Plavix(clopidogrel)と2C19の関係・・・以前から言われていたことですが、だんだんエビデンスが整ってきました。何れも海外で行われた研究ですが、2C19機能喪失多型を持つ人が多い日本人は大丈夫なのでしょうか?
clopidogrelはプロドラッグで、体内で複数のプロセスを経て活性化しますが、そのプロセスの一つがCYP2C19酵素による代謝です。健常者を対象としたプロトンポンプ阻害剤(2C19を阻害する)相互作用試験ではそれほど大きな影響は見られませんでしたが、患者を対象とした試験は実施されていないようです。非常に重要な薬なので、これまでにも色々な見解が出ていました。
08年11月のAHA科学部会では、プロトンポンプ阻害剤併用者は心血管疾患リスクが高いという発表がありました。clopidogrelの、あるいは併用されることが多いアスピリンの胃腸副作用を防ぐために、プロトンポンプ阻害剤を併用している患者が意外に多いことに驚かされました。面白いのは抄録著者が多型との関係を研究すべきと結論していることです。プロトンポンプ阻害剤併用の疫学的研究を実施したのは、多型研究の準備だったのかもしれません。
その遺伝子多型と心血管リスクの関連を調べた試験の結果が医学誌に続々と発表されました。結果は若干違いますが、何れも、2C19機能喪失多型を持つ患者は持たない患者よりも心血管リスクが高い、というものです。
clopidogrel服用者の遺伝子多型と心血管リスクの関連性
J. Mega等の薬物動態試験とTRITON試験サブスタディ
(NEJM論文)
- 健常者162人の薬物動態試験で、CYP2C19機能喪失多型のキャリア(一つだけ持つ人も含む・・・34%が該当)はノンキャリアと比べてclopidogrelの活性代謝物の血漿曝露が32%小さい(p<0.001)。
- 同様に、clopidogrel投与時の血小板凝集阻害率が9ポイント低い(p<0.001)。
- TRITON-TIMI 38試験(PCIを受ける急性心筋梗塞・不安定狭心症を対象としたprasugrelの第三相試験)のサブスタディ(1459人)で、clopidogrel群の患者のうち、キャリア(27%が該当)は主薬効評価項目(心血管死、心筋梗塞、卒中)発生率が12.1%とノンキャリアの8.0%より高かった(ハザードレシオ1.53、p=0.01)。
- 同様に、ステント血栓のリスクも高かった(ハザードレシオ3.09、p=0.02)。
- 出血リスクは1.01倍、有意性なし
- この論文で残念なのは、新薬であるprasugrelを投与した群のデータが載っていないこと。キャリアはノンキャリアより元々リスクが高い、というようなこともありえないではないので、対照群が欲しかった。prasugrelは問題ない、という結果なら宣伝にも使えるはず(アメリカで早く承認されると良いですね)。
T. Simon等のレジストリー分析(NEJM論文)
- フランスのレジストリー・データを用いて、急性心筋梗塞後にclopidogrelを服用した2208人を1年間追跡。全死亡・非致死的卒中・心筋梗塞の発生リスクと多型の関連を解析。
- ABCB1(小腸で吸収される時のトランスポータ):CT、TT変異のキャリア(全体の74%)は野生型と比べてリスクが有意に高い
- CYP2C19:機能喪失多型を二つ持っている人(2%)は一つだけ(26%)またはノンキャリア(72%)の人よりリスクが有意に高かった(修正ハザードレシオ1.98)。
- 7割以上がプロトンポンプ阻害剤を併用していたが、関連性はなかった。
JP Colletなどのレジストリー分析
(Lancet論文)
- フランスの心筋梗塞初発患者レジストリーに96-08年に登録された45歳未満のclopidogrel服用者259人をメジアン1年追跡。
- 2C19の二つの多型(正常型である*1と機能喪失変異の*2)とclopidogrel服用中の死・心筋梗塞・緊急冠再建術の相関性を解析。
- *1/*2型が64人、*2/*2は9人、*1/*1型(ノンキャリア)186人。
- キャリア(28%)はノンキャリアよりリスクが有意に高かった(ハザードレシオ3.69、p=0.0005)
- ステント血栓もハザードレシオ6.02、p=0.0009と高かった。
これらの中でも、TRITON試験のデータは規模が大きく説得力があります。返す返すも対照群の解析が載っていないのが残念です。
2C19機能喪失多型キャリアも、二つ持っている人は少なそうです。しかし、Mega論文やCollet論文のように一つだけでも影響があるならば、該当する人が飛躍的に増えます。clopidogrelはこれまでノンレスポンダー比率が30%とか言われていましたが、かなりの部分を2C19で説明できるかもしれません。
ここで気になるのは私たち日本人です。アジア人は機能喪失変異のキャリアが多いといわれているからです。例えば、Shimizu等の文献メタアナリシスによれば、カフカス人は27%、黒人は31%ですが、日本人は66%とのことですので、clopidogrelに反応しない人のほうが多いことになります。
T. Shimizu等のメタアナリシス論文JSTAGE
clopidogrelは海外ではアスピリン対照優越性試験に基づいて承認されましたが、日本はticlopidine対照非劣性試験で承認されました。何れにせよ全員に効くわけではないのですから、臨床的な有効率が同じなら2C19多型問題はそれほど重視しなくても良いのかもしれませんが、ticlopidineにも同じ問題がないとはいえません。日本人にはあまり効かないかもしれない薬同士の比較ではなく、アスピリンと比べるべきだったのかもしれません。
機構は2C19問題についてどう考えているのか?脳梗塞で承認された時の審査文書を読んでみましたが、一言も言及されていませんでした。