日本でも臨床試験が始まったC型肝炎治療の新しい星、telaprevirは、STAT-C(specifically targeted antiviral therapy for HCV)と呼ばれる新しいタイプの薬です。これまでの標準療法であるPEG化アルファ・インターフェロンとribavirinの二剤併用は、前者が免疫力を増強し、後者はインターフェロンの効果を増強すると考えられています。STAT-CはC型肝炎ウイルス(HCV)の増殖に必要な酵素を狙い撃ちにする、ウイルス研究の集大成とも呼ぶべき薬です。
開発が進んでいるのはプロテアーゼ阻害剤(telaprevirとboceprevir)で、三剤を併用すればI型のような難治性ウイルスの感染者でも、55-70%がウイルス探知不能になります。これまでの二剤併用は40%程度ですので、奏効率が15-30ポイント向上することになります。この二剤は現在フェーズIII段階で、早ければ欧米で2011年にも発売されるでしょう。
臨床成績を説明する前に、用語解説をしておきましょう。SVR(持続的ウイルス学的奏効率)は、所定の治療期間を終えて更に半年間経った段階で、ウイルスが検出不能になった患者の比率を示します。HCVは根絶できないので再燃する可能性もありますが、一応、治療が成功したと判定することができます。
STAT-Cの三剤併用レジメンは複雑で、三剤併用期間と二剤併用期間を組み合わせる用法がメインになっています。分かりにくいので、以下では、「TelaprevirとPEG-Interferon、Ribavirinの三剤併用を12週間行なった後に二剤併用で更に12週間施行」をTPR12+PR12、「PEG-InterferonとRibavirinを4週間投与した後、Boceprevirを含む三剤併用を24週間施行」をPR4+BPR24、という要領で短縮記載します。
telaprevirのフェーズIIb試験(PROVE1試験とPROVE2試験)の結果
- 薬物療法を初めて受けるI型HCV感染者(PROVE1は263人、PROVE2は334人)を、telaprevirなどを併用する3群と標準療法群に無作為化割付け。telaprevirは750mgを8時間毎に経口投与。
- フェーズIII試験ではTPR12+PR12(24週間コース)とTPR12+PR36(48週間コース)を標準療法(48週間コース)と比較している。該当する群のSVRに注目すると、PROVE1試験では各61%、65%、41%。PROVE2試験は各69%、設定なし、46%で、何れも20ポイント程度改善。
- 有害事象で特徴的なのは掻痒症と発疹で、この二つが理由で治験を離脱した患者が数%いた。貧血も標準療法より若干多かった。
- PROVE2試験ではtelaprevirとPEG化α・インターフェロンだけを12週間投与する用法もテストしたが、SVRは36%に留まった。
boceprevirのフェーズIIb試験(SPRINT-1)の結果
- 薬物療法を初めて受けるI型HCV感染者595人を、boceprevirなど三剤を併用する5群と標準療法群に無作為化割付け。boceprevirは800mgを8時間毎に経口投与。
- フェーズIII試験ではPR4+BPR24とPR4+BPR44を標準療法と比較している。該当する群のSVRは各56%、75%、38%だった。
- 有害事象で特徴的なのは貧血の発生率が標準療法よりやや多かったことで、エポエチン投与を受けた患者もいた模様。掻痒症、発疹は標準療法並みだった。
- この試験ではribavirinの用量を半分に減らして三剤併用する用法もテストしたが、SVRは36%と見劣りした。
この二剤は奏効率を向上するだけでなく、治療期間を半減できる可能性もあることが魅力です。
標準療法が奏効しなかった患者の二次治療試験でもある程度の効果を見せています。
telaprevirのフェーズIIb試験(PROVE3)
- 453人をTPR12+PR12、TPR24+PR24、TP24、標準療法(PR48)の4群に割付。各群のSVRは51%、52%、23%、14%。
- このうち、前治療のノンレスポンダー(一度も探知不能にならなかった)はSVRが39%、38%、10%、9%。リラプサー(治療完了時点では探知不能だったが半年以内に再び探知)は69%、76%、42%、20%。
フェーズIII試験ではノンレスポンダーとリラプサーを組入れて、TPR12+PR36と、PR4+TPR12+PR32の二種類の用法をテストしています。
さて、TPR12+PR36のような複雑なレジメンを採用しているのは、プロテアーゼ阻害剤にも泣き所があるからです。
telaprevirは2週間の単剤投与フェーズIb試験でHCVが4log10以上減少するという、史上最大の抗ウイルス力を示しました。ところが、単剤投与を続けると耐性ウイルスができやすいことが判明し、併用に路線転換したのです。
副作用がribavirinと重なるため、インターフェロンだけと併用する方法も探索されましたが、上記のように、十分な成果が上がりませんでした。
結局、三剤併用に落ち着いたのですが、boceprevirの遅延開始法が成功したため、telaprevirも至適用法探索の余地が生じました。遅延開始法は耐性ウイルスを防ぐための工夫で、インターフェロンの血中濃度が定常状態に達して効果がフルに発揮されるまでプロテアーゼ阻害剤の投与を待つのです。標準療法に反応しなかった患者は特に、事実上の単剤投与になってしまうリスクが高いと考えられます。そこで、telaprevirの二次治療フェーズIII試験では即時開始法と遅延開始法の両方をテストしています。
もう一つ、当初の期待と比べて残念だったのは、発疹や貧血のリスクが比較的高いことです。telaprevirの場合は発疹による治験離脱がなければ、SVRが更に10ポイント近く向上したでしょう。
telaprevirはバイオ企業のバーテックス社が創製し、イーライリリーに導出したのですが返品され、現在はジョンソン・エンド・ジョンソンや田辺三菱製薬と共同開発しています。boceprevirはシェリング・プラウの開発品です。
Pegasysを開発したロシュも傍観しているわけではなく、バイオ企業からプロテアーゼ阻害剤のR7227とポリメラーゼ阻害剤のR7128を導入して臨床試験中です。R7227は2週間のPIb試験でtelaprevirより若干劣る程度の抗ウイルス力を発揮しました。R7128のようなポリメラーゼ阻害剤は2週間の効果では明らかに見劣りしますが、invitro試験では耐性ウイルスが生じなかったので、長期的な効果では見劣りしないかもしれません。両剤の併用も試験中で、4月のEASL学会で2週間のPIb試験の中間解析結果が発表されました。telaprevir単剤より若干良い程度で物足りなかったのですが、高用量の併用が始まったので、結果発表に期待しましょう。
この他に、プロテアーゼ阻害剤ではメルクのMK-7009やジョンソン・エンド・ジョンソンのTMC435がフェーズII三剤併用試験の4週時点で良好な成績を上げたことが発表されています。
ポリメラーゼ阻害剤ではバーテックスがバイロファーマ社を買収して、3日間の単剤投与試験でウイルス量が3.7log10減少するというポリメラーゼ阻害剤で過去最大級の効果を示したVCH-222を入手しました。近い将来にロシュと同じような併用試験が始まるでしょう。
プロテアーゼ阻害剤は標準療法と併用しなければならないのがネックです。標準療法でウイルス量が殆ど減らなかった患者や不耐の患者には使いにくいからです。ポリメラーゼ阻害剤は作用の持続性や白血球減少症リスクなど、まだよく分からないところがありますが、もし開発に成功すれば、治療できる患者の数が増加するでしょう。
STAT-Cという呼び名には研究者の思い入れが感じられます。当面はプロテアーゼ阻害剤だけですが、将来的には複数の種類の薬が実用化されて、HIV/AIDSのように、ウイルスの特性に合わせて最適な併用療法を選択できる時代が来るかもしれません。
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