2010年6月26日土曜日

ARBと癌:識者の意見

欧州薬品庁EMAの医薬品科学的評価委員会、CHMPは、ARBと癌の関連性について検討を開始しました。医学誌にメタアナリシスが刊行されたことを受けたもので、当該論文に加えて、関連する前臨床・臨床試験データや疫学研究を精査する予定です。FDAも何らかの発表を行うのではないでしょうか。世界で何千万人が服用しているだけに、リスクがあるにせよ、無いにせよ、速やかに指針を出してほしいと思います。

リンク:CHMP10年6月会議の決定に関するプレスリリース(pdfファイル:4頁目に記されています)

折りしも、ヨーロッパでは欧州高血圧学会が開催されているところで、the.heart.orgの記者がオピニオンリーダーに取材して、メタアナリシスの分析手法を批判する声、データが良くないことは確かなのだから更に検討すべしという声、そして患者が怯えて服用を止めることを恐れる数多くの声を紹介しています。

リンク:the.heart.orgの記事(要登録):EMA to review ARBs and cancer, infuriating experts, who point to missing data and adverse consequences

前回書いたように、降圧剤のアウトカム試験で癌のような稀な有害事象まで密接に監視するようになったのは最近のことなので、Lancet Oncology誌の論文にはパブリケーション・バイアスがあるのではないかと想像していました。論文を読んでいないので踏み込んで書けなかったのですが、この記事を読んでその感を強くしました。

オスロ大学の Sverre Kjeldsen博士によると、valsartanのVALUE試験ではamiodalone群より癌が81例少なく、このデータをメタアナリシスに追加すれば、ARB単剤投与群も対照群も発生率が7.7%と偏りがなくなるというのです。但し、VALUE論文の主任研究者は、データは見ていない、ノバルティスが持っているはずだ、今ではFDAが癌の発生状況を監視するよう要請しているが当時はモニターしなかった、と述べているようです。Kjeldsen博士はLancet Oncology誌にVALUE試験の知見に関する書簡を出したとのことですが、おそらく、購読者以外は読めないのでしょうね。

さて、私はイギリスに住んでいたことがあり、国民医療保険制度NHSの情報提供サイトも時々見ています。最近気に入っているのはNPCiブログというコーナーで、タイムリーなテーマについて事実関係や論評、推奨をコンパクトに纏めています。ARBと癌の問題に関して分かり易い説明が出ていたので、概要を紹介しましょう。

リンク:NPCi blog

A2RAは癌のリスクの上昇と関連

2010年6月24日

無作為化割付試験のメタアナリシスで、アンジオテンシンII受容体拮抗剤(A2RA)に割り付けられた患者は癌の新規発症診断が対照群より増加することが発見された。発生率の差は1.2%と小さいが統計的に有意だった。A2RAを服用している患者は多いので、もしこれが真実ならば、例え小さな差でも全体では癌が大きく増加することになる。

エビデンス・レベル:2(限定的な質の患者志向的エビデンス)・・・SORT基準に基づく

アクション

このメタアナリシスはA2RAと癌のリスクに関する安全性シグナルを提示したが、手法に制約があるため決定的なエビデンスとはいえない。著者自身が臨床的な意味は明確ではないことを指摘している。また、4年間で1.2%という数値は、一生の間に癌に罹患するリスクは41%であることを踏まえて解釈すべきである。

薬品審査機関がこの問題を検討し結論を出すだろう。それまでの間は、今回の問題はレニンアンジオテンシン系の薬の第一選択はA2RAではなくACE阻害剤というこれまでの議論にもう一つの要素が加わったと考えるべきだろう。ACE阻害剤は全ての適応症において薬効や安全性に関するエビデンスがA2RAより豊富だ。A2RAは、ACE阻害剤が適応になるが空咳の副作用に耐えられない患者が使う代替品である。


欧米ではARBよりACE阻害剤を重視するのが一般的ですが、現実の医療ではARBも広く用いられています(但し、日本ほどではありません)。NPCiブログも、この機会に、ARBの使い過ぎを見直すよう促しています。日本人は空咳を訴える人が欧米より多いと言われていますが、これは他の副作用も同じなのではないでしょうか。本当にACE阻害剤に耐えられないのか、見直す余地があるかもしれません。


