2009年8月22日土曜日

clopidogrelとPPIの関係

Plavix(clopidogrel)を欧米で共同販売しているサノフィ・アベンティスとブリストル・マイヤーズ スクイブは、カナダでもドクターレターを出したようです。カナダの厚生省のホームページで公開されています。clopidogrelを服用している患者は、プロトンポンプ阻害剤(PPI)のような2C19を阻害する薬を同時使用しないほうが良い、という内容です。

リンクPotential interaction of Proton Pump Inhibitors (PPIs) with Plavix (clopidogrel) - For Health Professionals

エビデンスが明確であるようには思えませんが、H2ブロッカーという代替的な治療法があるので、敢えて危ない橋を渡る必要はないということなのでしょう。

FDAなど監督官庁がこの問題をどの程度重視しているのかも良く分かりません。今年1月にアメリカで承認されたKapidex(ランソプラゾールというPPIのR異性体を用いた新薬)のレーベルにはclopidogrelとの関係は一言も出ていません。審査文書を読んでも、製薬会社やFDAが検討した形跡はありません。経皮的冠介入術・薬物溶出ステント留置術を施行した後はアスピリンとclopidogrelのdual antiplatelet therapyを最低でも1年続けますが、アメリカでは胃腸潰瘍・出血を予防するためにPPIも処方するケースが多いようです。それだけに、等閑にすべき話ではありません。

ところで、このドクターレターに文献として掲載されているものの中に前回書かなかったものがあったので、追加しておきます。


D Sibbing(ドイツ)

Thromb Haemost. 2009 Apr;101(4):714-9.



  • デザイン:PCI・ステント留置後にアスピリンとclopidogrelを服用していて冠動脈造影術を受けた連続1000人の横断観察的試験。三種類のプロトンポンプ阻害剤服用者とそれ以外の患者のADP誘導性血小板凝集をDynabyte社のMultiplateポイントオブケア・インピーダンス凝集計で計測、比較した。

  • 結果:PPI服用者は268人で、その内訳はpantoprazole(本邦未発売)162人、omeprazole64人、esomeprazole42人。omeprazole服用者の血小板凝集は295.5 AU*min(四分位範囲193.5-571.2)でPPI非服用者の220.0(143.8-388.8)より有意に高かった(p=0.001)。pantoprazoleは226.0(150.0-401.5)、esomeprazoleは209.0(134.8-384.8)で非服用者と同程度だった(各p=0.69、p=0.88)。

  • 結論:PCI後の有害イベントに与える影響を決定するために無作為化臨床試験を行うべき。


Edmund Pezalla

J Am Coll Cardiol, 2008; 52:1038-1039


  • デザイン:アメリカの薬品給付管理会社Aetnaの会員データベースの解析。clopidogrelを服用した65歳未満のアドヒランスが良い患者を対象に、その後1年間の保険給付請求を調べ、急性心筋梗塞を示唆する症例を検討した。

  • 結果:PPI非服用者(コントロール)は1年心筋梗塞罹患率が1.38%(4800人中66人)、PPI低曝露群は3.08%(712人中22人)、PPI高曝露群は5.03%で、コントロール群と高曝露群の間に有意差があった(p<0.05)。患者背景の偏りを修正するために、虚血性心疾患、鬱血性心不全、高血圧、高脂血症、糖尿病を持つ患者だけを抽出して解析したところ、高曝露群のコントロール群に対する相対リスクは337%で有意差が維持されていた(p<0.05)。

  • 結論:保険給付請求データに基づく分析には限界がある。しかし、clopidogrelとPPIの間の潜在的に顕著な相互作用が急性心筋梗塞抑制作用を低下させることをエビデンスが指し示しているように感じられる。


1年心筋梗塞イベント発生率
コントロールPPI(低暴露)PPI(高曝露)
特定リスク因子を
持つ患者数
38490536
平均年齢58歳58歳57歳
男性(%)66.964.468.1
心筋梗塞発症者10961
比率(%)2.61011.38
95%信頼区間1.01-4.193.81-16.198.69-14.07


2009年8月9日日曜日

アメリカの新型H1N1感染状況

南半球はインフルエンザシーズンで、アルゼンチンやオーストラリア、ニュージーランドなど様々な地域で新型H1N1ウイルスが流行しています。どんな具合かデータが出るのを待っているのですが、中々発表されません。そうこうするうちに、アメリカのCDCがワクチンに関するFDAの諮問委員会でアメリカの年齢別の感染率などを発表しました。

季節性インフルエンザでは入院する患者の4割以上が65歳以上の高齢者なのですが、新型では4.7%と非常に少なくなっています。但し、感染者のうち5.2%は致死的な結果になりましたので、脅威であることに変わりはありません。

