2009年9月20日日曜日

新型インフルエンザワクチンの効果

日本でも新型インフルエンザ用ワクチンの臨床試験が始まったようです。インフルエンザは兎角軽視され勝ちで、ワクチンも安ければそれで良いというような風潮がありますが、医療が日進月歩する中で旧態依然では困ります。沢山の人が接種することになるのでしょうから、効果や安全性を現代の標準に基づいてチェックすることは重要です。


南半球は一足先に冬を経験し、新型が冬にどの程度流行し被害をもたらすのか、ある程度分かりました。インフルエンザ関連の死亡者はアメリカ、メキシコ、アルゼンチンに集中しているのですが、そのアルゼンチンでも、数十年振りの大流行に見舞われたニュージーランドでも、インフルエンザ様疾患による入院は人口1万人当り二人前後です。一方、日本で医療関係者を対象に実施されたトリH5N1インフルエンザワクチンの治験では、3000人中二人が入院しました。対照群が設けられていないのでワクチンのせいかどうかはハッキリしないですし、H5よりH1のワクチンのほうが安全のような気がしますが、それでも、国民全員に接種させるのがナンセンスであることは明確です。


インフルエンザワクチンは原則的に任意接種なので、私達が自分で判断しなければなりません。拠り所は、感染したり合併症を発症したりするリスクの度合いと、ワクチンの有害事象・副作用の発生率や重さです。データがなければ判断しようがないのですから、その意味でも治験を行い結果を公表することが重要です。


さて、海外メーカーの新型インフルエンザ用ワクチンは一社当り数千人規模の治験が進行中で、年内に多くのデータがまとまるでしょう。今回は、これまでに公表された中間解析・予備的解析のデータを概観しましょう。優先接種対象である特定の持病を持つ人や幼少児、妊婦に特化した治験ではなく、また、規模が小さく偽薬対照試験ではないので安全性については良く分かりません。そこで、効果だけに注目します。


これまでに、豪州、英国、ドイツ、米国で実施された5本の試験の成果が公表されています。但し、豪州や英国の試験は論文発表ですが、他はメーカーのプレスリリースやアメリカの国立衛生研究所の記者発表なので、詳細は分かりません。また、多くは途中解析で今後、他の群のデータが追加されたり、数値が変更される可能性があります。


ワクチンの効果を評価するベンチマークで良く引用されるのは、EUの基準です。抗体保有率(抗体の力価が一定値を超えている人の比率)、抗体陽転率(接種後に初めて抗体価が一定値を超えた、あるいは大きく増加した人の比率)、抗体増加率(幾何平均抗体価が何倍に増えたか)の三種類ありますが、ここではデータが公表されている抗体保有率に注目します。EUの基準によると、18-60歳で70%以上、60歳以上は60%以上であることが要求されます。


新型インフルエンザワクチンのこれまでの試験では、一回の接種だけでこの基準をクリアできる、あるいはそれに近い効果を生めることが示されました。アメリカのサノフィ製ワクチンの65歳以上の人たちの解析が56%とショートしましたが、60歳以上ではなく65歳以上の集計なので、効果不足とは言えないでしょう(高齢になるほど効きにくくなるのが普通)。











































































































































治験成績(抗体保有率<%>)
実施地域n年齢接種前接種後
豪州(CSL、鶏卵)
15mcg x11202833.396.7
(18-49歳)585832.8100.0
(50-64歳)625033.993.5
30mcg x11202630.093.3
(18-49歳)625638.798.4
(50-64歳)584820.787.9
英国(ノバルティス、MDCK細胞)
MF59 + 15mcg x125348.092.0
MF59 + 7.5mcg D0, D725324.096.0
MF59 + 7.5mcg D0, D14252912.092.0
MF59 + 7.5mcg x1253512.080.0
ドイツ(GSK、鶏卵)
AS03 + 3.25mcg相当 x1nanana98.0
15mcg相当 x1nanana95.0
米国(サノフィ、鶏卵)
15mcg x1 18-64歳nanana96.0
同  65歳以上nanana56.0
米国(CSL、鶏卵)
15mcg x1 18-64歳nanana80.0
同 65歳以上nanana60.0


注:括弧内は試験されたワクチンのメーカー名と培養方法を示す。MF59とAS02はアジュバントの名称で、記されていないものはアジュバントが添加されていない。x1は一回接種、D0、D7は第一日目と第7日目に二回接種。年齢は中央値。奏効率は赤血球凝集抑制(HI)抗体価が40倍以上であった被験者の比率。『接種後』は第21日目(但しサノフィ製品とCSL製品の米国試験は第8-10日目)。

出所:E Eng J Med 2009年、GSK、米国立衛生研究所。

前回も書いたように、一回で済むならワクチンの供給不足が大幅に改善します。供給が完了するのは来年春の見込みだったので、その前に感染してしまうシナリオも考えられるのですが、供給スピードも改善するでしょう。あとは、妊婦など優先接種対象の人たちのデータを集めること。そして、接種を円滑に進めるための医療従事者との連絡・打ち合わせ(接種場所の決定など)、そして、国民に対する啓蒙(効果や安全性に関する情報の提供)でしょう。日本独自の問題として、もし二回接種するならば、健康被害の救済制度を拡充して二回目の接種に伴うものもカバーする必要があるのではないでしょうか。



さて、今回のデータで面白いのは、豪州試験で接種前に既に3割の人が抗体を持っていたことです。この試験は流行が始まるのと同じ時期に開始されたのですが、感染していないことを確認した上で組み入れたようです。それなのにこんなに沢山の人が持っていたことは、これまでに様々な国で実施された抗体保有状況調査と食い違っています。


論文を読みながら思い浮かんだのはデータの信頼性に関する疑惑です。しかし、著者も査読者も十分にチェックしたでしょうから、他に理由があるのかもしれません。


もし間違いでなかったとすると、これまでの常識が覆ります。新型が大流行しているのは抗体を持っている人が少ないからです。豪州でこんなに沢山の人が抗体を持っているとしたら、考えられるのは、(1)豪州の一部では以前から類似したウイルスが流行していた、(2)今回の流行で感染したのだが誰も気付かなかった、などです。


パンデミック・インフルエンザ対策の重点監視対象がトリ由来のウイルスに偏っていて、ブタの監視が疎かになっていたことは今日では周知の事実です。アメリカでは過去にもごく少数の感染者が報告されていたのですが、流行しなかったので軽視されていました。過去の感染例と今回の大流行はウイルスのゲノムが異なるようですが、豪州で密かに流行していた(?)ウイルスとは交差免疫があるのかもしれません。


(2)は、今回のウイルスは過去の大流行と比べれば病原性が小さく、感染力の強さだけが際立っています。感染し、免疫ができるほどウイルスが増加したのに症状が出ないなどということは考えにくいのでしょうが、迅速検査が陰性だった、あるいは、熱が出なかったためにインフルエンザと診断されなかったようなことはあっても不思議はありません。海外の調査では迅速検査の正解率は5割程度です。日本でも、陰性だったために診断が遅れた症例が報道されています。


北半球では、流行が始まるのと前後して、あるいは始まった後に接種することになります。それだけに、この現象の原因究明は重要な課題だと思います。取り敢えずの関心は、米国試験の接種前の抗体保有率がどの程度だったのか知りたいと思います。



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