2008年6月29日日曜日

第三の血糖強化治療試験の結果

6月に開催されたアメリカ糖尿病学会(ADA)では、血糖値の強化治療試験、ACCORDとADVANCEに加えて、VADT試験の結果も発表されました。強化療法は心血管疾患予防に関しては却って有害、というACCORD試験の結果は真実なのか、偶然なのか?真相を知るには三本の試験を比較して連立方程式を解かなければなりません。しかし、VADT試験は最終フォローアップが9日前に完了したばかりなので、現時点では十分な基礎データがありません。9月の欧州糖尿病学会(EASD)までお預けです。今回は、VADT試験の概要だけを紹介します。ACCORD試験ほどではありませんが、不安の残る内容です。


VADT試験はアメリカの退役軍人省傘下の医療組織が実施した長期アウトカム試験で、血糖管理が上手くいっていない患者1791人を対象に、メジアン6年間実施されました。介入試験は完了しましたが、更に9年間、追跡調査する予定です。


他の試験と同様に、血糖値の強化療法と標準的療法の大血管性疾患予防効果を比較した試験ですが、患者背景や介入方法が若干違います。


  • アメリカの退役軍人だけが対象で、男が97%を占めること

  • ベースライン時点のHbA1cが9.4%と最も高いこと

  • 糖尿病性神経症の有病率が43%など、病歴が数年長いだけな割には合併症を持つ患者が多いこと

  • 血糖管理目標が、強化療法群は6.5%未満とADVANCE試験並みであった一方、標準療法群は8-9%と穏やかであったこと

  • 血糖管理の達成値は夫々6.9%と8.4%で強化療法群は目標を達成できなかったこと

  • 用いる薬がある程度固定されていて、群間の差が出ないように配慮されていること(例えば、5年経過段階で夫々の群の65%と55%がrosiglitazoneを服用)。服用する薬は同じで用量が異なるだけ、という形にすることで、薬の差ではなく治療方針の差を検出することが趣旨です。

  • 他の試験は血圧強化療法試験なども兼ねていましたので、血圧管理の面ではやや物足りない面もありましたが、VADTはアメリカの治療ガイドラインに則って血圧やコレステロールも十分に治療しました。全被験者平均で血圧は132/76 mmHgから126/68に、LDL-C値は103mg/dLから74に低下し、スタチンの服用率は58%から84%に、アスピリンなど抗血小板薬は76%から92%に上昇しました。



VADT試験のデザイン


  • 組入れ・除外条件:二型糖尿病の退役軍人で、インスリン、又は経口糖尿病薬の最大用量を服用しているのにHbA1cが7.5%を超える患者。41歳以上。過去6ヵ月間に心血管イベントを発症した人は除外。

  • 実施期間:2000年12月から2008年5月まで実施。メジアン・フォローアップ期間は6年間。

  • HbA1c目標:強化療法群は6.5%未満、標準療法群は8-9%、群間差が1.5%以上になることを想定。

  • 介入方法:治療開始時に用いる薬は、metformin(BMIが27kg/m2以上の場合)またはglimepiride(SU剤;BMIが27未満の場合)及び、rosiglitazone。十分に低下しない場合はインスリンを追加し、それでも足りない場合は経口糖尿病薬を追加。

  • 患者背景:平均年齢60.4歳、病歴11.5年、BMIは31.3kg/m2、HbA1c9.4%、男が97%を占める。有病率は冠動脈疾患40%、糖尿病性神経症43%。服薬状況は全員が経口糖尿病薬を服用、半分程度の患者がインスリンを使用。

  • 主評価項目:複合評価項目、time to event分析(心血管死、心筋梗塞、卒中、鬱血性心不全、冠動脈再建術、手術不能な冠動脈疾患、<下肢などの>切断、末梢血管再建術、脳卒中、または脳血管再建術のうち、最初に発生したイベントをカウント)


結果は、主評価項目の発生率が強化療法群は25.9%(892人中231人)、標準療法群は29.3%(899人中263人)で、ハザードレシオは0.868、p値は0.12となりました。カプラン・マイヤー・カーブを見ると、2年目以降は両群の曲線が乖離しているのですが、有意差には到達しませんでした。


主評価項目としてカウントされたもののうち、最も多かったのは冠動脈再建術で、発生率は9.7%と7.8%でした(p=0.17)。心筋梗塞(6.3%対6.1%)や鬱血性心不全(5.6%対5.3%)は大差ありませんでした。


小血管性疾患の分析は未だ結果が出ていませんが、おそらく、良い結果が出るでしょう。大血管性疾患予防効果は十分ではないけれど小血管性疾患を予防できるなら強化療法も価値がある・・・プレゼンテーションを聞きながら、このように考えていたところ、冷や水を浴びせられました。有意差はないものの、心血管疾患による死亡や全死亡が多かったのです。前者は36人対29人で、単純計算では1.24倍。突然死が11人対4人と多かったとのことです。二次的評価項目である全死亡のハザードレシオは1.065倍(p=0.67)となっています。