背景は何か

A2RAの臨床試験は癌ではなく心血管や腎臓病に与える影響を調べる目的で実施された。癌の増加の可能性を示した最初の大規模試験はcandesartanのCHARM試験で、意外なことに致死的癌の発生率が偽薬群より高かった(2.3%対1.6%、p=0.038)。また、実験的研究よって、アンジオテンシンII受容体は細胞の増殖、血管新生、癌の進行の制御に関与していることが示唆されている。今回のメタアナリシスは無作為化割付試験の公開されているデータに基づいてARBと癌の関連性を検討した。

何が発見されたか

このメタアナリシスによれば、A2RAは新たな癌の発生の穏やかな増加に関連している(7.2%、対照群は6.0%、相対リスク1.08、95%信頼区間1.10、1.15、p=0.016)。癌の発生状況を事前に評価項目として設定し密接に監視した三本の試験に限定して分析しても結果は同様だった(相対リスク1.11、95%信頼区間1.04、1.18、p=0.001)。

メタアナリシスの被験者の平均年齢である65-69歳の一般人口が癌を発症するリスクは10万人年当り2240.5例であることから、一人に危害を与えるための治療数(Number needed to harm)は4年間で143人(95%CI 76-793)と試算された。上記の三本だけの試算では105人(63-271)となった。

So what?

この研究はA2RAと癌の関連を示したが、証明したとはいえない。無作為化割付試験のデータを用いているので観察的試験よりも交絡因子やバイアスの影響は小さくなるが、患者レベルのデータを用いていないので性別や年齢、喫煙などの交絡因子を排除することはできない。また、癌は治験の主評価項目ではなく、第三者査定の有無も治験により区々だ。とは言え、事前に評価項目に設定した三本の試験でも同様な結果が出ている。論文著者が指摘しているように、更に検討すべきである。

個々の薬との関連は明確ではない。A2RA服用者の85%はtelmisartanだが、この薬剤だけの分析ではp=0.05と有意性がボーダーライン上だ。この他に癌に関するデータがあるのはlosartanとcandesartanで、valsartanやirbesartan、olmesartan、eprosartanは無い。服用期間との関連性も明確ではない。

研究手法に制約はあるものの、A2RAの安全性に懸念が生じたのは確かであり、医薬品審査機関が検討するだろう。現時点の考え方は、これまでと同様に、レニン・アンジオテンシン系に介入する降圧剤の第一選択はACE阻害剤であるということだ。ACE阻害剤は空咳の副作用があるが、医療提供者が思っているほど多くは無いかもしれない。無作為化割付試験の発生率は10%だがリアルワールドの観察的試験では2%と低い。服用中止につながることはもっと稀だ。

イングランド地域では、レニン・アンジオテンシン系の降圧剤のうちACE阻害剤は処方箋ベースで70%、金額ベースでは30%しか占めていない。処方方針を見直せば医療の質と費用を改善することができる。但し、だからと言って単純にスイッチするのは適当ではない

この試験の結果、次回の診断時にA2RAの処方を見直す理由がもう一つ増えた。


元々ARBを高く評価していないので淡々とした書き方です。ACE阻害剤不耐な患者や、日本人のようにARBが好きな人たちにとっては冷淡な印象もあるでしょう。それから、前々から思っているのですが、ARBはlosartanのGE化が始まり、向こう3年間にcandesartanやvalsartanのGE品も発売されるでしょう。安く買えるようになったら欧米の論調が変わるのかどうか、興味深いところです。

イギリスの知人の夫は、今回の報道を読んで薬を代えるべく担当医師と相談することを決めたそうです。相談するのが大事なところで、勝手に飲むのを止めてはいけません。


2010年6月20日日曜日

ROADMAP試験とORIENT試験

「ARB三部作」の最後はolmesartanの長期試験で脳心血管死が多かった件です。FDAがデータの概要と再検討開始を発表しました。今のところは容疑に留まっているようで、承認されている用途における便益がリスクを上回ると信じている、とのことです。二本の試験のうちROADMAP試験については昨年のASNで公表されていたようですが、この学会はメディカルジャーナリズムのカバレッジが低く、また、昨年は赤血球生成刺激剤Aranesp(「ネスプ」)の重大なアウトカム試験の結果が同日に発表されたため、陰に隠れてしまいました。グーグルしたところ二件ヒットし、Nephrology Timesのサイトに概要が記されていましたが、もう一つの私も時々読むニュースは偽薬群のほうが死亡者が多かったと逆に書いていました。私はFDAの発表を読んで初めて知ったのですが、主評価項目が成功したことは記憶にありますので、誤報を読んだために何の疑問も感じないまま忘れてしまったのかもしれません。

