リンク:CHMP10年6月会議の決定に関するプレスリリース(pdfファイル:4頁目に記されています)
折りしも、ヨーロッパでは欧州高血圧学会が開催されているところで、the.heart.orgの記者がオピニオンリーダーに取材して、メタアナリシスの分析手法を批判する声、データが良くないことは確かなのだから更に検討すべしという声、そして患者が怯えて服用を止めることを恐れる数多くの声を紹介しています。
リンク:the.heart.orgの記事(要登録):EMA to review ARBs and cancer, infuriating experts, who point to missing data and adverse consequences
前回書いたように、降圧剤のアウトカム試験で癌のような稀な有害事象まで密接に監視するようになったのは最近のことなので、Lancet Oncology誌の論文にはパブリケーション・バイアスがあるのではないかと想像していました。論文を読んでいないので踏み込んで書けなかったのですが、この記事を読んでその感を強くしました。
オスロ大学の Sverre Kjeldsen博士によると、valsartanのVALUE試験ではamiodalone群より癌が81例少なく、このデータをメタアナリシスに追加すれば、ARB単剤投与群も対照群も発生率が7.7%と偏りがなくなるというのです。但し、VALUE論文の主任研究者は、データは見ていない、ノバルティスが持っているはずだ、今ではFDAが癌の発生状況を監視するよう要請しているが当時はモニターしなかった、と述べているようです。Kjeldsen博士はLancet Oncology誌にVALUE試験の知見に関する書簡を出したとのことですが、おそらく、購読者以外は読めないのでしょうね。
さて、私はイギリスに住んでいたことがあり、国民医療保険制度NHSの情報提供サイトも時々見ています。最近気に入っているのはNPCiブログというコーナーで、タイムリーなテーマについて事実関係や論評、推奨をコンパクトに纏めています。ARBと癌の問題に関して分かり易い説明が出ていたので、概要を紹介しましょう。
リンク:NPCi blog
A2RAは癌のリスクの上昇と関連
2010年6月24日
無作為化割付試験のメタアナリシスで、アンジオテンシンII受容体拮抗剤(A2RA)に割り付けられた患者は癌の新規発症診断が対照群より増加することが発見された。発生率の差は1.2%と小さいが統計的に有意だった。A2RAを服用している患者は多いので、もしこれが真実ならば、例え小さな差でも全体では癌が大きく増加することになる。
エビデンス・レベル:2(限定的な質の患者志向的エビデンス)・・・SORT基準に基づく
アクション
このメタアナリシスはA2RAと癌のリスクに関する安全性シグナルを提示したが、手法に制約があるため決定的なエビデンスとはいえない。著者自身が臨床的な意味は明確ではないことを指摘している。また、4年間で1.2%という数値は、一生の間に癌に罹患するリスクは41%であることを踏まえて解釈すべきである。
薬品審査機関がこの問題を検討し結論を出すだろう。それまでの間は、今回の問題はレニンアンジオテンシン系の薬の第一選択はA2RAではなくACE阻害剤というこれまでの議論にもう一つの要素が加わったと考えるべきだろう。ACE阻害剤は全ての適応症において薬効や安全性に関するエビデンスがA2RAより豊富だ。A2RAは、ACE阻害剤が適応になるが空咳の副作用に耐えられない患者が使う代替品である。
欧米ではARBよりACE阻害剤を重視するのが一般的ですが、現実の医療ではARBも広く用いられています(但し、日本ほどではありません)。NPCiブログも、この機会に、ARBの使い過ぎを見直すよう促しています。日本人は空咳を訴える人が欧米より多いと言われていますが、これは他の副作用も同じなのではないでしょうか。本当にACE阻害剤に耐えられないのか、見直す余地があるかもしれません。
背景は何か
A2RAの臨床試験は癌ではなく心血管や腎臓病に与える影響を調べる目的で実施された。癌の増加の可能性を示した最初の大規模試験はcandesartanのCHARM試験で、意外なことに致死的癌の発生率が偽薬群より高かった(2.3%対1.6%、p=0.038)。また、実験的研究よって、アンジオテンシンII受容体は細胞の増殖、血管新生、癌の進行の制御に関与していることが示唆されている。今回のメタアナリシスは無作為化割付試験の公開されているデータに基づいてARBと癌の関連性を検討した。
何が発見されたか
このメタアナリシスによれば、A2RAは新たな癌の発生の穏やかな増加に関連している(7.2%、対照群は6.0%、相対リスク1.08、95%信頼区間1.10、1.15、p=0.016)。癌の発生状況を事前に評価項目として設定し密接に監視した三本の試験に限定して分析しても結果は同様だった(相対リスク1.11、95%信頼区間1.04、1.18、p=0.001)。
メタアナリシスの被験者の平均年齢である65-69歳の一般人口が癌を発症するリスクは10万人年当り2240.5例であることから、一人に危害を与えるための治療数(Number needed to harm)は4年間で143人(95%CI 76-793)と試算された。上記の三本だけの試算では105人(63-271)となった。
So what?
この研究はA2RAと癌の関連を示したが、証明したとはいえない。無作為化割付試験のデータを用いているので観察的試験よりも交絡因子やバイアスの影響は小さくなるが、患者レベルのデータを用いていないので性別や年齢、喫煙などの交絡因子を排除することはできない。また、癌は治験の主評価項目ではなく、第三者査定の有無も治験により区々だ。とは言え、事前に評価項目に設定した三本の試験でも同様な結果が出ている。論文著者が指摘しているように、更に検討すべきである。
個々の薬との関連は明確ではない。A2RA服用者の85%はtelmisartanだが、この薬剤だけの分析ではp=0.05と有意性がボーダーライン上だ。この他に癌に関するデータがあるのはlosartanとcandesartanで、valsartanやirbesartan、olmesartan、eprosartanは無い。服用期間との関連性も明確ではない。
研究手法に制約はあるものの、A2RAの安全性に懸念が生じたのは確かであり、医薬品審査機関が検討するだろう。現時点の考え方は、これまでと同様に、レニン・アンジオテンシン系に介入する降圧剤の第一選択はACE阻害剤であるということだ。ACE阻害剤は空咳の副作用があるが、医療提供者が思っているほど多くは無いかもしれない。無作為化割付試験の発生率は10%だがリアルワールドの観察的試験では2%と低い。服用中止につながることはもっと稀だ。
イングランド地域では、レニン・アンジオテンシン系の降圧剤のうちACE阻害剤は処方箋ベースで70%、金額ベースでは30%しか占めていない。処方方針を見直せば医療の質と費用を改善することができる。但し、だからと言って単純にスイッチするのは適当ではない
この試験の結果、次回の診断時にA2RAの処方を見直す理由がもう一つ増えた。
元々ARBを高く評価していないので淡々とした書き方です。ACE阻害剤不耐な患者や、日本人のようにARBが好きな人たちにとっては冷淡な印象もあるでしょう。それから、前々から思っているのですが、ARBはlosartanのGE化が始まり、向こう3年間にcandesartanやvalsartanのGE品も発売されるでしょう。安く買えるようになったら欧米の論調が変わるのかどうか、興味深いところです。
イギリスの知人の夫は、今回の報道を読んで薬を代えるべく担当医師と相談することを決めたそうです。相談するのが大事なところで、勝手に飲むのを止めてはいけません。