この試験は規模が小さいため、主評価項目ですら様々な事象を寄せ集めることで検出力を確保しているくらいです。死亡のような稀な事象で有意差が出なかったとしても、安心できません。心血管疾患リスクを削減するトレンドは見られたが、心血管疾患で死亡した人は多いという、ACCORD試験の結果と符合していることが気になります。


VADT試験の研究者は、様々なデータマイニングを行って、リスク因子を探索しました。まず、主評価項目については、ハザードレシオが病歴と相関することが発見されました。グラフを見ると、0-6年の患者は0.8以下に留まっていますが、15年以上の患者は1を上回っています。また、両群の心血管死のリスク因子として最も相関性が高かったのは過去3ヵ月以内の重度低血糖症(意識が喪失・低下し自力では回復できなかった事例)の発生でした。ハザードレシオ4倍、p値は0.008以下でした。意外なことに、標準療法群のほうがデータが悪かったそうです。薬に関してはインスリン服用者のデータがあまり良くありませんが、研究者は否定しています。この試験は特定の薬剤の効能を調べた試験ではないので、明確なことはいえません。


他の試験でも様々なサブポピュレーション分析が行われましたが、今のところ、共通点はなさそうです。ACCORD試験では低血糖との相関性は見られなかったようです。ベースライン時点で65歳未満の患者とHbA1c8%超の患者の全死亡リスクが高く、また、8%未満の患者と心血管疾患未経験の患者には心血管疾患予防効果でも良さそうなデータになったようですが、他の試験では同様な指摘はされていません。ADVANCE試験の研究者は、ACCORD試験との患者背景の違いに注目して、HbA1cやBMIの高低で分類してサブポピュレーション分析を行いましたが、高HbA1c患者でも、高BMI患者でも、心血管死リスクは見られませんでした。


これらのサブポピュレーション分析の多くは後ろ向き分析でしょう。検出力の問題もあり、一本の試験の結果だけで結論を出すわけにはいきません。三本の試験のデータを元に、同じ切り口で分析を行い、結果を並べて解釈を議論するような作業が必要でしょう。


VADT試験を見ていて思いついたのは、病歴の長い患者を対象とする試験では、前治療の影響が出てしまうのではないかということです。この試験では最初の6ヵ月間に血糖値が大きく低下しましたが、主評価項目の曲線が乖離したのは2年目からでした。ADVANCE試験はもっとゆっくりと下げたせいか、3年目からでした。現時点で小血管性疾患予防効果のデータがあるのはADVANCEだけですが、乖離は更に遅く4年経った後でした。となると、治験開始当初の成績は、前治療の寄与が大きいと考えざるを得ません。心血管死のリスクが時系列と相関するのか、気になるところです。


ACCORD試験で心血管死・全死亡リスクに偏りが発生したのはなぜなのか?半年経ってもまだ答えはでません。ADVANCE試験の研究者は、小血管性疾患を予防する上で強化療法は有益だが、血糖値はジェントルに下げたほうが良いと言っていました。また、心血管リスクを削減するために血圧管理が重要、と強調していました。


ACCORD試験やVADT試験の対象になったような、血糖値が比較的高い患者はどうしたら良いのでしょうか?どちらも心筋梗塞などを防ぐトレンドは見られましたが、心血管疾患で死亡する人はむしろ多かったのですから、無理をして下げないほうが良いのかもしれません。


二型糖尿病の新患は、UKPDS試験によって、生活習慣改善だけで血糖値が十分に下がらないようなら早く薬物療法を始めたほうが良いことが明らかになりました。事後的分析で血糖値が低い人のほうが心血管リスクが小さいことが分かった為、幾つかの学会は血糖値を6.5%以下に管理するよう推奨しています。しかし、新患と病歴の長い患者は病態が違うかもしれませんし、ACCORD試験のように三種類の経口剤とインスリンを併用するような多剤併用療法を行うのは、薬の副作用や患者の精神的負担が心配になります。今回の三本の試験で一つだけ、はっきりしたことは、患者のタイプ毎にきちっとした臨床試験を行ってリスクとベネフィットを確認しなければならないということです。三本の試験が思わしくない結果になったことにより、今後、二型糖尿病のアウトカム試験が下火になることが危惧されますが、今回の教訓を生かすには、エキスパート・オピニオンや後ろ向きサブセグメント分析に頼らずに、命題の妥当性を一つ一つ確認していく必要があります。血糖管理はどのように行うのがベストなのか?私たちの知識は十分ではないということを自覚しなければなりません。





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