リンク:

ARBを服用している人が読むかもしれないので、一言書いておきます。特定の患者に最善な治療方法を判断できるのは事情を良く知っている担当医だけです。心配なら担当医に相談するとよいでしょう。FDAも言っているように、早合点して服用を勝手に止めてはいけません。

論文はまだ刊行されていないようなので、各種報道を参考にして概要を纏めておきましょう。ROADMAP試験は二型糖尿病で正常アルブミン尿、且つ、心血管疾患のリスク因子を一つ以上持っている患者4400人強を平均3年3ヵ月追跡した無作為化割付偽薬対照試験です。olmesartan(40mg/日)の腎症発生を遅らせる効果を検討したもので、主評価項目は微量アルブミン尿のリスク。副次的評価項目は脳心血管疾患やそれによる死亡など。欧州19ヶ国の施設で実施されました。

患者背景は、メジアン58歳、糖尿病歴平均6年、A1cは平均7.7%なのでやや高め、最高最低血圧は136/81 mmHgで8割が降圧剤を服用していました。ACE阻害剤やARBの同時服用は禁止されていましたが、それ以外の薬を使うことは可能で、治験中の群間差は5/3mm Hgとそれほど大きくはありませんでした。

結果は、微量アルブミン尿の相対リスク削減率が23%、p=0.0104となり、成功しました。eGFRでも有意な差がありました。但し、腎臓関連イベントは両群とも1%と少なく、同じでした。内容も血清クレアチニンの2倍化だけで、末期腎疾患はゼロでした。

ARBやACE阻害剤はマクロアルブミン尿症を合併した糖尿病患者の腎症の進行を遅らせることができますが、もっと早い段階の患者にも効果が確認されたのは初めてです。尤も、臨床的な転帰を変える効果は確認していないので、副作用や薬代に見合う効用があるかどうかは議論の余地がありそうです。

心血管イベントを減らすことができれば得点がグンと上がったのですが、何故か、両群大差ありませんでした。非致死的心筋梗塞は偽薬群より少なかったのですが、致死的心筋梗塞や突然心臓死が多く、相殺されました。心血管死は15例対3例でp=0.0115、全死亡は26例対15例で有意差はありませんでした。


ROADMAP試験の心血管イベント
olmesartan  偽薬群  
n2,2322,215
心血管疾患・死9694
心血管死153
 突然心臓死71
 致死的心筋梗塞50
 致死的脳卒中22
 PTCA/CABG関連死10
心血管疾患8191
非致死的心筋梗塞1726
非致死的脳卒中148


この試験の心血管データは違和感があります。降圧剤なら脳卒中が減りそうなものですが、むしろ増えました。ベースライン時点の最高血圧は136mm Hgなので、血圧は130mm Hg以下に下げても臨床的な転帰は改善せず、むしろ悪化する懸念もあるというJカーブ仮説を連想します。

尤も、偽薬群のデータが偶々良かったのかもしれません。メジアン58歳で3年間の死亡率が0.7%というのは大変低いように感じるからです。日本の55-59歳の人たち(人口全体)が一年間に死亡する確率と同じです。

olmesartanはORIENT試験でも同じように悩ましいデータが出ました。この試験は顕性蛋白尿を合併した二型糖尿病患者約570人を対象に日本と香港で実施された試験で、主評価項目は血清クレアチニン値の二倍化、末期腎臓疾患、または全死亡の複合評価項目。副次的評価項目は脳心血管疾患・死亡・下肢切断・血管再建術・不安定狭心症による入院などの複合評価項目でした。olmesartanは40mg/日を投与。ACE阻害剤の同時使用が可能で、73%が服用していましたが、ARBは不可、他の降圧剤は可でした。患者背景は血圧が141/77 mmHg、A1cが7.1%。平均追跡期間3.2年、治験中の血圧の群間差は2.8/1.8mmHgとなっています。

意外なことに、腎障害の進行を遅らせる効果は確認されませんでした(調整ハザードレシオ0.97、95%信頼区間0.75、1.24)。脳心血管アウトカムは調整ハザードレシオ0.64、95%信頼区間0.43、0.98と有意差がありましたが、主評価項目がフェールした以上、副次的評価項目は保守的に考える必要があります。p値は0.039とあまり低くないので、話半分に受け止めておいたほうが良さそうです。心血管死が多かったので尚更です。


