2009年2月21日土曜日

批判者不在のFDA諮問委員会

2月3日にアメリカのFDA諮問委員会で、第一三共がイーライリリーと提携して開発したprasugrelの承認の適否が検討されました。承認申請から1年以上経ち、FDAの審査期限も4ヵ月超過していたので何があったのか訝れましたが、FDAの中で意見がまとまらなかったことが理由のようです。諮問委員は全員が承認に賛成しました。ところが、スキャンダルめいた話が出ています。

PrasugrelはTRITON TIMI-38試験に基づいて承認申請されたのですが、この試験の二次的評価項目の解析を批判していた委員が、直前になって招致取消しになったのです。FDAはその前にイーライリリーから照会を受けたようですが、FDA側は取消しとの関係を否定しています。

諮問委員会は裁判の陪審と同様に、利害関係のない委員が予断を持たずに参加して、協議の上で結論を出します。この利害関係は、主として資金的なつながり(例えばイーライリリーやprasugrelと類似した薬を販売している会社から巨額の補助金を受けているなど)が問題になりますが、intelectual bias、つまり、委員会の議題について事前に明確な結論を持っている場合も、利害相反とみなされるようです。

FDA側の説明は歯切れが悪く、intelectual biasの疑いが生じたのが委員会の直前だったために十分な検討をする時間がなく取りあえず招致を見送ったのであって、intelectual biasを認めたわけではない、と言っているようです。

それにしても、FDAのこのところの動きはパッとしないですね。何をするにも遅く、人員不足で工程をこなせなかったり、係官の間で意見が対立して結論が出せなかったりしているようです。乾癬の薬で深刻な副作用懸念が発生し、FDAはメーカー側に対策を講じるよう要請したのですが、4ヵ月経った今でも何も出来上っていません。そうこうするうちに、ヨーロッパでは、諮問委員会から承認停止の勧告が出ました。新薬の承認が遅れるならまだしも、安全性問題に機敏に対処できないようでは困ります。

ところで、この招致されなかった委員、つまり、Cedars-Sinai Medical CenterのSanjay Kaul博士はどのような見解を持っているのでしょうか。以下、見てみましょう。




TRITON TIMI-38試験の概要と論点


TRITON TIMI-38試験は、宇部興産が創製し第一三共がイーライリリーと共同で開発した抗血小板薬、prasugrelの第三相試験です。心筋梗塞・不安定狭心症でPCIを受ける患者13608人をprasurel群とclopidogrel(標準療法)群に無作為化割付して、メジアン14.5ヵ月治療しました。主評価項目は心血管死(CV死)、非致死的心筋梗塞(MI)、非致死的脳卒中(CVA)の何れかが発生するまでの期間です(time to event analysis)。欧米アジアなどで実施されました。

Prasugrel群の主評価項目発生率は9.9%、clopidogrel群は12.1%で、ハザードレシオは0.81(95%CI 0.73-0.90)、p値は0.001未満となりました。心筋梗塞などを防ぐ効果が有意に高いことになります。CV死や全死亡では有意差は出ませんでしたが、非致死的MIのハザードレシオが0.76と有意に優れていました。

Prasugrelは血小板凝集阻害力が高く、また、clopidogrelと同様なプロドラッグですが体内の代謝プロセスが複雑ではないため、代謝酵素の多型に影響されにくく、活性化までの時間も短いという長所があります。TRITON TIMI-38試験は素質が高いだけでなく即戦力としての能力も優れることを明らかにしました。

効果が高い抗血小板薬は、出血リスクも高くなります。TRITON試験では大出血(2.4%対1.8%)、非致死的出血(1.1%対0.9%)、致死的出血(0.4%対0.1%)の何れの項目でも有意に上回りました。ネットクリニカルベネフィット(主評価項目の差から出血リスクの差を差し引いたもの)はプラスなので、prasugrelが良い薬であることには間違いありませんが、1000人に投与すると3人が副作用で死亡するというのは気分の良いものではありません何とかできないものでしょうか

この治験を主導した血栓学の共同治験グループ、TIMIの回答は、脳卒中・TIA経験者や75歳以上、60kg未満の患者を除外すれば出血リスクは大差ない、というものでした。しかし、詳細なデータが公表されていないために、多くの異論も出ました。

心筋梗塞はPCI前後に発生することが多いのですが、この試験のように無症候性の心筋梗塞もカウントする場合は特にそうなります。一方、出血リスクは治療期間中、ずっと続きます。ですから、高リスクの時期を過ぎたら用量を減らすような工夫をしても良いのかもしれません。

また、どういう訳か、この試験ではprasugurel群の癌や癌による死亡の発生率が高かったのです。症例が少ないので本当にリスクがあるのかどうか、分かりません。

FDAの審査官は出血や癌を懸念して、prasugrelの治療期間を1週間に限定した上で、上司に承認を推奨しました。しかし、上司は納得しなかったようです。再審査の結果、治療期間が4週間に延びましたが、上司は納得せず、諮問委員会の意見を聞くことを決めたようです。