それ以外の人も油断はできません。0-4歳と5-24歳の人は、人口10万人当り19.5人と24人が感染し、4.4人と2.0人が入院しました。感染者の0.2%が死亡しています。

新型の特徴は10代の感染が多いことですが、オブザベーション・バイアスの影響もあるようです。子供は夏休み中にサマースクールに行ったり、イベントに参加したりするので、集団感染しやすく、それだけ目立ちます。帰宅してから他の世代にも移しているのですが、小規模な感染は世間の注目を集めません。今回のCDCの集計のような、客観的な指標を見ることが重要です。

新型は症状が軽いと言われていますが、実際には重い患者もいるため、CDCはリスク因子の解析も進めているようです。その一つが妊婦で、アメリカが(欧州も)妊婦に抗ウイルス剤の使用を認めたのはこれが背景なのでしょう。

アメリカの09/10シーズンのワクチンは、季節性ウイルス用に続いて、新型ウイルス用の生産が始まりました。フランスのサノフィ・アベンティス、スイスのノバルティス、イギリスのグラクソ・スミスクラインとアストラゼネカ、オーストラリアのCSLが受注したようです。アメリカですら供給を外国企業に頼っているんですね。各社が数千人規模の臨床試験を行う予定なので、全体では数万人の症例が集まるでしょう。ワクチンを二回接種しなければいけないのかそれとも一回で済むのか、接種できる人の数か激変しますので、関心のあるところです。

当然のことながら、安全性も重要です。1976年にアメリカでブタインフルエンザが発生した時、政府は国民にワクチン接種を推奨しましたが、結局、このウイルスは流行しませんでした。一方、ワクチンの副作用なのかギラン・バレー症候群という神経性疾患が多発しました。

日本はトリインフルエンザ用ワクチンで医療従事者に治験を行いましたが、3000人中二人が入院するという心許ないものでした。3000万人が接種したら2万人が入院するというのは乱暴な話です。対照群が設定されていないので、ワクチンが原因なのかは分かりませんが、治験に参加した医療従事者はワクチンを必要とする人たち全体と比べれば体が強いでしょうから、実際にはもっと危険である可能性も否定できません。

日本も自給体制を見直し、他の国と共同開発するようにしたほうが、治験実績の多い、その意味でより安全なワクチンを供給できるようになるのではないでしょうか。それ以前に、ワクチンに保険を付けるべきですよね。感染症のワクチンは、その人を守るだけでなく社会全体を守るという側面もあるのですから。

新型H1N1感染率・感染入院率(人口10万人当り)


0-4歳5-24歳25-49歳50-64歳65歳-不明
感染報告数4,09819,8786,7131,984439
感染率19.524.06.33.61.1
入院数7991,417906479178
入院率4.42.01.01.11.6
年齢構成比21.1%37.5%24.0%12.7%4.7%
死亡数743101662322
年齢構成比2.7%16.4%38.5%25.2%8.8%8.4%
感染者死亡率0.2%0.2%1.5%3.3%5.2%

注:アメリカのCDC調べ、n=33,112、09/7/16現在。

出所:FDA諮問委員会ブリーフィング資料(09年7月23日)(PowerPoint形式のファイルです)。



2009年8月1日土曜日

FDA諮問委員会のONTARGET試験の解釈

telmisartanは海外で発売後10年経ち、アウトカム試験の結果が出て真価が問われる時期になりました。シロクロ決着すれば良かったのですが、却って分からないことだらけになりました。55歳以上の心血管疾患リスクが高い患者を対象に、海外で高く評価されているACE阻害剤ramiprilとイベント発生リスクを比較したONTARGET試験と、ACE阻害剤不耐患者に偽薬と比較したTRANSCEND試験が行われ、脳卒中経験者を対象に再発予防試験PROFESSも行われたのですが...



  • ONTARGET試験:主評価項目(心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳卒中、うっ血性心不全による入院の複合評価項目)の相対リスクはtelmisartan群がramipril群比1.01、95%信頼区間0.94~1.09で非劣性検定成功。両剤併用群はramipril群対比で0.99、0.92~1.07で優越性検定成功せず。併用群は有害イベントが多かった。

  • TRANSCEND試験:主評価項目(ONTARGETと同じ)のハザード比はtelmisartan対偽薬で0.92、95%信頼区間0.81~1.05で優越性検定失敗。うっ血性心不全による入院以外の三項目だけの解析では0.87、0.76~1.00でギリギリ有意差が出るが、多重性の調節を行うとp値は0.048から0.068に悪化し有意性が消失。

  • PRoFESS血圧治療サブスタディ:脳卒中再発のハザード比はtelmisartan対偽薬で0.95、95%信頼区間0.86~1.04となり有意差なし。二次的評価項目の心血管イベントもハザード比0.94、0.87~1.01で有意差なし。