ORIENT試験の脳心血管イベント
 olmesartan  偽薬群  
n282284
心血管疾患・死など4053
発生率14.2%18.7%
全死亡1920
心血管死103
突然心臓死52
致死的心筋梗塞11
致死的脳卒中30
原因不明の心血管死10
非致死的心筋梗塞37
非致死的脳卒中811

注:「心血管疾患・死など」には下肢切断なども含む。

非致死的なイベントは減ったのに致死的なイベントが増え、主犯が突然心臓死であることは二本とも共通しています。ROADMAP試験だけなら偶然のような印象もありますが、ORIENT試験である程度の再現性が見られたのは減点材料と言わざるを得ません。

olmesartanは他のARBほど沢山のアウトカム試験が実施されていないので、他の試験とめたアナリシスを行っても良い数値は出ないのでないのではないでしょうか。個々の症例について他の理由で説明できるかどうか、検討するしか方法は無いでしょう。非致死的心筋梗塞が減るのですから、突然心臓死は虚血性というよりは不整脈性のような気がします。一つ、注目されるのは8月31日にESC欧州心臓学会のホットラインで発表されるANTIPAF試験のデータです。olmesartanの発作性心房細動再発防止効果を検討するためにGerman Atrial Fibrillation Networkが実施したもので、400人規模なので十分ではありませんが、もし安全性面で問題が無ければ、判断材料の一つになるかもしれません。

それにしても、ORIENT試験で心血管死が多かったというのは初耳でした。早く論文を刊行してもらいたいものです。


ARBと癌

ARBの安全性について気になる話が出ています。FDAはolmesartanの長期試験で心血管疾患による死亡者が多かったことについて、検討を始めたことを公表しました。数日後にはLancet Oncology誌に、ARBの試験で癌の発症が多かったというメタアナリシスが刊行されました。FDAの検討・結果発表が待望されます。

この問題は私如きが迂闊に論じるのは不適切なのですが、知識を整理するために事実関係を復習したので、ここにメモしておきたいと思います。あくまで、メモです。

その前に、ARBを服用している人を不安にさせてはいけないので一言書いておきましょう。ARBのような降圧剤は高血圧患者が心筋梗塞や脳梗塞を起こすリスクを削減することができます。今回、話が出ているolmesartanの脳心血管疾患死亡リスクやtelmisartanなどARB全体の癌発症リスクは、そのような疑いが生じたというだけで確立した話ではありませんし、リスクの程度も、脳心血管疾患を防ぐ効果と比べれば小さいようです。問題視されているのは服用者が多く、小さなリスクでも世界中合わせれば多くの人が影響を受ける可能性があるからです。

患者は一人一人異なるので、特定の患者をどのように治療するか判断できるのは担当医だけです。心筋梗塞を発症して再発リスクが高い人と、メタボで腹囲や血圧が少し高いだけの人では最適な治療方針は異なるでしょう。情報は幅広く収集すべきですが、自分一人で結論を出さずに、心配なことがあったら担当医に相談するのが一番良い方法です。

さて、Lancet Oncologyの論文は読んでいないのですが、分析対象の試験のうち中心になったのはtelmisartanの三本の大規模試験、ONTARGET、TRANSCEND、PROFESSのようです。telmisartanはONTARGETとTRANSCENDの結果に基づいて心血管疾患リスクを削減する効能が欧米で承認されました。米国は諮問委員会でも議論されましたが、その時にベーリンガー・インゲルハイムが用意したブリーフィング資料に基づいて、データを見てみましょう。

ONTARGETとTRANSCENDでは癌のリスクに関して通常以上の監視報告体制が取られました。ONTARGETで対照薬に設定されたramiprilが、HOPE試験で癌の発症数が多かったからです。ベーリンガーの薬ではありませんが、HOPE試験とtelmisartanの二本の試験は何れもカナダのMcMaster大学のS. Yusuf博士等が中心になって実施しました。この機会にramiprilの安全性を確認する意図だったのでしょう。


