2009年9月6日日曜日

続:clipidogrelとPPIの関係

欧州心臓学会ESCで抗血小板薬とプロトンポンプ阻害剤(PPI)の関係に関する数多くのデータ発表がありました。一つはprasugrelのclopidogrel対照試験のサブスタディ、一つはclopidogrelを倍量投与した試験のサブグループ分析、残りの一つはticagrelorという新クラスのP2Y12拮抗剤のフェーズⅢ試験のサブグループ分析です。何れも、PPIを同時服用してもclopidogrelの心血管リスク削減効果には大きな影響はないことを示唆しました。

血小板凝集抑制試験や疫学的研究では相互作用リスクが示唆されていますが、CREDO試験のポストホック分析も含めて、心血管アウトカム試験のデータを用いた研究は概して否定的ということになります。

とは言え、まだ結論が出たわけではありません。疫学的研究も、アウトカム試験の解析も、三つの弱点を持つことでは共通しているからです。第一には、PPI服用者と非服用者の患者背景の違いが影響している疑いがあります。第二に、アメリカではomeprazoleがOTCスイッチされているので、担当医が知らないところで患者が服用している可能性があります。第三に、2C19変異を調べていないこと。機能喪失変異を持つ患者はclopidogrelの効果を十分に享受できないのですから、PPIを同時服用しても大きな変わりは無いでしょう。2C19遺伝子のどちらかに変異を持つ人は白人や黒人の3割、中国人や日本人の場合は6割以上と推測されていますので、無視できません。もしPPI相互作用があったとしても、このような患者が含まれていたら影響が薄められて検出しにくくなってしまいます。

ESCの話の前に、clopidogrelとPPIの関係を復習しておきましょう。clopidogrelはプロドラッグで、体内で活性代謝物に変わります。プロセスは複雑で良く分からないのですが、近年のin vitro研究によれば、


  • clopidogrelの85%はエステラーゼによって分解され、不活性代謝物になる。

  • 残りは肝臓でCYP酵素による二段階の代謝を経て活性代謝物になる。

  • 2C19はこの二段階の何れにも関与する。

PPIは2C19によって不活性化されます。結合力が強く2C19から中々放れないので、clopidogrelの活性化が妨げられても不思議はありません。clopidogrelはモノセラピーでも承認されていますが、心筋梗塞の再発予防ではアスピリン併用で用いられることが多いです。どちらも胃腸潰瘍・出血のリスクがあるので、胃腸副作用を予防する目的でPPIも処方することが少なくないようです。もしPPIのせいで心筋梗塞リスク削減効果が低下するとしたら、藪蛇になってしまいます。

幸い、ESCで発表された新しいデータはこのような懸念を支持するものではありませんでした。


O'Donoghueの研究



  • PCIを受ける心筋梗塞・不安定狭心症患者を対象に、prasugrelとclopidogrelの心血管イベントリスクを比較したTRITON TIMI-38試験のデータセットを分析。患者背景の違いをプロペンシティ・スコアを用いて調整したうえで、各群のPPI服用者と非服用者のリスクを比較。

  • clopidogrel群では、PPI服用者と非服用者の修正ハザードレシオは主評価項目の心血管死・心筋梗塞・卒中で0.94、心筋梗塞で0.98、ステント血栓1.08、TIMI定義に基づく主要出血で1.2となり、何れも95%信頼区間が1を跨いでいた(有意な差はなかった)。

  • prasugrel群も修正ハザードレシオが0.97から1.03の範囲内で、いずれの項目も有意差は無かった。

  • この試験ではPPI服用者の4割がpantoprazole(本邦未発売)、37%がomeprazoleを服用していた。pantoprazoleはclopidogrelに影響しないという研究があるためpantoprazole服用者を除外した解析も実施されたが、結果は同じだった。

PPI服用者と非服用者の修正ハザードレシオ

PPI服用服用せず修正HR (95% CI)
clopidogrel群:


n2,2574,538
CV死/MI/卒中(%)11.812.20.94(0.80-1.11)
心筋梗塞(%)9.59.80.98(0.82-1.17)
ステント血栓(%)2.42.31.08 (0.75-1.55)
TIMI主要出血(%)2.41.61.20 (0.80-1.79)
prasugrel群:


n2,2724,541
CV死/MI/卒中(%)10.29.71.00 (0.84-1.20)
心筋梗塞(%)7.77.31.02 (0.84-1.25)
ステント血栓(%)1.11.11.03 (0.60-1.76)
TIMI主要出血(%)2.52.40.97 (0.67-1.39)