リンク:循環器トライアルデータベース

ONTARGET

TRANSCEND

PRoFESS

何とも理解しがたい結果になりました。HOPE試験で一躍カリスマ降圧剤になったramiprilと非劣性なら立派な結果ですが、TRANSCEND試験もPRoFESS試験の心血管イベント解析も惜しくも有意差に達しませんでした。イベント数が予想を下回った模様なので検出力不足が原因かもしれず、現に、この二つの試験のプール分析では有意差が出たようですが、薬効のエビデンスとしては迫力がありません。


7月29日にFDAの心臓腎臓薬諮問委員会が検討したのですが、FDAの審査官も諮問委員会も困惑したようです。ブリーフィング資料によれば、FDAはONTARGETが開始される前に、非劣性マージンを1.13ではなく1.08にするよう提案したようです。FDAが効能を承認するためには、『ramiprilは偽薬より優れる』、『telmisartanはramiprilより大きく劣っていない』、『故にtelmisartanは偽薬より優れる』という三段論法を成立させなければならないのですが、ramiprilのHOPE試験が実施されたのは何年も前の話で現在とは標準医療が変わっています。スタチンや抗血小板薬の服用率を見ても一目瞭然です。このため、二つの試験のデータを連結する時の誤差を小さくするために、非劣性検定のハードルを高くするよう求めたのです。


しかし、ハードルを高くすると組入れ症例数が大幅に増えてしまいます。これらの試験(とHOPE試験)を主導したS. Yusuf博士は、25000人を5年間追跡するだけでは足りず5万人が必要となり現実的ではないと反論したようです。


となると、ONTARGET試験の結果の再現性を確認するために他の試験のデータを参照しなければなりませんが、二本とも明確な結果ではありませんでしたので、結局、曖昧なままに終わってしまいます。


諮問委員会は、5人対2人の多数がACE阻害剤不耐患者のみに心血管イベント削減効果を認めるよう勧告しましたが、それ以外の患者については全員一致で認めないよう勧告しました。治験成績とは正反対ですが、これが現実的な判定なのでしょう。


尚、今回の話はtelmisartanの心血管イベント削減効果を否定した訳ではありません。患者背景を見ると7割前後が高血圧症を併発していますが、ベースライン時点の血圧は140/80mm Hg台ですのでまあまあ良く管理されています。この試験はtelmisartanのアドオン試験なのでこのような患者が対象になったわけですが、現実の医療でもっと高い患者にtelmisartanを使うのは有益なはずです。


HOPE試験以来、血圧降下作用を超えた臓器保護作用という魅力的なキャッチフレーズが聞かれるようになりました。ARBはACE阻害剤よりも臓器保護作用が高いことが期待されましたが、アウトカム試験の結果は今ひとつでした。それでも、血圧管理が心血管イベント阻止に有用であることは自明なのですから、降圧を通じた臓器保護作用を期待する分には問題ないでしょう。


これらの試験の敗因については諸説ありますが、FDAは、標準医療が充実した結果、血圧降下剤追加による限界効用が低下したと推測しているようです。血圧降下剤の新薬は乏しく、今後アウトカム試験のデータが期待できるのはolmesartanくらいでしょう。まだ十分な答えが得られたわけではないので、政府が資金を出すなどして、メーカーに頼らずに研究を続行できるよう支援する必要がありそうです。



EUが血漿・尿由来医薬品の規制強化を検討か

90年代後半にイギリスに住んでいた頃、狂牛病事件の経緯に興味を持って調べたことがあります。その後どうなったのだろうと思い、偶々書店で見つけた『プリオン説は本当か』(福岡伸一著、ブルーバックス)という本を買いました。まだ読み終わっていないのですが、推理小説のように面白い本です。狂牛病やvCJD(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病)の原因はプリオンなのか、それともウイルスなのか?調べていけば他の病気の解明に役立つ新しい発見が生まれるかもしれません。どちらの説を支持する研究者も、論敵を打破すべく、頑張れ!


そんな時に、欧州医薬品庁EMEAがvCJDやCJDと血漿・尿由来医薬品に関する立場表明を見直す考えを発表しました。輸血を通じたvCJD感染例や、モデル動物の試験で尿に感染性が発見されたことなどから、7年前の立場表明をアップデートする必要が生じたようです。また、05年と07年に開催された会議の結論を反映させることも目的のようです。



リンク:Concept paper on the need to update the Position statement on CJD and Plasma-Derived and Urine-Derived Medicinal Products(09年7月23日付)。10月31日まで公衆の意見を受け付け、最終的に2010年に決定する計画のようです。


この資料には何をどう変えるのか記されていませんが、検査などに関する規制を強化する考えなのでしょう。



Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...