2008年2月16日土曜日

ADVANCE試験~血糖値を大きく下げても大丈夫

二型糖尿病患者の血糖値を正常値近くまで引き下げることを目標とする集中治療法は、良いのか悪いのか?前回、ACCORD試験で死亡リスクが高まるという意外な発見があったと書きましたが、今度は、そんなことはないという発表がありました。同じような患者に実施されている別の試験、ADVANCE試験の中間安全性解析では、集中治療群と標準治療群の死亡リスクは大差ないというのです。薬効解析はこれからなので、合併症予防効果が高いかどうかはどうかはまだわかりません。良いのか、悪いのか、中立的なのか、どっちなんだ!と短気を起こす人もいるかもしれませんが、こうなったら、この二本の試験の結果が論文・学会発表されるまで待つしかないでしょう。ACCORD試験は数週間内に治験論文が刊行されるようです。ADVANCE試験は9月のEASD学会の暫定プログラムに載っています。


ADVANCE試験の概要



  • 二型糖尿病で合併症のリスクが高い患者11,140人を対象に平均4年間実施された、合併症発症リスクを調べる試験。

  • 豪州や東欧、西欧、アジアなどの施設で01年から08年1月まで実施。

  • 主スポンサーはオーストラリアのNational Health & Medical Research Councilとフランスのセルビエ社。

  • 2x2方式で二種類の介入方法を検証。第一はセルビエのACE阻害剤・利尿剤コンビ薬と偽薬の比較で、この解析結果は昨年のESC学会で発表済み。コンビ薬群は偽薬群と比べて最大血圧が5.6mmHg、心血管疾患による死亡リスクが18%低かった。

  • 第二は、HbA1cを6.5%以下に引き下げることを目標とする集中治療と各国の標準治療の比較。08年3月にキーロック、9月のEASD学会で結果が発表される模様。

  • 今回の発表は、ACCORD試験の発表を受けて、ADVANCE試験のデータ監視安全性委員会が公表したもの。中間解析だが、99%以上の患者のデータに基づいている。


ACCORD試験とADVANCE試験は良く似ています。違いは、第一に実施地域がそれぞれ米国中心と豪州・東欧中心であることで、スタチンなどの服用率や心筋梗塞発生時のケアの内容などが異なる可能性もあります。第二は、患者の元々のHbA1cがACCORD試験のほうが高いことです。治験中のHbA1cは大差ないようですので、ACCORD試験のほうが大きく引き下げたことになります。これが裏目に出たのかもしれません。

今の段階であれこれ考えても仕方ありません。そもそも、集中治療の大血管性・小血管性合併症予防効果はまだ確認されていないのですから、この段階で安全性を云々しても意味がないでしょう。

二型糖尿病患者の死因として最も多いのは心臓病です。リスクの高い患者はスタチンやアスピリン、降圧剤の服用を検討すべきで、血糖値をもっと下げるべきかどうか検討するのは、その後でしょう。


治験内容の比較

ACCORDADVANCE
実施地域北米豪州東欧など
実施期間01~09年01~08年
フォローアップ期間約4年4年強
割付数10,251人11,140人
患者背景:
平均年齢62歳66歳
61%57%
平均病歴10年8年
心血管病歴あり35%32%
HbA1c8.2%7.5%
集中治療の内容:
HbA1c目標<6%6.5%
薬品の選択任意gliclazide中心
結果:
HbA1c6.4%対7.5%6.4%対7.0%
主評価項目不詳未解析
両群平均死亡率4.5%7.9%
群間の偏りありなし

注記:ADVANCE試験の患者背景は8割程度の患者のもので、両群平均死亡率は降圧剤スタディのデータ、期中のHbA1cは報道に基づく。




2008年2月3日日曜日

ENHANCE試験のもう一つの側面

コレステロール治療薬の頚動脈アテローム進行抑制効果を調べたENHANCE試験の結果は、意外に大きな反響を呼びました。ImpactRxの処方箋動向調査によると、治験結果が発表された途端に、ezetimibe(エゼチミブ)を配合する薬の新患向け処方箋が大きく減少しました。

前回書いたように、この試験はトラブルが多発したようなのでデータの信憑性が低いはずです。それなのにこのような影響が出たのは、医薬品や製薬会社に対する信頼が低下しているからでしょう。今回はこの問題を取り上げましょう。


ezetimibeとは


ezetimibeはシェリング・プラウが開発したコレステロール治療薬で、脂肪が腸で吸収されるのを抑制します。承認されている唯一の用量である10mg(一日一回投与)は、血液中のLDL-Cを20%程度、トリグリセリドを10%程度削減する効果を持っています。これはpravastatinの10mgと同程度なので、決して高いとはいえません。atorvastatinの10mgなら約40%、80mgなら50%削減することができます。

シェリング・プラウはメルクと提携して、2002年にZetia(ゼチア)という製品名でアメリカで発売しました。更に、2004年にはメルクのsimvastatinを配合したVytorin(バイトリン)も発売しました。この両剤は合計年商が50億ドルを超える大成功を収めています。理由は、