注:発生率は14ヵ月間。


以前、イーライリリーがFDA諮問委員会で公表した同様なデータを紹介しましたが、今回は3日間ではなく14ヵ月なので、信頼性が高まっています。一方で、患者背景の違いを修正するために疫学的試験でしばしば用いられるプロペンシティ・スコア法は、評価がまちまちのようですので、割り引いて考えたほうが良いでしょう。

この研究についてもっと知りたい人は、ESCのウェブサイトにプレゼンの要旨とスライドのリンクがあります。


PLATO試験のサブグループ分析



  • PLATOはticagrelorという新薬の心血管イベント削減効果がclopidogrelより高いことを確認するために実施された、PCIまたは薬物療法を受ける心筋梗塞・不安定狭心症患者を対象としたフェーズIII試験。被験者の3分の2がベースライン時点でPPIを服用していた。

  • clopidogrelに対するticagrelorの心血管ハザードレシオは0.84と有意に低かった。PPI服用グループではハザードレシオが0.83、非服用者では0.86で、このファクターがハザードレシオに与える相互作用のp値は0.69だった(有意な影響はなかった)。

PPI服用服用せず
n12,2496,375
CV死/MI/卒中(%):

ticagrelor9.211
clopidogrel1112.9
HR0.830.86
95%信頼区間0.74、0.930.75、1.00
相互作用p値0.69


注:発生率は12ヵ月間。


ticagrelorはプロドラッグではありませんし、不活性化代謝は主として3A4のようですので、2C19の影響は受けないでしょう。もしPPI服用者におけるclopidogrelの効果が弱いなら、その分、ticagrelorの効果が高くなるはずですが、非服用者と殆ど変わりませんでした。

この治験は論文がNew England Journal of Medicineのホームページで先行刊行されています。サブグループ分析のデータはsupplementary materialに収載されています。


CURRENT OASIS-7試験のサブグループ分析



  • clopidogrelの投与量を最初の1週間だけ二倍にする(負荷用量600mg、維持用量150mg/日)用法を標準的用法(各300mg、75mg/日)と比較した、PCIを受ける心筋梗塞・不安定狭心症患者を対象とした30日間の試験。

  • 主評価項目の心血管死・心筋梗塞・卒中は有意差なし(ハザードレシオ0.95)。PCIを受けた患者(被験者の3分の2)だけの解析では0.85(95%信頼区間0.74、0.99)、p=0.036で、二次的評価項目でも良好な結果が出た。しかし、PCIを受けなかった患者は冠動脈狭窄が進行していない患者が多かったせいか、1.17(0.95、1.44)と効果が見られなかった。

  • PCIを受けた患者に関するサブグループ分析では、PPI服用の有無と心血管死・心筋梗塞・卒中リスクの相互作用に関するp値は有意ではなかった。

PPI服用服用せず
n5,5577,675
CV死/MI/卒中(%):

標準用量5.73.8
二倍用量4.23.2
相互作用p値0.408
MI/ステント血栓(%):

標準用量4.83.1
二倍用量3.32.3
相互作用p値0.613


注:発生率は30日間。


この試験はアスピリンの二用量(100mg以下と300mg以上)を比較する試験とfactorial designで実施されました。奇妙なことに、アスピリン高用量群に割り付けられた患者では二倍用量群のハザードレシオが0.83でぎりぎり有意だったのですが、低用量の患者では1.07でした。相互作用のp値は0.043でした。

factorial designの試験で相互作用があった場合は、その時点で、全ての解析が無意味になると聞いた覚えがあります。
しかもclopidogrel試験の主評価項目は失敗したのですから、PCIを受けた患者だけの解析やPPIの影響に関する解析も慎重に受け止める必要があります。

それにしても、異なった研究者が異なった目的で実施した超大規模な試験が、何れも肯定的ではない結果になったのですから、PPI相互作用の可能性をこれまで以上に慎重に考えたほうが良いのではないでしょうか。

この試験は治験論文が未刊行なので細かいところが良く分からないのですが、CARDIOSOURCE(ACCの情報提供ウェブサイト)にプレゼンスライドのリンクがあります。


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