2008年8月28日木曜日

PRoFESS試験は大番狂わせに

(追記:8月27日にPRoFESS試験の論文がNew England Journal Of Medicine誌のウェブサイトで公開されました。私が5月17日に書いた以下のコメントでは中国のデータが悪かったのではないかと推測していますが、実際は若干悪い程度で大差ありませんでした。治験論文のリンク:telmisartanスタディ   dipyridamoleスタディ

5月14日にEuropean Stroke Conferenceで脳卒中再発予防試験PRoFESSの結果が発表されました。ベーリンガー・インゲルハイムの抗血小板薬とARBの効果を調べた一石二鳥的試験でしたが、どちらの解析も主目的を達成できませんでした。Dipyridamole(ジピリダモール)の徐放製剤とアスピリンのコンビ薬であるAggrenoxは、再発予防効果がPlavix(clopidogrelクロピドグレル)と比べて非劣性であることを確認できませんでした。また、Micardis(telmisartanテルミサルタン)は偽薬より優れていることを確認できませんでした。どちらも大番狂わせです。


治験のデザインや実施状況が悪かった可能性もあるので、結論を急がないほうが良さそうです。サブグループ分析の詳細解析が待望されます。但し、将来的に敗因が明確になったとしても、『AggrenoxはPlavixより優れる』ことが確認される可能性はゼロでしょう。製品寿命を考えれば再試験が実施されるのは望み薄です。Micardisについては、脳卒中再発予防には効かないと結論する人はいないでしょうが、『血圧低下だけでなく多彩な作用を通じて臓器を守る』という黄金のような仮説に汚れが付いたのではないでしょうか。


PRoFESS試験の概要



この試験は、非心原性虚血性脳卒中を発症してから3ヵ月以内の患者20,332人を対象に、世界35ヵ国で実施された大規模アウトカム試験です。患者背景は、平均年齢66歳、男が64%、有病率は高血圧が74%、高脂血症47%、糖尿病28%。脳卒中後の経過期間はメジアン15日で、ラクナ梗塞が52%、大動脈のアテローム性梗塞が28%を占めています。


特徴的なのはアジアの患者が32%を占めていることで、北米は24%と比較的少なく、欧州などが44%となっています。中国は治験費用が比較的安価で、また市場としての成長力も高いので、大規模試験を実施するには打って付けです。一方で、欧米とは人種が異なるので地域別・人種別の解析も実施すべきでしょう。私は、PRoFESS試験が成功しなかったのは、アジアのデータが悪かったのではないかという印象を持っています。


ベースライン時点の平均最高/最低血圧は144/84 mmHg。1ヵ月時点の降圧剤の同時使用状況は、利尿剤が21%、ACE阻害剤が34%、Ca拮抗剤が25%、ベータブロッカーが21%となっています。尚、話が先走りますが、降圧剤試験ではMicardisより偽薬群のほうがこれらの薬の服用率がそれぞれ1-2ポイント高く、その後は3-5ポイントに拡大しました。


2x2ファクトリアル・デザインで、Aggrenox(200/25mgを一日二回)とPlavix(75mg一日一回)を比較すると同時に、Micardis(80mg一日一回)と偽薬の比較も行いました。AggrenoxとPlavix偽薬を服用する患者は更にMicardisまたはMicardis偽薬を、PlavixとAggrenox偽薬を服用する患者は更にMicardisまたはMicardis偽薬を服用したわけです。メジアンで2.4年間フォローしました。


PRoFESS試験の結果

AggrenoxPlavixMicardis偽薬
割付数10,181人10,151人10,146人10,186人
脳卒中再発9.0%8.8%8.7%9.2%
ハザードレシオ1.01
0.95
(虚血性脳卒中)7.7%7.9%7.6%8.0%
(出血性脳卒中)0.8%0.4%0.6%0.7%
(その他)0.5%0.5%0.5%0.5%
卒中・心筋梗塞等13.1%13.1%13.5%14.4%
糖尿病発症率--1.7%2.1%