  • スタチンに適さない患者に用いたり、既にスタチンを服用している患者に併用することのできる数少ない選択肢の一つであること

  • 安全性が高いこと

  • 2001年にcerivastatinが市場から回収され、スタチンの横紋筋融解症副作用に対する懸念が高まったこと

  • その後も、2003年に米国で発売されたrosuvastatinに関して民間薬害監視組織の一部やFDAの市販後監視部門の職員が安全性懸念を表明したため、スタチンのイメージが一層悪化したこと

  • Vytorinの価格はsimvastatinより低く設定されたため、simvastatinからスイッチするとコレステロールが更に低下するだけでなく薬代も安くなること

  • 薬の用量を増やすより作用機序の異なる薬を追加するほうを好むプライマリーケア医のセンチメントに合致したこと

です。ezetimibeは第二選択薬としてだけでなく、第一選択薬としても広く用いられるようになりました。LDL-Cが減少すればそれで良いのか、という一部の研究者の意見は重視されませんでした。確かにスタチンは心筋梗塞リスクを削減する効果が確認されていますが、ezetimibeにはそのようなエビデンスはまだありません。もっと効果が高い薬があるのに、単にスタチンが嫌いだというだけの理由でezetimibeを使う人が多すぎるのではないか・・・医学者がこのような疑問を持っていたとしても、ezetimibeの効果を疑わせるようなエビデンスもなかったので、公言することはできません。そのような時に起きたのがENHANCE事件なのです。


ENHANCE試験を巡る疑惑


ENHANCE試験は2006年に完了しましたが、解析に手間取ったため結果がなかなか発表されませんでした。2007年秋になって、遂に、一部のメディアが『データ隠し疑惑』を報じました。本当は既に結果が出ているの、にezetimibeの売れ行きが落ちるのを恐れて製薬会社が隠しているのではないか、という一部研究者の憶測を取り上げたのです。

データ隠しといえば、数年前に、抗うつ剤の青少年患者を対象とした試験で問題になったことがあります。製薬会社は治験が成功すると大々的に宣伝するのに、ネガティブな結果になるとできるだけ隠そうとする、という批判で、ニューヨーク州の検事総長が複数の会社の捜査を行う事態になりました。結局、和解に達したため、真相は闇の中です。

ENHANCE試験に対する注目が高まる中で、シェリング・プラウがこの試験の主評価項目を変更すると発表したため、疑惑が一層高まりました。同社は治験データの解析が難航したため、外部の研究者委員会を設けて、今後の対策を諮問した上で、委員会の意見に基づいて主評価項目変更を決めたのですが、批判の火に油を注ぐ結果になってしまいました。ENHANCE試験は研究者主導試験ですので、スポンサーである製薬会社が治験のデザインに口を出すのは、研究者にとって極めて重要な、研究の自由を侵害したような形になってしまったのです。結局、シェリング・プラウは主評価項目の変更を撤回しました、

ENHANCE試験の結果は2007年末にやっとまとまり、年明けに公表されました。ezetimibe群は主評価項目だけでなく、副評価項目でも全くアテローム抑制作用が見られませんでした。それどころか、数値上はむしろ偽薬群より若干悪い内容でした。

冷静に考えれば、前回書きましたように、この治験結果の意味は曖昧です。臨床的転帰を調べているIMPROVE-IT試験の結果が2011年に発表されるまで待つべきでしょう。FDAや学会が出した声明も概ね、結論を急ぐなという内容です。しかし、医師や大衆は冷静には受け止めませんでした。これまでの経緯や、医薬品・製薬会社に対する不信感の高まりが影響したのでしょう。


  • データ隠しとか研究の自由とか医学者の琴線に触れる問題が絡んでいるせいか、一部の学者が厳しい意見を表明

  • 中でも、医薬品の安全性に関して積極的に発言し多くの支持者を持つSteven Nissen博士が、アテロームを縮小できないなら第一選択薬として使うべきではないとコメント

  • マスコミも、また製薬会社が不祥事を起こしたというニュアンスで報道

  • 法律事務所がezetimibeを服用している患者に損害賠償請求を呼びかける広告を出した

90年代のフェンフェン訴訟、2000年代のVioxx訴訟、昨年はAvandia問題、赤血球生成刺激剤問題、ステント血栓問題など、医薬品や医療機器に関する事件が起きる度に、マスコミは薬品会社バッシングを行います。アメリカは患者の発言力が強いので、医師の評価とは別に、患者がネガティブな報道を読んで止めたいと言い出したらなかなか翻意させられません。ENHANCE試験の場合はマスコミの取り上げ方も比較的冷静なのですが、それでも処方箋動向に影響が出たのは、消費者がこのような問題に従来より敏感になったことを示しているのではないでしょうか。

ezetimibeを第一選択薬として服用している人の中には、スタチンの副作用に関する報道を読んで偏見を持っている人も多いでしょう。そのような人はezetimibeよ、お前もか、と慨嘆しているでしょう。




Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...