HOPE試験の癌発症データ
 偽薬群 試験薬群
n4,6524,645
重篤有害事象:癌3554
発生率0.75%1.16%

注:被験者の平均年齢は66歳、平均追跡期間は3.5年。


ONTARGET試験は、telmisartanとramiprilを併用した群で癌の発生リスクが1.14倍と、僅かですが統計的に有意に多いという結果になりました。telimisartanだけを投与した群では有意な差がありませんが、もしramiprilにリスクがあるのだとしたら、安心できません。実薬対照試験の弱点です。


ONTARGET試験    併用群    telmisartan群ramipril群
n8,5028,5428,576
癌発症・死亡数824762735
癌発症・死亡率9.7%8.9%8.6%
百人年当りHR1.141.05
95%信頼区間1.03、1.260.94、1.16
致死的癌242200204
百人年当りHR1.20.99
95%信頼区間1.00、1.450.81、1.20
BL時点で癌では
なかった人 n
7,9688,0018,032
癌発症・死亡数690645625
百人年当りHR1.121.04
95%信頼区間1.01、1.250.93、1.16

注:HRはハザードレシオでramipril群に対する比率、BLはベースライン。被験者の平均年齢は66歳、メジアン追跡期間は4年8ヶ月。



一方、TRANSCEND試験ではハッキリしない結果になりました。無作為化割付された全ての症例の解析では偽薬より多かったものの有意水準までは届いていません。しかし、BL(ベースライン)時点で癌と診断されていなかった人だけの解析では有意差が出ています。

脳梗塞再発予防試験PRoFESSでは偽薬より少しだけ少なく、有意差はありませんでした。この試験は癌を密接に監視する体制が取られなかったのでデータの信頼性がやや低く、また、BLで癌と診断されていなかった人の解析はありません。



telmisartan群    偽薬群    
TRANSCEND試験:
n2,9542,972
癌発症・死亡数236204
発症・死亡率8.0%6.9%
百人年当りHR1.78
95%信頼区間0.97、1.41
致死的癌6665
百人年当りHR1.02
95%信頼区間0.73、1.44
BL時点で癌では
なかった人
2,8092,827
癌発症・死亡数206169
発症・死亡率7.3%6.0%
百人年当りHR1.24
95%信頼区間1.01、1.52
PRoFESS試験:
n10,01610,048
癌発症・死亡数326340
発症・死亡率3.3%3.4%
百人年当りHR0.92
95%信頼区間0.79、1.05
致死的癌7173
百人年当りHR0.95
95%信頼区間0.83、1.08

注:TRANSCEND試験は平均年齢66歳、メジアン追跡期間4年8ヶ月、PRoFESS試験は66歳、2.5年で脳梗塞再発予防効果を調べたものであることが他の二本と異なる。


ONTARGET試験の併用群は単剤投与群より副作用が多いだけで効果は同じという結果になったため、この用法は正式には承認されていません。単剤投与に関するエビデンスは、三本の試験のうち二本でシグナルが見られ、一本では全く見られませんでした。発生部位は特別な偏りはなく、この年代の人に一般的な肺癌や前立腺癌がtelmisartan群でやや多かったのですが、イベント数が少ないので統計学的な有意性を検討しても無意味でしょう。

新薬の副作用リスクを早期に把握するために、特殊なマウスやラットに著高量を長期間投与する試験を行うのが通例です。人間に何十年も投与する試験を行うのは不可能ですが、寿命の短い動物ならほぼ一生に亘る投与も可能です。telmisartanも、candesartanも、長期癌原性試験で懸念は浮上していません。

臨床試験で発癌性を検討することは殆ど不可能です。発がん物質と認定されているものでも誰かを癌にしようと思ったら、著高量を何年間も投与しなければなりません。ONTARGETのような大規模な試験でも答えは出ないのです。逆に言えば、たった4-5年投与するだけで癌になるとしたら、発癌物質ではなくプロモーターとして機能しているのでしょう。偶々発生した小さな癌の成長を促進し、結果的に、発見され易くするのです。しかし、ARBがプロモーターになるという話は聞いたことがありません。

臨床試験では何百という有害事象項目が報告されますが、評価項目が多ければ多いほど、偶然に有意差が出てしまうリスクが高まります。p値が0.01であるということは偶然に有意差が出る確率は100回に一回という意味なので、500種類の有害事象を解析すれば5項目でp=0.01となる勘定になります。大規模な試験は有害事象のイベント数が大きくなるので、ノイズを拾ってしまう確率が更に高まります。

