2008年8月16日土曜日

PPAR作動剤は本当に分からない

ニッセン博士がrosiglitazoneの心筋梗塞疑惑を指摘して以来、pioglitazoneとの異同に関する様々な研究や意見が発表されています。


  • 過去の治験のメタアナリシスでは、rosiglitazoneと異なりpioglitazoneにはリスクが見られませんでした。

  • アメリカの管理医療組織のデータベースを用いた疫学的試験では、rosiglitazoneもpioglitazoneも結果は区々です。

  • 心血管代理マーカーに及ぼす影響を直接比較した試験では、pioglitazoneのほうがトリグリセリドやHDL-C改善作用が高く、LDL-C悪化が小さく、血糖値改善作用やCRP低下作用、体重増加は同程度でした。

  • 長期臨床試験では、rosiglitazoneは二型糖尿病の予防試験や一次治療試験で心筋梗塞がやや多かったのですが、イベント数が少ないため有意差は出ていません。2009年に心血管アウトカム試験の結果が出る予定ですが、イベント発生率が想定を下回って推移しているようなので、metforminと非劣性であることを確認できないかもしれません。

  • 一方、pioglitazoneは高リスク患者を対象としたPROACTIVE試験で心筋梗塞リスクが見られなかったことが強みです。むしろ、リスクを削減する可能性が示されたのですが、主評価項目で有意差が出なかったことや、心不全などのリスクも確認されたことから、アメリカのFDAも欧州のEMEAも、心血管疾患リスク削減という効能を承認しませんでした。

PPAR作動剤は面白い分野なので、in vitro試験や動物試験も活発に行われています。先日は、Journal of the American College of CardiologyのウェブサイトでG. Orasanu等の研究論文が先行公開されました。pioglitazoneは臨床試験で血管内皮の炎症に係わるsVCAM-1の発現を抑制した、マウスの試験でも同様だったがPPARαをノックアウトしたマウスでは見られなかった、というものです。

pioglitazoneはHDL-C改善作用が高いのでPPARγ(インスリン抵抗性に関与)だけでなくα(トリグリセリドやHDL-Cに関与)も作動するのではないかと思っていましたが、この論文は PPARαが直接的に内皮細胞の炎症を抑制する可能性を示しています。

rosiglitazoneやPPARα作動剤もテストされたのですが、一部の試験だけなので違いが良く分かりません。そもそも、U. KintscherがEditorial Commentで書いているように、この二つの薬剤の違いを調べるには、sVCAM-1だけでなく様々な遺伝子に与える影響を調べ、包括的に考察する必要があるでしょう。


PPAR作動剤はホルモン(エストロゲン)補充療法に似ています。様々な作用があるので、良い点と悪い点を総合的に考えなければなりません。ホルモン補充療法はLDL-CやHDL-Cを改善し、閉経後の骨密度の低下を抑制します。閉経後に不足するものを補充するというアンチ・エイジング的な考え方にもマッチします。一方で、血栓塞栓リスクが高まり、癌のリスクも懸念されます。議論に決着を付けるために長期大規模な試験が三本実施されましたが、閉経後女性の心血管疾患や認知症のリスクを削減する効果はなく、それどころか浸潤的乳癌や脳卒中のリスクが高まる可能性が浮上しました。更年期症状を緩和するために数年間服用する用法は支持する意見が多いですが、骨粗鬆症予防・治療は区々です。要するに、50年の市販歴を経た今も、正しい使い方が分からないのです。


Hsiao等の推定によると、PPAR作動剤は40以上の遺伝子を発現させます。発現パターンは薬によって異なり、 troglitazone(ノスカール)を含む三剤で共通するのは23遺伝子だけで、一剤しか影響しない遺伝子が20以上あります。このうち、機能が判明している遺伝子は一部だけなので、発現パターンの異同が臨床にどのような意味を持っているのか、分かりません。


過去10年間の発見だけでも、肝毒性(troglitazoneに固有のリスク)、心不全、浮腫、網膜浮腫、骨折など様々な有害事象リスクが警告されました。臨床では確認されていませんが、マウスやラットの試験では開発中止になったものを含めてほぼ全てのPPAR作動剤で癌原性の疑いが浮上しました。PPARγ作動剤はマウスの試験でも用量・投与期間依存的な心不全リスクが見られます。PPARα作動剤は心筋壊死リスクが浮上しているようです。マウスに著高量を長期間投与した試験の結果なので、どの程度意味があるのか分かりませんが、しかし、マウス試験に基いて長所を指摘するならば、マウス試験で示された欠点も指摘しなければ片手落ちでしょう。

ホルモン補充療法の教訓は、多彩な作用を持つ薬は全ての作用を総合的に評価する必要があり、そのためには、きちっとした臨床試験を実施しなければならないということです。PROACTIVE試験の評価は区々なので、本当ならもう一本、似たような試験をやっても良いのでしょうが、特許期間が残り少ないので無理でしょう。第4のPPAR作動剤が登場する可能性はほぼゼロです。もうすぐrosiglitazoneの心血管アウトカム試験が始まる予定ですが、結果が出るのはまだ先でしょう。このような趣旨の治験は組入れに苦労することが多いので、永遠に完了しないかもしれません。

PROACTIVE試験で主評価項目に有意差が出なかった一因は、下肢血管再形成術がむしろ多かったことです。浮腫が影響したのかもしれません。期間が2.5年と短かったせいか、あるいはHbA1cの群間差が0.5%しかなかったせいか、微量アルブミン血症抑制作用も見られませんでした。これが治験デザインのせいなのか、それともPPAR作動剤は他の糖尿病薬とは異なり小血管性合併症を防ぐ効果はないのか、よく分かりません。3年間のSU剤対照安全性確認試験が実施されたはずなので、論文刊行されればもう少しはっきりするのでしょうが。

pioglitazoneはrosiglitazoneとどこまで同じで、どこから違うのでしょうか?答えが得られないとしたら、20年後の社会で、二型糖尿病患者はPPAR作動剤を服用しているでしょうか?




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