注:主評価項目は脳卒中再発リスク。表記の数値は全て、有意ではない、又は有意性が明らかにされていない。『卒中・心筋梗塞等』は他に血管性疾患による死亡や心不全の発症・悪化も含む。

AggrenoxとPlavixを比較した抗血小板薬試験は、当初の予定では優越性検定を行なう予定でしたが、運営委員会のアドバイスに基づいて、最初に非劣性検定を行ない、もし成功なら優越性の検定を行なうという二段構えに変更されました。
結果は、脳卒中を再発した患者の比率はAggrenox群が9.0%、Plavix群が8.8%でした。ハザードレシオは1.01倍で、95%信頼区間の上限が1.11と非劣性マージンの1.075を上回ったため、非劣性検定がフェールしました。


この試験でいう『脳卒中』は、抗血小板薬が効果を発揮する虚血性脳卒中(脳梗塞)だけでなく、抗血小板薬が悪影響を与える出血性脳卒中も含んでいます。Aggrenoxは虚血性脳卒中が若干少ない一方で、出血性脳卒中は若干多く発生しています。強力な抗血小板薬にありがちな結果ですね。


非劣性検定は駄目でしたが数値上は大差ありませんので、まあ大体同じと考えても良いでしょう。しかし、同じというのは意外な結果です。過去に実施されたそれぞれの薬のアスピリン対照試験では、Aggrenoxは脳卒中リスクが2割前後低く、Plavixは7%程度低いという結果になっています。直接対決すればAggrenoxが勝つと考えるのが普通でしょう。なぜこのような結果になったのでしょうか?


理由は分かりませんが、アジアの患者の比率が高かったことが一因かもしれません。中国系はカフカス系と比べて抗血小板薬の出血リスクに敏感と言われているからです。学会で論評を担当したAlgra博士は、地域別解析や、高血圧症の有無、脳梗塞部位に基づく詳細なサブポピュレーション・アナリシスの結果が発表されればもっとハッキリするだろうとコメントしていました。主評価項目に出血性脳卒中を含んでいるので分かりにくいのです。


今後、中国系が犯人と確認されれば、それ以外の人にはAggrenoxのほうが良さそう、という結論に変わるかもしれません。もし確認されなかった場合は、大体同程度という評価が定着するでしょう。本当は再試験が望ましいのですが、費用や時間の面で難しいでしょうから、PRoFESS試験の結果は間違いでやっぱりAggrenoxのほうが優れていた、という結論に変わる可能性は低いでしょう。


Micardisと偽薬を比較した降圧剤試験の結果はもっと意外です。血圧降下剤は多数のアウトカム試験で脳卒中リスク削減効果を示しています。ところが、PRoFESS試験では、リスクが5%しか低下せず、有意水準に到達しませんでした。二次的評価項目の卒中・心筋梗塞・血管性疾患死・心不全発症/増悪でも、糖尿病発症リスクでも、有意差がありませんでした。


発表者のYusuf博士は考えられる敗因として三点を挙げています。第一は、服薬遵守率が高くなかったこと。同じMicardisのアウトカム試験であるONTARGETと比べても低いとのことです。Aggrenoxを服用した患者は6%が頭痛を理由に服用を止めましたが、同時にMicardis(または偽薬)の服用も止めてしまうケースがあったようです。二兎を追ったのが裏目に出たのかもしれません。


第二は、他の血圧降下剤の服用状況に群間の偏りがあったことです。この二つが原因で、Micardis群と偽薬群の最高/最低血圧の差は期中平均で3.8/2.0 mmHgに留まりました。

第三は、フォローアップ期間が足りなかった可能性です。事後的分析によると、最初の半年間はMicardis群の成績のほうがむしろ悪かったのですが、その後は良い結果でした。出足の遅さはACE阻害剤やARBの他の試験でも見られたそうで、本当はHOPE試験のようにもっと長くフォローすべきだったのかもしれません。