FDA側のブリーフィング資料でも癌について検討していますが、シグナルが明確ではないこと、癌原性試験に問題がなかったこと、ARBに癌のリスクがあるとは考えられていないことなどから、深刻な懸念というよりは偶然の悪戯であることを疑っているようです。但し、ARB全体のデータを再検討したほうが良いと記されています。おそらく、既に着手したでしょう。

EUも適応拡大を認めましたが、審査文書には癌の話は一言も出ていません。EUの医薬品評価委員会も深刻な問題とは認識していないのでしょう。

以上、まとめると、データ上はシグナルが出ていますが、俄かには信じがたい話です。癌のような稀なイベントは大規模な試験でも十分な検討はできないので、個々の治験の論文では、大きな偏りがない限り言及されないでしょう。通常は肺癌とか前立腺癌とか、部位毎に集計するので深刻な有害事象の一覧表からも漏れがちです。論文を対象とするメタアナリシスは、リスクがあった治験だけが対象になり、なかったために論文で言及されていない治験が無視されるパブリケーション・バイアスがあるかもしれません。また、リスクを検討する場合は特定の製品だけでなく同じ種類の薬のデータを総覧したほうが検出力が高いので良いでしょう。これができるのは、全てのデータを把握しているFDAだけです。Lancet Oncologyの論評者であるNissen博士が主張するように、FDAが何らかの声明・結論を出すべきです。

最後に、candesartanの心不全アウトカム試験、CHARM三試験の癌のデータも見てみましょう。この試験は慢性心不全患者の転帰を改善する効果を、ACE阻害剤服用者、ACE阻害不耐(非服用者)、心機能保持(病状が比較的軽い)の夫々について検討したものです。データはFDA諮問委員会のブリーフィング資料から拾いました。

ACE阻害剤に追加したCHARM-Added試験では、重篤な有害事象として90人の新生物が報告され、偽薬群の68人を上回りました。有意性は不明ですが簡便法で試算するとリスクは1.8倍、95%信頼区間の下限は1.05なので、ありそうです。1000人年当り発生率は9.1対5.1で、追跡期間の違いを加味しても多いです。ところが、CHARM-Alternative試験では両群同じでした。三本の試験の合計ではやや多いですが、有意差はなさそうです。Preserved試験のデータは(適応拡大申請の対象ではなかったので)記されていませんが、引き算すると、むしろ少なかったようです。これらのことから、FDAは特に深刻な問題とは考えませんでした。


candesartan群  偽薬群  
CHARM-Added:
新生物9068
発生率3.0%1.6%
致死的新生物3920
-Alternative:
新生物5959
発生率5.8%5.8%
致死的新生物2318
CHARM三試験合計:
n3,7963,803
新生物244230
発生率6.4%6.0%
致死的新生物8459

注:CHARM試験は慢性心不全の三本の試験の総称で、-AddedはACE阻害剤服用者にcandesartanを併用、-AlternativeはACE阻害剤不耐、-Preserved(癌のデータが分からないので割愛)は心機能保持患者を組み入れた。三本合計で平均年齢66歳、メジアン追跡期間3年2ヵ月。

telmisartanの試験と似たような格好ですね。三本合計値で上回っているのでリスクがないとは言えないのでしょうが、ありそうにも見えません。

沢山の患者が服用している薬で、僅かとは言え懸念材料が発見されたのは重要です。もし患者が不安になって勝手に服用を止め、心筋梗塞や脳梗塞を被ったら大変なので、FDAは早急に声明を出すべきでしょう。


新参者の辛い立場

ARBで心配な話が続けて出たことは驚かされます。世界で何千万人、もしかしたら1億以上の患者が服用している薬ですから見なかった振りをすることは出来ません。Nissen博士が言っているように、FDAが精査して結論を公表してほしいと思います。


それにしても、ARBにケチを付けるなら、Lancet Oncology誌は論文又は論評をopen accessにすべきでしょう。抄録は購読者でなくても読むことができますが、全体像が分かりませんし、このようなメタアナリシスの制約について言及していないので読者を必要以上に怯えさせる可能性があります。メタアナリシスはリスクが何倍、という表現になりますが、百人に一人のリスクが1.3倍になるのと、10万人に一人のリスクが1.3倍になるのとでは話が全然違います。個々の試験のデータも見なければストーリーが完結しません。


