私の印象では、騒ぎすぎです。マスコミも、研究者も、私たち聴衆も、一本の試験だけを見て喜びすぎたり、悲しみすぎたりするべきではありません。アウトカム試験は重要なエビデンスですが、後になって実は...という話が出ることは珍しくありません。結論を急がずに、他の試験で確認するという姿勢が必要でしょう。
それはそれとして、ezetimibeはいつになったら、アウトカム試験が成功するのですかね。既に沢山の人が使っているのですから、臨床的な転帰を改善することができるのかどうか、この点に関してはもっと早く答えを出すべきだったのではないでしょうか。
SEAS試験の概要
- 大動脈弁狭窄症の治療におけるコレステロール低下剤の効果を確認する無作為化偽薬対照二重盲検試験。北西欧の医療施設173箇所で2001年から2008年にかけて実施。
- 対象は45-85歳の無症候性軽中度大動脈狭窄症患者で、リウマチ熱などによるものは対象外。主な除外条件は、症候性心不全、冠動脈などの血管疾患、二型糖尿病や高脂血症などコレステロール低下剤が適応になる患者など。
- Vytorin群はsimvastatin 40mgとezetimibe 10mgを配合した薬を、偽薬群は偽薬を一日一回投与。フォローアップ期間は4年間。
- 患者背景は、平均年齢68歳、女が39%、平均駆出率68%。大動脈閉鎖不全(グレード2-3)が見られたのは15%、僧帽弁閉鎖不全は1%。51%が高血圧症、19%が喫煙者。LDL-C値は平均139±36mg/dL。
- 主評価項目は大動脈弁狭窄症関連イベントとアテローム硬化関連イベントの複合評価項目。二次的評価項目は大動脈弁狭窄症関連イベント(弁置換術の施行、心不全による入院、心血管死)のみと、アテローム関連イベント(非致死的心筋梗塞、冠動脈バイパス術、経皮的冠介入術、不安定狭心症による入院、非出血性脳卒中、心血管死)のみの解析。
- 試験薬群のLDL-C値は半年で偽薬比76mg/dL(61%)低下。
- 主評価項目の発生数は試験薬群が333人、偽薬群は355人。ハザードレシオは0.96、95%信頼区間0.83-1.12で、有意差はなかった。
- 二次的評価項目の大動脈弁狭窄症関連イベントは同様に308人対326人、0.97、0.83-1.14で有意差なし。アテローム硬化関連イベントは148人(15.7%)対187人(20.1%)で、統計的に有意な差があった(相対リスク削減率22%、95%信頼区間3-37%、p=0.02)。
- 試験薬は全般的によく忍容された。服用を止めた患者は両群同程度だった。
- 癌の有害事象は各93人(9.9%)対65人(7.0%)で、未調整p値は0.03。癌による死亡は39人(4.1%)対23人(2.5%)で未調整p値は0.05。癌の種類に偏りはなく、また、投与期間が長いほど差が拡大するような傾向は見られなかった。
- 癌に関する所見は規制局やスポンサーであるメルク、そしてVytorinの他の二本のアウトカム試験を実施している研究者にも報告された。オックスフォード大学の生物統計学・疫学者であるRichard Peto博士は、IMPROVE-IT試験(急性冠症候群を対象にVytorin 40/10mgとsimvastatin 40mgを比較)とSHARP試験(慢性腎疾患を対象に偽薬、Vytorin 20/10mg、simvastatin 20mgを比較)の進行中の二試験の途中データを用いて、SEAS試験から浮上した仮説を検証したところ、否定的な結果が出た(リスクが1.5倍であるとの仮説が棄却された)。IMPROVE-IT試験とSHARP試験の癌の発生数は試験薬群が313例、対照群が326例で、うち死亡例は97人対72人だった。特定の癌種との関連や、投与期間とリスクの相関性も見られなかった。
- 参考リンク:
- オックスフォード大学臨床試験サービス部・疫学試験部のリリース:
- Independent analyses of the SEAS, SHARP and IMPROVE-IT studies of ezetimibe(pdfファイル)
- Independent analyses; Sir Richard Peto's slides(pdfファイル)
- Results from tthe SEAS (Simvastatin and Ezetimibe in Aortic Stenosis) Study
- 記者会見のウェブカスト(プレゼンテーション用スライドが見れないのが残念)
- Cardiosource:Trial Summary
- theheart.org:Vytorin misses primary end point in SEAS study
- theheart.org:Cardiologists put their oar into rocky SEAS and debate the results