諮問委員会ではこの上司だけがプレゼンテーションを行い、癌問題について楽観的な意見を述べました。諮問委員は癌の懸念はないと結論しました。出血リスクに関する対処も、TIMIの意見を支持しました。


Kaul博士の分析


Kaul博士は心血管分野の臨床試験の解析について、積極的に意見を述べています。TRITON試験に関しては08年のAHA科学部会で3本の発表を行いました。


ポスター#4014 ベネフィットがリスクを上回るのは最初の30日間だけ


  • TRITON-TIMI 38試験はメジアン14ヵ月実施されたが、最初の30日間とその後の期間ではリスクとベネフィットのバランスが異なる。

  • 最初の30日間は心血管死・心筋梗塞・脳卒中のハザードレシオが0.77で統計的に有意。CABG関連以外の大出血イベントのハザードレシオは1.19だが有意ではない。リスク修正後NNTは70。

  • 一方、その後の期間は各0.87(p=0.089)、1.48(p=0.028)、227となり、ベネフィットが不鮮明な一方でリスクは顕著に高まる。

  • 心血管死・心筋梗塞・脳卒中イベント発生率の群間差(2.2ポイント)のうち、4分の3近く(1.7ポイント)は最初の30日間に生じている。

  • リスクとベネフィットを最適化するためには、prasugrelを最初の30日間に留めて、その後は効果の弱いclopidogrelのような薬にスイッチする手法などが考えられる。

割付から30日目まで31日から完了まで
PrasClopPrasClop
CV死、MI、卒中5.7%7.4%5.3%4.5%
HR(95% CI)0.77 (0.68-0.88)0.87(0.74-1.02)
p値0.00010.089
大出血1.03%0.87%1.42%0.97%
HR(95% CI)1.19(0.83-1.70)1.48(1.04-2.10)
p値0.340.028
修正NNT70227

Praはprasugrel、Clopはclopidogrel、NNTは一人を当該イベントから救うために何人に投与したらよいかを示す治療効率性の指標(発生率の絶対差で100を割ったもの)

#4015 複合評価項目の有効性を検証


  • 複合評価項目の構成内容が妥当であるためには、個々の項目が臨床的に同程度の重要性を持っていること、同程度の頻度で発生すること、治療に同程度に反応することが必要。

  • TRITON試験の二次的評価項目であるネット・クリニカル・ベネフィットの構成項目を検証したところ、発生頻度や治療効果に有意な偏りがあった。イベント数の半分、治療効果の殆んどを非致死的心筋梗塞が占めた。

  • Prasugrelのベネフィットは非致死的心筋梗塞という、最重要ではないイベントに偏っている。心筋梗塞イベントの内容に関する情報が欠けているため、十分なベネフィット・リスク評価を行なうことができない。(注:FDAの資料によると、群間の差は殆どが心電図などに基づいて診断されたサイレントMIとのことです)。


#4016 ベイズ法で解析するとリスクのほうが大きい


  • 治療効果やリスクの大きさを定量的に評価するため、ベイズ法を用いてTRITON試験の解析を行なった。

  • TRITONは臨床的に重要な最低限の差である20%の群間差を検出するために実施されたが、差(d)が20%超である事後確率(posterior probability)は40%に過ぎない。Pr(d>20%)=0.4。一方、大出血リスクの差が20%超である事後確率は65%を超える。Pr(d>20%)=0.651。ネット・クリニカル・ベネフィットで臨床的に重要な差がある事後確率は4.5%に過ぎない。

  • 治療ガイドラインで推奨したり、治療方法を決定する時には、統計的に顕著であることと臨床的に重要であることの違いを認識すべきである。

伝統的解析ベイズ解析
リスク倍率
(95% CI)
P値Pr
(d>0%)
Pr
(d>10%)
Pr
(d>20%)
全死亡
/MI/CVA
0.81
(0.73-0.90)
<0.00110.9750.403
CV死
/MI/CVA
0.83
(0.75-0.92)
<0.00110.9380.235
大出血1.32
(1.03-1.68)
0.030.9850.9110.651
大小出血1.31
(1.11-1.56)
0.0020.9990.9670.7
ネットクリニカルベネフィット:
全死亡
/MI/CVA
/大出血
0.87
(0.79-0.95)
0.0040.9980.7910.045
全死亡
/MI/CVA
/大小出血
0.91
(0.83-0.99)
0.0320.9840.3990.003


こうしてみると、Kaul博士の考え方はFDA審査官と似ています。諮問委員会で審査官の意見を支持したかもしれない委員が、直前になって招致されなかったことは、不自然な感じがしますね。






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