このように、薬に問題があったのではなくて臨床試験のデザインや実施状況に問題があった疑いが濃厚です。一方で、違和感もあります。ACE阻害剤のramiprilはHOPE試験で、最高血圧の群間差は3 mmHgに過ぎなかったのに臨床的転帰が大きく改善する効果を示し、カリスマ的な座に就きました。レニン・アンジオテンシン系に介入する薬は、血圧を下げるだけでなく多彩なルートで臓器を保護するという議論が盛り上がったのです。


ところが、その後、一部の患者を対象とした携帯型自動血圧測定器を用いた試験の結果が明らかになり、本当はもっと血圧に差があったのではないかという疑問が浮上しました。高血圧患者の合併症一次予防試験ALLHATでは、ACE阻害剤もCa拮抗剤も利尿剤も予後は大差ありませんでした。


今回の議論は、振り出しに戻っています。PRoFESS試験のフォローアップ期間はHOPE試験の半分なのでその点は斟酌しなければいけませんが、血圧差が3 mmHgしかなかったので臨床的転帰に差が出なかったという主張は、重要なのは血圧を下げることで薬の選択ではないというアンチ臓器保護仮説論者の主張と同じです。


私は、アウトカム試験の結果に目を瞑るのは嫌いです。沢山の人たちの努力や好意、医療の進歩に向けた熱意に泥を塗る結果になってしまうからです。それでも、この降圧剤試験の結果は額面通りに受け止めることができません。PRoFESS試験の経験を無駄にしないために、原因を解明して次の試験のプロトコルに生かしてほしいと思います。


また、今回の試験が、ARBに対する評価を再検討する機会になれば良いと思います。




2008年8月16日土曜日

PPAR作動剤は本当に分からない

ニッセン博士がrosiglitazoneの心筋梗塞疑惑を指摘して以来、pioglitazoneとの異同に関する様々な研究や意見が発表されています。


  • 過去の治験のメタアナリシスでは、rosiglitazoneと異なりpioglitazoneにはリスクが見られませんでした。

  • アメリカの管理医療組織のデータベースを用いた疫学的試験では、rosiglitazoneもpioglitazoneも結果は区々です。

  • 心血管代理マーカーに及ぼす影響を直接比較した試験では、pioglitazoneのほうがトリグリセリドやHDL-C改善作用が高く、LDL-C悪化が小さく、血糖値改善作用やCRP低下作用、体重増加は同程度でした。

  • 長期臨床試験では、rosiglitazoneは二型糖尿病の予防試験や一次治療試験で心筋梗塞がやや多かったのですが、イベント数が少ないため有意差は出ていません。2009年に心血管アウトカム試験の結果が出る予定ですが、イベント発生率が想定を下回って推移しているようなので、metforminと非劣性であることを確認できないかもしれません。

  • 一方、pioglitazoneは高リスク患者を対象としたPROACTIVE試験で心筋梗塞リスクが見られなかったことが強みです。むしろ、リスクを削減する可能性が示されたのですが、主評価項目で有意差が出なかったことや、心不全などのリスクも確認されたことから、アメリカのFDAも欧州のEMEAも、心血管疾患リスク削減という効能を承認しませんでした。

PPAR作動剤は面白い分野なので、in vitro試験や動物試験も活発に行われています。先日は、Journal of the American College of CardiologyのウェブサイトでG. Orasanu等の研究論文が先行公開されました。pioglitazoneは臨床試験で血管内皮の炎症に係わるsVCAM-1の発現を抑制した、マウスの試験でも同様だったがPPARαをノックアウトしたマウスでは見られなかった、というものです。

pioglitazoneはHDL-C改善作用が高いのでPPARγ(インスリン抵抗性に関与)だけでなくα(トリグリセリドやHDL-Cに関与)も作動するのではないかと思っていましたが、この論文は PPARαが直接的に内皮細胞の炎症を抑制する可能性を示しています。

rosiglitazoneやPPARα作動剤もテストされたのですが、一部の試験だけなので違いが良く分かりません。そもそも、U. KintscherがEditorial Commentで書いているように、この二つの薬剤の違いを調べるには、sVCAM-1だけでなく様々な遺伝子に与える影響を調べ、包括的に考察する必要があるでしょう。