スタチンは服用者がたくさんいるので疫学的試験の題材として人気があり、これまでにも服用者は癌が少ないなど、色々な論文が出ています。大動脈弁狭窄症は病気の発生メカニズム自体にコレステロールが関与している可能性があり、前向き試験で効能を確認したのですが、最初の大規模な試験であるSEASは失望的な結果になりました。記者会見で発表した、運営委員会の会長であるTerje Pedersen博士(ノルウェーのUlleval University Hospital)は、効果はなかったと断言しています。スタチンの適応になる、高脂血症患者や冠動脈疾患患者ならともかく、単に大動脈弁狭窄症というだけでは、LDL-C治療の適応にはならないのでしょう。一つの試験だけで即断すべきではありませんが、おそらく、同じような試験はもう実施されないでしょう。この試験自体が、当初はsimvastatinの試験として開始されたにも関わらず、患者が集まらずに資金不足に陥り、メルクに追加支援を求め、Vytorinの試験として再ロンチされたという経緯があります。
アテローム硬化に関連する合併症のリスクを削減する効果が見られたのは、他の疾患における過去の治験と同じで、違和感はありません。しかし、この発見を喧伝するのは不当でしょう。第一に、評価方法の客観性に疑問が残ります。スタチンの最大の効能は心筋梗塞削減で、本試験でも偽薬比半減したようですが、イベント数自体は少なかったようです。アテローム関連イベントのうち大きな差が出たのは、冠動脈バイパス術でした。記者会見でのコメントによると、心臓弁置換術と一緒に施行されることが多いそうですが、試験薬群は一緒に行わない例が多かったようです。LDL-C治療薬の試験は二重盲検といってもLDL-C値検査をすれば分かる訳ですから、医師の判断に左右されるイベントは注意が必要です。第二に、LDL-C値に61%もの差があったのに、リスクが22%しか低下しなかったのは失望的です。LDL-C値の低下幅と虚血性心血管イベントリスクには相関性があり、他の適応症なら76mg/dLもの差があればもっと大きなリスク削減が実現できたはずです。心筋梗塞は半減した訳ですが、逆にいえば、本試験の対象となった患者は心筋梗塞を予防してもあまり意味がないことになります。第三に、この試験はコンビ薬と偽薬の比較で、ezetimibeという薬だけの効能については何も語ることはできません。
癌に関しては良く分かりません。スタチンの試験では、高齢者を対象としたpravastatinの試験で偏りが発生したことがありますが、数々の試験のメタアナリシスの結果では、癌のリスクはないということになっています。とはいえ、発がん物質と認定されている物質でも実際に癌を起こそうとしたら何年も投与し続けなければならないことを考えれば、4-5年間の試験で答えを得るのは難しいでしょう。
この試験はコンビ薬の試験なので、犯人がsimvastatinなのか、それともezetimibeなのか、はっきりしません。IMPROVE-IT試験はVytorinとsimvastatinの比較なので犯人探しをする上で重要な試験ですが、まだ組み入れが完了していないくらいで、フォローアップ期間は短いでしょう。SHARP試験はsimvastatin群の組入れ数が他の群の四分の一と少なく、事実上、Vytorinと偽薬の比較です。
Peto博士の統計学的検証は、リスクが1.5倍という仮説を棄却しましたが、逆にいえば、1.4倍である可能性は残っています。リスクがあるかもしれないし、ないかもしれない、という程度のことしかいえないのです。
本試験では、アテローム硬化関連イベント防止効果も、癌のリスクも、p値は同程度でした。正式な評価項目のほうがデータの信頼性が高いのですが、一方で、主評価項目が達成されなかった時は二次的評価項目が成功しても慎重に考えるべきです。また、効能と安全性は、程度は同じでも前者は慎重に、後者は深刻に、受け止めるべきです。癌の所見は偶然でVytorinのアテローム硬化防止効果は真実、という玉虫色の解釈は不当でしょう。
Robert Califf博士(IMPROVE-IT試験の主導研究者の一人)は、記者会見に電話で参加したため声がスピーカーから天の声のように流れました。実際、博士の主張が一番合理的に聞こえました。臨床試験一本の結果に過敏に反応してはいけない、様々なエビデンスに照らし合わせて総合的に判断すべきだ、と、いつものように重々しい口調で述べたのです。
Vytorinは現在の医学が抱える様々な縮図であり、だから議論に尾ひれが付きがちです。今回の試験は、もし癌の問題が発生しなかったら、「Vytorinはアテローム硬化の悪化を防ぐという本来の役割は果たした」と学会で喧伝されたかもしれません。その結果、ezetimibeという活性成分の臨床的転帰改善作用は確認されていないという事実を私たちは忘れてしまうかもしれません。この問題は重要ですが、それはそれとして、野球選手が将棋で名人に勝っても負けても、世間話の対象にしかならないでしょう。
SEAS試験は、私たちにはまだまだ知らないことが多いということを教えてくれました。大事なのは材料不足を想像力で埋めることではなく、不確かなことを確かにするべく、臨床研究を続けることでしょう。製薬会社に対して、大規模長期試験を実施するよう要求し続けることでしょう。