今回の懸念に関して私が何を知っているわけでもないのですが、何故このような悪い話が陸続しているのか、背景に関して私なりの考えを書きます。


広く用いられている薬の安全性に関する懸念材料が色々と出ています。背景の一つは、薬の安全性に関する監視が厳しくなったことでしょう。特にアメリカでは、臨床試験の十分な裏付けが無いアグレッシブな治療や未承認薬使用が広く行われているので、改めて安全性を問う機運が高まっています。Archives of Internal Medicine誌が5月10日号でLess is Moreというキャッチフレーズを付けて、プロトンポンプ阻害剤を乱用するリスクに関する三本の論文を刊行したのも、このような流れを反映しています。


安全性監視が強化された結果、アウトカム試験でも有害事象の監視が強化されるようになりました。大規模長期アウトカム試験は新薬承認申請用の短期間の試験とは異なり日常の医療に即した形で行われます。医師が患者に会うのは何も無ければ半年に一回だけなので、有害事象の監視も疎かになりがちです。また、臨床試験における有害事象報告は医師の判断に委ねられているので、その薬と関係があるとは誰も思っていない副作用は見逃される可能性があります。有害事象監視強化が成果を挙げた一例は、グリタゾン系の二型糖尿病薬です。発売後何年も経ってから骨折リスクが判明したのは長期試験の一つで偶々発見されたからですが、治験執行委員会やメーカー側がキチンとした監視・分析体制を敷かなかったら、発見できなかったでしょう。


テクニカルな事情もあります。製薬会社が巨額を投じて長期大規模な試験を行うようになった結果、治験の検出力が高まりすぎて、これまで見落とされていたリスクや、真実とは異なるノイズを拾ってしまうリスクが高まったことです。ARBやコレステロール治療薬のように、既に沢山の製品が存在し数々のアウトカム試験が実施済みな分野では、新参者、例えばtelmisartanやolmesartan、rosuvastatin、ezetimibeは困難な課題に挑戦せざるを得ません。高力価スタチンが急性心筋梗塞を発症した高リスク患者に有効であることはatorvastatinの数々の治験が立証済みなので、今更rosuvastatinの偽薬対照試験を行う訳には行きません。やるならatorvastatin対照試験ですが、両剤のLDL-C治療効果は同程度なので、優越性試験をやっても失敗するでしょう。かと言って、非劣性試験は数多くの患者を組み入れなければならないので費用や時間が掛かります。telmisartanのONTARGET試験は単剤でramipril(本邦未承認ですが海外ではACE阻害剤のNo.1と考えられている)と非劣性、併用でramiprilより優越性を検討する欲張りな内容だったため、25000人を超える大規模な試験になりました。それでも、FDAは適応拡大の承認審査に当って非劣性マージンが大きすぎる、もっと大きな試験をやるべきだったと主張しました。


telimisartanは三本の大規模試験が実施された結果、一部の試験で癌の発生状況に有意な群間差が生じるという意外な発見がありました。ramiprilの試験で癌の発症に偏りがあったため、ONTARGETとTRANSCEND試験では癌を厳格に監視し、症例報告を第三者が査読するプロトコルも導入されました。この試験の癌のデータは、万全ではないにしても、他の試験より信頼性が高いことになります。


新参者に残されたもう一つの方法は、既に十分な治療を受けている患者や、リスクが小さい患者に対する効能を立証することです。一例はrosuvastatinのJUPITER試験で、心血管疾患の初発予防に成功しました。低リスク患者の試験はイベント数が少ないので有意差を出すためには沢山の患者を組み入れざるを得ません。JUPITERは17000人を越える大規模試験になりました。その結果、糖尿病の発症状況に有意な群間差が生じるという意外な発見がありました。


以上のように、アウトカム試験の規模や内容は年々、充実してきています。新薬が挑戦すべきハードルも年々、高くなっています。新参者の試験でネガティブな発見があると、やっぱり長年の市販歴やアウトカム試験の裏付けが豊富な薬のほうが安心だね、と思いがちですが、新参者の辛い立場も少しは斟酌してあげて下さい。


尚、私はベーリンガー・インゲルハイムやアストラゼネカに何の恩義も無く、肩を持つつもりはありません。利益相反表明をするのが流行っていますが、私は昨年、両社から一銭も貰いませんでした。妻がメロキシカムを服用しているので、収入どころか赤字です(笑)。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...