PPAR作動剤はホルモン(エストロゲン)補充療法に似ています。様々な作用があるので、良い点と悪い点を総合的に考えなければなりません。ホルモン補充療法はLDL-CやHDL-Cを改善し、閉経後の骨密度の低下を抑制します。閉経後に不足するものを補充するというアンチ・エイジング的な考え方にもマッチします。一方で、血栓塞栓リスクが高まり、癌のリスクも懸念されます。議論に決着を付けるために長期大規模な試験が三本実施されましたが、閉経後女性の心血管疾患や認知症のリスクを削減する効果はなく、それどころか浸潤的乳癌や脳卒中のリスクが高まる可能性が浮上しました。更年期症状を緩和するために数年間服用する用法は支持する意見が多いですが、骨粗鬆症予防・治療は区々です。要するに、50年の市販歴を経た今も、正しい使い方が分からないのです。


Hsiao等の推定によると、PPAR作動剤は40以上の遺伝子を発現させます。発現パターンは薬によって異なり、 troglitazone(ノスカール)を含む三剤で共通するのは23遺伝子だけで、一剤しか影響しない遺伝子が20以上あります。このうち、機能が判明している遺伝子は一部だけなので、発現パターンの異同が臨床にどのような意味を持っているのか、分かりません。


過去10年間の発見だけでも、肝毒性(troglitazoneに固有のリスク)、心不全、浮腫、網膜浮腫、骨折など様々な有害事象リスクが警告されました。臨床では確認されていませんが、マウスやラットの試験では開発中止になったものを含めてほぼ全てのPPAR作動剤で癌原性の疑いが浮上しました。PPARγ作動剤はマウスの試験でも用量・投与期間依存的な心不全リスクが見られます。PPARα作動剤は心筋壊死リスクが浮上しているようです。マウスに著高量を長期間投与した試験の結果なので、どの程度意味があるのか分かりませんが、しかし、マウス試験に基いて長所を指摘するならば、マウス試験で示された欠点も指摘しなければ片手落ちでしょう。

ホルモン補充療法の教訓は、多彩な作用を持つ薬は全ての作用を総合的に評価する必要があり、そのためには、きちっとした臨床試験を実施しなければならないということです。PROACTIVE試験の評価は区々なので、本当ならもう一本、似たような試験をやっても良いのでしょうが、特許期間が残り少ないので無理でしょう。第4のPPAR作動剤が登場する可能性はほぼゼロです。もうすぐrosiglitazoneの心血管アウトカム試験が始まる予定ですが、結果が出るのはまだ先でしょう。このような趣旨の治験は組入れに苦労することが多いので、永遠に完了しないかもしれません。

PROACTIVE試験で主評価項目に有意差が出なかった一因は、下肢血管再形成術がむしろ多かったことです。浮腫が影響したのかもしれません。期間が2.5年と短かったせいか、あるいはHbA1cの群間差が0.5%しかなかったせいか、微量アルブミン血症抑制作用も見られませんでした。これが治験デザインのせいなのか、それともPPAR作動剤は他の糖尿病薬とは異なり小血管性合併症を防ぐ効果はないのか、よく分かりません。3年間のSU剤対照安全性確認試験が実施されたはずなので、論文刊行されればもう少しはっきりするのでしょうが。

pioglitazoneはrosiglitazoneとどこまで同じで、どこから違うのでしょうか?答えが得られないとしたら、20年後の社会で、二型糖尿病患者はPPAR作動剤を服用しているでしょうか?




Valsartanは名古屋では引き分けに

次は、同じくACCのLate-breakerで発表されたNagoya Heart Study(NHS)です。試験の内容や結果は納得できるものですが、分からないのは、Kyoto Heart StudyやJikei Heart Studyとの関係です。この二本の試験ではvalsart...