向けのリコメンデーションを発表しました。09年12月にシタグリプチンが発売されて以来、SU剤服用者に追加投与して重篤な低血糖による意識障害が起きたという報告が後を絶たないため、原因と対策を検討して公表したもので、高齢者や軽度腎機能低下者にSU剤を使う時は極めて慎重であるべき、そして、SU剤にインクレチン薬を追加する時はSU剤の減量が好ましい、などの点を指摘しています。


日本糖尿病協会:【医療従事者向け】「インクレチンとSU薬の適正使用について」


日本の臨床試験では重篤な低血糖は発生していないとのことですが、これは海外も同じで、私も違和感があります。具体的な症例や症例数は把握していませんが、次の二点が影響しているかもしれないので、一言書いておきましょう。事実に反しているかもしれない点はご了承ください。


第一は、インクレチン薬は低血糖を起こしにくいという油断。シタグリプチンはDPP-IV阻害剤で、内臓ホルモンであるGLP-1がDPP-IV酵素によって不活化されるのを防ぎます。GLP-1は血糖値の高い時だけインスリンの分泌を刺激するのでSU剤と違って低血糖を招きにくいのです。GLP-1は1-2分で不活化されてしまいますが、DPP-IV阻害剤を使えば作用を長期化することができます。


尚、GLP-1はこの他に食物が胃から腸に移行するのを遅らせたり、肝臓のグルカゴン異常分泌を抑制したり、食欲を抑制したりする作用を持っていますが、DPP-IV阻害剤はグルカゴン分泌抑制だけのようです。胃腸影響が小さい代わりに、GLP-1作用剤ほど悪心・嘔吐が発生しません。食欲抑制作用が小さいのは悪心・嘔吐が少ないせいかもしれませんが、食欲を抑制する内臓ホルモンであるPYYの活性化にDPP-IVが関与していることと関係があるのかもしれません。DPP-IV阻害剤のGLP-1増強作用がPYY抑制作用で相殺されてしまうという考え方です。


血糖降下薬はメトフォルミンの悪心・胃腸副作用、グリタゾンの体液貯留・浮腫のような特徴的な副作用を持っていますが、DPP-IV阻害剤は目立った副作用がないのが特徴です。弱点は効果が弱めなことで、このため、海外では併用で使われることが多いようです。ところが、DPP-IV阻害剤は他の血糖降下薬の副作用を増強してしまう傾向があるので注意が必要です。中でもSU剤は、臨床試験でも低血糖の発生率が数ポイント高まります。リラグルチドのようなGLP-1作用剤をSU剤と併用する時は、リスクがもっと高まります。


海外ではメトフォルミンが第一選択薬なので、DPP-IV阻害剤もこの併用が一番多いです。メルクの研究によるとメトフォルミンはGLP-1の分泌を促進する作用を持っているので、シナジーがあるかもしれません。メトフォルミンはインスリン感受性を改善する作用も持っていますので、この組み合わせは補完性があり、インスリン分泌刺激剤同士の併用よりも筋が通っています。


第二の陥穽は、臨床試験のデザインがあまり良くなかったのかもしれません。臨床試験の組入れ条件・除外条件は現実の医療とできるだけ近付けるのが理想ですが、医療倫理の問題があるため、副作用を受けやすそうな患者などは除外されることになりがちです。シタグリプチンの試験で言えば、インスリンやSU剤に追加した試験は他の薬に追加した試験や単剤投与試験よりも被験者の治験開始前の平均HbA1cが高めになっています。おそらく、低血糖リスクを懸念したのでしょう。


海外の、インスリンに追加した試験ではベースライン値が8.7%で、100mgを一日一回投与(海外の標準用法)した群は平均0.6%低下しました。ADAの血糖管理目標である7%未満を達成した患者の比率は12.8%でプラセボ群の5.1%を上回りましたが、大半の患者は日本で言う管理不良だったことになります。SU剤(グリメピリドを一日4mg以上)に追加した試験では8.3%から0.45%低下しましたが、7%未満達成率は17.1%(プラセボ4.8%)で、この試験でも管理不良が多かったのです。


日本の試験も同じで、グリメピリドに追加した試験のHbA1cは平均8.2%から7.5%に低下しただけでした。因みに、単剤投与試験のベースライン値は7.6%、ボグリボーズ対照単剤投与試験は7.7%、ピオグリタゾンに追加した試験は7.7%、メトフォルミンに追加した試験は7.8%となっていて、結局、8%を超えていたのはSU剤併用試験だけでした。


海外の臨床試験では副次的評価項目として7%未満達成率も検討するのが一般的です。医療従事者にグラフを見せて、「ウチの新薬を使えば先生の患者さんも血糖管理目標を達成できるかもしれませんよ」とアピールするのです。被験者の血糖値が高すぎると良い数値が出ないので、普通は7%台のあと一歩で達成できる患者を多数組み入れます。ところが、シタグリプチンのインスリン・SU剤併用試験は数値が低すぎて、宣伝どころか効果が弱い印象を与えてしまいます。それでも高めの患者を組み入れざるを得なかったのは被験者を過度な低血糖リスクに曝したくなかったからでしょう。


しかし、現実の医療でシタグリプチンを使う患者さんのHbA1cはあまり高くない人が多いのではないでしょうか。高い人はもっと強力な薬が必要だからです。7%台のSU剤服用者にシタグリプチンを投与すれば、臨床試験より低血糖が多く発生しても不思議はありません。


ノバルティスのビルダグリプチンの海外SU剤併用試験は、50mg一日一回でも二回投与しても効果は同じでした。このため欧州ではSU剤併用時に限って一日一回に制限されています。欧米で承認されているサクサグリプチン(日本は大塚製薬が開発)の試験では、SU剤の用量を半分に減らした上でサクサグリプチンを追加投与し、治験開始前と同じ量のSU剤を継続服用した群と比較しました。薬によって違うのかもしれませんが、DPP-IV阻害剤をSU剤と併用する場合は注意が必要であることを示しています。


さて、DPP-IV阻害剤は目立った副作用はないのですが副作用がないわけではなく、感染症など様々な事象の発生率が少しずつ高まります。また、長期試験の結果が出るのはまだまだ先なので、他の薬ほどの長期的な安全性の裏付けはありません。DPP-IVの作用や治験成績から注意すべきなのは以下の点でしょう。



  • DPP-ⅣはサブスタンスPの不活性化にも関与しているので、蕁麻疹や血管浮腫(特にACE阻害剤同時使用時)に注意。気管支収縮や粘液分泌、炎症反応にも関与している可能性があるので、気管支炎や上部気道感染症もリスクが高まるかもしれない。

  • DPP-ⅣはTセルなどの表面分子、CD26と類似しているので、阻害すると免疫力が低下するかもしれない。

  • 前臨床で皮膚毒性が見られた薬もある。スティーブンス・ジョンソン症候群のリスクがあるかも知れない。

  • 血清クレアチニンが上昇することがあるので腎機能低下に注意(シタグリプチンもビルダグリプチンも武田薬品のアログリプチンも専ら腎で排泄)。


以上、何かの参考になれば幸いです。







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